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Soul overlay  作者: 546 nm
7/15

違和感

07;


『金縛り』を経験したことはあるだろうか。

小学生の頃、七不思議など学校を舞台としたホラーものがとてつもなく流行っていた。それをモチーフとした映画も大ヒットを収めており、当時の私達にとってオカルトとはごく身近なものだった。


金縛りはその中の一つとしても取り上げられていた。夜中目が醒めたら体が動かない、アレだ。

幽霊の類に手足を押さえつけられていた、蜘蛛の糸で雁字搦めにされていた、呪いの力で貼り付けにされていた・・・など様々なパターンとして語られていたかと思う。


『金縛り』に相当する事象自体は嘘でもなく、医学的に言えば睡眠障害の一種とされている(*1)。

これは、先日言及した浅い眠り: レム睡眠 (Rapid Eye Movement sleep: REM sleep)に於いて発生するそうだ。レム睡眠とは、骨格筋の弛緩により身体は休息状態にある一方、脳は覚醒状態にある睡眠を指す(*2)。


つまり、身体は寝ている--即ち動かない-- 一方、脳は活性化している状況だ。

人が夢を見る時はレム睡眠時に多いそうで、夢の中で身体の自由が効かないとよく言われる理由はそこにある。


また、夢とはその日、大脳に蓄積された大量の情報整理を整理する課程で見るものだそう(*3)。

ホラー, オカルト最盛期の当時であれば脳みその大半は「こっくりさん」や「トイレの花子さん」であり、それに纏わる夢を見ることは大して不思議ではない、ということだ---



「セシリア・・・寝相悪いよ・・・・息苦しい・・・」



規則正しく上下する胸元へ投げ出された足は、きっと夢が見せる幻影ではないだろう。



----------------



結局、その日は話の流れでセシリアのご自宅に泊めて貰った---

ちょっと散らかってるけどごめんね、というセシリアだったが、散乱しているのはいずれも魔法学に関する書物や文献の類だった。

タイトルだけ見ると、探索系の魔法に関する書籍が多い。



地球のものさしで言えば、あらゆる場所に磁場-地磁気-が存在が存在している。これがあるからこそ方位磁石は常に北を指す。この強度(磁束密度)は30-50 マイクロテスラ程度だそうで、人体の輪切り画像を取得するMRIが一桁テスラであることを考えるとごく微小である。


この様な直流磁界の強度が強い場合、例えばめまいなど人体への影響を引き起こす場合も見られる。本来、人体を構成する物質は非自磁性体であり、磁界に対して感応しないと考えられてきたが、直流磁界が非常に強い場合はその限りでないそうだ(*4)。


そこで、魔法の出番というわけなのだろう。

見た感じ、周囲の磁場を増幅するとともに、周囲における磁束密度の歪みを可視化する。

結果、離れた場所や遮蔽物の奥にある生命体であっても検知できるという仕組みらしい。

通常は『そこにモノがある』程度にしか認識出来ないが、気合を入れればある程度の判別は可能とも記載がある。何なんだ、気合って---



「こらぁー 勝手に読まないの!」


後頭部に柔らかい痛みを感じ反射的に振り返ると、セシリアがチョップの姿勢を保っていた。


「いやぁお恥ずかしい・・・それはあんまり見られたくなかった」


「もしかして・・・私を・・・探すため・・?」


「あはは・・・私じゃ男と女の差を見分けるのが精一杯だったけどね・・」


「セシリア---ありがとう・・・っ」


ぎゅっと、包み込まれる。

よかった、アリシアの隣にこの子が居てくれて。


「はふ・・アリシア・・・いい香りがする・・///」




---前言撤回。この子はやはり捕食者だ。




------------------






「---どぉ? そこそこイケるでしょ?」


「うん、すごく美味しい。 コショウがいい感じのアクセントになってる」


「でしょー? この辺のは香りが良いって有名なんだよね」


つい数時間前、10人前にも及ぶパフェを完食したのは誰だったか。

あっさりとした風味のキノコパスタは、何の抵抗もなく喉を通っていた。



「わたし、こうやってよくセシリアにお世話になっていたんですか?」


「まぁねー。アリシアちょっと家遠かったのと、しょっちゅう遅くまで研究室籠もってたからね。年頃の娘が何を青春ぶん投げとるんだーって、引きずり込んだりしたよ」


「あは・・ははは・・・」


「私もあなたも、学園からすればドマイナーな分野に一点集中する変わり者だからかな。何だかんだ私に懐いてた。本人を前にして言うのも何か気恥ずかしいけどね」


「セシリアは何を?」


「専攻? あー・・話してなかったね。」


「私はテレパシーだよ。その人と波長さえ合えば遠く離れていても会話だって可能なんだけど、なんだろなー 私と合う人が居ないっていうか、私が合わせる気がないっていうか・・」

「あはは。 ま、同じ目的を持った人だとか、予めこちらからテレパシー送るねーって伝えてた場合は成功するんだけどね」


要は通信量、中継基地不要の携帯電話か....個人的には、なんと羨ましい。



「もちろん『あの後』も、事あるごとにあなたを探してテレパシー送ってたんだよ。でも、何かアリシアの波長を見つけることが出来なかったのよね・・・」

「今日2年ぶりに再会出来て、その理由が分かったんだ」


---セシリアのトーンが少しだけ下がった気がする。私の心臓は早鐘を打っていた。


「今のアリシアは、アリシアなんだけど、ほんのちょっとだけ波長が違うの。達観してるというかちょっと遠くから見ているような雰囲気というか---」


「あはは・・1から10までアリシアじゃないと引っかからないってくらい特殊なテレパシー送ってたんだろうね。そりゃ見つからないわけだ。」



「セシリア---」


人の脳波に関する研究は、既に実用レベルまで落とし込まれている。

脳波、つまり波は唯一つの衝撃(パルス)に対して規則正しい周期を描いている。

位相や強度の異なる波が複数重なると、複雑な形状を示す。本来人間の放つ脳波はこの様に複雑だ。

フーリエ変換と呼ばれる演算を解することで、この複雑な波の元となった複数の周期関数を得ることが出来る。

人が何かしら行動しようと無意識に念じた際、脳からそれに対応する脳波が出力されている。

この脳波を外部の検出器によって読み取り、波を分解, 解析することで、どの様な命令を念じたか外の人間に理解されるというのだ(*5)。


セシリアは他人の脳波を正確に読み取れるだけでなく、それを恐ろしい精度で解析する能力を有していると考えられる。魔法による大幅な底上げこそあれど、彼女自身、相当明晰な頭脳を持っていると言えよう。



これを踏まえた上で、彼女の言葉が意味するところを考えると---

アリシアが発する脳波が、かつて彼女自身から出ていたものと異なっていると言いたいのだろう。

当たり前と言えば当たり前だ・・・思考しているのは、全く異なる人間なのだから・・・





かちゃり---

静かに置かれたはずのフォークの音が、とても鮮明に耳まで届いた気がする。

二人の間には静寂が支配していた。



「ホント言うとね、すこーしだけだけど、心が読めるんだ。」

「あなたに再会してから、今のあなたの波長が分かったからそれに合わせてみたんだ」

「あなたは一体、何をしようとしているのか---ってね」


心臓が止まりそうになった---とは本当に今のような状況を指すのだろう。

恐らくは視点を定められないまま、セシリアから目を離せずに居た。


アリシアが無事目覚めた際に彼女へ迷惑を掛けない様、それらしく振る舞うつもりでいた。

けれども、アリシアのことを家族同然に思っているセシリアを前に『アリシアらしく振る舞う』なんて、何と滑稽なことだっただろうか。


私は---アリシアだけでなく、セシリアにも大変申し訳無いことをしてしまったのか---




「ほら---自分のことよりアリシアのこと考えてる・・・」


ぽそっと---確認するかのようにつぶやかれた声が、微かに耳へと届いた。

心配しないで---私にとっては予想外の反応を見せ、彼女の話が続く。



「最初は、本当に記憶喪失なんだと思ってたけど、アリシアとは違う波長から、『アリシアを助けたい』って声が流れてきたんだ。 すぐ分かったよ。私と同じ意思なんだもん。」

「・・・それから、どんな厄災からもアリシアを護ろうとする硬い意思。」


「あなたがもし、アリシアに危害を加える様な人格だったら---どんな手段を使ってでもこの子から追い出してやるって思ってた」

「でも、あなたは全く逆。 私思いっきり毒気を抜かれたわよ」



あはは、と少し困った表情を湛えながら、アリシアは笑っていた。

素直に話すしかない---


「セシリ----「いくつか教えて?」


私の言葉を遮り、静かに問いかけるセシリア。

どの様な質問であっても・・・答える義務はあるだろう。


「アリシアはどうなっちゃったの?」


「・・・恐らくは・・・深い眠りについている様なものだと思っています。いや、そう信じています・・・と言うべきなのでしょうか」

「私の見解が間違いでなければ、アリシアは彼女自身の脳の活動を停止した状態です」

「私という人格が、彼女の身体機能を維持している・・・と考えています。」



「そっ・・・か---。 あなたはどうして・・・セシリアのために頑張ってるの?」


「多くを語るつもりはありませんが---私はこことは違う場所で、死んでしまいました。何か大切なもののために役に立つ、という約束を果たせないままに。」

「気付いたときには、私はアリシアの中にいました。 この子は---私の拾の娘に本当にそっくりだったのです・・・本当に---」

「・・・境遇を知って、アリシアがもう他人事とは思えなくなりました・・・」

「生前果たせなかった約束を、この子の命を救うことで成し遂げたい・・・それが理由です。」



「・・・怖く、ないの?」



「いえ、何も。 もし---私を乗っ取ることでアリシアが目を覚ますのであれば、今すぐにでもこの魂を捧げます」



「---そう。 じゃぁ私もう何も言わない。 寧ろ・・・アリシアを助けてくれてありがとう---」



そういってまた微笑みかけるセシリア。

普通に考えて信じられない様な話だが---彼女の理解の速さには頭が上がらないな。



「・・・しみったれた話はもうおしまいにしよ?」


「えっ・・?」


「アリシアのこと、あなたのことを知った以上、私も腹くくったよ。 アリシアの記憶を取り戻す旅にトコトン付き合う!」


「い・・いえ、そんな! 本当に危険な橋を渡ることになるかもしれないんですよ!?」


「だったら尚更じゃない。 私はこの子のバディなのよ?」

「それに、アリシアが記憶を取り戻したとき、すぐ側に居てあげられなきゃ・・・いや」


「・・・っ」



正直---部外者の私には、これ以上拒否する権利はなかった。



「沈黙は肯定ととるわよ?」


「---はい」



どうかこの出会いが---アリシアにとって良い結末を導きますように。

よろしくおねがいします、と私は無言で頭を下げるしか出来なかった。





「はい、じゃーおしまい!」


ぱん、と小気味よい音が重い空気に終止符を打つ。

セシリアの顔には、今日幾度も見せてくれた笑顔が湛えられていた。


「---あ、そーだ。 ひとつだけ条件、ね。」


あなたのこと認めるんだから、それくらいいいでしょ--と。


「はい--なんでしょう?」


最大限譲歩してもらったんだ。何だって言うことを聞こう---


「その子の姿であなたの素を出されると、それはそれで何か落ち着かないと思うの」


「・・・ソウデスネ」


前世の素性は聞かれていないとは言え、セシリアにとって見ていて気持ちの良いものではないだろう。

また、私という存在が消滅したとき、寝付きが悪くなられても困る。

理由は違えど、セシリアのこの要求は従うべきだ。



「だから---今後も変わらず、アリシアっぽく振る舞ってね?」


「---っと・・・は---ぃ・・・っ?」


先程までと違う悪戯な笑顔は、彼女の言葉の裏に隠されたもうひとつの意図を邪推させる。

良からぬことを考えているだろう---テレパシー能力など無い人間でも分かる---


「---これからもよろしくね、『アリシア』っ」


「あは・・ははは・・・よろしく、おねがいね・・・」



セシリアには、これから先ずっと足を向けて寝ることはないだろう。

何故かむず痒くなった尻を無意識に浮かせながら、私の顔にはぎこちない笑顔が浮かべられていた。





------------------





「んーーー! よく寝たっ 久しぶりの抱き心地だったよ!」


「それは・・よかったね・・・ぁは・・ははは」


柔らかな日差し、窓から入り込む心地よい風。

目覚めには最高のコンディション。


物理的に向けられた足をそっと押しのけ、おはようございますと挨拶する。

枕の位置的に言えば、寝相が悪いのはセシリアの方であると釈明しておく。






昨晩の話は---折角格好の良いところを見せてくれた彼女の名誉を守るためにも、やめておこう。

誰に対する配慮なのかは分からないが、憑依三日目にして早くもこの生活にも慣れてきた私は手早く身支度を済ませる。



「---おわったー?」


そう言ってひょっこり顔を覗かせるセシリア。本職に勝てる訳がなかった。


「あ・・・うんっ ごめんなさい」


「全然、大丈夫だよ。 何か結構髪型こだわってるみたいだったからさ」


「あ・・・っ」


「アリシア、そこまで髪に凝ってなかったのよね」


そういって、本日一発目の笑顔を向けるセシリア。

髪型変わると、何かあったのかなって思うよ、と。


ヘアスタイルでその人の印象が大きく変わるとは言われるが・・

そういうところからも、アリシアの違和感に気づかれたのかもしれないな。


「へん・・・ですか?」


「ううん、すごくいいよ。 前から、もっと自分に気遣えーって説教してたくらいだし。」


『アリシア』にも教えてあげてよね、と。

たった一言で昨日の復讐を済ませてくれたセシリアに続いて、ドアを出る---





さぁ---今日は『仕事』だ

身に染み付いた社畜精神が私の背中を押していた。






---------------------------


(References)

*1 金縛りはどうして起きるの?, 日本経済新聞社, https://www.nikkei.com/article/DGXBZO03995770S0A310C1000001/

*2 レム睡眠, wikipedia, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%A0%E7%9D%A1%E7%9C%A0

*3 睡眠の基礎知識, 一般社団法人 日本看護学校協議会共済会, https://www.e-kango.net/selfcare/aroma/sleep/vol4.html

*4 上野照剛. "生体に及ぼす磁界の影響."Radioisotopes47.9 (1998): 697-706.

*5 触らず、念じて操作する~脳波センサの仕組み~, TDK株式会社, https://www.jp.tdk.com/tech-mag/knowledge/135

セシリアに本当のことを打ち明けるか

それともひた隠しにすることを選ぶか

本当に悩みました(汗


いずれの行動を取っても、その背景には『娘』を守りたいという親心があるわけで。

自分以外の誰かを守るのって、途轍もなく大変ですよね。



ちなみに、アリシアののもつ能力も、セシリアの持つ能力も

実はこのお話の根幹にとても重要な意味を持たせています。



広げた風呂敷をちゃんと畳めるよう、今後とも精進致します。

評価、ご指摘等頂けると幸甚に存じます。

またよろしくお願い致します!

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