第7話
「僕はシルビア・ド・ラ・ミキエールとの婚約を破棄したいと思う!」
会場中がどよめく中、王子は席に戻っていた国王陛下のほうを向いて再度声を張り上げた。
「父上、どうか、この婚約破棄をお認めください!」
国王はテーブルの上で手を組むと、呆れたようにフーと長いため息をついた。
「それは、今この場で言うべきことか?」
「学園の皆が集まっている今だからこそ、言うべきだと僕は思ったのです!」
王子は上気して鼻息も荒くなっていた。これは言っても聞かないな、とでも思ったのか、国王は仕方なさそうに「申してみよ」と王子に言った。
すると、王子は水を得た魚のようにあることないこと、私がいかにミラベルをいじめ抜いてきたのかを語ってみせた。さすがに”王家が庇護する聖女に害をなしている”という内容は聞き流せないようで、国王は私に目を向けると静かに言った。
「シルビア嬢、これは本当のことかね?」
「いえ、全然。全く、根も葉もない嘘です」
私は笑顔で堂々とそう答えた。だって、本当のことだし。私と出会う前に、向こうが勝手に転んで地面を這いずってたし。合同授業も、向こうから一緒にやりたいって言ってきたし。彼女の失敗の尻ぬぐい、全部私がやったし。杖が折れたのも、彼女が勢いあまってうっかりやっちゃったことだし。そのあと授業が受けられなかったていうけれど、私が予備の杖あげたから普通に最後まで授業受けてたし。
それ以外のことも、全部捏造だし。なんなら、いくつかのエピソードは王子がやらかしてミラベルを泣かせたものだし。
私の答えに、王子のすぐ近くにいたミラベルもものすごく小刻みにウンウンと首を縦に振っていた。けれども、すかさず王子が一歩前に進み出て、国王からミラベルが見えない位置に陣取った。
「噓つきはお前だろう、シルビア! ここには、たくさんの証人がいるんだぞ!?」
王子の発言をきっかけにして、ここそこから「私も見ました」「私もです」といったような声が上がった。きっと、王子の息がかかった者や、私やミキエール家を引きずり降ろして後釜に就きたい家の者がそう言っているんだろう。
よくよく耳を澄ませると「シルビア様、悪くなくない?」とか「ミラベルさんと普通に仲良しだよね」といったような声も聞こえてきた。”悪役令嬢役”にとらわれることなく、私らしく生きようと決めて、ここそこで笑顔を振りまき、階級関係なくいろんな生徒に声掛けする学園生活を送った成果だろうか。
どうしたものか、と困り顔の国王陛下に、私は「よろしいでしょうか」と挙手をした。
「私のほうからも、婚約破棄をお願いしたいんですけれど」
「何だって!?」
まさか、自分が振られる立場になると思ってなかったのか、王子が驚いた表情でこちらに振り返ってきた。
「だって、この人、私という婚約者がありながら、ミラベルの肩を抱いて学園中を練り歩いてるんですよ」
「僕は王子だぞ? それくらいのことで咎めようだなんて、器の小さな女だな!」
「”婚約者がいる”ということを置いておいても、正直ナイと思うけれど。だって、立派な聖女になるために、ミラベルはこの学園に来たのにさ。それなのに、自分の都合で連れまわしてさ。ミラベル、全然勉強する時間ないじゃん。可哀想だよ」
「は!?」
「それに、人の話は全然聞こうともしないし。決めつけや思い込みもすごいし。こんなモラハラ男、こっちがごめんだよ」
王子の顔は火が付いたように真っ赤になり、会場内は新しく触れた概念に興味が芽生えたのか「モラハラって何?」というささやきが飛び交った。
困った国王は、ミラベルに向かって尋ねた。
「ミラベル、これは本当のことかね?」
それを遮るように、王子が言った。
「そんなことはないよな、ミラベル!」
私はカチンときて、指さす代わりに扇子を王子に差し向けた。
「ほらまた、そういうとこ! それがよくないし、嫌って言ってるの! ミラベルも、この際、はっきり言いなよ!」
ミラベルは三方向から「ミラベル、ミラベル」と声をかけられ続け、目を白黒とさせた。少しして、パンクしたのか、ミラベルはわあっと泣き出してしまった。
「私なんかのことで、争わないでくださいぃぃぃ……!」
王子は瞳を潤ませると、ひしとミラベルを抱きしめた。
「本当に、何て謙虚なんだ、君は!」
ミラベルが「違うんです」と繰り返しているのを封殺するように、王子はさらに力強く彼女を抱きしめた。可哀想に、ミラベルは踏みつぶされたカエルのような声を上げてしまっているじゃないか。
私は呆れ果てて、とても大きなため息をついた。そして、気を取り直して”ストーリー通り”の道筋に戻るよう、話をすることにした。
「国王陛下。私はこんな晴れの場で、身に覚えのないことをアレコレと言われて、悪女呼ばわりされて、とても傷つきました!」
「お前が次期国母にふさわしい振る舞いをしていれば、僕だって何も言わないさ! けれど、ミラベルはいじめる! お妃教育は受けない! 食堂でボッチ飯する! ──どうだ、全然国母にふさわしくないだろう!?」
「わ、私を巻き込ま……グエッ」
「ちょっと、いいかげん、ミラベルを離しなよ!」
王子と私に振り回されて、国王は投げやりになった。
「もうワシ、どっちを信じたらいいの……」
「だったら!」
すかさず、私は声を張り上げた。
「最近、街のはずれの山道近くに、突然ダンジョンが出現したと聞きました。そこは商人たちがよく利用する道のため、交易にも支障が出始めているとか。──私が解決してきます! そしたら、私の言葉を聞き入れてください!」
国王は私の提案を聞き入れ「分かった」とだけ返事をした。
ゲームでは、シルビアはこのダンジョンの中で一人寂しく死ぬことになっている。けれども、私は死亡ルートを回避するためにいろいろと備えてきた。だからこそ、正面からこのルートにぶつかって、そしてダンジョンを攻略して生き残ってやる!
絶対に生き残ってやる! と拳を握った陰で、王子がニヤリと笑った気がした。しかし、そのことに気づくのはもう少し後のことだった。




