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死にそうな魔術師と崖っぷち家政婦の結婚事情  作者: 猫の玉三郎


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11/11

11 これからのふたり

 あれからベンは夜逃げ同然に町を出て行ったようだった。さらにベンの持っていた魔術具から他の人間の関与が明るみになり、それもルドルフに私怨を抱く魔術師側の仕業だろうとの話だった。これを機に都に残してきたごたごたにカタをつけてくるとルドルフは面倒そうに言った。


「カティ、こっちへきて」


 言われるがままルドルフへ着いていくと、彼の作業部屋に到着した。普段は立ち入り禁止になっている階段横の部屋だ。


「はいこれ」


 彼が寄越したのは皮でできた腕輪だった。金具も着いていて、長さを調整したり取り外しができるようになっている。カティの細い腕をとると、ルドルフは器用にそれを取り付けてしまった。その時に間近で見たルドルフの様子に、カティは心配がつのる。


「ルドルフ様、またお加減が悪いのではないですか?」


 ルドルフは何も言わない。ベルトを細かく調整して、カティの手首へぴたりとそれを這わせる。


「……ルドルフ様」

「うるさい」


 ぴしゃりと言い返されてはカティもそれ以上なにも言えない。最近は翻弄されることも多くて失念していたが、基本的にルドルフは干渉されることを好まない。触れられることも好きではない。それを思い出して、少しだけカティは寂しくなった。それと同時に安心もした。今の彼はカティのよく知る姿だ。


「使い方を説明するから」


 言われるがまま彼の背中についていけば、今度はカティに与えられた部屋へ着いた。


「いいかい、この腕輪には術式が組み込まれている。腕輪のある右手でここに触れると、もう一方の場所へ瞬時に移動できる」


 ここ、とルドルフが差したのは、彼が壁に取り付けた金属のプレートだった。


「きみの家とこの部屋。その腕輪があればどちらにも行き来できるから、基本的にはそれで家に帰ること。いいね?」

「はい」


 横でルドルフが動く気配がした。ゆっくりした動作ではあったが、彼の腕がカティの腰へまわると隙間なく抱きよせる。そしてカティの右手をとり、導くように壁のプレートへ手をつかせた。


 その瞬間、体にくすぐったいような感覚がめぐり、カティの視界が揺れた。でもそれはほんの一瞬で、すぐに周囲の異変に気付く。さっきまでいた空間と温度や匂い、景色が違う。


「……ここは、私の家?」

「そうさ。もう一度手を触れればあの部屋へ戻る。今度は自分でやってみなよ」


 体はいくらか離れたが、腕は相変わらず腰に巻かれたまま。おそらく転移のときはどこか体に触れていないと一緒に飛べないのだろう。服越しに伝わるルドルフの存在にどきどきしながら、カティはゆっくりプレートへ手を伸ばした。


 触れた瞬間にまたくすぐったぐい感覚が体にめぐり、気付けばルドルフの家、それも二階のさっきの部屋に立っていた。


「通勤帰宅は転移を使うこと。用心のためだ。なんならこのままこの部屋で暮らしていいけれど、まあ急だし、きみのペースでいいよ。あと生活や仕事で不便を感じたことは言っていい。研究の新しいアイディアになり得るからね」


 そこまで言うとルドルフは離れていった。さっきまで腕があったところに冷やりとした空気が流れこむ。そのまま去ろうとするルドルフを目で追いかけると、印象的な青い瞳とぶつかった。


「なに」


 面白そうに笑みを浮かべるルドルフに、カティは思いきって口を開いた。


「ルドルフ様は魔術を開発すると体調を崩すと聞きました。やはり、お体がつらいのではないですか」


 この問いはあまりお気に召さなかったようだ。ふんと小さく鼻をならすと、ルドルフはそっぽを向いてしまう。


「心配なら不要だ。不思議なことにきみに触れると癒されるんだよ。波が引くように不調がふっと軽くなる」


 言われたことをすぐに飲みこむのは難しかった。触れたら不調が軽減するとはどういう意味なのだろう。言葉どおりにとらえたとしても難しい。カティが目を白黒させているのに気づくと、ルドルフは小さく息を吐いた。


 手がのび、カティの指先をすくいとる。


「こうやって肌と肌が触れあうと体がラクになる。原理はわからない。ハルトいわくこの町にはそういう存在がいるらしいから、きみがそうなのかもね。いつか解明してみせるよ」


 カティの手を口元へ持っていくと、ルドルフはそっと唇を落とす。そのまま見上げるような形でカティをまっすぐに見つめた。思わず深い青色の瞳に見入ってしまう。


「利用されるのはいや?」

「……いいえ」


 むしろ必要とされる明確な理由があってうれしい。単なる気まぐれなどではなく、ルドルフにとって自分は利用価値があるのだと安心すら覚える。


 これはきっと利己的な気持ちだ。

 保身からくる安心感だ。

 それと同時に、ルドルフのためならばこの身を投げ出す覚悟もある。この感情がいったい何なのか、カティにはよくわからなかった。


 青い瞳を見つめ返すと、わずかに細められる。ルドルフがよくするあの得意気な表情だった。その表情がたまらなく愛おしく思え、熱をもった吐息が口からこぼれる。


 カティは湧きあがるいろいろな想いを噛みしめながら、ただ「いいえ」と答えるのが精一杯だった。



 ◇



 それからのカティはルドルフの家と生家を転移で行き来しながら家政婦の仕事を勤めた。使い方を教えてもらったオートマタは重たいものを持ってもらったり、高い場所の掃除をしてもらったりと大いに活躍している。


 オートマタの使用方法に噛みついたのはハルトだった。


「アレに家事をさせるなんてとんでもない! オートマタはおまえが作ったなかでも最高の発明品なんだぞ。この世に一体しかない遠隔操作型装甲人形だ。これを欲しがる人間がいくら金を積むか分かってるのか。それを——」

「うるさいなあ」


 ルドルフはどこ吹く風だ。

 その彼も時おり都へとおもむき、自宅でも仕事だ研究だと忙しくしている。体調が戻ったことでまた引っ張りだこのようだ。




 ある日の静かな晩のこと。


「きみがそばに居てくれるのなら、僕は夜の静寂も昼の喧騒も……もう恐れることはない」


 ルドルフは暗い窓の外を見つめながらぽつりと漏らした。返事は求めていないようだ。窓辺の長椅子に体を預けている姿は出会ったころを思い出させ、カティの胸は少しだけ切なくなる。思い通りにいかない体に陰鬱とした気持ちを抱え、日々を過ごしていたルドルフ。あの頃のように不調で悩むことは少なくなったかもしれないが、今はどう感じているのだろう。


「ルドルフ様が必要としてくださるのなら、わたしはずっとおそばにいます」


 両手を胸の前できゅっと握りしめてルドルフへ告げる。カティはいつだってルドルフのことが一番大事だ。


 遠くを見ていた青い瞳がカティへと向けられる。気だるげで退廃的な雰囲気は健在だが、その眼差しには強さが感じられた。


「こっちへきて」


 言われるがままカティはルドルフの隣へ座る。近くに行くといまだに緊張してしまうのが恥ずかしい。そうやってどぎまぎしていると、ルドルフの顔がずいっと目の前に迫ってきた。


「僕らはもう夫婦だ。神の前で誓いを立て、認められた。カティはずっと僕の隣にいればいい」


 ルドルフの言葉はいつだってまっすぐで、飾り気がなくて、カティの心へ深く響く。


「……いや、にぶいからハッキリ言っておかないと。いい、よく聞いて。僕だけを見て、僕だけに笑っていればいい。他の男のところへ行ったらダメ。わかった?」


 これから二人はどうなるのだろう。

 少なくとも、カティの居場所はルドルフのそばにある。カティはそれだけでも充分にしあわせだと思った。


「はい」と返事をすれば、ルドルフの目つきがふわりとやわらぎ、気付いた時にはおでこへキスが落とされていた。


 湧き上がるしあわせを噛みしめ、カティもまた表情をほころばせるのであった。




 ふたりの結婚生活はこれからも続いていく。

 できれば緩やかに、穏やかにと、願うばかりである。


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― 新着の感想 ―
[一言] つ、続きを…… 深掘りしたバージョンが読めるといいなあ。
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