第3話
「ちょ……、お嬢様!? どうなさったんですか!?」
放課後、私が自分の席で突っ伏していると、教室にやってきたドロリスが心配そうに駆け寄ってきた。私はそのままの姿勢でドロリスのほうに視線を向けると、イライラしているのを発散させるために机をダンダンと叩いた。
「転んだミラベルに手を差し伸べただけなのに、何故か私が張り倒したことになってるの……!」
ドロリスは気まずそうに嗚呼と呻くと、頬をかきながらぽつりと言った。
「そのうわさ、庶民棟でも耳にしました。もしかしたら、シルビア様を国母候補から引きずり下ろしたい者が流したのかもしれません」
「何それ、派閥争いってやつ? やり口がくだらないし、汚いよ……! しかも、そのせいで王子に難癖つけられるしさぁ……」
私が溜息をつくと、ドロリスは顔を青ざめさせた。
「王子がいらっしゃったのですか!? やはり、私、お供するべきでしたね……」
「いやいや、気にしないでよ。『友達と過ごしてね』って言ったのは私なんだし。ドロリスは悪くないじゃん」
「でも……」
落ち込むドロリスに、私は笑いかけた。
「さ、もう帰ろう帰ろう! おうち帰ってさ、美味しいものでも食べて忘れようよ!」
ドロリスは一瞬笑顔を浮かべたが、すぐさましょんぼりと肩を落とした。
「ダメです、シルビア様。今日はお妃教育の日です」
お妃教育というのがどういうものか分からなかったが、言葉の響きから簡単に想像できた。お妃様となるのに必要な、王家のしきたりだとか、儀式だとか、そういう知識や技能を身につけようっていうお習い事のことだろう。それなら、私は今日は絶対にやりたくない。だって、あんな、人の話もまともに聞かずにオラオラしている王子のためになんか努力できない。
その気持ちを素直にドロリスに伝えると、彼女はにっこりと笑った。
「それもそうですね。それに、お嬢様は、日ごろからとても頑張っていらっしゃいますし、たまにはお休みになられたほうがいいですよ」
こうして、私とドロリスは真っすぐ家に帰ることになったんだけど。帰り道の場車内で、ドロリスが悔しそうにこう漏らしていた。
「ていうか、お嬢様が”極氷の君”なんて呼ばれているのも、王子のせいなのに。王子が『僕は嫉妬深いから、学園では僕以外の者と親しくしないで欲しい』って言うのを従順に守った結果かコレですよ?」
私はそれを聞いて──
(それ、完全にモラハラってやつじゃん。婚約破棄しつつ、死亡しないエンドを目指そう)
──と思った。
***
(それにしても、どうしたら死亡しないエンドが迎えられるかなあ?)
家に帰り、ドロリスとティータイムを楽しんだ後、私はベッドでゴロゴロとしながらそんなことを考えていた。
ミラベルに可能な限り接触しないとか、むしろ親切にするとかしても、今日のように曲解されたり嘘の情報を流されたりして、そのせいで結果が破滅ルートから変わらずだったら。そんなの、ミラベルと距離をとろうが何をしようが意味がないということだ。だったら──
(意地でも死んでやらない! こっちからフラグを折ってやればいいんだ!)
王子からの好感度が一定以上高いと、シルビアは序盤で死ぬ運命にある。舞踏会という大勢の人がいる場で婚約破棄を言い渡されるという不名誉を回復するために、王立冒険者ギルドに依頼のあったクエストを受けることになり、ダンジョン内で一人寂しく死ぬのだ。
後日ミラベルと王子がシルビアの挑んだダンジョンを訪れ、クリアーするのだが、その途中でシルビアの髪飾りが落ちていることにミラベルが気づく。そして──
「素直に自分の恥を認めていれば、彼女もこんな最後を迎えることはなかっただろうに」
「やめて、王子様。シルビア様のことを悪く言うのは。シルビア様は──」
「君は本当に優しい人だね、ミラベル」
──という流れでストーリーは進行していく。ちなみに、このルートはラスボスである魔女が”シルビアというボディ”を手に入れることができずに不完全状態で現れるため、一番攻略がしやすい。
(それにしても、ストーリーを思い返してみても、人の話を最後まで聞かないやつだな、王子は)
私は溜息をつきながら、ゴロンと転がって態勢を変えた。
ていうかさ? シルビアって、この世界で一、二を争うほどの魔法力を持ってるんだよね? お妃候補になってるくらいだし、学校の成績だってきっといいはずだ。なのに、何でミッションに失敗して一人で死ぬんだろう? ゲームでは、このダンジョンは”シルビアの髪飾りを拾い、死亡を確認する”ことがストーリーの主眼だからか、ボスと戦闘することなく終わっちゃうんだよね。
(もしかして、ダンジョンのボス、魔法が効かない相手だったのかな?)
だったら──
***
夕食のときに。私はナイフを動かす手を止めると、シルビアの父であるミキエール卿を見つめて言った。
「ねえ、おとーちゃん」
「おとーちゃん!?」
私の発言に驚いて、家族(母と、あと兄が二人いるらしい)たちがガチャンとナイフをお皿の上に落とした。
私は苦笑いを浮かべると、たどたどしく「お父様」と言い直した。ひいー、”お嬢様”って難しい!
「あのね、お父様。私、剣を学びたいんですけど……」
気を取り直してご飯を口に運んでいた家族たちが、今度はゴホゴホとむせ返った。
「シルビア、お前は学生の身でありながら、すでに強力な魔法使いではないか。何故、剣など……」
「そうですよ。そもそも、剣は男性の武器ではありませんか。それを、どうして……」
父も母も、目を白黒とさせていた。兄たちは苦笑いを浮かべながら、頬を掻いた。
「そう言えば、小さいころ、俺たちの稽古を見に来てたよな。急に懐かしくなりでもしたのか?」
「僕の剣を掴んで、ジョシュアン兄さまに勝負を挑もうとしてたっけ。懐かしいな」
私は「お、これはいい流れ」と思いながら、ウンウンと頷いた。しかし、父が難色を示した。”懐かしい”が理由だけでは駄目らしい。
「お父様、私は魔法封じされてしまったら、ただの女の子ですよ。だから、魔法に頼りっきりにならずに、他に身を守る術を身につけたいんです」
それらしいことを言って、目をウルウルとさせる。そしたら、あっさりと「分かった」と許可をもらえた。私はテーブルの下で、家族に見られないように小さくガッツポーズをした。
やった! ファンタジー世界の剣と剣道じゃあ勝手が違うはずだけど、それでもこちとら有段者よ。絶対にモノにして、生き残ってやるんだから!