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第1話

 部活動からの帰り道、私は大急ぎで自転車を走らせていた。


(早く帰らないと師範(とーちゃん)に怒られる……!)


 うちの師範には「部活が長引いた」が通用しない。だから、少しでも道場(わがや)の稽古に遅れると、あとがうるさいのだ。うちの部は一年生が部活終わりに道場を掃除するという決まりがあるのだが、それのせいで帰宅が遅れてネチネチと怒られた。二年になったら掃除から解放されたから、怒られる頻度もへったけれど……。

 それにしても。学校でも剣道、家でも剣道って……。


(もうちょっと、色気のある高校生活を送りたいわ……)


 溜息をつきながら、自転車のグリップからちょっと片手を離して、背負っていた防具入れリュックの肩ひもが肩からずり落ちかけていたのを直した。と、その瞬間。バランスを崩して、自転車の制御がおぼつかなくなった。


「わっ、とっ、とっ……。──!?」


 ブレーキをかけて、なんとか転ぶ前に停止することができたけれど。そこは、運悪くも、車通りの多い交差点で。ふと顔を上げたら、大型トラックが眼前に差し迫っていて──


「きゃああああああああ!? ──あ?」


 無意識に叫んだものの、痛いとか、苦しいとか、そういうのは全然なくて。おかしいなと思って、反射的につぶってしまっていた目を開けると、そこには見たことのない豪華な天井(?)が映って。


「あ~……れ~……?」


 間抜けな声をあげながら、いつの間にか寝転んでいたっぽいので体を起こしてみると、どうやらここは、西洋中世を舞台にしたドラマとかでしか見たことのないような豪華な天蓋つきのベッドの中のようで。

 胸元に目をやってみると、制服でも病院で入院患者さんが着ているような服でもなく、レースをあしらった”お嬢様が着るような寝間着”みたいなのを着ていて。しかも、肩の辺りからさらりと長い髪が流れ落ちてきて。──私、ショートボブのはずなのに!


「えっ、何、どういうこ……」


 わけが分からずオロオロとしていると、外のほうからガタンという大きな音と同時に「シルビア様!?」という叫び声が聞こえてきた。


「失礼いたします! シルビアお嬢様、どうかなさいましたか!?」


 そんな声と同時に、ジャッと天蓋が開けられて。現れたのは、メイド服を着た、そばかすが可愛らしい赤毛の女の子だった。年は私と同じくらい。


「シルビア様?」

「シルビア様……?」

「え?」

「えっ?」


 つかの間、メイドの彼女も、私も、きょとんとして目をパチパチとさせた。しかしすぐに、彼女が身を乗り出してきて、スッと私の額に手を当てた。


「お熱は……ないようですね」

「いや、私、あの、今、車に轢かれて……」

「あ、悪い夢をごらんになったんですね? すぐに温かいお飲み物を用意いたしますね! リラックス効果の高いハーブティーを!」


 メイドちゃんが慌ただしく部屋から出て行ったあと、私はベッドから起き上がって部屋の中をキョロキョロと見まわした。

 本当に、ドラマとかでしか見たことがない(本日二回目)──


(てか、ここ、どこよ? 明らかに病院とは違うし。……あ、あった。鏡!)


 私は鏡に駆け寄ると、恐る恐る覗き込んだ。

 流れるような美しい銀髪、翡翠色の瞳、無表情になると一見怒ってるかのように見えるこの顔、そして”シルビア”という名前──


「ウソでしょ!? 私、<マギルギアン・テイル>のシルビア・ド・ラ・ミキエールになっちゃったの!?」


 説明しよう。<マギルギアン・テイル>とは乙女向けゲームだ。人気は……ゲーム玄人たちからだったらそこそこって感じ。何故なら、剣と魔法のファンタジー世界で王立魔法学園に通いながら、イケメンたちを攻略していくだけでなくダンジョンも攻略していって、最終的には世界を救っちゃうという流れのゲームだからだ。

 私は兄弟がいて、男の子向けゲームもたしなんでいたからダンジョン部分もそつなく攻略できたけれど、乙女ゲーだけしかやったことのない層の人たちだと結構挫折してる人が多いみたい。……私は、好きでやり込んだクチ。

 でもって、シルビア・ド・ラ・ミキエールというのは、いわゆる悪役令嬢キャラだ。アシュリー第一王子の婚約者で、ゲーム内世界では一、二を争う魔法力を持っているという設定だ。そしてもちろん、悪役令嬢というポジションなので、プレイヤーが王子からの好感度を上げていくと──


(死ぬじゃん! しかも、他の乙女ゲーとは違って、わりと序盤で!)


 序盤の死亡ルートを免れたとしても、ゲームのラスボスである魔女に体を乗っ取られるため、結局最後にはプレイヤーに討伐されて死ぬ運命にある。


(トラック、目と鼻の先だったもん。絶対に死んでるよね~……。で、せっかく転生して生きながらえたのに、もうじき死ぬって? ……やだやだやだ、絶対死にたくない! 死にたくないよ~!)


 鏡の中の”私”を睨みつけながら、こぼれ落ちそうな涙をぐっとこらえた。


「うっ……ふぐっ……」

「あらやだ、シルビア様! 大丈夫ですか!? よほど、怖い夢をごらんになったんですね!」


 嗚咽を飲み込めずに震えていると、戻ってきたメイドちゃんがお茶のセットをベッド近くのテーブルに置いてから、そばに駆け寄ってきてくれた。

 メイドちゃんに伴われてベッドに腰を掛け、お茶を淹れてもらう。カップを受け取りながら、私はメイドちゃんに尋ねた。


「ありがとう。……ねえ、あなたは──」


 ゲームは王立魔法学園とダンジョンが舞台だったから、私は”シルビアのプライベート”を知らない。もちろん、この子のことも知らないのだ。

 メイドちゃんはにっこりと笑うと、私の前で膝をつき、私を見上げながら言った。


「もしかして、お寝ぼけさんですか? 私はあなたの専属メイド兼、幼馴染のドロリスですよ」


 メイドちゃん──ドロリスは、まるで太陽を仰ぐひまわりのように、明るくて屈託のない笑顔を浮かべていた。

 まさか、こんな素敵な笑い方ができる子が、”極氷の君”と揶揄されてゲーム内でも悪行のかぎりをつくすシルビアのそばにいるだなんて。もしかしたら、”実際のシルビア”はそんなに悪い子ではないのかもしれない。ゲームのストーリー上、悪く言われているだけで。

 そもそも、私はこのゲームをやり込んでるわけだから、プレイヤーキャラである聖女・ミラベルとの”イベント”を回避すればいい。それでもって、清く正しく美しく過ごしていれば、ゲームにはない”死亡しないエンド”を迎えられるかもしれない。この笑顔が可愛いドロリスとの出会いは、きっと”死亡しないエンド(明るい未来)”への暗示に違いない……!


(そうと決まれば、徹底的にミラベルを回避しよう……!)


 そう決意すると、私はお茶をグッと飲み干した。



***



 登校時間になって。私はドロリスと一緒に、馬車に揺られていた。ドロリスは私と同じ制服(けれども、首元のリボンだけは庶民用である)を着ていた。どうやら彼女は、私の従者として同じ学園に通っているらしい。


「そういえば、今日ですね」

「何が今日なの?」

「うわさの”聖女様”の初登校日ですよ」

「えっ、今日なの!?」


 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。ドロリスはそんな私に驚いたのか、ぽかんとしつつも首を縦にコクコクと振った。

 うわー、マジかー……なんて心の中で呟きながら頭を抱えていると、ドロリスがつらつらと話し始めた。

 王家に伝わる古文書に書かれた”伝説の聖女様”の左手にあったとされる紋様と同じものが、今日からやってくる子の左手にもあるらしいとか。紋様には魔を討ち祓う聖なる力が宿っていて、伝説の聖女はその力で世界を救ったとか。

 ……うん、知ってる。知ってるよ。このゲームはミラベルを真の聖女として育てながら、イケメンを攻略して、そのイケメンたちと一緒に世界を救っちゃうゲームだから。でもって、ミラベルは登校初日にシルビアにぶつかってきて、シルビアが難癖つけるんだよ。


(どうしようかな……。裏門からこっそり学校に入ればいい? いやむしろ、ぶつかられても邪険に扱わずに、めちゃめちゃ親切にしたらいいんじゃない? そしたら、周りからのシルビアに対する好感度が上がるのでは!?)


 私がうんうんと唸っていると、ドロリスが心配そうに見つめてきた。


「大丈夫ですか? もしかして、まだ悪夢を引きずっている感じですか?」

「いや、何でもない! 何でもないの! 気にしないで!」


 慌てて、私は顔を上げた。すると、ドロリスがいまだ心配そうな感じで小さく「はあ」と返事した。そのタイミングで、ちょうど馬車が停まった。

 ドロリスは自分と私二人分のカバンを持って先に降りると、私に向かって手を差し伸べてきた。私はその手を取ると、彼女に介添えされながら馬車を降りた。


 ドロリスを従えながら、私は”ミラベルに会いませんように”と願って内心ドキドキしつつ校内のメインストリートを歩いた。時折り挨拶をしてくる生徒がいて、私は笑顔で挨拶を返した。すると、周りが動揺でドヨドヨとした。……ああ、()()の”極氷の君”はツンとしていて挨拶も返さないものね。特に、庶民からの挨拶は返さないものね。そりゃあ、動揺するよね。


 そうこうするうちに、メイン広場まであと五十メートルというところまで来た。……ああ、()()でミラベルとぶつかるんだよね。

 ぶつかるまで、あと四十。三十。……あと二十メートルというところで。


ズベシ!


「ぎゃぴい!!」


 まだ私は広場に足を踏み入れていないんだけれど。そもそも、あと二十メートルはあるんだけれど。横合いからミラベルが飛び出してきて、そして勝手にすっ転んだ。


(え……ええええ……?)


 地べたに這いつくばってプルプルと震えている聖女を前方にして、私は頭を抱えるざるを得なかった。

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