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第2話

 目の前で、黒髪のふんわりボブが地べたに這いつくばっている。しかも、聖女にあるまじき「ぎゃぴい」という悲鳴を上げて。


(ええええ……。これ、近寄って大丈夫かな……? 私にぶつかって転んだわけじゃないし、私のせいにされないよね? むしろ助けない方が「やっぱり極氷の君は冷たい人だ」とか言われそう……)


 私は”イベント”的に関わってしまっても大丈夫かどうかを気にしつつ、それでもやっぱり放ってはおけないと思って、転んだままのミラベルに近づき手を差し伸べた。


「あの、大丈夫……?」

「うう……ありがとうございま、ああああああ!?」


 ミラベルは一旦は私の手を取ったものの、私の顔を見るなり顔面蒼白になって、一度掴んだ手を慌てて放した。ただ、めちゃめちゃ勢いがついていたので、私の手は空に向かって跳ね飛ばされたようになった。それを見て、ミラベルはさらに顔色を悪くした。


「ひええええええええ!?」

「あ、あの……。お、落ち着いて……?」


 私は空に伸びたままの腕をそろそろと下ろして、パニックを起こしているミラベルの肩に手を置こうとした。するとミラベルはすかさず土下座をしてプルプルと震えた。


「あ、あああああああの、まさか未来の国母たるシシシシ、シルビア様に、お、お手、お手を煩わせてしまい、まことに申し訳なく! 申し訳なく!」

「ちょ、土下座やめて!? ね、気にしてないし、なんなら今のほうがつらいから!」


 私は血相を変えてしゃがみ込むと、ミラベルの両肩を引っ掴んで土下座をやめさせた。顔を上げたミラベルは「ぴえ」と声を漏らし目に一杯涙を溜めると、勢いよく立ち上がった。


「申し訳ないですうううううううぅぅぅぅ……!」


 泣きながら、嵐のようにミラベルは走り去っていった。私はげっそりとした顔のまま、彼女の後姿を見つめることしかできなかった。



***



 王立魔法学園は家柄関係なく、貴族にも庶民にも門戸が開かれた学校だ。ただ、セキュリティの関係上、教室や食堂などは家柄で分けられている。貴族棟に足を踏み入れることができる庶民は従者などの限られた者だけで、彼らは他の庶民たちとは違って、ブレザーの左襟に仕えている家の紋章をつけている。


「では、シルビア様。またお昼に参りますね」


 教室の前までついてきてくれたドロリスは、そう言いながらカバンを渡してきた。私はきょとんとすると、カバンを持っていないほうの手をぶんぶんと顔の前で横に振った。


「いやいやいや、いいよ、そんな! ドロリスにも友達がいるでしょう? 朝から晩まで私につきっきりなんて、大変じゃない。お昼くらいは友達とのんびり過ごしてよ」


 ケラケラと笑う私に、ドロリスが顔をしかめた。心なしか、教室内からもドヨッとした何かを感じた。

 ドロリスはしかめっ面をしたまま、私の額に手を当てて、そして首をかしげた。


「お熱は……え、本当にないの……?」

「ないよ。私、元気だよ?」

「でも、口調がまるで庶民のそれだし……。それに”従者も連れずにお昼”だなんて、そんな、貴族にとって恥ずべきことを……」


 ドロリスの目は困惑で完全に泳ぎきっていた。私は心の中で「やらかした」と叫んだ。いやだって、私、つい数時間前まで日本のスポーツ系女子高生だったわけで。そりゃあ、悪役令嬢・シルビアとは程遠い人種だったわけで。けれど、私はもう、シルビアなんだ。これからもずっと、シルビアとして生きて行かなきゃならないんだ。……ていうか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 だって、もう、これ、私の人生だもん。シルビアらしくなんて考えないで、私らしく生きたっていいよね? そうすれば、悪役認定だってされないはずだし。だって、私、剣道が強いこと以外は普通の女子高生だし。


 私は一人納得すると、笑顔でドロリスの肩に手を置いた。


「ドロリス、私ね、生まれ変わったの」

「はい?」


 私がわけの分からないことを言い出したからだろう、ドロリスが若干怯えてしまった。私は慌てて言葉をにごすと、とってつけたかのような言い訳をした。


「や、えっと、その……。あ、そうそう! 今日見た夢で、神様からのお告げがあったのよ! 『目覚めよ、シルビア』ってねー……!」


 こんな言い訳じゃ苦しかったかな、と思ったけれど、ドロリスは信じてくれたようで、みるみると表情を明るくした。


「それもこれも、未来の国母として必要なことであるという啓示を賜ったのですね! それならば、お嬢様の突然の変わりようも納得です!」


 安心したドロリスは「では、放課後に」と言いながら、自分の教室へと向かって行った。


(あ~……何とかなってよかった)


 そう思いながら、私は小さくため息をついた。



***



 お昼になって。貴族専用の食堂に足を運んでみると、私以外にも”おひとり様”がいるようで私は安心した。

 ビュッフェスタイルとなっているようだったので、好きなものを好きなだけ選んで空いている席に座った。


「ひゃー! 美味しそ~! いただきまー……」

「おい、シルビア」


 急に男の子に呼びかけられたと思ったら、周りが一瞬ざわついてからシーンと静まり返った。私は口に運ぼうとしていたローストビーフをお皿に戻すと、不満げに声のしたほうに視線を振った。……そこにいたのは、アシュリー第一王子とミラベルだった。

 私は思わず「ゲッ」という声を漏らした。……ミラベルは聖女の印が左手に現れたのがきっかけで、この学園の二年生に編入してきたんだった! しかも、本来だったら庶民クラスに編入となるところを、聖女特権で左襟に王家の紋章を入れてもらって、それでこれまた特権で貴族と同じ教室で授業を受けているんだった! 同じクラスじゃないから、すっかり忘れてたよ!


 王子は私を侮蔑の目で見下ろすと、吐き捨てるように言った。


「従者もつけずに一人で昼食とは、貧乏者のようなことがよくもできるな。お前はこの僕の婚約者だという自覚がないのか」


 私はムッとすると、王子に言い返してやった。


「いや、おひとり様なんて私以外にもいっぱいいるじゃない」

「だから、それは従者もろくに雇えぬ貧乏者たちだろう?」

「そもそも、ダンジョンに行ったら身の回りのことは全部自分でしなくちゃいけないのに。なんで、一人でご飯を食べることをそんなに悪く言うのよ」


 王子は顔を真っ赤にして黙ると、今度は勢いよく机をバンと叩いた。


「そんなことよりも! お前、聖女ミラベルにひどい仕打ちをしたというじゃないか! 王家の庇護を受けているミラベルに手を上げるだなんて、この僕に歯向かっているようなものじゃないか!」


 私は頭の上に大きなハテナを浮かべて首をかしげた。すると、王子の後ろからガタイのいい濃い茶のポニテ男が現れた。彼は王家の親衛隊隊長の息子で、王子の護衛でもあるダミアンだ。ちなみに、プレイヤーの攻略対象でもある。

 彼は険しい顔つきでモノクルの位置を調整しながら、こちらを見ることもなく言った。


「今朝、シルビア様が大きく振りかぶってミラベル嬢を張り倒し、さらには地面に額を擦りつける彼女にきつく詰め寄ったのを目撃した……という者が複数おります」

「はあ!? どうしたらアレがソレになるの!? ねえ、ミラベル、違うよねえ!?」


 あまりのことに驚いて、私は思わず立ち上がった。そして、ミラベルを見つめると──


「ああああああああああああの」


 ミラベルはあたふたして、どもりまくっていた。そしてそんなミラベルの言葉をさえぎって、王子が再び机をバンと叩いた。


「ほら、やはりだ! いじめの加害者にそうきつく睨まれたら、誰だって何も言えなくなるさ! そういうことなんだろう、ミラベル? 可哀想に、僕が守ってあげるからね」


 ミラベルは必死に首を横に振っていたが、王子は気にすることなく彼女の腰に手を回し、空いた手で金の短髪をかき上げた。


「さ、こんな悪い女の近くにいたら、君によくない。離れた場所に移動しよう」


 王子と護衛にいざなわれつつも、ミラベルは半泣き顔でチラチラとこちらを見てきた。


(いや、申し訳なさそうにするなら、きっぱりと「違う」って言ってちょうだいよ)


 私は心の中でそうツッコみながら、地団太を踏んだ。……フラグ回避できてると思ったのに! 王子と護衛の”ミラベルへの好感度”、上がってるじゃんか!

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