某ファストフードにて働く僕の周りには学校で有名な人がよく来る
Q .友達がいない?
A. .少なからず友達はいる
Q .金がない?
A .そんなことはない。
Q .彼女がいない理由づけとして?
A .彼女はいないが、恥ずべきこととは思っていない。
では、どうして皆が遊ぶ中で君はバイトに勤しむのだ。
金に困っていない。遊ぶ友達も少なからず存在する。彼女を必要とも欲してもいない。
では、何故……、そこまでして働く必要がある?
何故か?そんな答えははいつだって単純だ。
僕はいつ、なんどきでも、何度だって。
この質問をされればこう答えるだろう。
「特に理由はないよ。なんとなくかな」
ここは教室。
周りでは、あらゆる髪色とあらゆる性格を持った人種が喧騒の中で渦を巻く。
いつだって変わらない日常風景だ。
「でもさ。別に金に困ってないなら、バイトするとかもったいなくね?」
「それな!遊んでた方がいいって。高校生活なんてあっという間におわんだからさ」
「……はは。そうかもね」
黒色の箸を向けて、大袈裟に広げられた弁当箱から黄色い卵焼きを掴んだままにそう苦笑いして応え、すぐさま口に放り込んだ。
少なからずいるといったクラスで唯一馴染めた二人の友人は同じように机に広げられた弁当箱から口へ放り込むと、二人の談笑に戻った。
これまで何度かこの手の質問をされることがある。その度に僕は思う。
高校生活があっという間なら、人生だってあっという間だ。波もなければ、波風すら立ててはいけない社会に対して学生のうちにといっているんだろうな。と僕も理解はしている。でもね……。
この時、あそこで働いているいる時間ほど。退屈を紛らわされるものなんて、生まれてきて17年の今でもわかる。
絶対にないのだと。
そんな思考を終えて、未だ尚、楽しそうに話す二人の間を、食事のペースは落とさずにチラリと見やる。
「はぁ。今日もあの人達は来るのかな」
どこか憂いの帯びた表情にボソリと零れた一言は、また騒がしく紡がれる教室の空気に溶けていった。
✴︎
タララ タララ……
「おい。ポテト上がったぞ、早く持っててくれ」
「はいっ!」
油の香りがキッチンに籠るここに、7〜8人の男女が忙しなく右往左往と手元を動かしていた。
「198番でお待ちのお客様。お待たせ致しました。こちらチーズバーガーのセットになります。ごゆっくりどうぞ」
カウンターの横に立つ僕はお盆の上に飲み物と丸みを帯びた黄色い物体と赤い箱から飛び出た黄色い物たちを乗せると、紙の番号と照らし合わせながら、OL風の女性に手渡す。
「ほら、またポテト上がったから早く乗せて」
「あ、はい!」
額に溜まる水滴のような汗をさっと袖口で拭った瞬間、後ろでポテトをあげていたここの管理者である小太りの男が指示を出した。
ほんの少しの休憩も許されない。今は所謂ピークな時間ってやつだ。
そう。ここが僕の働いているファストフード店である。
「ふぅ。やっとピークを抜けたな。お疲れさん」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、ちょっと奥のデスクで作業するから、なんかあったら言って」
時刻は20時を回り始めた頃。
「わかりました」
平常通りに店長はピークの時間を過ぎれば、現場を後にする。
そして、ここからが僕の唯一バイトをしていて楽しみでもある時間の始まりだ。
レジから見渡せば、店内には複数の組み合わせで席を埋めた人がチラチラとみえている。
中にはノートパソコンを開いては、カタカタと素早い指さばきでモニターと睨めっこしている人や、肩肘をついた二人組の女性は、スーツの上着をソファの端へ追いやり、何やら会社の愚痴にヒートアップしていたりと、個々人が今日やるべきことや今日あったことに触れては、脂っこいポテトを摘んでいる。
このゆったりとした時間に緊張感のあることの時が最も僕の好きな時間である。
それこそ四人組用のソファへ2対2で座っているそこのJK4人組。彼女達は僕のクラスメイト達だ。
「マジそれな。あいつと別れて正解だわ」
「顔はいいんだけどねぇ」
「でも、まだ1週間しか経ってないじゃん。わかんなくない?」
「ないない。だってさ……」
しっかりとした金髪の彼女は、綾瀬という巷で有名な面食いで、所謂ビッチと言われる奴だ。そんな彼女が同じクラスの高柳くんを振ったらしい話題でトークをしていた。
「あー、それはないわぁ。別れて正解」
「そうかなぁ。まだ、わかんないと思うけど」
周りが綾瀬を神輿に担ぐ中、一人の女の子は別に悪気はないといった態度で否定的に言葉を発する。
「あ、じゃあ。梨花にあげるよ。あいつ。そしたらわかるって」
「おっ。いいねそれ。梨花が付き合ってる話しとか聞かないし」
どうも僕にはついていけない女の話をしているようだ。そんな簡単に彼氏とはあげ渡せるものなのだろうか。誰とも付き合った事ない僕の無知からなる疑問ならば、諦めもつくが。いや明らかに僕の考え方は一般論だと思いたい。
「えー。高柳くんってなんか。タイプじゃないんだよね」
「なんだぁ。やっぱり梨花も顔は大事なんじゃん。このこの!」
「えっ、いや、そういうことじゃ……」
肘をグリグリと突かれながらも、否定的な言葉を続けようとする彼女の、隣に座っていた綾瀬が肩をパシパシと叩いては、その先を留めさせた。
「いいって。いいって。わかってるからぁ」
「そうそう。梨花はちょっと理想高すぎだけど、顔はマジで大事だって、わかってるからさ」
かく言う残り二人も腕を組んで同調する様に、首を上下に揺らす。
んー。にしても、高柳くんは結構イケメンだと思うんだけど。
サッカーの強豪であるうちのNo.2とかなんとか。サッカーの推薦で入学したらしく、運動神経抜群の有料物件だ。更に僕らの学年では、間違いなく上位に入るくらいには、人気も高い。
そんな彼でも彼女達のグループからすれば、そこらの塵芥程度の認識らしい。
まあ、世の中には数えきらないほど男はいるわけだし。その考え方は間違っていないのだろうけど。少し高柳くんが不憫でならない。
だが、この四人がこれほど自信に満ちた感性を持っているのには、誰でも納得のいく理由がある。
可愛いは正義なのだ。
綾瀬はスタイル抜群のモデルのような美貌。梨花と言われた彼女もぱっちりとした大きな瞳におっとりとした雰囲気を持つおっとり美少女。更に残り二人も彼氏を取っ替え引っ替えするほどおモテになる美少女達だ。綾瀬の腰巾着感が強いのは、毎度ながら変わらない一面であるが、それでも老若男女誰が見ても若く麗かな方達であることは、何人も否定することはできないだろう。
だから、有頂天。いや高飛車のような言葉を吐いても仕方ないのだ。
側から聞く分にはビッチにしか聞こえないけどね。
「でも、あそこの店員はやめた方がいいよ。全然フツメンだしさ」
レジにて仕事をしている僕は、耳だけを頼りに彼女達の会話を聞いていたわけだが、視界の端で僕に向かってポテトを向けてはそんな声が聞こえてきた。
はぁ。また始まった。
「えー。カッコいいと思うんだけどなぁ。私は」
「どこがよ。あんなのうちのクラスにもいっぱいいるじゃん。よくわかんない話しかしないしょうもない連中」
「そうそう。全然付き合っても楽しくなさそうだし、私達と価値見合ってなさすぎ」
「んー。そうかなぁ。私は高柳くんよりもあんな感じの人の方が好きだよ。笑顔がキュンってくるし」
「はぁ?ないない。やめときなって。あんなのと付き合ったら大事な高校生活に泥ぬるようなもんじゃん」
いや……、それは言い過ぎではないでしょうか。
「それにあの店員時々私たちの事盗み見てくるときあんじゃん。絶対むっつりだから」
「あ!わかる!超こっち見てくるよね。気づいてないとか思ってんじゃない?まじでキモい」
彼女達の方を見なくてもわかる。
僕は間違いなく睨まれている事だろう。と言うか、僕が見ているのは君達が大きな声で話しているからに過ぎない。僕は店員として当たり前のことをしているまでだ。監督するのって大事だよね。
まあ、他のお客さんも同じくらい騒がしいしその中で彼女達に目がいってしまうのも事実ではあるわけだが。それでも、ここまではバイト歴の中で何度か遭遇しているシチュエーションだ。先程の罵声も、彼女が僕に少なからず好意を抱いているのも僕は知っている。ふっ。故に僕は顔色を一つとして変えない。
「まあまあ。あの人の話しを私がいつも出しちゃうから、気になってるのかもだし。仕方ないよ」
梨花と言われる彼女は、鋭く睨みつけて動かなかった三人に軽く告げるとストローを啜った。
そんなおっとりとした姿に毒気を抜かれたのか三人も同時にため息をついては、視線を外し食べかけのハンバーガーを咥え始めた。
僕は何も悪くないはずなのに、梨花という彼女に心の中で感謝を捧げ、同じようにため息を吐く。
肩に張っていた重たいものがポロリと取れ、変に意識していた重みから開放され、安堵する。
緊張の糸がほぐれたその時、時刻にして20時45分。いつもの人がやってきた。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「あ、あの……」
白いパーカーを僕らと同じ制服の上から羽織、フードを目元と鼻先の間まで被った彼女がボソリと呟いた。
「今日のおすすめは期間限定のこちらになりますが、如何ですか?」
「じゃ、じゃあ、それを一つと」
彼女はすごく口下手だし、恥ずかしがり屋だ。
ちょっとでも目が合いそうになればフードを深く被り咳払いなどで誤魔化したり、何故か僕以外のレジが空いている時にはスマホやレジ上のメニューをチラチラ見て時間を稼ぎ、僕のレジが空くと同時に脱兎の如く並び始める。
かれこれ三ヶ月ほどこの光景を見ている僕は彼女を人一倍人見知りするうぶな少女と断定していた。
そして、ここからが問題で僕は彼女に変な知識を植えてしまっていた。
「……スマイルを一つください」
そう彼女は極度の人見知りから、僕から毎日スマイルを要求するかなりの変人にジョブチェンジしていた。