自動販売機
Kはソファーに横になって本を読んでいたがのどが渇いたので冷蔵庫に向かった。冷蔵庫の中を見ると飲み物が何もなかった。出かけるのは面倒なので水で我慢しようとかとも思ったが、シュワシュワしたのが飲みたかったので、近くの自販機まで行くことにした。外はもうすっかり日が暮れていた。何にしようかと迷っていると声が聞こえた。
「あのーすみません」
「あっはいっ!」と条件反射的に言いうと周りを見たKは首を傾げた。誰もいない気のせいか。
「ここです。自動販売機です」
「え?」Kは幻聴かと思った。
「これは幻聴ではありません。僕は自動販売機の妖精です」
「・・・・・」
自動販売機の妖精がいるなどとは考えたこともなかったし、Kはすぐには言葉が浮かばなかった。
「ちょっとしたお願いがありまして」
妖精さんが遠慮がちに言った。
「何でしょうか?」
「あなた様からみて右横の中央あたりをちょっと掻いてほしいのです。もう痒くて痒くて」
Kはいいですよといって言われたところ辺を掻いてあげた。
「この辺ですか」
「そうですそうです。そこです。あぁ痒かった。ありがとうございました」
これまで痒い時はどうしていたのだろうとKは思案したが気になったので妖精さんに訊いてみた。
「今まで痒い時はどうされていたのですか?」
「ちょっと乱暴なんですけど、自販機を前後左右にゆすっているとアンカーが緩むので自販機を倒してその場をしのいでいました。勿論その時には安全の為誰も周囲にいないときにしますけどね」
「ずいぶんと乱暴なことをなさるんですね」
「いやーこの件に関しては上司に叱られましたが、僕に限らず叱った上司も他の同僚もこの件は妖精みなやるんですよ。なので形式的に叱られて済みます。それでこの案件が問題視されまして、アイディアが出されたんです。自動販売機の前面後面左右の中央端に手を1本ずつ計8本手を付けてはどうかが議論されました。結局そのアイディアは否決されましたけどね」
そう言って妖精は軽く笑った
「ところでどれでもお好きな飲み物を押してください。お礼です」
「ありがとうございます。でもそうすると計算が合わなくなるでしょ?」
「まぁ、細かいことはお気になさらずどうぞ」
少し気が引けたがせっかくのお気持ちをありがたく頂くことにして、Kは炭酸飲料のボタンを押した。
Kは出てきた炭酸飲料をゴクゴク飲んで渇きを癒した。
「しかし、お話を伺っていると自動販売機の妖精も楽ではなさそうですね」
Kは妖精と話すのは初めてだし、感興が湧いたので他にも苦労談があるのかと思い訊いてみた。
すると妖精は話し出した。
「やんちゃな子供とか酔っ払いに蹴られたり、犬にオシッコをかけられたりすることは日常茶飯事です。乱暴な方々が飲み物を買う時は飲み物を詰まらせたり、炭酸飲料をホットにして出したりしています」
「妖精さんがそんなことをなさってもいいのですか?」
「迷惑なお客さん達にはささやかな抵抗が許されていますので大丈夫です」
「なるほどねぇ」と言うとKは腕時計を見ると20時を少し過ぎていた。
Kは飲み物のお礼を言い部屋に帰ることにした。
妖精さんが言う。
「またのお越しを心よりお待ち申し上げます。ありがとうございました」と言って自販機のランプをチカチカさせて見送ってくれた。