今日、一番初めに出会うのは?
………。
…朝だ。
…朝が来た。
うん…、起きるか。
充電してあったスマホを取って…、ゴロンと向きを変え、ベッドから降りて……。
頭をバリョバリョやってから、トイレに行って、洗面所で顔を洗って、歯をみがく…。
身なりを整えて、靴をはいて、鍵をかけてと。
……さて、今日は……、誰に会えるかな?
僕は毎朝…、朝食をかけてスリルを楽しんでいる。
朝一番に会った人…うん、この場合生物かな?まあいいや…、とにかく、一日のスタート時に出会った人を見て、朝飯を決めてるんだよね~。
おばさんだったら、おにぎり。
おじさんだったら、缶コーヒー。
同世代の兄ちゃんだったら、コンビニのホットスナック。
学生だったら、総菜パン。
年寄りだったら、稲荷寿司。
子供だったら、ドーナツ。
お姉ちゃんだったら、サンドイッチ。
猫だったら、焼き立てパン。
犬だったら、モーニング。
鳥だったら、唐揚げ。
虫だったら、エネルギーチャージゼリー。
わりと仕事が忙しくて、特定の趣味はなく、友達も少ない僕にとって、ロシアンルーレット的な朝食選び遊びは…楽しみとなっている。
昨日、めちゃめちゃ豪華なお姉ちゃんを見てさ!ついついゴージャスなスペシャルサンドイッチを買ってしまったのだなあ。
いやあ、いつもは質素なハムサンドだから、満足感がハンパなくてさ。まあ、値段が倍したからね…はっきり言って大当たりだった!!
地味におっさん続きになると、体力が落ちるんだよね。
四日続いたときはさ、思わずミルクたっぷりの甘いチルドコーヒーに逃げちゃってさあ。ちょっとしたルール違反だけど、それも仕方ないだろうって勝手に解釈してみたり…。
ずいぶん前にお相撲さんに会った時は、思わず牛丼を食べてしまったし、ロケ中のリアクション芸人を見た時は、おでんを買って駅のベンチでふうふう言いながら食べたりもした。
ま、レア朝食ってのも必要だからね!!
今日はどんな朝食が食べられるかな?
コンビニか、24時間営業の牛丼屋か、5時オープンの喫茶店か、6時オープンのパン屋か……。
今日は早番だからなあ、たぶん子供には会わないだろう。始発に乗る日は、ちょっとメニューの幅が狭まるのが…気持ち残念では、ある。6時半を超えてこないと学生にも会わないと思うから、たぶんコーヒーか稲荷寿司かなあ……。
そんな事を考えながら、あたりをうかがいつつ駅に向かう。
……。
向かうけど……。
……?
なんか、ぜんぜん…人に会わないな。
アパートから駅までは、歩いて10分の距離。どちらかと言えば都会に属している地域なので、それなりに人通りはあって、いつもならもうとっくの昔に誰かとすれ違っていい頃なんだけど。
なに、この…人っ子一人いない感じ。
ていうか、ノラネコもいないし、いつもへらへら笑っている民家の庭にいるでっかい犬も見えないのはどういうことだ。
……なんかあったのか?
誰とも会わずに、駅に着いちゃったんだけど。
あたりをきょろきょろと見回しながら、改札口に向かうためにエスカレーターを見上げる。
ここを上がってしまえば、小さなコンビニしかない。…犬や猫や鳥、レアものに会ったら戻ってこないといけなくなるじゃないか。まあ、いいけど。
……駅員はいるだろうから、たぶんホットスナックか缶コーヒーになりそうだ…、そんなことを思いつつ、エスカレーターに乗る。
誰もいない、がらんどうの…駅構内。
………。
ちょっと待て、今日ってもしかして…ストとかやってたりする?
スマホのニュースアプリをひらくも、特にそれらしい記事は…ない。
不安を胸に、しっかり焦りつつ、改札口に向かう。
…………。
……誰も…いないんだけど!!!
なんかのメンテナンス中?
時刻表の表示はいつもと変わりないけど…何か重大な事件でも起きているんだろうか。
……もしかして、やばくない?
言いようのない不安感に末恐ろしさを覚えつつ、改札口を抜け、階段を降りて、いつもの乗車番号の場所に……。
…って、ちょ!!!
誰も…、誰もいない?!
おかしい。
絶対に、おかしい!
次元移動か異世界転移かキャトルミューティレーション、はたまた天変地異、もしや脳みそがおかしくなった、いやいや悪霊に乗り移られた?もしかしてここは地獄の一丁目、天界の入口かそれともブラックホール……!!
嫌な汗が流れる。
鼓動がデカくなる。
手が震えてきた。
…音もなく、電車が滑り込んできたが、運転手はいない。もちろん電車の中には誰もいない。
逃げ出そうと思うのに、足が動かない。
そして、眼の前で、プシューとドアが開いた。
電車の中から降りてきたのは、顔のはっきりしない、でも…はっきり美人だとわかる、髪の長い、女性……?
フワリと長い髪が、僕の顔面を…くすぐる。
こそばゆいような、チクチクするような、やさしいような、意外と野性味を感じるような……、ナニ、これ。
髪の毛って、こんなに貼り付いてくるもん?
僕は、髪を振りほどくために、ぶんぶんと頭を…フリ、フリ、フリ………。
……ピ、ピピピ、ピピピピピ!
…、……?!
はっ!!
今……何時?!
時計の時刻は、ちょうど5時。
……なんだ、夢をみていたのか。
…朝だ。
…朝が来た。
うん…、起きるか。
充電してあったスマホを取って、ゴロンと向きを変えて、ベッドから降りようとして。
「うん……?」
何やら目の端に、動くものが……。
赤茶色の、触覚の長い、たまに飛んでいく、足のとげとげした、油っぽいあの姿は………。
ああ……今日の朝食は、エナジーゼリーだな。
頭をバリョバリョやってから、トイレに行って、洗面所で顔を洗って、歯をみがき、身なりを整えて、靴をはいて、鍵をかけた僕は。
颯爽と、コンビニに向かったのだった。