第6話
放課後、私は学園の図書館へと足を運んだ。ここはゲームの取扱説明書いわく”調べられないものは何もない”場所だ。ここならきっと、剣聖について分かるかもしれない。
私はついて来ていたドロリスに剣聖について尋ねた。すると、彼女は目を瞬かせながら答えた。
「たしか、世界を救った伝説の聖女様よりも後の時代のお話ですよね。関係資料をお持ちすればよろしいですか?」
「あ、待って。私も一緒に回るよ」
そう返して、私はドロリスと一緒に本棚行脚を始めた。
いくつかの本棚を巡り歩いている間、ドロリスがいろいろと教えてくれた。
「そもそも、魔法学園の優秀な生徒であっても、魔力を豊富に有しているとは言い難いんですよね。大呪文なんて一発撃てたらいいほうだし、撃ててもそのあと魔力すっからかんになりますし。みんな、大抵、限られた魔力をやりくりして初級魔法連発するとか、何かしらの工夫をしているわけです」
そらそうだよね、ほとんどのキャラが魔力二桁とかしかなくて、それにもかかわらず、初級魔法のどれもが最低三か四くらいは魔力消費するし。
「シルビアお嬢様は例外なんじゃないですか? わりと無尽蔵に魔力おありになるみたいですし。あ、あと、聖女様も特殊で、聖女様にしか使えない特別な魔法については魔力量関係なく使えるみたいですね」
そう、そうなんだよ。だからこそ、シルビアが存命した状態で攻略を進めたときに、ラスボスに体を乗っ取られたシルビアが強すぎて強すぎて、倒すのが大変なんだよね。
「今、お嬢様がお調べになろうとしている剣聖は、膨大な魔力量と優れた剣の腕前を組み合わせて、世界を窮地から救ったんですよ。なんでも、聖女にしか使えない神聖魔法と同等の神力を、その剣に込めることができたとか」
……お、それ! それ、詳しく知りたい!
そう思っていたら、ちょうど、本棚巡りは終了した。閲覧用の机に戻ってきた私は、ドロリスから何冊かの本を渡されると、さっそくそれらを読み始めた。
読み始めて、私は既視感にとらわれた。
(四大精霊からの祝福を受けた剣には魔を切り裂き、討ち祓う力が宿っている……? 何だろ、どこかで見たことがあるな……)
ふと頭の片隅をよぎったのは、兄弟たちがやっていたゲームだった。
シルビアになる前──死ぬ前の私は、剣道道場を営む家の三人兄弟の真ん中の娘だった。上と下に兄と弟。三人とも、お父ちゃんを師匠に、剣道に明け暮れていた。
そんな私たちにも、ゲームをする時間はあった。学校の友達との話についていけないのは可哀想、ということで、稽古が終わってから寝るまでの間のちょっとの時間だけだけど、ゲームをして遊ぶことが許されていたのだ。そして、なんと、この”兄弟たちがハマってやっていたゲーム”というのが、この剣聖の話とそっくりなのだ。
(何だっけ、あれ……。私もたしか、一回くらいはクリアーしたことあった気がする。えっと、たしか……<マギル・マ・ギル クエスト>だっけ?)
必死に思い出そうとする中で、突然、私はポンと思い出した。
「父ちゃん、こういうの、よく分からんけど、これ、兄ちゃんたちが遊んでるゲームだろ?」
……そう言いながら、父ちゃんは私に<マギルギアン・テイル>を買ってくれたんだった。
頭の上にハテナが大量に見えそうな感じの表情で買ってくれたソレは、兄ちゃんたちが遊び倒していたゲームの続編でも何でもなかった。全然関係のないゲームだった。けれども、制作会社は同じだった。
(そうだ、兄ちゃんに聞いたことがある……。何ら関係のなさそうなゲームなのに、むしろストーリー上でも一切語られないのに『実はAもBもCも、全部同じ世界の話でした』って感じでゲームを製作する会社があるって。もしかして、マギルギアンも、それと同じ……!?)
私はハッとすると同時に、納得した。<マギルギアン>以外のストーリーが同居している世界なら、私が知らなかった剣聖という言葉が出てきても不思議はないと。
そして、喜びもした。だって、別ルートどころか別ストーリーがある世界なのだとしたら、歩むべきストーリーを変えてしまえば、生き残れるはずだから。
(マギル・マ・ギルのほうはうろ覚えだから、この本、借りて帰って読み込もう)
満足して、にっこり笑って本を閉じつつ、何とはなしに窓の外に目をやった。すると偶然、王子に肩を抱かれて困っているミラベルが見えた。
(きっと、これからも、どんなに親切にしようとも、関わらないようにしようとも、私の評判は勝手に下がっていって婚約破棄ルートに突入するんだろうな)
私がどうあがいても、王子はミラベルを好きになっていき、私の評判は下がっていくというのなら。私は何が何でも、マギルギアンではない別のストーリーを歩ませてもらうまでだ。
(そのためにも、剣の稽古に励むぞー!)
心の中で気合いを入れると、私は帰り支度をした。
***
それから、私は剣の稽古に精を入れて。学校の勉強もしっかり頑張って。合間にちょこちょこ、ミラベルに話しかけられては王子に罵られるという生活を送った。
そして、とうとう、舞踏会の日がやってきた。舞踏会といっても、そんな仰々しいものではない。現実世界でいえば、学期始まってそこそこくらいにある林間学校みたいなものだ。学生同士の友好を深めるために、みんなでダンスをするのである。
そんな楽しいイベントのはずなのだが、ゲーム<マギルギアン・テイル>ではシルビアが婚約破棄という公開処刑をされることになっている。
国王陛下が舞踏会開催について挨拶をしたあと、第一王子殿下が”生徒代表の言葉”を言うことになっていた。王子は一度広げた式辞用紙をグシャッと乱暴に丸めると、声を張り上げた。
「ここにいる皆を証人として、僕はシルビア・ド・ラ・ミキエールとの婚約を破棄したいと思う!」
会場中がどよめく中、私だけはげっそりとした顔を無理矢理に笑顔にした。
(やっぱり来たな!?)
笑顔は作ってはいたけれど、スカートを握りしめる拳に怒りがこもるのはどうにもできなかった。