ワクチン打ったら5Gに繋がってサイバー戦士になった
ワクチンを接種すると5Gという次世代ネットワークに繋がる。この噂を俺はよくある面白都市伝説だと思っていた。だがそれは事実だった。
俺はGAFAという四大一流企業の職員だ。しかもその最前線で働く携帯ショップ店員である。ワクチンの職域接種で、GAFA職員としてワクチンを打つことになった俺は、接種翌日に高熱を出した。
そして熱が引いたとき、頭の中に直接声が聞こえてきた。そしてその日から俺は四大企業の一角を守るサイバー戦士となったのだ。
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午前9時、大企業らしく定時から俺の戦いは始まる。職場に到着した俺は24回払いで買った自社端末に没入した。巨大企業にしか実現出来ない高速回線に乗り、意識がサイバースペースへ飛ぶ。荒れ狂う情報の海に投げ出された俺は、このまま手を打たずにいればすぐさま情報の氾濫に脳が焼き切られ心停止してしまうだろう。しかし俺は一流財閥のサイバー戦士、すぐさま自社のスペースに転して回避した。
一瞬俺を野良浮浪アカウントと勘違いした自社の|ICE(侵入対抗電子機器)《アイス》が攻撃を仕掛けてきたが、すんでのところでパスワードを答えて回避した。ICEは不服そうな顔文字を出して俺を通した。
そこで俺はタイムカードを切り、天下のAp○leの回線を借り再びネットの海に乗り出した。今の俺にはタイムカードを切る以外に我が社のスペースでできることはない。ここは体の半分を半導体にしたようなガチヤバヘンタイしかお呼びでない魔境なのだ。
まず俺が向かったのは悪名高き匿名掲示板、〇チャンネルだ。ここではアカウントすら知られずにサイバースペースで自由に発言ができてしまう。つまり俺のような一流企業勤めの人間への嫉妬が渦巻く地獄である。
ここでの発言など便所の落書き程度の価値しかないが、如何せん大勢の人間がいるため少数の異常者に思想誘導されてしまいやすい。荒らしはスルーという価値観はネットの大衆化とともに終焉を告げたのだ。荒らしとは戦わなければならない。そうでなければか弱きネット弱者たちは荒らしが正しいと思ってしまう。俺はわが社への誹謗中傷発言を見つけ、仕掛けを始めた。
わが社の製品を罵倒する発言に『嫉妬か?』『低スペ陰キャw』などというレッテル張りを一レスごとに機内モード使いながら行った。飛行機という高等技術だ。これをすることで○ちゃん唯一の自己同一性であるIDを変更し、あたかも複数の人間が発言しているように見せかけることができる。俺のような深層ネットを動き回る人間にとっては初級テクニックだ。
深層ネットを自在に動き回る俺が本気になればインド人やロシア人になりすますことすら可能だ。しかし匿名掲示板で外国人を騙ったところで大した意味はないので今日はやらない。決してプロキシサーバの使い方がわからないからではない。
数分後、案の定飛行機を行った証拠であるID末尾の一致を指摘してきたが、もう遅い。情報に流されやすい一般人が末尾指摘の意味など分かりやしない。俺の作戦《ラン》の目的は一般人への情報操作である。この場の勝利を見定め、俺はスレッドを後にした。すぐさま次の戦場であるSNSへ向かおうとした。
テロンッ!
その時、一通の通知が来た。ヘルプ要請だ。俺はすぐさま現実へとジャック・アウトした。
「はい、G○○gleのアカウントが使いたいと。すみません、Ap〇lle製品ではAp〇lleのアカウントを作成してそのアカウントで運用しなければならないんですよ。あっ、まったくG○○gleのアカウントが使えないというわけではありませんよ。Y〇utubeとかのG○○gle系列のアプリでしたら今まで通りG○○gleのアカウントが使えます。G○○gleのパスワードがわからない? でしたら一度パスワードの変更を行って頂いて……ああ、そうですね、一度ログインしてもらわないとiPh〇neではG○○gleのメールは使えませんね……はい、お自宅で使っているパソコンなどでは……はい、ダメですか……はい、ええっとですね、その様な問題は一度G○○gleさんの方に問い合わせて貰って……あっiPh〇neの初期設定が終わってないから電話できない……ええと、パスワードがややこし過ぎる? いや最低でも8文字で大文字と数字を組み合わせて貰わないとセキュリティ上問題が……えっG○○gleはもっと簡単だった? そうおっしゃられましても……」
俺は目の前のおばあさんへの説明に悪戦苦闘していた。おばあさんは強敵だ。こういう人にこそマイクロチップを埋め込んで5Gに繋がって直接声を聞いてほしいのだが、注射一本といえど異物が体の中に入ることに抵抗のあるご老人は多い。歯は金歯とかの異物まみれなのにも関わらず……
俺は数時間かけて何とかおばあさんを説得し、バックヤードに向かった。そこで店長に肩をたたかれる。
「高橋君、店のWi-Fiや端末を使ってネット掲示板に書き込むのやめてくれる?」
「いえ、これは俺の中に内臓されてる5G回線からの指示でサイバースペースで戦えって……」
「いや、どんな声や妄想を聞いたのか知らないけどそんなことありえないから」
「でもワクチンにマイクロチップが……それから頭の中で声がするんです」
「…………高橋君一度病院行った方がいいよ。とにかく仕事中はネット禁止」
「いや、これも立派な仕事で……」
「あ、いらっしゃいませー!」
憐れむような視線を投げて店長は俺を接客に向かった。クソ、ワクチン未接種者には俺の偉大さはわかるまい。
それにしても俺の中にあるマイクロチップはどうして受信しか出来ないのだろう。送信にスマホを使わないといけないなら普通にインターネットに書き込みしているのと変わらないじゃないか。Ap○leは何を考えているのだろう