零は異世界で起動する
「ーー特攻でありますか……」
昭和二十年 西暦一九四五年 十月二十日
我が隊『神風特攻雷神部隊』は、米国の戦艦に零戦での特攻作戦が長官からの命令で下された。俺はこの雷神部隊に隊長として任命を受けている平吾郎大尉である。隊の総数十二名程の少ない隊ではあるが、それなりに戦果を上げてきた精鋭達だ。
それでも薄々は感じていたのである。
ーーこの日本国は米国に敗戦すると。
実際に何名かの隊員が、零戦に爆薬を抱え片道切符の燃料を用意して米国艦隊に特攻し命を落とした。謂わば『名誉の戦死』であると上官達は鼻を高くし笑っている。
こんなふざけたことがあってたまるか。声を大にして叫びたいが、そうも言えないのがこの日本国の狂気じみた悪習なんであろう。特攻を断れば非国民だと罵倒され、家族すら危うくなってしまう。誰が好んで国の為に死ななければいけないのか理解し難いが、これが現実なのである。
涙を流し最後まで家族や友人を思い特攻して逝った戦友達を俺は絶対に忘れたりなどしない。そんな中、とうとう俺らの番が来たのだと腹を括るしかなかった。
「何度も言わせるな平吾郎大尉。国益の為だ、絶対に成果を果たせ!」
「ハッ! 上官殿。 私達雷神部隊が必ず敵艦に特攻し成果を勝ち取ってみせます!」
一ミリも思っていないことを口にしなければいけない。
死にたくない。我が隊の命だけでも助けたい。守りたい人がいる。そんな思いだけが空に散っていき、時間だけが過ぎて行った。
♦︎
「嫌や! なんでゴロちゃんが死ななあかんの? いかんといてぇや……」
当時、交際関係にあった女性。菅原小春に特攻命令の話しをせざるを得ない為、俺は辛くあったが現実を語る。結婚も考えていたがそんな明るい未来はきっとこない。小春には幸せになって貰いたいから、最後の別れを済ませようと軍規違反だが軍から抜け出して、今こうして話しをしている。
「非国民や言われて一生生きてくつもりか! 俺は小春が幸せになる為に死ににいくんや! 命令が出た以上もう引っ込みつかんねん。名誉の戦死や、それでええやろ!!」
柄にもなく涙を流してしまうが自分でも、もうこの感情の制御は効かないらしく、膝から崩れ落ち子供の様に泣きじゃくっていた。そんなだらし無い姿にも関わらず、小春は優しく俺を抱きしめ一緒に泣き、たった一言だけ言葉を残す。
「戦争の無い誰も死なない世界があるんなら、その時はまたゴロちゃんと一緒になりたい」
その言葉にどれだけ救われたか。
俺はこれから死に行くのに、恐怖がまるっきり無くなってしまったようだった。
♦︎
「わしらに死ねいうんですか平隊長! 皆んな家族や思い人がおりやるんですよ! もうこの国は負けるんです。なのに何で命を賭けないかんのですか!?」
「黙れ上田! 上官命令だ立場を考えろ。お前ら雷神部隊を殺したい訳ないだろ!! 特攻命令はもう覆らないんや。俺らは日本国の為に死ななければならんくなった。もう手は無いんや……」
神風特攻雷神部隊に全てを打ち明けた。全隊員に零戦での特攻作戦を伝え啜り泣く者、名誉の戦死だと喜ぶ者、上田の様に反発する者、色々な感情が入り混じる中で俺は、心を鬼にして自分の感情すら押し殺し作戦までの指揮を執る。
一人また一人と、隊員が米国艦隊に特攻していき命を散らす。そんな彼らの数少ない遺品を拾うのが、俺と上田の死ぬまでの使命になっていた。
上田とは一個下の後輩で、ガキの頃からよくつるんでいた。お互いに悪さをする仲でいつも先生には殴られてばかりであったが、それでも楽しく青春とやらで満たされていた喜びを上田と分かち合っていたのだが……。
「ーー。赤紙が、来てもうた」
召集令状の赤紙が、俺の自宅に届いていた。
この紙は、軍隊が在郷の者を兵士として召集するために個人宛に発布する令状である。つまりは、国の為に戦って死ねと書いている死刑宣告の様な物だ。
家族の誰がこんな理不尽を納得するか。いや、納得など誰もしない。断ればあの家庭は非国民だと蔑まれ投石されるだけ。ただただ上っ面だけの喜びを向けた両親は、陰で涙を流しながら軍に入隊する俺を見送ったのである。
その一年後、上田と再会を果たして俺らで『神風特攻雷神部隊』を立ち上げた。そして今現在、今日限りでこの隊は解体される運びとなった。最後に生き残った俺が、零戦で敵艦隊に特攻することで。
仲間が何人も死んだ。一緒に酒呑んで馬鹿やった奴も、殴り合いして喧嘩ばかりしていたアイツも、そして後輩だが親友と呼べる上田ですらもういない。
俺にはもう何も残らなかったんだ。
皆の遺品を抱え機体に乗り込んで特攻準備を済ませていた俺は、何故だか冷静であった。ある意味、常軌を逸してたのかも知れない。エンジンをかけて俺はあの蒼天に飛び立つ。すると小春の言葉が脳を過らせた。
「戦争の無い誰も死なない世界があるんなら、その時はまたゴロちゃんと一緒になりたい」
この後に及んで、頬から流れる何かを意識する暇なんか無い。敵艦が既に目の前に現れていたのである。死を覚悟した俺は、絶頂とも呼べる感情を昂らせて激突に向け機体の速度を加速させていた。
「大日本帝国万歳! なんてふざけたこと抜かせられるか! 皆んなくだらん作戦で死んだんや。日本の恥、これが最後の特攻や! これ以上誰も! 死なせへんぞ!!」
閃光が、爆発の中に形無く散ったのである。
♦︎
「先生! 彼が目を覚ましました!!」
知らない機械仕掛けの天井を見つめる俺は、看護婦の様な声に驚いてしまった。寝床に寝かされていて手を握ってくれている女性、軍服を着た年配の男が側にいるこの状況に頭の整理が追いつかない。俺はあの時、確かに死んだはずなのに。考え込んでいると医者らしき者が俺の容態を確認しに来たのである。
「まさか意識が戻るなんて!? 君! 名前は言えるかい?」
「たいら…… ごろう…… です」
「え? 今なんと言った!?」
おれの手を握ってくれている女性に軍服の男、そして医者が混乱し慌てている。終いには女性は泣き出す始末で……。とにかく俺も大変だった。そして不思議なことにこの女性、小春に似ている。意識もしていないのに言葉が出てしまった。
「こ…… はる!?」
「そんな…… 嘘よ。私のことも忘れちゃうなんて。私アクアだよ! 思い出せない?」
動揺を隠せないアクアと名乗る女性は、ただひたすらに俺の手を強く握りしめていた。
「コノハ君は脳に深刻なダメージが入ったのだろう。完全な記憶喪失に別の人格まで入ってしまったようだ。それ程までに戦争が激化していたんだね、レイス上官」
「そうですね。この戦争は負けますよ。皆んな殺されてしまうでしょうね」
どうやら俺は、コノハと言う青年らしい。爆発にでも巻き込まれたのだろうか、体が痛いし意識も飛びそうだ。軍服の男の名はレイスだと分かったが戦争と言ったか?
二度と戦争の無い世を信じて俺は、特攻し命を落としたのだ。それなのに知らない世界に来ているわ、未だ戦争をしているわ、もう訳が分からない。医者との話しが終わった後、レイス上官が俺に近づき声をかけてきた。
「えーと、コノハ君? じゃないな。今はタイラー・ゴロー君だったね。無事でいてくれてありがとう。この日ノ鳥国は今日で恐らく戦争に敗北する。皆、避難しているから君も早くアクアと逃げなさい」
「レイス上官はどうするんです?」
「我々は最後の足掻きに出る。『魔術特攻』だよ」
嫌な予感がした。 あの時と同じだ。
あの糞ったれな国と同じ過ちを繰り返そうとしているのか疑問に思うが『魔術特攻』についてレイス上官は言及(説明?)する。
この世界は、魔法とやらが中心の世界のようで人々の支えになっていたという。ある時を境に各国で大量虐殺が起こったのが、この戦争の原因になり世界は混沌に陥った。
『魔導兵器 零 』
その兵器は魔力を起動源にしている性質上、魔術師が操縦席に座り操作する。魔術師を殺す為、人間を殺す為に作られた機体だという。その力は凄まじく、魔法攻撃を完全に遮断する装甲を持ち、誰にもこの兵器が止められずに人々が殺されていた。
この魔導兵器を戦争相手は、二機も所有しているらしい。正確には他国から奪った物だとか。最後の支配が我が国だけとなった今、抵抗する手段がない訳では無かった。
体に魔術を纏い、『零』と呼ばれる機体に特攻する。レイス上官の言っていた魔術特攻だ。一点に千人規模で特攻すれば微々たる邪魔ぐらいにはなるらしい。当然、それだけの人間が死ぬのだが。
レイス上官に説明されて、俺は怒りに震えてしまっている。またこの世界でも、戦争で馬鹿みたいに人が死ななければいけないのか、救う方法が無いのか。必死にレイス上官に抗議した。
「駄目です。それでは人が大勢死ぬだけだ! 戦争で人が簡単に死んではいけないですよ? 何故解らないんですか!」
「分かってるに決まってるだろ! 国民を守る為なんだ! 軍人がどうにか食い止めなければ誰がアレを止めるんだ! 他に手は無いんだよ……」
アクアになだめられて冷静さを取り戻した俺達は、この施設から逃げる準備をしていた。過酷な状況のはずなのに、アクアは俺に優しく笑いかけてくれてるのが不思議でたまらない。
「どうしてアクアは俺に優しい笑顔をくれるんだい?」
「だって人格が変わったって聞いた時は辛かったけど、考え方や思いはコノハ君そっくりなんだもん。やっぱり変わらないね!」
そうか、この体の男も俺と同じ思いをしていたのかも知れない。やっぱり戦争を止めたいよな。手段が無い以上逃げるしか無いんだけどね。
逃げる途中に服がぼろぼろの汚いおっさんが俺に声をかけて来た。モゴモゴ言っていて何を喋っているか分からなかったから、俺はおっさんの口元まで耳を向ける。
「あるぞ。たった一つの可能性。地下の格納庫に行け。後の結末は自分で決めろ」
「おっさん何言ってーー」
人混みが激しくなりおっさんの姿が消えて居なくなった。
♦︎
「アクアすまない。先に行っててくれないか?」
「ちょっと待って! どこ行くのよ!?」
「俺にしか出来ないことがきっとあるはずなんだ」
アクアの制止を振り解き、俺はおっさんの言っていた地下の格納庫を目指して館内を走り抜けていた。走り抜けた先に待つのは、以前にも戦争で使われていたであろう銃器に水晶玉。そのどれもが朽ち果てて錆びれていたのである。
これから特攻しに行くのであろう魔術兵団達の待機場でもあるのだろうが、その傍にまるで人型の巨大なカラクリが聳え立つ。真珠の様に美しく輝く体に武装を持つ、それでいて力強い獣を連想させる外見に、俺は見惚れてしまっていた。
いきなり部外者の俺が乱入してしまった為に、魔術兵団達が驚きレイス上官を呼び出したのだろう。血相を変えてレイス上官は俺に詰め寄った。
「何だびっくりさせないでおくれよ。襲撃かと思ったじゃないか。アクアと一緒に逃げろと言ったはずだ。どうしてここに?」
「自分でも分かりません。どうして俺がここに来たのか。でも! 何かを成せる気がしたんです!」
もう誰も死なせたくない。
それだけの思いで俺はここまで来たんだ。
「あの機体は何です?」
「あれは零だよ」
『戦闘機X X-零ー零式』と呼ばれる機体らしく、敵国がこれと同型機で戦争を仕掛けている。魔術師を殺し、人間を殺す。残酷な殺戮兵器だ。その機体の筈なのだがレイス上官は、この機体が殺戮兵器である事を否定した。
「この機体は唯一戦争を止められる可能性を持つ殺さずを誓った機体なんだ」
「殺さずを誓った機体…… ですか?」
「そうだ。『不殺の零』と呼ばれている。だけどその実、この機体は誰にも起動させることが出来なかったんだ」
何故、起動出来ないのか理由が分からないらしい。本来で有れば、魔力を起動源にしているので魔術師が搭乗し操縦出来るのだが、この機体だけは違うみたいである。あのおっさんが言っていた事を思い出し、俺はレイス上官に提案を出した。
「レイス上官。俺が零に乗ってもいいですか?」
「何を言っている!? 動く訳ないだろ! 諦めろ!」
否定されてしまったが、そうも言ってられない事態が起こった。敵国の爆弾がこの基地を襲撃してきたのである。放っておけばここにいる者は全員瓦礫の下敷きになり死ぬだろう。
「もう逃げる訳にはいかないんだー!!」
意を決して俺は『零ー零式』に搭乗準備をしその機体に乗り込んだ。操縦席には無数の硝子が展開されており、何やら文字が浮かび上がるが意味も理解出来ないし全く読めない。それなのにまるで当たり前かの様に、俺は操縦方法を理解しているのだから不思議なものだ。
こいつさえ動けば皆んなを助けられる。ただそれだけを信じて、俺は機体の動力を動かす鍵を回した。
ーーギンッ!!
鋭い目つきの赤いレンズに光が灯った。その瞬間、長きに渡る眠りから覚めたみたいに『零ー零式』は起動を始めたのだ。
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