第11話
「僕と、婚約してください!」
「はあああああああ!?」
私の手を取り、膝をついて微笑む第二王子とやらを、私は思いきり睨みつけた。公衆の面前で婚約破棄するのも最悪だけど、プロポーズも最悪だと私は思う。だって、断りにくいじゃない。断ったら悪い人みたいな空気、出されるじゃない。
実際、校庭に集まっている生徒たちのざわめきが、心なしかお祝いムードめいていた。死んだと思ったのが実は生きてて、いい縁談話も持ち上がってハッピーハッピーみたいな、そんな感じ。私にとっては、たまったもんじゃない。
「よく知りもしない人と婚約なんて、するわけないでしょうが!」
「では、これから僕のことを知っていってください」
「ていうか、あんたと結婚したら、第一王子と家族になるじゃん。そんなの、ごめんなんだけど!」
「では、結婚のあかつきには、兄上を王室から除籍することをお約束いたします」
「いや、それ、アシュリーを引きずり降ろして自分が王位を継ぐって言ってるようなもんだよね!? 私、これ以上権力争いに巻き込まれたくないんだけど!?」
ああ言えばこう言うで、私が何を言ってもリュシエルは笑顔で打ち返してきた。──綺麗な顔して、とんでもないな、この子。
私はリュシエルの手を振りほどくと、彼に背を向けた。
「今日は疲れたから、もう帰る!」
情けないけれど、私はそう叫んで学園から逃げた。
***
「お嬢様! よくぞ、ご無事で……!」
家に帰ると、目に涙をたっぷりと溜めこんだドロリスが私に抱きついてきた。
「ドロリス、あなた、登園してなかったの?」
「当たり前です! お嬢様が無事に戻ってくる可能性も十分にあるにもかかわらず、葬儀を執り行うなんてひどいこと……。私、そんなの、耐えられませんもの!」
わんわんと泣くドロリスを、私はそっと抱きしめ返した。ゲームをプレイしていたときは分からなかったけれど、悪役と言われていたシルビアにも、こうやって心配してくれて、泣いてくれる人が実際にはいたというわけだ。私は自分が生き延びることで必死だったけれど、改めて、フラグに勝ててよかったと思った。
ドロリスの騒がしい声に引き寄せられて、家族や師匠も出迎えに来てくれた。みんな、私が帰ってきて本当に嬉しそうだった。
「お風呂、すぐに準備いたしますね!」
ドロリスは涙を拭うと、家族たちに抱きしめられている私を嬉しそうに見つめながらそう言い、せわしなく去っていった。──ああ、本当に、生きて帰ってこれてよかったなあ。
***
それから、私は大事を取って三日ほど休んでから学園生活に戻った。生徒のみんなは前よりも好意的なまなざしで私を見て、笑顔を浮かべて挨拶をしてくれる。私も笑顔で、それに応えた。
メインストリートを抜けて広場に差し掛かろうというところで、ミラベルがまたこちらに向かって走ってきて、盛大にすっ転んだ。
「ちょっと、大丈夫? あんた、本当によく転ぶよねえ……」
ため息をつきながら、ミラベルを起こしてやる。すると、ミラベルは恥ずかしそうに笑った。
「きょ、今日、シルビア様がいらっしゃるって聞いて、いてもたっても、い、いられなくて……」
「……そう、ありがとう」
最初は”私の死亡フラグ”扱いして近寄らないようにしていたけれど、別に悪い子ではないんだよね。避けてて申し訳ないな、と少しだけ思った。
教室に着いて。授業の準備をしていると、見知らぬ生徒から声を掛けられた。
「あの、これを……」
差し出された手紙についていた封蝋印は王家の紋章だった。
私は手紙を受け取ると、さっそく中身を確認した。そこには<放課後、ティールームにて>とだけ書かれていた。
***
放課後、私はドロリスを待たせて一人でティールームへと向かった。貴族用校舎内にあるティールームは、学園に通う貴族階級の生徒たちの憩いの場である。放課後になるとティールームに集まって小一時間くらいおしゃべりしてから帰る、という生徒も珍しくない。そんな人の多い場所なら、一人で出向いても安全だろうと思い、ドロリスには待っていてもらうことにしたというわけである。
ティールームに入ると、やはり何組もの集団がお茶をしながら談笑していた。私に気がついたティー・レディが、私のもとへとやってきてお辞儀をした。
「シルビア様、ご案内いたします」
私が案内されたのは、ティールームの奥にあるVIPルームだった。扉の先で待ち構えていたのは、案の定、リュシエルだった。
「シルビア嬢、来ていただけるとは思いませんでした」
「いやいや、あんたが呼び出したんでしょうが」
相変わらず笑顔のリュシエルを睨みつけると、彼は怖気ずくこともなく「嬉しいです」と返してきた。
「で、用件は何?」
私は席に座ることなく、彼に尋ねた。死亡ルートを逃れたとはいえ、まだ第二の死亡ルートが待っているのだ。私は対応策を練ってイベントに挑むために、たくさんの調べ物をしなければならない。それに、生存確率を上げるためにも、剣の道も極めたいし。だから、私は早く帰りたいのだ。
座る気のない私に、王子は肩をすくめた。彼も私に倣ってか、立ったまま話し始めた。
「兄上、白状しましたよ。あなたを完膚なきまでに亡き者にしたくて、あのダンジョンを作らせたみたいですね」
「私が邪魔だからって、そこまでする必要ある? そもそも、ダンジョンの主が魔法無効じゃなかったら、私のこと、消せないよね?」
「だから念を入れて、魔法の効かない主を寄せ付けるための小細工をダンジョンメーカーに仕込んだみたいです」
私はため息をついた。
「それで私を消したからって、あいつがミラベルに選ばれるとはかぎらないのに……」
「ですよね。そもそも、ミラベル嬢は兄上が苦手そうです」
相槌を打ったあと、私は部屋の扉のほうに体を向けながら言った。
「用件はそれで終わりだよね? それじゃあ、私はこれで……」
リュシエルから目を離そうとした、そのとき。彼の金色の瞳に、私は不思議と引き寄せられた。そのまま、体はテーブルへと向き直り、ストンと椅子に座らされた。
「え、何、これ……」
私が動揺していると、リュシエルも椅子に腰かけた。彼はテーブルに両肘をつき、手を組んだ。そして、にこやかな笑みを浮かべて言った。
「まだです。少し、腹を割って話しませんか?」
彼はたしかに笑っていた。けれども、目は全然笑ってはいなかった。
「話すって、何を……」
「僕たちの、将来についてのことです」
蛇に睨まれたカエルのように、私はリュシエルの瞳から逃れることができないでいた。怪しくきらめく金色の瞳には、何らかの魔術がこめられているようだった。シルビアはこの世界で一、二を争う魔力を有する魔法使いなのだから、対抗魔法が何かしら使えるはず……と思ったけれど、私にはどうすることもできなかった。
「あの、私、まだ結婚とか、考えられない……」
「とてもいい話だと思ったんですが。どうしたら考えてくれますか?」
「フラグを、折らないと……」
「フラグ?」
リュシエルは不思議そうに首をかしげた。──そりゃあそうだ。いきなり”フラグを折る”なんて言われても、何のことだかちっとも分からないのは当然である。けれども、私はあの金色の瞳に誘われるまま、腹を割って話してしまった。
私はこの世界を<マギルギアン・テイル>というゲームの中だと認識しているということ。ゲーム内での”シルビア”の役目。同じ世界を舞台に作られたであろう別ゲームの存在。そして、結果的に、私は別ゲームの設定にあった剣聖を目指しているということ──。
リュシエルは真剣に私の言うことを聞いていた。そして、私が一通り話し終えると、あごに手を当てて何やら考え始めた。
「おもしろい……。これは、いい話を聞いた……」
「えっ、おもしろい……?」
いつの間にか、私を取り巻いていた圧はなくなっていた。おかげで、自由に体を動かすことができるようになった。圧を受けて、いいようにしゃべらされて喉がカラカラになっていた私は、用意されていたお茶をいただいた。
私がティーカップを置くと、リュシエルは頬を上気させて、こちらに身を乗り出してきた。
「あなたの話が真実なら、”ストーリー通りに事が運ぶと、アシュリーが王位に就く”わけですよね?」
「いや、そういう描写はなかったけど……。でも、うん、そうだね。アシュリーは最後までミラベルと一緒に活躍してたから、多分そうなるんだろうね」
私は眉根を寄せ、首をかしげながらお茶菓子を頬張った。リュシエルは私の言葉を聞いて嬉しそうにうなずくと、きらきらとした目で私を見つめて言った。
「そのフラグとやら、どんどん折っていきましょう!」
「うんう……。……え?」
私はモリモリと食べていたお茶菓子をうっかり落としそうになった。




