君っぽさ
08;
「へー・・結構色々あるんだねぇ」
日が昇ってまだそう時間が経っていない頃。
昼間に比べるとまだ人通りも少ない街は、どことなく空気の純度が高く感じる。
そんなプリンストンの一角にひっそり佇む教会には、日雇労働を斡旋する掲示物が並んでいた。
今日は『神』に近づくための第一歩。
教会の職員とテンプレート以外の会話をするために仕事を探す日だ。
「そうみたいですね。 食料運搬、迷子の動物探し、礼拝堂の掃除に・・・夜間警備・・・エトセトラえとせとら」
「教会ってこんなに手広く仕事のオファー出しているんですね?」
「こんなマジマジと掲示板見たの初めてだからさ。正直ちょっと驚いてる。」
「何かやってみたい仕事見つかった?」
こういう時、社畜は考える。
何か飛び抜けた成果を出した場合に、良くも悪くも上司に目をつけられることを。
「そ・・だね。 あまり難易度の低い仕事だと、インパクトが弱い気がする。」
「それは私も同意だなー。 大勢の中のひとりって感じじゃ、印象も薄いかもね。」
「じゃぁ同一依頼が複数掲示されているものは省こっか。」
「となると・・・」
ふと目についた一つの依頼。
「ねぇ、セシリア。 この『Rappit』捕獲ってなんですか? RapidかRabbitの誤記・・?」
「あー・・・そっか。 『あなた』は知らないんだね。 『Rapid Rabbits」 要はメチャクチャ早いウサギだよ。」
私がここではない何処かから来た魂であることについて、セシリアはもう受け入れてくれている。
切り替えの速さ、寛容さ、意志の強さ。相反するようでいて、彼女はどれにも秀でている様に思う。
異世界宅急便よ---ついでにセシリアの爪の垢も我が娘の元へと運んで頂けないだろうか。
「・・・聞いてる?」
「あっ! いえ、聞いてます! め・・メチャクチャ早いってどれくらい早いんですか?」
少し遠い目をしていたのだろう。指摘され慌てる『アリシア』。
こういう急な反応は、無自覚にも彼女の癖が出るらしい。
両手を前に出して手をバタつかせるリアクションを中年男性が取っている姿は誰も見たくないだろう。許容される人の行動とは、悲しいかなその人の容姿に大きく影響を受けるのだ。
---セシリアは特に気にも留めていないようだが。
「そりゃもぉ。捕まえるの難易度S級。罠が作動してからでも逃げられるんだもん。」
「偶然でも捕まえることは困難で、結構な高値で取引されるんだって。私も詳しくは知らないけど」
「お金のために捕獲・・・ですか? 教会にしては少し違和感があるね・・・」
「まぁ、ホンネは知らないけどさ。ラピットは作物を食い荒らす害獣として指定されているのは事実だね。」
あまり教会側に良い印象を持っていないと言っていたセシリアは、少しぶっきらぼうにそう答えた。
害獣指定が事実なら、ラピット捕獲は少なからず人々の暮らしを助ける意味があるのだろう。
---興味はある。
「セシリア、私これがいいです」
言うと同時に、依頼書を掲示板から引き剥がした。
他にも様々な仕事が見られたが、身に起きた現象の検証も兼ねて、このラピット捕獲は最適と判断した。
「マジで!? 勝算ある---あ・・・」
「はい、この子の『能力』を適切に使えるか・・・その検証もしたいんです」
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---プリンストン郊外 森林地帯
「検証したいってことはさ、一回は使ったってこと? 『雷速』ってやつ」
「雷速? あぁ、この子はそう言ってたんですね。」
そっちの方がシンプルで格好いいじゃないか、とまたしても『加速波動』の名称を人知れずお蔵入りさせる。
雷速---アリシアのもつ繊細な電気操作能力による神経伝達速度の限界突破技法、と少なくとも私がそう認識したものだ。
「まぁ実験報告書にそう記載しただけで、本人は『何か早く動くの』としか言ってなかったけどね」
「あはは・・・ 確かに、周囲が物凄くスローモーションになった時には驚きました。しかも、その中で私自身は普通に動くことも出来ましたし。」
「ホント反則技だと思うわ・・・」
やれやれ、と少しオーバーリアクションのセシリア
一番間近でセシリアの能力を見てきたであろう彼女が言うのだから、事実反則級なんだろう。
「でも、発動した後の疲労もすごかったよ。 しばらく動けなかったもん」
「まぁ長時間は使わないのが吉だね。 アリシアも最初のうちは筋肉痛で動けてなかったもん。 ま、その間隅々までマッサージさせてもらいましたけどね?」
「あは・・ははは・・・ありがとう・・?」
「どういたしまして♪」
労働を課されていた過去を話す割に、緩みを隠せない表情のセシリア。
真の捕食者に、ずば抜けた身体能力は必要でない。求められるのは獲物が弱るまで辛抱強く待つ忍耐力だ。
---それにしても、だ。
この世界で魔法の知識を有するセシリアを以てして、反則技と言わせるアリシアの『雷速』。
夜に出さなかった学園の判断は果たして正しいものだったのだろうか。
実験結果を世に知らしめる方法としては、論文への掲載が効果的な手段として一般化している。
世界的雑誌に掲載されることはインパクトファクターと呼ばれる影響度も高い。
ただし、この様な雑誌への掲載は厳しい査読が要求される---検証できない事実や嘘を掲載するわけにはいかないからだ。
一方、インパクトファクターは低いものの、査読が緩かったり、英語の記述程度しか確認されない雑誌も存在する。大切なことは、その系に於ける第一歩を踏んだのは私だというエビデンスを得ることではないかと、私は考える。
アリシアの『雷速』は、この世界の基準で考えると常識を覆す能力であり、学園として世に出さないという判断は、何ともったいないことかと考えてしまう。
学園から出さなかった理由は・・・本当に検証出来ないという事だけなのだろうか。
---まぁ、アリシアの身に起きた状況とは関係ないだろうが。
「あー また何かムズカシイ顔して考え事してる。 アリシアの眉間にシワの型ついたらどうしてくれるのよ!」
「わわわ・・・! ごめんなさいっ! 雷速ってホントにすごいなぁって思って・・あはは」
「感心してる場合じゃないわよ。 ほら・・・あそこ、みて?」
声を落とし、静かに前方を指差すセシリア。
その延長線上、距離にして十数メートルの場所には、ひとつの白い毛玉があった。
「あれが・・ラピット?」
「そう。 迂闊に動いちゃダメよ。 警戒心もすごく強くて、かなり離れてても逃げるんだから」
よく観察すると、既にこちらの存在には気付いている様子が見られる。
恐らくあと少し、間合いに入ってしまった途端に逃げるのだろう。
「・・・使うんでしょ?」
何を?とは聞くまでもない。
「はい。 でも・・・前回は相手から襲ってきたので始動の瞬間を見極めることができましたが・・・今回はこちらから仕掛けることになりそう・・・」
「先の先を読むってやつ? 確かアリシア言ってたわよ。 自分の動き、骨のきしみひとつにまで神経を尖らせ集中するって。」
「アリシアも何か武術を心得ていたのですか?」
「じゃなかったらそんな物騒なもの持ち歩いてなかったと思うよ・・・」
セシリアの指先が私の腰元へと移される。
やはりこれはアリシア自身の持ち物だったか---
「『私』自身も、少しは嗜みがあります。 アリシア程ではないと思いますが・・・やってみます」
そう言って、足を肩幅より広く踏み出す。
腰を落とし、鞘を掴んだ左手を前方へと少し押し出す。
息を吐き出したところで---止める。
発動するなら---後ろ足で地面を蹴る瞬間しかない。
視線を相手に定めたまま、神経は自分の中心へと尖らせる。
---ぐっ
ここだ---っ!
そう思うが早いか、またしても身体の中を電気が走る感覚に襲われた。
『雷速』
雷のような速度と比喩されるが、後に聞いた話、実際には雷より早いらしい。
ラピットはその素早さと用心深さ故、通り一遍の攻撃魔法は発動後であっても避けてしまうそうだ。
雷系魔法でもあっても例外でないとのことだが---雷速の前では反応することすら不可能だった。
体感時間は集中力と相関している。
実際より少し早く動くことも、雷より早く動くことも制御可能という。
恐らく今回は---中でも速い部類に入るだろう。
しかし、術の発動に成功した余韻に浸っている余裕はない。
既に獲物は自分の間合いの一歩手前まで迫っていた。
音すら置き去りにする世界の中---
ぐんっ!
踏み込み足に力を込め、身体を前に押し出す。
ただ・・・このまま斬るのは流石に心が痛む。
刀の反りを返し、逆刃での抜刀に切り替える。
刀の勢いは削がれるが・・・雷速の前ではそれも誤差範囲にすら入らない。
----ふっ
「・・・・あっ」
ラピットは控えめに言って赤玉となって遥か彼方へと吹き飛ばされていた。
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「まったくもう! そこまで速いの発動させるなら先に言ってよ!」
「ご・・ごめんなさい! その・・・速度の制御はまだ出来なくて・・・」
耳を押さえながら抗議するセシリアに、ただひたすら頭を下げる私。
音速を超えて重量物が移動する際に発生する現象といえば---ソニックブームだ。
高度数万メートルを飛ぶ戦闘機が音速を超える際、衝撃波を発生させる。この衝撃波は地上で轟音として観測されており、ソニックブームと呼ばれている(*1)。
これを間近で受けたとなると・・・普通は鼓膜が破れるだけでは済まない。
「あなたが態勢に入ったとき、念の為に防御壁掛けといて良かったわ・・・」
「本当にごめんなさい・・・」
「とりあえず無事で何より! ラピットは・・・うん。」
「ま・・まぁ、転移魔法で教会へ送ろうか。魔法石あるし。」
こういう切り替えの早さもセシリアの魅力のひとつだと思う。
彼女の懐の深さに感謝しつつ、深く反省して次迷惑を掛けない様心がけよう・・・
見つけた赤玉に手を合わせながら、そう誓いを立てた。
「とりあえず、一匹は駆除したけど・・・今の音でこの辺の生き物みんな逃げたんじゃない?」
「わわ・・・ノルマ・・・っ」
社畜にとって、ノルマの未達は色々とマズい未来を呼びかねない。
これは---困った。
「しかたないわねぇ・・ おねーさんにまっかせなさい!」
どん、と胸を叩くセシリア。なんとも言えない得意げな表情を湛えている。
「私の部屋で見てたでしょ? 探索系魔法。 この辺に居ないか探してみるよ。」
「ありがとう・・・すっごく心強いです」
「お礼は今夜たっぷり貰うからね♪」
・・・今夜はソファーで寝よう。
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「『サーチエリア』・・・っ!」
通常、魔法を発現させるには、その名称を唱える必要があるらしい。
今からその魔法を使うという意思を強く持つという、言わば暗示の役割を担っている。
その点、『雷速』は発動自体に強い集中を伴うため詠唱が不要だ。
まぁ・・叫ばなくて済む分気は楽か---どことなく厳かな雰囲気に包まれるセシリアを横目に、前世に於ける常識とのギャップを感じていた。
「ぉ・・・いた・・ しかも複数。 ねぐら・・かな?」
「ホント・・魔法って便利ですね・・・」
「ん? あなたの前世とやらではそういうのなかったの?」
「ええ・・まぁ・・少なくとも、その身ひとつで奇跡を体現するようなことは出来ませんでした」
「すっごい原始的な世界だったんだね・・・苦労しそう」
「あはは・・・それに代わるものはあったんですが・・まぁ、頑張って慣れますね。 それで、ラピットはどこに?」
「あっちのほう---そう離れてないよ。ついてきて」
現代技術は仕組みこそわかっていても、本当にそんな理屈で動いているなんて信じられないと言いたくなる程のものが多い。パソコンが超高速でONとOFFを切り替えるだけで動いているなんて、誰が信じようものか。
途中で話を切ってしまったために、少しもの言いたげな様子のセシリアだったが、日はすでに高く昇っている。まだ1匹しか駆除していないことを思うと、今は仕事を優先したい。
「この中かぁー・・・入る・・よね?」
「うーん・・真っ暗なのは気がかりですが・・・群生しているなら押さえておきたいですね」
目の前には、蔦がはい回り目隠しとなっている洞穴が口を開けていた。
どれ程奥まで続いているか分からないが、少なくとも行き止まりは見えない。
虎穴に入らずんば虎子を得ず・・・か。
「ちょっと下がっててくださいね?」
「う・・うん・・・」
入り口に張り巡らされた蔦は、人間の入場を堅く拒んでいる様だ。
セシリアを少し離し、柄に手を掛ける。
---ひゅぱんっ
逆袈裟で斬り上げ蔦を落とす。---本当に恐ろしい切れ味だな。
納刀の際に指を傷つける失敗は幾度となくしたが、治癒の加護が付いていてもアリシアの体に傷を負わせるのは忍びない。手元に注意して刀を収める。
「おー・・おみごとっ 動きもアリシアそっくり」
刀の扱いは、住む世界が変われど結局似るのだろうか。
アリシアの姿での振る舞いに違和感を覚えないという点で、評価頂けた様だ。
ぱちぱちと、少しオーバーリアクションで評価するセシリア。
「えと・・ありがとうございます。これで入れますが・・奥が暗くて・・・」
あまり褒められることには慣れていない。
軽く受け流して、暗闇を進む手段を得よう---
本来ならば松明などを作るのだろうが、生憎と火種を持っていない。
摩擦熱で起こすのもアリだが、時間が掛かる。・・この世界に於ける文明の利器に頼ろう。
「えー・・それは初級アリシア検定の必須問題でしょぉ・・・」
私の発言は何か『アリシアっぽくない』ものだったのだろうか。
突如として始まったアリシア検定の合格に早くも黄色信号が点灯したらしい。
「アリシアが良く使ってたのは、雷系と光系、だよ。」
「・・・あ」
---そういえば、そのような記述も実験レポートに記載があった。
「---んっ」
意識を空間中の魔素とやらに集中させる。
物質からの発光とは、物質の持つ電子遷移に伴って放出されるものだ。
あるかどうかも分からないが、魔素中の電子を中心より離れた軌道へと移すイメージ・・・
持ち上げられた電子は---自然の摂理に従って元の軌道へと戻り、この高低差に等しいエネルギーが光子として放出される。
「---『光子放出」
ふわっと---しかし目に見える範囲全てが薄ら明るく照らされる。
「---ぉー・・・できた」
初めて魔法らしい魔法の発現させた経験に、思わず素が出てしまう。
「いやいやいや・・・できたとか、そういう次元の話じゃないでしょ・・・」
「アリシアでも照らしていたのはせいぜい松明の代わりになる程度だよ!? 空間全体ってアナタ・・・」
「え、そうなんですか? うーん・・調子が良かったのかな・・・?」
「まぁ・・・助かったケド・・暗いの怖いし・・・」
「あはは・・よかった。 私も苦手です。」
ランタンやヘッドライトの一つで、光の一切が届かない暗がりを果敢にも進む人々も居るが
電気を消した部屋ですらまともに進めない私には到底無理な話だ。
「奥、行けますか? ・・さっさと終わらして、帰ろう?」
私以上に暗がりは苦手な様子のセシリアさん。
洞窟の外に居て貰った方がよいかもしれないが、彼女が居ないとラピットの場所が特定できない。
彼女に手を差し伸べ、傍に居るよう促す。
「うん・・・この先・・・右のほうだよ」
これまでの元気の良さはどこに身を潜めたのか。
借りてきた猫並みに大人しくなったセシリアは、手を取り私の一歩後ろについた。
握る手からはまた、彼女の緊張がひしひしと伝わってくる。
「傍・・離れないでくださいね」
「ありがとう・・・アリシアなんか積極的だね・・・そういうのもきらいじゃない」
すりすりと、例によって臀部に走る触感。
「あは・・ははは・・・大丈夫そうですね」
「わぁわ! そんなことないから! ちょっと手はなさないでーー!」
「もぉっ・・セクハラですよ・・・」
「そゆとこ・・アリシアっぽい」
やはりアリシアも苦労していたのか・・・仲が良かったことに違いはないだろうが。
社会人生活で言えば私もまだまだ若輩だが・・最近の若い人という奴はどの世界に於いても当時の常識を覆してくるものらしい。
少し冷静になった私は、セシリアの足運びに注意しながらも、薄ら明るい洞穴の奥へ奥へと進んでゆく。
---かっ---かんっ かんっ---
不意に蹴飛ばした石ころが空間中で反響する。
どうやら奥の方は開けた巨大空間になっているらしい。
さすがにこの空間全てを照らすことは難しいのか、明かりが届く範囲に壁は見当たらない。
「広い---ですね」
「うん。この辺にいたはずなんだけど・・・逃げた・・?」
そう言って再度サーチエリアを発動するセシリア。
ここで狩れないと・・・恐らく時間切れだろう。祈るようにセシリアを見守る。
「・・・あれぇ・・・反応がな---まって・・奥何かいる・・おおきいの・・・っ!」
はっとして、セシリアが暗がりの奥を指さす。
つられて指先の方へと視線を移し、目を凝らした---瞬間
ゴアッ---!!!
赤々とした、文字通りの火球がみるみるうちに距離を詰めていた。避けなければマズい---!
---パリッ!
--- ---ザザァッ
「はぁ・・・はぁ・・・セシリア・・大丈夫!?」
「う・・うん・・・っ えっ・・・なに・・・っ!?」
「ごめんね、火球避けるのに抱っこさせてもらったよ。 危ないからここ、岩陰から出ないでね」
「だっ・・!?/// う・・うん・・・えっ・・逃げないの・・!?」
「もと来た道は・・・狭くて走ることは出来ない。 もう一回アレ出されたら、私たち逃げきれないよ」
「う・・・ で・・でも! アリシアどうするつもり!?」
「・・倒すしかないよ」
そう言って、セシリアをかばう様に前へと歩み出る。
雷速発動の瞬間、火球の奥に大きなトカゲ様の姿が見えた。
英名: Salamander 火を司る精霊としての伝承はどこかで聞いたことがある。
---まさか実在するとは思わなかったが。
「そ・・そんなのだめ! 危ないから!! あなたにもしものことがあったらどうするの!?」
「あはは・・生命保険でもあれば良かったんですけどね・・。」
「でも絶対に、この子にも、あなた(セシリア)にも、傷は付けさせないから・・・っ」
---覚悟は遠の昔に済んでいる。
「・・・『エミッション』!」
もう一度、今度は気合を込めて発動した。
周囲の明かりが一層強く、広範囲に渡る---
巨空間の全てをも照らし尽くさん光子たちは、火元となったトカゲの全貌を明らかにした。
「でっか・・・っ」
全長3 mはあろうか・・・とても堅そうな鱗に包まれたサラマンダー。
博物館見た化石に肉付けしたら、丁度こんな感じになるのだろうか。
ジュラ紀真っただ中にタイムスリップでもした気分---生きた心地はしないな。
『キシャァァアアア!!!』
目までははっきりと見えないが、顔はしっかりとこちらを捉えている。
『ゴフッ--ゴフッ--!』
その口元が紅の光を湛えだした。
吐き出されるのが炎そのものであるならば、避ける以外に選択肢はない。
ただ今は---私以上にセシリアへ危険が及ばないようにしなくてはならない。
超音速で動けばソニックブームで洞穴の崩落を招きかねない。
かといって自分の速度だけでは避けれる自身は・・・ない。
ぶっつけ本番での能力制御---できるか---いや、やらねば---っ
「お前の獲物はこっちだよ---!」
弾かれた様に横へ飛び、そのままセシリアから距離を取るように駆け出す。
まだだ・・・まだ使うな---
『ガァッ!! ガフッ--!!』
音に反応したか、サラマンダーはこちらへと顔を向けながら火球を口に貯える。
---ゴァッ!!!
---ここだっ
踏み出した右足に全神経を集中させ、次の一歩を加速させる。
---パリッ!!
見開いた目は、すでに両者の距離に対して半分以上詰めている火球を捉えていた。
飛んでいるのは火炎そのものではなく、その中心にある液状の物体。
まるで火炎放射器の仕組みそのものと言えようか。
人間のクシャミとは想像以上に早く、場合によっては時速320 kmに達するらしい(*2)。
これは、新幹線の速度にも匹敵する。普通に考えて避けるなんて不可能だろう。
これを目で捉え、避けられるということは---自分はそれ以上の速度で動いていると見ていいだろう。50倍程度の加速状態か。
加速した視界の中にあっても、小走り程度の速度で距離を詰める火球。
・・・あまり悠長に考えている余裕はない。
---タンッ タタッ ぐんっ!
---ビュパッ!
火球のギリギリ横を走り抜けざま、これを一閃のもとに切り伏せた。
---ボァッ!
振りぬいた刀身が炎に包まれたことを横目に確認する。
やはり---火元が可燃性液体であるならば、これを纏わせた刀は一時的に炎を湛えることが出来るか。
サラマンダーの視線はまだ炎の先へと向いている。
こちらの動きに反応しきれていないと見て間違いないだろう。
狙うは大きく開いた口元---強靭な鱗が見当たらない箇所を落とす---!
「ァアアッ!!!」
両の手で柄を握り、サラマンダーの喉元で大きな弧を描かせる。
---グニィィィ・・・ッ
鱗はなくとも---皮膚そのものが硬いか---
相手の喉を深く押し込む刃は、未だ皮膚の寸断には至っていない。
しかし---こちらの時間ももう限界だ。
今になって自覚したが、雷速発動中は息を吸うことが出来ないらしい。
息を止めて全力疾走することを思えば、至極当然と言えよう。
今引けば、次相手がどのような出方をするか想像もつかない。
この一撃で---必ず仕留めなければ---!
「ァアアアア!!!!!」
残り全ての酸素を込め、刃を引き上げる。
熱を帯びた刀が皮膚を焼いたか、皮膚の奥へ刀が入る感触を得た。
---びゅぱんっ!!!
一度もぐりこんだ刃はあっさりと飲み込まれ、その肉を両断した。
酸素不足に歪みだした視界を奮い起こし、一先ず距離を取る。
---ふぅっ
---ヴシュゥゥウウウ!!!! ゴハァァ---!
鳴き声を上げようにも、大きく開いた気道から空気が漏れて音にならないのだろう。
ドタンドタンと、巨体を揺らして藻掻くサラマンダー。
止まらない流血を抑える術もなく---
ズゥゥゥン・・・・!!!!
その巨体を地面へと落とした。
「はぁっ・・・はぁっ・・・はっ・・・!!!」
やはり・・・この能力は諸刃の刃だ。
超人的反射速度と身体加速を可能にはするが、体への負担が尋常ではない。
何回も連続で使おうものなら、軽く意識を手放すことになってしまうだろう---
「アリシア!!!」
視界の奥から、こちらへと駆けてくるセシリアを唐牛で捉えた。
力を使いすぎたか、あれほどまでに照らされていた空間は、もう闇に飲まれていた。
「アリシア!! 大丈夫!?!?」
もう一度、今度は間近で名前を呼ばれるとともに、抱きとめられる感触があった。
「はぁ・・はぁ・・・だい・・・丈夫・・セシリア・・ケガは・・・ない・・・?」
「バカっ! 自分の心配をしなさい!」
「あは・・は・・・大丈夫・・みたいだね・・・はぁ・・はぁ・・・っ」
「・・っは・・っ 私も・・大丈夫。 息が上がってるだけだよ・・」
「ばかっ・・・そういう・・意味じゃない・・・っ」
ぎゅぅぅ・・と、心地よい締め付けを感じる。
心配・・させてしまった様だ。
これまでのことを思えば---急に目の前から姿を消してしまうことや、アリシアを危険に曝すことが、セシリアにとってどれほど辛いことか、考えるべきだった。
「ごめん・・・ね・・・ごめんなさい・・・」
ぎゅぅ・・・と、抱き返す手に力をいれる。
「無事だったから・・・許す・・・ぐすっ・・・」
「うん・・・ごめん・・・」
物音ひとつしない薄暗闇の中
二人の心音だけが---鮮明に耳へと届いていた。
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「もう・・大丈夫・・・?」
「うん・・取り乱しちゃってゴメン・・・」
「あはは・・でも、心配してくれてありがとう」
「当たり前でしょ・・・すぐ、さっきみたいに雷速使うと思ってたもん・・・」
「普通の速度で私から離れて・・そこにすぐ火球飛んできたから・・・私てっきり・・・」
そういって、またしても目に涙を溜めるセシリア。
あぁぁ・・・泣かれるのは本当に辛い。対処に慣れていないんだ・・・っ
「えと・・心配かけちゃってゴメン・・・」
「セシリアの前に立ったまま発動させちゃって、もしセシリアの方に火球が飛んで来たらマズいっておもったから・・・注意を引き付けるために最初は加速しなかったの・・・」
本当に速度の制御が出来るかは賭けだったけど---とは口が裂けても言えないだろう。
「それならそうと・・言ってよぉ・・・」
「あはは・・・ごめんなさぃ・・・」
「ん・・・もう・・大丈夫・・・」
「さっきの・・・倒した・・・んだよね・・・?」
そう言って、今更ながらに確認するセシリア。
そういえば---はっきりとは見ていなかったな。
「もう音はしていませんし・・大丈夫なハズです・・・」
「ただ・・・ちょっと確認はしたくない・・かも・・・あはは・・はは・・・」
きっとスプラッター映画並みの流血量だろう。
健康診断で引き抜かれる血液すら目を背けたくなる私にはちょっと辛い。
---が、生死の確認をしなければ、おちおち会話も出来ないだろう。
「・・・『エミッション』・・・」
今度は静かに、やわらかく唱える。
その声量に呼応するかの様に、明かりは松明ほどの範囲を照らし出した。
「うわー・・・首の皮一枚って・・・こういう感じなのカナ・・・」
「私はあまり見たくありません・・・」
「やった本人が言うかねぇ・・・ 私はこういうのは平気な方だけど・・・」
「そういうところも、アリシアそっくりね・・・」
薄明りの先で、セシリアがほのかに笑った---気がした。
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「わー・・やっと外出れた・・・まぶしー・・・!」
「やっぱり日の光が一番ですね・・・ってもう夕方か・・・」
「思いの外時間経ってたんだね。 でも、すごいよ。」
そう言って、戦利品の『一部』を指さすセシリア。
竜の鱗に竜の眼、竜の心臓に竜の肉・・・さっきまで3 m以上にもなる巨躯『だったもの』だ。
あのクラスのサラマンダーはいわゆるドラゴンに分類されるそうで、その商品価値は計り知れないそうだ。
鉄より硬く、木より軽い鱗は、一等品の装備へと活用され
炎にも負けない強靭な心臓は、魔法学的に大変貴重とされるとか。
普通は大人数でパーティを組み、計画的に捉えるそうだが、命を落とす人も少なくないらしい。
本来山分けとされる利益について、今回は私たち二人が総取りするわけであって・・・
彼女曰く『慎ましやかに生きるなら、もう一生働かなくていいかも』だそうだ。
あの後、息絶えたサラマンダーに手を合わせた私だったが、
一方のセシリアといえば、眼が円マークになっていた。この国の通貨単位で言えばビルか・・・
料理の腕は確かなものだったが、スキルとは意外なところでも生かされるらしい。
巨躯はみるみるうちに取り分けられ、終わった頃にはもう材料という見方しかできなかった。
これら材料は、どう考えても手で運べる分量を大幅に超えている。
何度も瞬間移送の魔法を唱え、戦闘直後の私よりも息が荒くなっている様にも見受けられたが、その瞳だけは輝きを失っていなかったことを良く覚えている。
「ありしあー? 帰るよー」
「あ・・・うんっ」
現実に引き戻された私は、小走りでセシリアの背に追い付く。
それにしても、もうしばらく洞穴には入りたくもないな---
「・・・あれ・・・? 私たち、何で洞穴なんて入ってたんだっけ・・・・」
「「・・・あっ」」
時、既に遅し。
得られた巨万の富よりも、違約金と共に失われた信用の方が心に響く社畜だった。
(References)
*1 ソニックブーム, wikipedia, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%A0
*2 くしゃみ, wikipedia, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8F%E3%81%97%E3%82%83%E3%81%BF
お目通し頂き、誠にありがとうございます。
アリシアかわいい。
セシリアかわいい。
おっさん頑張れ。
なお、ラピットは空間が照らされた時点で逃げ出しました。