第10話
私はダンジョンの主を討伐した証に、ドラゴンの逆鱗を持ち帰ることにした。……と、その前に。このダンジョンは人工のものである。ということは、主のいたこの部屋のどこかに魔道具<ダンジョンメーカー>が隠されているはずである。それを見つけて壊しておかないと、魔道具に込められた魔力に引き寄せられて、新たな主候補のモンスターがやってこないともかぎらない。
というわけで、私はドラゴンの逆鱗を剥ぎ取る前に、部屋の中を重点的に調べることにした。ドラゴンが背にしていた壁が怪しいと目星をつけ、おかしなところはないかと念入りに探す。すると、壁の一部が隠し扉となっていて、ガコンと音を立てて開いた。中には小さな祭壇のようなものが用意されていて、その上に魔力を秘めた球体のモノがフワフワと浮いていた。──これがダンジョンメーカーだ。
私はダンジョンメーカーに杖を向けると、一発魔法をお見舞いした。ダンジョンメーカーはダメージを受けて、ふたつに割れて祭壇の上にゴトリと落ちた。
「念のため、ダンジョンメーカーも持ち帰るか……。……ん?」
壊れたダンジョンメーカーを眺めていた私は、あることに気がついて顔をしかめた。
***
「シルビア・ド・ラ・ミキエールはとても優秀な生徒で……」
学園の校庭では、私の学園葬が執り行われていた。まだ死体を確認したわけでもないのに、お気が早いことで……。おかげさまで、私の怒りはさらに増加した。
生徒たちの間を、煤だらけの鎧姿のまま、私は歩いて行った。死んだはずの人間が堂々と歩いてくるのだから、驚き戸惑うのも無理はないだろう。私が通過した先から、どよめきや悲鳴が上がっていた。
壇上にいた国王陛下は驚いた顔をしており、王子殿下は顔を真っ青にしていた。ミラベルは、涙でぐしゃぐしゃにした顔をにっこりとほころばせると、私に向かって走ってきた。
「よがっだでずうううううううう! ジルビアざまが死んだなんで、絶対嘘だど思っでまじだああああ!」
泣きすぎて鼻が詰まりまくっていて、言葉の全てに濁点がついていた。まさか、ミラベルがこんなに私のことを思っていてくれているとは思いもしなかった。
「ミラベル、ありがとう。ちょっと大事な話があるから、少し離れててもらえる?」
背中をさすってやりながらそう言うと、ミラベルはコクンと静かにうなずいて私から離れた。
「誰か! コレはシルビアの姿を模したモンスターだ! ただちに討伐せよ!」
ミラベルが離れた途端、王子がそう喚きたてた。私は王子を睨みつけると、彼の足元に向かって魔法を放った。
「ひぃ!」
「黙れよ、モラハラ!」
「もら……!? だから、モラハラってん何なんだよ!?」
王子は目に涙を浮かべて惨めそのものだった。私はそんな王子のことなどお構いなしに、背負っていたリュックを降ろしてドラゴンの逆鱗を取り出すと、式に参列している王族や教師陣に向かって投げた。
ドシンと音を立てて壇上に落ちた鱗を、一同が驚きの目で見つめた。
「ダンジョンの主を討伐した証です。ドラゴンの逆鱗です。どうぞ、お収めください。……あと、それから」
私はリュックに手を突っ込むと、今度はダンジョンメーカーを取り出した。それも、鱗同様に皆様の足元に向かって投げた。
「王立冒険者ギルドが予想していた通り、あのダンジョンは人工のものでした。で、ダンジョンを作った人物なんですけど、どうやら王族の方みたいなんですよね」
「何!?」
「ほら、よくご覧になってください。ダンジョンメーカーの細部に、王族の紋章が刻まれているでしょう?」
動揺が一気に、校庭中に広まった。と同時に、声を上げたアホがいた。
「あのバカ魔術師! 作った魔道具には紋章を入れるなって、あれほど……。……あ」
王子は苦々し気な顔でそう言いながら、途中で失言に気がついたのか、みるみると顔色を悪くした。青ざめていたのが、もはや真っ白だ。
「アシュリー、それはどういうことかね?」
国王が静かに尋ねても、王子はしどろもどろに「あのその」としか言わなかった。
「アシュリー! あのダンジョンのせいで命を落とした者もいるのだぞ! どういうことなのか、ちゃんと説明せぬか!」
「父上! 違うのです! これは……!」
王子は慌てふためくだけで、上手いこと言い逃れることはできなかった。国王の一声で、あっという間に親衛隊に取り押さえられた。
「騎士団長よ、アシュリーを自室に軟禁させよ。ことの仔細を確認するまで、絶対に外へと出さぬように! ……シルビア嬢、本当にすまなかった。アレがこれほどまでに愚かだと知っていたら、婚約破棄したいというのも当然のことだろう」
国王は人目をはばかることなく、申し訳なさそうに頭を下げてきた。こんな公衆の面前で、一国の主に頭を下げ続けさせるわけにもいかない。
「いえ、そんな! あの、頭なんて下げないでください!」
私は慌ててそう言った。すると──
「父上。兄上の不始末は僕がつけます」
王族の一団の中から、学園の制服を来た男の子が出てきた。紫色の髪をした、金色の瞳が美しい子だ。少しだけれども、耳がエルフみたいに尖ってるように見える。──師匠みたいな男前も好きだけれど、この子みたいな美形も好きかも!? ていうか、誰!?
<マギルギアン・テイル>をプレイしていたときには一切見たこともなかったその子は、私に向かってにっこりと笑うと丁寧なお辞儀をした。
「はじめまして、シルビア嬢。僕はリュシエル。この国の第二王子です」
「第二王子!?」
私はとても驚いた。……けれども、よくよく考えてみれば、アシュリーは最初から”第一王子”だとプロフィール紹介されていたから、兄弟がいてもおかしくない。でも、まさか、ゲームにも出てこなかったのに、ここで登場するなんて!
「あの、”兄の不始末は”って、どういう意味ですか……?」
私は挨拶もそこそこに、発言の真意について尋ねた。すると、リュシエルは私の手を取り、片膝をついた。
「兄上はあなたを、とても傷つけました。その傷を癒す役目を、僕に与えてください」
「え? どういうことですか?」
要領を得なくて、私は首をかしげた。すると、リュシエルは私を真っすぐに見つめて言った。
「僕と、婚約してください!」
「はあああああああ!?」
私は思わず、声をひっくり返して渾身の叫び声を上げた。




