第4話
「じゃあ、お前の剣の師匠として、ランドルフをつけるとしようか」
お父様はそう言うと、食後にさっそく手配をしてくれた。おかげで、翌日から剣の稽古を受けることができるようになった。
ランドルフはミキエール家に仕える騎士の一人だそうだ。剣の腕前はピカイチで、王家の親衛隊にと声がかかっていたこともあったそうだ。けれども、代々ミキエール家に仕えているという義理を通して、王家からの誘いを蹴ったのだとか。──王属のほうが地位も高いし、待遇もいいだろうし、何より誇れることだろうに。そんな義理堅い彼を、ゆくゆくは騎士団長を任せたいとお父様が言っていた。
私はベッドでゴロゴロとしながら、”ランドルフはどんな人だろう?”と想像した。
(是非、王家の護衛に……って声がかかるくらいなんだから、かなり熟達はしてる人なんだろうな。てことは、結構おじさんだったりして? お父ちゃんみたいに、頑固で口うるさい人ではないといいけれど)
そんなことを考えていると、涙が勝手に湧き上がってきて、ぽろりとこぼれた。
(頑固で口うるさかったけれど、お父ちゃんは師匠としても父親としても、すごくいいお父ちゃんだったな……。お母ちゃんに、兄ちゃん、弟も……。いきなり私が死んじゃって、泣いてるだろうな。……私、今、別の世界で元気に生きてるよ。絶対、死亡ルートは回避して、長生きしてみせるよ。幸せになるよ……!)
グズグズと泣いているうちに、私は眠りについた。
***
朝になって。本日は休日ということで、朝食後にさっそくランドルフと顔合わせすることになった。運動着に着替えて中庭に向かうと、革鎧を着た、背が高くて筋肉質な美男が青みがかった黒髪を揺らしながら、こちらに笑顔を向けてきた。
「シルビアお嬢様。直接お話するのは初めましてですよね。私が、お嬢様の剣の指導役を賜りましたランドルフです。よろしくお願いいたします」
どどどどどどどどどどど、どうしよう!? めちゃくちゃ好みの男の人が出てきちゃったんですけど!? 憧れてたサッカー部の先輩よりも数倍はカッコイイ! こんなカッコイイ人に手取り足取り教わっちゃっていいの!? 私の人生、どこにも色気なんてないと思ってたのに!
心の中で、私は大はしゃぎした。黙りこくって頬を真っ赤にしていたからか、彼が心配そうに腰を曲げて顔を近づけてきた。
「お嬢様? もしかして、お加減よろしくないですか?」
「いえいえいえいえ! 全然! 元気です! よろしくお願いします、師匠!」
我ながら、引くほど挙動不審だったと思う。必死にブンブンと手を横に振り、ペコペコと頭を下げた。師匠は困ったように笑いながら、首の付け根をかいた。
「敬語とか、よしてくださいよ。騎士団長や旦那様たちに怒られてしまいます」
「いえ、むしろ師匠が敬語なんて使わないでください! 私のことは、一介の騎士希望者とでも思って……!」
私がワタワタとしていると、師匠はいっとき黙ってからニヤリと笑った。
「へえ……。それじゃあ、シルビア。さっそく稽古を始めようか。俺から一本、取ってみな」
ああああああああああああああ! もしかして、ドS系!? 好みが過ぎる!!!!
私は真っ赤な顔を両手でおおうと、その隙間から蚊の鳴くような声で──
「はい、殺す気で頑張ります……」
──と答えた。
***
気を取り直して。私は師匠が用意してくれた木刀の中から手に馴染むのを一本選ぶと、大きく息を吸って吐いた。そして少し離れたところに位置どった師匠に切っ先を向けると、私は中段に構えた。
西洋の剣を使ったことがないから、剣道の握り方、構え方でおかしいところだらけだとは思うんだけれど。師匠は私の構えた姿を見て何かを感じてくれたのか、”とりあえず、適当に打ち稽古に付きあってやろう”という感じだったのが、それよりもより実践的な構えをとった。
──剣を殺し、技を殺し、気を殺し……。生き残りたければ、殺せ。
父ちゃんに、耳にタコができるくらい言われてきたことだ。それに、これから先は本当に生き死にが関わってくる。魔法以外の術を身につけなければ、生きてはいけないだろう。だから、好みの男性云々、今日が初日だから云々なんて言っていられない。私は、父ちゃんの教えを胸に、全力で行く……!
仕掛けてこない私に発破をかけようとでもしたのか、師匠に動く気配があった。私はそれを合図に、力強く踏み込んだ。
「いやあぁぁぁ──!!」
「ぐっ……!」
思っていたよりも重たい一撃だったのだろう、師匠がほんのわずかながら驚いた表情を見せた。しかし、やはり聞いていた通り一流の腕の持ち主だ。すぐに切り替えて、こちらに攻撃の一手を差し向けてきた。
そのまま、しばらく打ち合いが続いて。私は師匠の剣を下から切り上げて大きく跳ね上げることに成功した。そのまま、肩から胴にかけて切り裂くイメージで木刀を鋭く振り下ろした。すると、師匠は大きく横に身を引いて私の剣を避けた。
「打ち込み、止め!」
師匠がそう叫んでから少しして、私は息を整えながら尋ねた。
「どうですか? 私、モノになりますかね……?」
いまだ、師匠は私の攻撃を回避したときのままの姿勢でいた。どうしたんだろう? と見つめていると、師匠は恐る恐るといった感じで態勢を立て直した。
「”モノになりますかね?”どころの騒ぎじゃねえぞ、これは……」
「え……? ──うわあ!?」
師匠がこちらに向き直った瞬間、私が持っていた木刀のグリップから先が木っ端微塵となった。
「え? え……? ──ええええええ!?」
自分の手元で起こったことに動揺しつつ、師匠にも目を向けて、さらに私は驚き戸惑った。何故なら、師匠の革鎧が、肩から胴にかけてパックリと割れていたからだ。
よく見ると、露わとなった肌にひと筋赤く血が滲んでいる。
「躱していなかったら危なかったな……。──シルビア、お前、凄いな。もしかしたら”剣聖”を目指せるかもしれないぞ……!」
ケンセイって何!? <マギルギアン・テイル>をプレイしていて、一度も聞いたことがない単語なんですけど!?
私は、目を輝かせる師匠をポカンと見つめることしかできなかった。