伝説の彼女の誕生
はるか昔、世界の始まりに女神がいた。メルバ神である。
世界の始まりに彼女はあるだけの存在だった。すべては彼女で、彼女がこの世のすべてだった。
彼女はあるとき身じろぎをした。そこで生まれたのが風である。やがてそれは風の神となり女神に呼吸が生まれた。
女神の呼吸は流れを作り、風の神がその息で踊り世界にあったあらゆるものが集まりはじめた。
そのうち世界は重いものは重いものに、軽いものは軽いものとして固まった。
しばらくすると集まったものの中から神々が生まれ始めた。重いものからは土の神が。
軽いものからは水の神が生まれ、そのうち我々の知るすべての神が生まれた。
そうして出来上がったのが神々の一族である。
ある時神々は争いを始めた。
小さな争いから始まったそれはやがて自身の力を示すための争いになり、世界は砕け散りかけた。
見かねた始まりの女神は、世界のあらゆるものを隠し神々自身さえ隠す闇を作り上げた。新月である。
おそれをなした神々は争いをやめ、一つの遊戯をすることにする。
神々の戦遊戯である。
重いものの神である土の神が土をこね、軽いものの神である水の神が水で囲い、すべての神を作り出した神である風の神がすべてを混ぜたあと、神々は出来上がった粘土を2つに分け戦遊戯盤と駒を作った。
ここでいたずらの神であるヒュストは作り出した粘土にいたずらをした。
メルバ神の呼吸をこっそり練り込んだのである。
そうとも知らず神々は自らの手で駒を作り、自身の力の一部を駒に吹き込め加護を与えた。
盤の上にすべての駒がそろうと、駒には命が宿り、盤は我らの住む土地になった。
それが我ら神々の種の始まりである。
神々は盤の上で戦をするよう何度も駒を動かしたが、メルバ神の呼吸の加護から駒は一度も戦をしなかった。それどころか命を持った駒は、自身のしたいように盤の上で動き始めた。
神々はそのうち盤の上の世界を眺めて過ごすようになり、平和な時代が生まれた。
盤上で生きとし生ける生き物はみな、自身の祖先を作り出した神々の加護を使いながら生きていくことになる。
創世記 序文より 神々の創造
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月歴1850年、緑豊かなアンデルニア王国の穀倉地帯にある領主邸で一人の女の子が産声を上げた。
「やっと生まれたか。」
ほっとした表情でつぶやくのはこの豊かな穀倉地帯の領主であるアレキサンダー伯である。
あたりを一望できるように作られた寝室のな大きな窓から入ってくる
秋特有のオレンジのあたたかな光のを浴びる彼は、無事生まれたことが分かり張りつめていた糸賀切れたのか椅子にズルズルと沈んでいった。
「旦那様、生まれた子は元気な女の子ですよ!メルバ奥様も大事ありませんからね!」
お産の手伝いをしていたメイドに衝立で隠されたベットから声を掛けられ伯爵は目じりにしわを寄せながらうなづく。
領主家待望の女の子である。
今回のお産は先に生まれた二人の兄より長かったな。
椅子に溶けながら子ども部屋で元気に喧嘩しているであろう二人の子のことを考える。
現に子ども部屋の方からはこの一大事に喧嘩している声が聞こえる。
やれやれ、このままだと兄二人にいじめられるんじゃないかなどと変な考えがちらりとよぎる。
「旦那様、お嬢様をなんとお呼びすればいいでしょうか?」
そばに控えていた執事の声が心なしかあたたかいようなものを含んでいる。彼も無事出産が済んだことに安心しているのだろう。
それと同時に子ども部屋からギャーと響いてきた声から、これからの子育てで苦労することを察したのか苦笑しているように取れなくもない。
流石我が家の子といたずらして回る孫を持っているだけある。
子は親の気持ちを知らないというが、祖父になるころには察してほしいなどと考えていると
産湯で清められた娘がベットを隠す衝立の向こうからメイドに抱えられ姿をみせた。
昨日の夜まで妻と子供の名前を考えてきたが、結局決まらずにいたが娘を見た途端に今まで考えてきた名前が消え、一つの言葉が口からこぼれた。
「ヌーヴェル…ヌーヴェルと名付けよう。」
母と同じ娘桃色の髪を持つ娘はちらりと金色の縁取りを持つ鳶色の瞳をみせ、大きな天窓から入る光に驚いたのか再び大きな声で鳴き始めた。
初めて父親に抱かれた娘は、争いを止めた命の女神が作った新月の日にちなんで家の中の争い(主に兄弟喧嘩)を止める新月にちなんだ名前を付けられた。
腕の中に抱いた娘は、兄弟喧嘩の声をかき消さんばかりの声で鳴き、見かねた妻のメルバが抱くまで泣き止むことはなかった。
父は確信した。「この子は…兄二人をいつか喧嘩で打ち負かすだろう!!!!」
はっきり言おう、その直感は正解である…