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●1日目:ペダルが奏でる札幌の調べ ~二人の冒険、始まりの一日~

 朝日が札幌の街を優しく照らし始めた頃、真中清風と水上爽香は、わくわくした表情で自転車にまたがっていた。清風のメタリックレッドのロードバイクと、爽香のパールブルーのクロスバイクが、朝露に濡れた路面に映り込んでいる。


「よーし、爽香。いよいよ大冒険の始まりだ!」


 清風の声には、抑えきれない興奮が滲んでいた。


「うん! 私、今からドキドキしちゃう!」


 爽香は笑顔で応え、その瞳には期待と冒険心が輝いていた。


 二人は軽快なペダリングで、朝もやに包まれた札幌の街を駆け抜けていく。涼しい朝の空気が頬をなで、髪を揺らす。


「ねえ清風、私たち本当にこんな大胆なことしちゃっていいの?」


 爽香が少し不安そうに尋ねる。


「もちろんさ! でも大丈夫、俺たちならどんな困難だって乗り越えられるって」


 清風は自信に満ちた笑顔で答えた。その言葉に、爽香の心も少し軽くなる。


 大通公園に到着すると、二人は自転車を止め、深呼吸をした。


「わぁ……朝の大通公園って、こんなに静かで美しいんだね」


 爽香が感動した様子で周りを見回す。清風も頷きながら答えた。


「ああ、毎日通勤で通ってたのに、こんな風に感じたのは初めてかもしれない」


 そのとき、近くのベンチで朝食を取っていた年配の男性が二人に話しかけてきた。


「おや、若いカップルさん。どこかお出かけかい?」


 清風と爽香は笑顔で男性に近づいた。


「はい、実は日本縦断の旅を始めたところなんです」


 爽香が明るく答える。男性は驚いた表情を見せた。


「へえ、すごいな! 若いってのは良いねぇ~。おじさんうらやましいよ。ところで、お二人は札幌のソウルフード、味噌ラーメンは食べてから行くんだろう?」


「「もちろんです!」」


 清風が即答する。男性は嬉しそうに微笑んだ。


「そうかい。じゃあ、ここから歩いて5分のところに『みその匠』っていう名店があるんだ。そこの味噌ラーメン、絶品だよ。私からの応援として、お店の人に『変な爺さんに聞いた』って言ってごらん。きっと何かいいことあるはずさ」


 清風と爽香は感謝の言葉を述べ、男性と別れた。


「いきなり素敵な出逢いがあったわね」


 爽香が感動した様子で呟く。


「ああ、地元の人との触れ合いって、旅の醍醐味だよな。ま、ここは俺たちも地元だけどな!」


 清風も同意しながら笑った。


 二人は自転車に乗り、さっぽろテレビ塔に向かって走り出した。風を切る感覚と、ペダルを踏む力強さが、二人の心をさらに高揚させる。


 テレビ塔の展望台からは、札幌の街並みが一望できた。


「うわぁ……なんか新鮮に感じられる……!!」


 爽香の目が輝く。清風も感動した様子で頷いた。


「ああ、毎日見慣れた景色なのに、今日は特別に感じるよ」


 二人は長い間、展望台から札幌の街を眺めていた。その眺めは、これから始まる長い旅路の序章のようだった。


 昼食時、二人は先ほどの男性に教えてもらった「みその匠」を訪れた。店内に入ると、香ばしい味噌の香りが鼻腔をくすぐる。


「すみません、実は『変な爺さんに聞いた』と言われて来たんですが……」


 清風が少し照れくさそうに店主に話しかけると、店主は大きな笑?を見せた。


「おお! あの爺さんね。実はうちの師匠なんだよ。それと今日はあんたがたが1000杯目のお客さんなんだ。おめでとう! ラーメン、サービスさせてもらうよ」


 予想外の展開に、清風と爽香は驚きと喜びの声を上げた。


 熱々の味噌ラーメンを前に、二人は「いただきます!」と声を合わせた。一口すすると、濃厚な味噌の風味と、しっかりとした麺の歯ごたえが口いっぱいに広がる。


「うまい! これぞ札幌の味だね!」


 清風の目が輝いた。爽香も満足げに頷く。


「ねえ清風、私たちの旅、こんな素敵な出会いから始まるなんて、きっと素晴らしい旅になるわね」


 清風は爽香の言葉に深く頷いた。


 夕方、二人は狸小路を散策した。地元の人々の活気あふれる声や、露店から漂う食べ物の香りが、五感を刺激する。


 夕陽が狸小路のアーケードに差し込み、清風と爽香は自転車を押しながらゆっくりと歩を進めていた。アーケードの天井に吊るされた提灯が、柔らかな光を放ち、二人の頭上で揺れている。


「わぁ、清風! ここ、私たちが子供の頃と変わってないわね」


 爽香の目が輝きながら、懐かしそうに周りを見回す。


「ああ、でも俺たちの目線が少し高くなったかな」


 清風が冗談めかして言うと、二人は顔を見合わせて笑い合った。


 狸小路は活気に満ち溢れていた。地元の人々の賑やかな会話、観光客の驚きの声、そして商店主たちの威勢の良い掛け声が、まるでオーケストラのように耳に響く。


「いらっしゃい! 今揚げたてのコロッケだよ!」


 その声に誘われるように、二人は屋台に近づいた。


「おお、いい匂いだな」


 清風が鼻を鳴らすと、爽香も頷いた。


「ねえ清風、買っていかない? 夜のおつまみにもなるわ」


「そうだな。じゃあ、4つもらおうか」


 熱々のコロッケを手に取ると、カリカリの衣越しに伝わる熱さに、思わず手が踊る。


「あら、若いカップルさんだね。どこから来たの?」


 屋台のおばちゃんが親しげに話しかけてきた。


「実は私たち、地元なんです。でも今日から日本縦断の旅を始めるんですよ」


 爽香が笑顔で答えると、おばちゃんは目を丸くした。


「まあ! 素晴らしい! そうだ、ならこれ持っていきな。旅のお守りだよ」


 そう言って、おばちゃんは小さな布袋を二人に手渡した。中には、可愛らしい狸の根付が入っていた。


「ありがとうございます! 大切にします」


 二人は感激しながら、おばちゃんにお礼を言った。


 歩を進めると、今度は新鮮な海産物を売る店の前で足を止めた。氷の上に並べられた色とりどりの魚介類が、まるで宝石のように輝いている。


「おお、このホッケ、でかいな」


 清風が感心して見ていると、店主が声をかけてきた。


「お兄さん、目が肥えてるね。これ、今朝獲れたばかりの特大サイズだよ。食べていく? うちで焼いて出すよ」


 爽香が清風の腕を軽くつついた。


「ねえ清風、せっかくだし食べていかない? こんな新鮮なの、しばらく食べられないかもしれないわ」


「そうだな。じゃあ、お願いします」


 店の奥から漂ってくる焼き魚の香ばしい匂いに、二人の腹が鳴るのが聞こえた。


 狸小路を歩きながら、二人は様々な出会いを楽しんでいた。老舗の和菓子屋では、優しいおばあちゃんに昔ながらの製法で作られた羊羹をご馳走になり、その滑らかな舌触りと上品な甘さに感動した。雑貨屋では、店主の若い女性と北海道の隠れた観光スポットについて情報交換し、メモを取る爽香の横で、清風は熱心に耳を傾けていた。


 通りの角では、アイヌ民族の伝統音楽を演奏するストリートミュージシャンの周りに人だかりができていた。トンコリの柔らかな音色が、狸小路の喧騒の中に不思議な静寂を作り出している。


「ねえ清風、私たちの旅も、こんな風に人々の心に残る素敵なものになるといいな」


 爽香が清風の手を握りながら呟いた。


「ああ、きっとそうなるさ。俺たちの旅は、まだ始まったばかりだからな」


 清風は爽香の手を優しく握り返した。


 二人は狸小路の喧騒と、そこで出会った人々の温かさを胸に刻みながら、次の目的地へと歩を進めていった。夕暮れの空が、アーケードの隙間から覗いている。その橙色の光が、二人の新たな旅の始まりを祝福しているかのようだった。


 夜になると二人はすすきのの居酒屋に足を運んだ。店内は、仕事帰りのサラリーマンや観光客で賑わっている。


「かんぱーい!」


 二人で生ビールを掲げる。喉を潤す冷たいビールの味が、一日の疲れを癒してくれる。


「ねえ清風、今日一日、どうだった?」


 爽香が少し不安そうに尋ねた。清風は少し考えてから答えた。


「正直、思ってたより疲れたよ。でも……」


 彼は爽香の目をまっすぐ見つめて続けた。


「今日のような素敵な出会いや発見が、これからもたくさんあるんだと思うと、もっともっと楽しみになったよ」


 爽香の目が輝いた。


「私も同じ気持ち! 清風と一緒なら、どんな困難も楽しい冒険に変えられる気がするわ」


 二人は笑顔で見つめ合い、再びグラスを合わせた。窓の外では、札幌の夜景が二人の新たな旅の始まりを祝福するかのように、美しく輝いていた。


 その夜、民宿「大通りの宿」に着いた二人は、疲れた体を布団に横たえながらも、興奮冷めやらぬ様子だった。


「ねえ清風、明日はどんな出逢いが待っているんだろう」


 爽香が窓の外の星空を見上げながら呟いた。


「さあ、それは明日になってみないとわからないさ。でも、きっと素晴らしい一日になるはずだよ」


 清風の言葉に、爽香は頷いた。二人の心には、これから始まる長い旅路への期待と、少しの不安が入り混じっていた。しかし、お互いの存在が、その不安を希望に変えていくのを感じていた。


 窓の外では、札幌の夜空に輝く星々が、二人の旅の無事を祈るかのように、静かに瞬いていた。


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