第12話
「そのフラグとやら、どんどん折っていきましょう!」
「うんう……。……え?」
食べていたお茶菓子をうっかり落としそうになっただけで済んだことを、誰か褒めて欲しい。だって、危うく口の中のお菓子を吹き出しそうになったんだから。
私は頬を引きつらせて無理やり笑顔を作ると、リュシエルに向かって言った。
「いやあの、『何を突拍子もないことを言ってるんだ、この女』とか『やはり稀代の悪女は頭がおかしい』とか、そういうことを言われると思ってたんだけど……」
リュシエルは「ああ」と言うと、申し訳なさそうに頬をかいた。
「たしかに突拍子もないことでしたけれど、でも、それが真実なんでしょう? ……実は、僕の瞳は真実を視い出す力があるんです」
リュシエルはアシュリーの異母兄弟だそうで、お母様は西方にある国の姫君だったという。その国には知を司るドラゴンが人の姿となり、迷える民を救ったという伝説が残っていて、国の王族にはそのドラゴンの血が流れているらしい。
「そんなわけで、僕の耳と目は、ドラゴンの血を引いている証なんです」
「そ、そうなんだ……?」
知らない<設定>が出てきて、私はもう何が何だか分からなくなりかけていた。私が必死に「その設定、兄ちゃんがやってたゲームのどれかにあったっけ?」というようなことを考えていると、リュシエルはペコリと頭を下げてきた。
「というわけで、その、無理やり力でねじ伏せるような真似をして、すみませんでした」
「えっ?」
「だから、その、無理やりに話をさせてしまって……。こんなの、全然紳士的じゃないですよね」
しょんぼりとうなだれる美少年に、危うくほだされそうになった。でも待てよ、ここで彼を許したら、私は強力な味方を得ることができるかもしれない……。
私は今一度気を引き締めると、彼の話を聞いてみることにした。
「謝ってくれて、ありがとう。……で、どうしてフラグを折っていくことに賛成してくれるの?」
リュシエルはニヤリと笑うと、堂々と胸を張って言った。
「……シルビア嬢、僕と協力関係を築きませんか?」
「協力?」
「先日、兄上を王室から除籍すると言ったでしょ? 僕は本気で、兄上を追い出したいんですよ」
「ええ!?」
思わず驚いて大きな声を出してしまったけれど、リュシエルはそんな私に構うことなくにこやかに話を続けた。それによると、彼は昔からアシュリーの横暴さや身勝手さに頭を悩ませていて『こいつに国を継がせたらヤバい』と思っていたらしい。けれども、父である国王陛下はアシュリーを甘やかしまくってきたそうだ。
「今回の件だって、どうせほとぼりが冷めたら高難易度ダンジョンの対処なり何なりさせて実績を積ませて、それでうやむやにするに決まってる」
「ゲームのストーリーなんていう<創造主の敷いたレール>があったら、そういうことになりそうだよね、たしかに」
「僕は絶対に、そんなことは許さない。……そして、今、ここにはあなたという希望がある」
「私が、希望?」
私がきょとんとしていると、リュシエルは大きくうなずいた。
「あなたの言う”フラグ”とやらを折り続けて、あなたの知らないストーリーを描ききれば、兄上を排除できるかもしれない。現に、あなたは未来を変えて生還した。だから、この先の未来も、きっと変えることができる!」
盛り上がるリュシエルを眺めながら、私は「おお……」とつぶやいた。たしかに、私が剣聖となってミラベルを擁するアシュリーのチームよりも活躍すれば、私やリュシエルのほうがこの国の中での発言権を得られるかもしれない。味方になってくれる人もたくさん現れるかもしれないし。
リュシエルは立ち上がると、私の席に向かって歩いてきた。私のもとにたどり着くと、スッと手を差し伸べてきた。
「僕は全力で、あなたが剣聖となれるようバックアップします。ですから、どうでしょう? 協力しませんか?」
「協力だけでいいのなら……」
私はおずおずと彼の手を握り返した。すると、彼はいたずらっぽく笑って言った。
「残念だな。国母たるに相応しいあなたと婚約できたら、兄上を蹴落とすための材料としてはとても美味しかったんですけれど」
私はスンと無表情になると、彼の手を振りほどこうとした。だけど、彼に強く手を握られて振りほどくことができなかった。彼はギュウと私の手を握り込んだまま、私に詰め寄ってきた。
「でも、僕、諦めませんから」
「えぇ……」
「シルビアさん、おもしろそうだし。僕、普通に興味が出てきちゃいました」
リュシエルはにこっと笑ってパッと手を離すと、一歩後ろに下がった。私は、彼を警戒するように一歩、二歩と下がりながら言った。
「えっと、じゃあ、今日はこの辺で?」
「はい、またお話ししましょう」
笑顔でひらひらと手を振ってくるリュシエルに背を向けると、私は一目散にティールームをあとにした。
ドロリスと合流すると、私は急いで帰り支度をした。ドロリスは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「あの、お嬢様? ティールームで何かあったんですか?」
「リュシエル、私を諦めてないみたい」
小さな声でごにょごにょと答えた私に、耳をそば立てていたドロリスが「あらあら、まあまあ」というような表情を浮かべた。馬車の中で質問攻めにあったのは、言うまでもない……。
***
それから数日後。私は教員室に呼び出された。行ってみると、そこには魔法実技の教師だけでなくリュシエルの姿があった。
教師は私がやってきたのを確認すると、リュシエルをちらりと見やった。リュシエルは教師に小さくうなずくと、私に向かって一枚の紙を見せてきた。──王立冒険者ギルドからの依頼状だった。
「本来は兄上が指揮を執って遺跡調査を行う予定だったんですが、ご存じの通り、兄上は現在謹慎中の身。というわけで、僕が代わりにギルドの依頼を引き受けました。ミラベルさんには、僕のパーティーに加わっていただきたいんです」
それは、本来のゲームではアシュリーとミラベルが受けるクエストで、ミラベルの攻略相手が追加加入するイベントだった。私はごくりと唾を飲むと、ゆっくりとうなずいて答えた。
「分かりました、行きます」




