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第9話

 私は焚火を起こすと、焼き肉の準備を始めた。ミノタウルス、ギリシャ神話に出てくるような”頭だけ牛”っていうやつよりも、かなり牛寄りだったから。これが食べられるなら、携帯食料をケチれるかなと思って。


 戦士二人にまんまと裏切られた私は、落とし穴の先でミノタウルスと遭遇したわけだけれど。こいつは、まあ、魔法で倒すことができた。

 多分、今私がいるココ辺りまでは、地図ができてたんだろう。そして、ミノタウルスがいるところへと一気に私を叩き落とすために、事前に落とし穴を用意していたのではないかと思う。……そう考えると、ますます腹立たしいな。ゲームしてたときは、単なる”たくさんいるイケメンの一人”だと思ってたのに。王子、とんでもなく腹黒いな。


 ミノタウルスは大きな扉を守るように居て、扉の先はまだまだ先が長そうだったので、多分ここら辺がダンジョンの折り返し地点だと思われる。そのため、私はひとまず、ここで休息を取り、十分に回復してから奥に進むことにしたのだ。


「いやあ、念のために狩りの本読んでおいてよかったー! おかげで、なんとか捌けたよ。……あ、普通に牛肉の味がする。美味しい!」


 今ごろ、あの戦士たちは王家に”シルビアは途中で死んだ”とでも報告しているかもしれない。そしたら、ミラベルと王子が隊を組んでこのダンジョンを攻略しに来て、私の髪飾りを拾って黙とうするんだ。それだけは、確実に阻止したい。あいつらが出発する前に、絶対に帰ってやる。


「そうだ、髪飾り! ……ない。突き飛ばされたときに落としたんだ、きっと」


 私は髪留めをしていた辺りに手を伸ばして、そして無くなっている事実に落胆した。

 どこまでも<マギルギアン>のストーリーが私を死に追いやろうとする。けれども、私はゲームの中のシルビアとは違う。今私がいるこの世界には<マギル・マ・ギル>の要素も含まれている。もしかしたら、他のゲームの設定も、探したら出てくるかもしれない。だから、いくら私が悪役令嬢シルビアだからって、絶対に死ぬとはかぎらないのだ。


「ていうか、むしろ、絶対に生き残ってやるんだから! 目指すぞ、剣聖!」


 私は気合いを入れると、力強く肉をかみちぎった。



***



 壁と床にペグを打ち込み、モンスター除けの魔法陣が織り込まれた布を張って小さなテントを作った。

 火の始末をしてから、鎧を脱ぎ、テント内に敷いた寝袋に潜り込む。


「ミノタウルスは魔法でわりと簡単に倒せたからなあ。シルビアが死ぬ原因にはなり得ないんだよな。やっぱり、この先に、魔法が効かない何かがいるのかな……」


 そんなことを考えながら、私は眠りに就いた。



***



 朝になって(多分)。私は身支度を整えたあと、昨日の残りのお肉を朝食として食べた。冷めてても美味しかった。


 ランタンに火をともし、紙とペンを手にすると、私はさっそくダンジョンの攻略を再開した。

 ゲームでは、一度行った場所は勝手にマッピングされるからとても楽だったけれど、残念ながら今回はそんな便利にはいかない。自分で地図を書かなければならない。これが、地味につらかった。


「一人で黙々と作業をして、一人で先に進んでいくの、本当にしんどいよ……。話し相手が欲しい! あーもう、心細いー!」


 文句を言ったところで、ダンジョン攻略が勝手に進むわけではない。それでも、文句を言わないとつらくてやってられなかった。


「ドロリスとお茶したい! 師匠と、子弟の関係を越えて、もっと仲良くなりたい! 無事に帰ったら師匠以上のイケメンと出会って、幸せルート突入とかもあったりして! 何にせよ、早く帰りたーい!」


 文句を言うたびに飛び出してくるモンスターをしばき倒しながら、私はどんどんと奥へ進んでいった。そしてとうとう、私は一番最奥の扉に到達した。


 慎重に、重い扉を開ける。そして、そっと中を覗こうとした瞬間──


 ゴオッ!!!


 ──と、炎が噴き出した。


 慌てて体を引っ込めて、防御魔法を体の周りに張り巡らせた。そしてもう一度、部屋の中を覗いてみると──


「ギャアアアアアオオオオウ!」


 大きなドラゴンが私を待ち構えていた。

 すぐに杖を構えて、ドラゴンめがけて攻撃をしかけた。


氷の矢(アイシクルアロー)!」


 しかし、ドラゴンに向かって飛んでいったはずの魔法は、すんでのところで霧となって消えた。

 氷が効かないのなら、炎を……と思ったけれど、それも同じ結果に終わった。むしろ、どの属性の魔法も効かないようだった。それどころか──


「ギャオオオオオオオオアアアアアアッ!!」


 ドラゴンが噴いた炎が、私の防御魔法を割りつつあった。……こいつ、魔法を無効化してるだけかと思ったけれど、多分、魔力を吸っているんだ!

 ドラゴンがまた、炎を吐いてきた。私は敢えて、魔法を放った。今度はドラゴン自体を攻撃するのではなく、炎を伝うようにして、口の中をめがけて。すると、ドラゴンは途中で炎を吐くのをやめ、口を閉ざした。


 どうやら、魔法を無効化して、残った魔力の残滓を吸うのは鱗だけのようだ。鱗に覆われていない体内は、魔法攻撃が効くみたいだ。

 私は魔力が底なしだから、魔力を吸わせ続けたら、空気を入れ続けたゴム風船のようにパンクしてドラゴンは死ぬかもしれない。だけど、ゲームの結果としてシルビアは死ぬわけだから、ドラゴンが弾け飛ぶのを待ってはいられない。ということは、つまり──


(こいつ)の出番ってわけだね!」


 私は杖を手放すと、即座に剣のグリップを握った。そして、スラリと刀身を抜いた。師匠は「魔力に耐える鉱物を織り交ぜて作った」と言っていたけれど、たしかに、普通の剣とは違う輝きを刃が放っていた。


 ドラゴンが腕を振り下ろすのを回避すると、私は踏み込んでドラゴンに一撃を入れた。しかし、鱗が硬くて、剣戟はまともに通りそうもなかった。


(探せ! 剣が、魔法が通るところを探せ!)


 私は大きく息を吐くと、目を見開いてよくよくドラゴンを観察した。その間も、殴打や炎といった攻撃が繰り出される。それらを必死に躱しながら、私はドラゴンの観察を続けた。そして──


「やあああああああああああ!」


 私は大きく踏み込むと、ドラゴンの腕を足掛かりにして、喉元へ向かって飛んだ。

 ドラゴンの喉元には、一枚だけ周囲の鱗とは逆向きに生えた鱗がある。いわゆる、逆鱗というやつだ。一枚だけ逆向きなので、つまるところ、微妙に皮肉が露出した部分があるというわけだ。

 私は力のかぎり、この露出部に剣を突き立てた。そして──


「燃えろおおおおおお……ッ!」


 刃をつたって、炎が走った。炎はドラゴンの体内を駆け巡り、辺りには美味しそうな肉の香りが立ち込めた。


 苦しそうにうめき声を上げていたドラゴンは、とうとう沈黙した。グラリと身が揺れて、私は慌てて飛びのいた。途端に、ドラゴンはドウと倒れ伏した。


「やった……! 倒した! 生き残ったあああああああ!」


 私は、涙を浮かべながら、勝利の雄たけびを上げた。振り上げた手には、剣のグリップだけが握られている。……ん? グリップだけ!?

 どうやら、剣はこの一回の魔法でご臨終となってしまったらしい。まあ、ありったけの火力で焼いたからね、仕方ないね……。


「でも、うん。生きてる! ……私、生きてる!!」


 私は<マギルギアン>のフラグをひとつへし折ってやったことに満足すると、再びガッツポーズを決めた。

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