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第5話

「ケンセイって、何ですか?」


 ぽかんとした顔で私が尋ねると、師匠はフッと小さく笑った。こう、「いや、冗談でしょ?」とでも言う感じで。けれど、私が”本当に知らないのだ”ということが分かると、師匠は怪訝な表情を浮かべて言った。


「いやいや、嘘だろ? わりとポピュラーな伝説なんだがな……」


 私は、この<マギルギアン・テイル>というゲームにまつわることであれば、()が知らないことでも温泉が湧き出るように話すことができるし、実演することができる。現に、()にとっては昨日が初めましてな魔法学園での授業も生活も、難なくこなすことができた。これはきっと、《シルビア()という存在に染みついていて、かつゲームを通じて()もそれとなく知っているからなのだろう。

 逆に、ゲームのシステムに関係なく、ストーリーにも出てこないものについては何も分からない。──そう、ドロリスの存在を知らなかったように。そして、ケンセイというのは、まさに<マギルギアン・テイル>には一切出てこない単語だったのである。だから、私は知るはずがないのだ。


「稽古時間が無くなるから詳細は端折るが……。まあ、簡単に言うとだな、ごく普通の人間には、剣戟けんげきに魔力を乗せて飛ばすなんて芸当はできない。それができるのは、膨大な魔力を持ち、魔法を極め、そして剣の道も極めた剣聖だけなんだ。──それを、お前はまだまだ未熟ながらもやってのけたってわけさ」


「私が……?」


 師匠の説明に、私はいまだ困惑していた。そんな私に、師匠はパックリと斬れた革鎧を指さした。


「お前、もしかして意識せずコレをやってのけたのか!? てっきり、お得意の魔法を駆使して、剣聖の真似事をしてみようと思ってやったのかと思ってたのに!」


 師匠によると、どうやら私は剣を振り下ろすときに剣戟に風魔法を乗せたらしい。そして風魔法が起こしたかまいたちによって、革の鎧に綺麗な切込みが入ったのだとか。


「木刀が粉々になったのは、魔力に耐えられなかったからだな。魔法の杖を作るのに使われる木と違って、魔力が馴染むものじゃないしな」


 これまでの師匠の説明が、頭の中をぐるぐると回る。剣聖の伝説なんて<マギルギアン・テイル>のどの攻略ルートにも登場しない。その”登場しないもの”を目指していけば、ゲーム通りである”シルビア死亡”は、もしかして回避できるのではないか?

 そう考えると、私は希望で胸の中が熱くなった。


「師匠、私、研鑽を積めば伝説の剣聖になれますか……!?」

「ああ、お前なら、きっとな。──だから、基礎からしっかり学んでいこうな。俺の鎧と、木刀がいくつあっても足りなくなるから、くれぐれも魔法を使おうとするなよ? それは上級編だから。分かったな?」


 師匠に苦笑いで念押しをされつつ、私は元気よく「はい」と返事をした。

 目指せ、剣聖。行くべきルートは自分で切り拓くのよ、シルビア……!



***



 ずっと剣の稽古だけしていたかったけれど、週が明けて、学園に通う日々が始まってしまった。

 ちなみに、剣の稽古のほうは、かなりいい感じ。他流派をイチから学びなおすとなると、剣道で培ってきたものが邪魔をしてしまうかなと心配していたんだけれど、それは杞憂に終わって。私はスポンジが水を吸うかのようにスルスルと師匠の教えを覚えていった。


「私、剣に愛されてるのかもしれない!」


 馬車に揺られながら、ドロリスに胸を張った。ドロリスもニコニコと笑ってうなずいた。


「この二日間だけでも、ものすごく上達なさっておりましたもの。お嬢様には苦手なものはないんじゃないかと思って、本当にびっくり致しました」

「えへへ、ありがとう。──私、このまま剣の道を探究したいの。あと、ちょっと、調べたいこともあって。だから、今後もお妃教育ってやつ、ナシにできない?」


 お願い、とドロリスを拝み、頭を下げると、彼女は目を白黒とさせて戸惑った。


「お嬢様、頭をお上げください! あと、私はただの従者なので、私には決定権がないんです。とりあえず、今日は特にお習い事もないですし、帰ってから旦那様とご相談なさってください」

「あー……、やっぱ、そうなるよね。ありがとう。そうするよ」


 私は苦笑いを浮かべると、ぽりぽりと頬をかいた。



***



(剣聖について、あとで学園の図書室で調べてみようっと。たしかゲームでは、図書館は”調べられないものは何もない”っていう設定があったし。何か分かるはず)


 そんなことを考えながら、私は魔法実技の授業を受けていた。なお、運動着に着替えて、運動場的な場所で、二組合同の授業だ。整列し、体育座りをしている生徒を前に、先生が説明をし、実演をして見せていた。


「はい、では、二人組のグループを作ってください」


 一通りの説明が終わると、先生がそう声をかけた。生徒たちはのろのろと立ち上がって、二人組を作り始めた。

 極氷の君である私に声をかけてくる豪胆な生徒なんているはずもなく、私が視線を合わせるだけで、どの生徒も慌てて目を逸らした。どうしたものかと考えていると──


「ああああああああの! よ、よよよ、よかったら、い、一緒にやりませんかっ!」


 自分の周りにできていた人ごみをかき分けて、ミラベルがわざわざこちらに走り寄ってきた。


(げっ、この授業、ミラベルのクラスと合同だったの!?)


 私は苦い顔を浮かべつつ、少しばかり後ずさった。


「あなた、みんなから誘われてるのに、どうしてわざわざそれを断って……」

「だっ、だだだだだだだだだ、だめですか……!?」


 涙目でこちらを見上げてくるミラベルに、駄目と言えるはずもなく。仕方なく、一緒に授業を受けることにした。けれども、彼女はまだ魔法の扱いに慣れておらず、失敗ばかりだった。そのうえ、持っていた魔法の杖がボロッちくて、実習の間に折れてしまった。


「ふ、ふええ……」

「ああ、もう、泣かないで! ……これ! 私の予備の杖! あげるから、ね?」


 ミラベルにはめちゃめちゃ感謝されたけれども、周りの目には”極氷の君が聖女をいじめて泣かせた”としか映らなかったようで。お昼になるまでにはすっかり、学園中がそのうわさで持ちきりとなった。


「お前、ミラベルを惨めな目に遭わせるためにわざわざ、嫌がるミラベルと組みを作って! 散々なことをした挙句、彼女の大切な魔法の杖をへし折ったんだってな!?」


 一人でご飯を食べていると、そう言いながら王子モラハラがバンと机を叩いてきた。ミラベルが必死に首を横に振って何か言おうとしているけれど、それも聞こうとせずに私を罵ってくる。


(どうあがいても、悪役令嬢ポジから抜けられない。つらい……)


 これはもう、このゲームには存在しない”剣聖”になる以外道はないな……なんて思いながら、私は王子のクレームを無視して食器を返却口に下げに行ったのだった。

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