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啄木鳥の森

作者: 稲辺のびる
掲載日:2022/03/02

三題噺

テーマ:「狸」「愛憎」「啄木鳥」

 カッカッカッカッカッカッカッカッ


 夕暮れ時の森の中。キツツキが木をつつく音が森の中に響き渡る。狸の正吉は森の中の一本道から少し離れた藪の中で、空を見上げて寝ころんでいた。

 正吉は道を通る人間を驚かせることが趣味の、化け狸であった。彼は相手の記憶を基に、相手の意中の相手に化けてからかったり、恐怖の対象に化けて脅かすなどして楽しむのが趣味であった。しかし、最近では化け物の出る道として地元で有名になってしまったせいか、この道を通る人間がほとんどいなくなってしまった。今日も正吉は朝から待ち構えていたものの、この道を誰も通ることなく、もう少しで半日が過ぎようとしている。これはもういたずらする場所を変えるしかないなと考え、よっこらせと体を起こした正吉は、ふと道の向こうを見た。

 ざっざっざっと枯れ落ちた葉っぱを踏みしめる音が微かに聞こえてきた。正吉が目を凝らしてみると、何やらハイカラな恰好をした女学生らしき若い女が、森の道をこちらへと歩いてきているのが見えた。矢絣模様の着物に袴を履いたその女は、何かを後ろ手に引きずりながらゆっくりとこちらへと歩いてきていた。どうやら村への帰り道にここを通ったらしい。

 正吉はこの道での最後のいたずらを彼女に仕掛ける事に決めた。早速彼女の方へ向かって指を十字に組むと、全身へと力をみなぎらせる。女の意中の相手になってからかってやろうと考え、彼女が一番強く思っている相手へと変化する術を準備し始めた。正吉の変化の術は幻術に分類される一般のそれではなく、自身の体を妖力を使って変化させる高度な術であったためか、体に込める妖力はすさまじいものであったが、女が気づく気配は微塵もなかった。女が一般人であることを確信した正吉は、ニヤリと笑うと変化の術を発動させた。

 ドロン、と音がするとともに、正吉の体は変化をした。変化した姿を頭の中へと浮かべてみれば、紺色の上衣に紺色のももひきを履いた、若い男へと変化していた。なるほど、これが彼女の意中の相手か、男の方はずいぶんと田舎臭い恰好をしているじゃないか、と正吉が男の姿を品評していると、足音が近くなってくるのが聞こえてきた。慌てて男の情報を彼女の記憶から読み取ると、辛うじてこの男の名前が弥平で女の名が恵であること、二人は近くの村の幼馴染であることが読み取れる。それだけ読み取れればあとは何とかなるだろうと、正吉は藪の中から音を立てずに道へと出ると、まるで道を反対側から歩いてきたかのように彼女へと声をかけた。

「おぉ~い、恵じゃないか」

 正吉の声を聴いた女は、こちらを見てびくりと肩を震わせると、足を止める。

「……弥平なのかい?」

「こんなとこで会うなんて、奇遇だなぁ」

 正吉はゆったりとした口調を保ちながら彼女の方へと歩みを進める。彼女の記憶から弥平の事をもっと読み取ろうとしても、なぜかノイズがかかったかのように読み取ることはできなかった。混乱している人間にはよくある現象であったが、彼女の混乱は他の人間と比べても大きかった。正吉は弥平の情報をなかなか得られないことに少し動揺したものの、少しずつ彼女の記憶を読み取ることにした。幸い弥平の体で自然にふるまおうとすることで、彼のしぐさや声色、話し方などは、体に染みついた感覚からおおよそ似せる事が可能であったため、会話をする分には問題は無かった。

 近寄ろうとする正吉に、女は足を止めたまま話を続ける。

「なんで、なんでこんなところに……」

「いやぁ、それが記憶が曖昧でなぁ、気が付いたら森の中で寝てたんだ」

 弥平の普段の行動を良く知らない正吉は、ぼろが出ないように適当に誤魔化そうとする。弥平の顔に笑みを浮かべながら女の方へと歩いていくと、女は一歩、二歩と後ずさった。女に怪しまれていると思った正吉は、彼女の記憶から読み取った少ない情報から、弥平本人であることの証明をすることにした。

「それにしても、森の中で恵と会うのも久しぶりだなぁ。ほれ、昔は良く二人で森の中を駆けまわって遊んだろう? ドングリを拾っておままごとしたり、木登りの速さを競ったりしたなぁ」

「そう、だね。そんなこともあったね」

 弥平本人でしか知りえない情報を話し、何とか彼女を騙そうとする正吉。しかし女は、警戒を解くようなそぶりを全く見せることがなかった。正吉と一定距離を保ちながら、正吉の方を疑いの目で見ている。受け答えもどこかぎこちないように感じられる。女が後ろへと下がったことで、木の葉の透き間から夕陽が差し込み、恵が赤い光に照らされる。

「ん? なんでスコップなんて持ってるんだぁ?」

 正吉の言葉にビクンとする女。彼女はその服装に不釣り合いな、大きくて武骨なスコップを引きずっていた。多少は疑問に思ったものの、正吉は彼女の意識を逸らすチャンスだと、彼女へと質問を投げかけた。

「あ、それは……昔、森の中に埋めたものを掘り返そうと思って……」

「あぁ、そういえば、二人の宝物を隠そうって、どっかに埋めたことあったなぁ。よく覚えてたなぁ」

 そういって笑う弥平に、笑みを返す女。二人しか知らない情報を話したこともあってか、多少の違和感は覚えつつも、目の前の弥平が本物だと思い始めているのだろう、と正吉は内心でほくそ笑みながら考えた。女と弥平の間の距離も先ほどまでも縮まっており、女が警戒を解いたことは明らかであった。

「とりあえず、村に帰ろうや」

「……うん。そうしようか」

 くるりと向きを変えて村の方向へと歩き出した正吉に続くように、女は歩き始める。さて、この後この女をどう驚かそう。急に化け物になって脅かすのはこの前やったばかりだし、いっそこのまま本物に会うまで歩いてみても面白いかもしれない、と考えながら歩く正吉に、女は話しかけてきた。

「記憶が曖昧って、どこまで覚えているんだい?」

 正吉に問いかける女。こっそりと女の記憶を覗いて見れば、弥平との口論の末、自分が村から飛び出したことを悔いているのが見えた。

「あぁ、いや。村から飛び出したお前を追って、森まで走ってきたのは覚えているんだがなぁ。足を踏み外して頭でも打ったかなぁ」

 女を追いかけて森に入ったことにする正吉。記憶が曖昧なことにそれとなく理由づけをして、追及をかわそうとする。

「やっぱり、本物の弥平なんだね」

「ん? 狸かなんかが化けてるとでも思ってたか?」

 冗談を言う風に言ってみれば、ううん、違うのと答える女。完全に女の信用を得たと考えた正吉は、さてこれからどうしようかと考えを巡らせ始めた。恵はぶつぶつと何かをつぶやきながら後ろをついてきている。しばらく考えていた正吉が、よし、のっぺらぼうにでもなって、急に振り向いてやろうと考え着いたと同時に、女の足が止まったのが聞こえた。さすがに無言の時間が長かったかと思った正吉は女に話しかけようと振り向いた。

「すまんすまん、少し考えごとを――」

 そういいながら振り向いた正吉の目に、女がスコップを振り下ろすのが見えた。


 ザクッザクッという土を掘る音に、正吉は意識を取り戻した。最後のいたずらだと気合を入れて変化をしたからか、どうやら術は解けていないらしかった。起き上がろうとした正吉は、体に力が入らないことに気が付く。辛うじて動く瞼を開けて音のする方を見てみれば、女が一心不乱に穴を掘っているのが見えた。

 どうやら最初から女のお目当ては己だったらしい、と痛む頭で正吉は考えた。腕をまくって穴を掘っていた女がその動きを止めるのが見える。こちらをギロリと睨んだ女は、穴を登ってくると、正吉の体をゴロゴロと穴の方へと動かし始めた。ドスン、という音とともに正吉の体が穴の中へと落ちる。女が穴の周囲の土を正吉の体へとかけていく。土によってだんだんと見えなくなっていく正吉の目に、夜空に浮かぶ満月が煌々と照っているのが見えた。



 恵は穴が完全にふさがったのを確認すると、周囲の落ち葉を穴の上へとかぶせていった。この作業が2()()()ということもあってか、前よりもずいぶんスムーズにできたなと、どうでもいいことを考える。スコップを後ろへと放り投げ、ぎゅっと背伸びをして疲れを取る。恵は今しがた埋め立てた穴をじっと見つめながら、過去の過ちを思い出していた。

 恵が弥平の死体を埋めたのは3年も前の事であった。当時、都会に服飾の勉強をしに行きたいと言う恵に対し、弥平は親の間で取り決められた婚約話を理由に反対の姿勢を崩さなかった。ある日、口論の末に村を飛び出した恵を追いかけてきた弥平が、足を滑らせて崖を転落していった。慌てて駆け寄った恵だったが、弥平はすでに息をしていなかった。助けを呼びに行こうと駆けだそうとした恵だったが、その足をすぐに止める。この状況では私が殺したと疑われるのではと思ったからだった。しばらく逡巡した後、恵は山小屋へと急ぐと、倉庫からスコップを持ちだし、弥平の遺体を穴へと埋め始めた。穴を掘る作業は、人を殺してしまったことへの動揺もあってか、遅々として進まなかった。お昼過ぎに作業を始めたにもかかわらず、恵が穴を埋め終わるころには、あたりは真っ暗になっていた。来ていた服は土にまみれていて、手には大きなマメができていた。月の光を頼りに森を抜けた恵は、心配して探しに出てきていた村人たちに保護されると、安堵からか気を失ってしまった。

 翌日、目を覚ました恵みに、両親から弥平の失踪が知らされる。恵は弥平を結果的に自分が殺してしまったことを思い出し、顔を真っ青にしながらも、弥平が追いかけてきたことなど知らぬと嘘をつきとおした。村の捜索隊の努力むなしく弥平は見つかることはなく、神隠しだの、遭難の末の餓死だの様々な憶測がたてられた。恵に対する疑念の目も多少はあり、彼女はそれから逃げるように都会へと出ていったのであった。

 都会に出てからは順風満帆の生活を送っていた恵。しかし半年ほど前から、周囲で怪奇現象が起こるようになる。最初は気のせいだと自分をごまかしていたものの、誰もいないはずなのに物音がなったり、モノが動いたりと、怪奇現象が起こる頻度が日に日に増えていくことに恐怖し、弥平の死体の様子を確認しようと、村へと戻ってきたのだった。

 道で元気そうにこちらに歩いてきた弥平の姿を見た時は仰天した。山小屋から持ってきたスコップを後ろ手に隠すようにしながら話しかけてみれば、どうやら自分が死んだことは覚えていなかったらしかった。しかし、このまま村まで一緒に行ってしまえば、結婚話がまた持ちあがるのではないか、いや、もしかしたら弥平は村の皆の前で私の悪事を暴こうとしているのではないか。ぐるぐると頭の中で回る思考に限界を感じた女は、気付けばその手に持っていたスコップを弥平の頭へと振り下ろしていた。

 これでもう大丈夫、今度こそ私は自由だ。恵は晴れ晴れとした気持ちでこの場所を後にしようとする。笑顔を浮かべて彼女が振り返ると、スコップを振り上げた弥平と目が合った。

「……え?」

 ガンッ、という音を最後に、森に静寂が訪れた。


 カッカッカッカッカッカッカッカッ


 月夜に照らされる森の中。キツツキが木をつつく音が森の中に響き渡る。

「愛憎」の要素が少し不足してしまった風に感じられます。

ホラーというものは、いつも以上に段取りを意識しなくてはならず、難しく思います。

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