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Soul overlay  作者: 546 nm
4/15

初体験は鉄の味

04:


100 m走を9秒台で走り抜ける一流アスリートであっても、スタートを知らせる発砲音がしてからクラウチングスタートを切るまでにおよそ0.1秒以上掛かるらしい(*1)。これは神経伝達速度に由来する。


私は全くの専門外であり正確な情報と言えるか些か不安だが、人間が感じ、考え、行動に移すためには脳の大脳皮質と呼ばれる部位から上位運動ニューロン、脊髄、下位運動ニューロンへと情報を伝達する必要があるそうだ。情報の伝達は生体電流が担っており、細胞内のイオン濃度が目まぐるしく変化することで作られるパルス電流(約100 mV)がこれに相当する(*2)。この電流(電位)は、細胞にあるイオンチャネルと呼ばれる穴が開閉し、そこへナトリウムイオンやカリウムイオンといった電荷を帯びた粒が流入/流出を繰り返すことによって発生する。


パルス電流は神経から神経へと伝播することで情報伝達の役目を果たしているが、この速度は思いの外遅く、脳から出発した信号が筋肉を動かし始めるまで約50 ミリ秒を要するそうだ(*3)。目や耳で感じた情報を脳で理解し、そこから動作を開始するには大まかに見積もって倍程度の距離を要するため、結果として100ミリ秒、即ち0.1秒程度要するというものだ。人間が人間である限り、この限界を超えることはおよそできない。


一方、野生動物に於いては人間よりも圧倒的に優れた動体視力をしているものが多い。ヒトではどう足掻いても反応できない速度で獲物に飛びついたり、逆に回避している様子を一度はご覧になったことがあるだろう。その昔、子どもと一緒に見ていた番組の情報によれば、目や鼻といった感覚器官と脳との距離が人間よりも圧倒的に短かったり、伝達に用いられる回路が太かったりといった違いによるらしい。空を飛び交うハエを叩き落すのが非常に困難な理由も、これに関係するそうだ(*4)。


厳しい野生で生き抜いている動物たちに比べれば、ヒトの動きなんて止まって見えるのであろう。



一方、人間が他の生命体に比べて大きく勝っている点としては、複雑な思考が挙げられるだろう。頭で考え、道具を使い、行動に移す。得られた知見は次の行動に活かされる。元居た世界で人間がヒエラルキーの頂点に君臨した(と勝手に考えている)理由はここにある。


我々には、視覚, 聴覚, 味覚, 嗅覚, 触覚に挙げられる五感に加え、『嫌な予感がする』といった第六感が備わっている。これは、微弱電流を捉える能力と言われることもあるようだが(*5)、過去の経験に基づいて何か言葉では言い表せない違いを感じ取ったり、それこそ霊感と呼ばれるものも第六感に相当するそうだ。過去の経験を無意識にもフル活用できるあたり、ヒトも大いに優れた生命体である。



「だからこっちの道はやめとこうって言ったのに・・・っ!」


おそらく誰にも言っていないだろうが、深刻な状況を招いてしまった自分自身へ悪態を吐く。

目の前には3匹の子豚ならぬ、3匹の狼が喉を鳴らしていた。



--------------



外は快晴。田舎特有の澄んだ空気と風が奏でるメロディーは、気分転換に丁度良いものだった。


旅立ちの第一歩を踏み出した私は、最初に最寄の町へ行くことにしていた。「神」への道を探るべく、教会の類を探すためだ。アリシアの家は人里離れた場所にひっそりと佇んでいたが、生活必需品を補うためか、歩いて半日も掛からない場所に比較的大きな街があるらしい。


あまり歩く人も居なかったのであろう。彼女の家から街へと続く道は、雑草が伸び放題になっていた。

まだアリシアの感覚に十分慣れていない私は、一歩、また一歩と慎重に足を運んでいた。



「小学校の頃を思い出すなぁ...」


比較的郊外で育った私は、どちらかというと野生児に分類されるタイプだった。

野山を駆け回り、崖からずり落ち、ハチに刺される。 痛い目に遭ってもまだ懲りない。

勝手知ったる裏山に限った話だが、平坦な道と獣道のどちらを選ぶかと言われれば迷わず獣道を選択していたことを思い出す。

齢16と言えど、20年分近く若返ったからだろうか。果たすべき使命はあれど、これから始まるであろう未知との遭遇に、若干の高揚感を覚えていた。


しかし、これから人と話す機会も増えることだろう。

男勝りのしゃべり方がカッコいいと思われる女性も少なからず居るだろうが、日記の内容から見てもこの子はそのタイプではないと推察される。


「口調、気をつけんとアカンな....いや、気をつけないとダメだね...」


講演などを行う機会も少なくなかったため、ガサツな関西弁を封じること自体は可能だ。

だが、30年以上熟成を重ねたスタイルを抑えて、16歳の少女の様に振舞えるのだろうか。背筋が寒くなる思いがした。

しかし、折角と言うべきか、喉仏の取れた今ならどの程度の声が出せるのか、興味はある。



「しーんぱーいないからねー・・・♪(*6)」



高速道路を一人で走っている車内の大半はカラオケボックス状態ではないかと、思っている。少なくとも私はそうだ。

どうも周囲に聞き耳を立てている人が居ないことが約束された環境では歌詞が口をついて出てくる。

一般に、親の好きなJ-popは古いと揶揄されるが、音楽を貪るように聴いていた時代の思い出がいつまでも残ってしまうのだ。

だんだんと新しい物への興味が薄れ、自分が活発だった頃の知見に頼ってしまう。ハッシュタグとか言われてもおじさん良く分からんのだ。


「あとどれくらいで街に着くんだろ。街でごはんを食べようと思ってたから食料もないし...」


口調に気をつけつつ、ぐぅと鳴るお腹に手をあてがう。こういう時、本来は顔を赤らめるのだろうか。

昨日目が覚めてから最低限の食事しか口にしていなかった為か、そろそろHPが直接減りそうな予感がする(*7)。


恒星と私が今居る惑星の関係は、都合よく太陽-地球のそれとおよそ一致していた為、影の向きからおよその方角は判別可能である。

未だ影が伸びていることを考えると正午には至っておらず、影は西を指すと考えられる。 これを信じる限り、私はおよそまっすぐ街へ向かっている筈だ。

引き返すことも出来ないのでこのまま進むことにしたが...


「・・・むぅ」


目の前には鬱蒼と生い茂る背の高い植物が行く手を阻んでいた。

このまま植物園を突っ切るか、迂廻路を探すか。


正直、第六巻というべきか、先の見えない程に生い茂った草の向こうに嫌な予感を感じてはいた。

しかし、右を見ても左を見ても、しばらくは草が続きそうな感じがする。うーん・・・




「・・・よし、すすもー!」


半ば無理やり、自分に言い聞かせるように草を踏み敷くことを選択した。

急がば回れとは言うが、遠すぎる回り道は時として目標の喪失に繋がるのである。ふんす。


どちらかといえば、あたって砕けろタイプの性格を後に恨むことになるが、このときはまだ知る由もなかった。




-------------------




冒頭に戻る。

草を掻き分け進むこと5分と経っていなかっただろうか。

運よく植物園を抜けることに成功した私は、とある狼さんのお宅にお邪魔してしまった様だ。



「ぇと...お邪魔、しました?」



深夜アニメでよく聞いた台詞。折角の機会なので言ってみた。

我ながら可愛かったと思う。これに免じて見逃して貰いたかったが、狼にしてみれば単なる餌。先方はとてもこちらに興味があるようだ。


グルル...ッ! ガァッ!! ガゥッ!!

すくっと立ち上がった狼たちは、私をとり囲う様にゆっくりと展開して威嚇を始める。



「だからこっちの道はやめとこうって言ったのに・・・っ!」

急がば回れ。やはり先人の教訓は本物だった。

・・・初戦の相手は、HP 5程度の青色ゼリー系魔物が良かったなぁ。


今後は悔い改めるので、この場を無事に切り抜けさせてくださいっ。

少し泣きそうになりながらも覚悟を決め、鍔を親指で押し上げる。






抜き身の状態で刀を扱う場合、どうしても振りかぶる→切りつけるという2段階を要する。

相手が狼である以上、反応速度で勝てる見込みはなく、切り付けに掛かっても避けられる可能性は高い。


唯一と思われる対抗手段は、相手の攻撃を見据え、後の先を取る。

抜刀術の場合、鞘から抜くことは即ち切りつけることと同意であり、抜き身の刀を振るうよりも早い。

問題は、相手の出足に反応できるかどうか・・・


前方に展開する3匹を順に見据え、腰を落とし、後ろに引いた左足に荷重をかける。

チャンスは一度きり。外せば恐らく命はないが---アリシアに傷は付けさせない。



相手の足元から目を離すな。

極限まで集中を高めたその時---





---パリッ




辺りが急に薄暗くなったと同時に、周囲の音がやたらと冗長になる。何だ、これは?

しかし環境の急変に戸惑う暇もなく、3匹の狼が同時に飛び掛かる。やはり、おかしい。


通常であれば1秒と保たずに詰められるであろうその生物は---

非常に緩慢な動作によって 未だ宙を漂っていた---



自動車事故に遭った人の中には、跳ね飛ばされていた最中に周りの景色がスローモーションに見えることがあるらしい(*8)が、まさにそれと似た感覚かもしれない。今なら---戦える!


だが、刀を抜こうとした私は、自分自身もまたスローモーションに捕らわれていることに気付いた。

水よりも粘度が高い液体の中に身を投げ入れたような感覚。動くには動くが、抵抗が大きい。

マズい...分かっているのに動けないままでは...っ


ぐぐ...っ ぐぐぐ...っ

僅かにでも速く、刀を振り抜ける様、捻る腰、踏み込む軸足に神経を集中させる。



----パリッ!



今度は体中に電気が走る感覚。同時に、自身に対する枷が外れた---今しかない!

弾かれる様に踏み込んだ私は、ありったけの力を込めて上体を捻り、抜刀した。



・・・フッ

通常、多かれ少なかれするであろう風切音の一切もなく、刀身はその姿を見せていた。

その音のない世界で振り抜かれた刀は、見れば一匹の首に大きな溝を造っていた。

今は理由を考える時ではないーー!


・・・ヒュッ

そのまま、刀の勢いを殺さないよう一歩踏み込み、返す刀で右隣の胸部を袈裟に斬る。



ぐっ・・・ヒュオッ

最後に、左端に居た狼へと向きを変え、振り下ろした刀の位置から逆袈裟で斬り上げる。



おそらくは致命傷だろうが...

飛びかかる狼の反対側へ足運びした私は、仕留めきれていなかった場合を考慮し

いちど納刀の態勢に入った。




ーーーーーフッ



その刹那。

視界が戻り、音が鳴り、そして---ヴシュッ!!!

3匹はわけも分からない間に血を吹き出し、地面に着くと同時に絶命した。





「はぁっ・・・はぁ・・・はっ・・・・」


とさっ。

驚きによるものか、それとも極度の疲労によるものか。或いはその両方か。

その場に座り込んでしまった私は、肩で大きく息をしながら呼吸を整えるのが精一杯だった。



-------------------



覚悟を決めていたとはいえ、哺乳動物に襲われたこと、そしてそれを殺生したことは初めての経験であり、心身への負荷は極めて大きかった。命のやり取りに身を置くことの怖さを改めて知った私は、初戦闘の勝利に浮かれる余裕もなかった。


ただ、あの戦闘中に一体何が起こったのかについては気になっていた。

まるで止まった時間の中で、自分だけが動いている感覚だった。

ようやく転生組に与えられる特殊スキルが花開いた?

まさか、「神」が助けてくれた? いや、何か・・・違う。


思考を巡らそうと、額に両の手のひらを押し当てた際---


---パリッ


今度は軽く電気が走り、五感が研ぎ澄まされている様な感覚が生まれた。

全身を走る電気---まさか。

私の脳裏には一つの可能性が過ぎっていた。


即ち。

脳から、或いは脳への情報伝達に用いられるパルス電圧を、生体内のイオンではなく彼女自身の電気操作が担ったのではないだろうか。本来ニューロンからニューロンへと次第に電波する信号ではなく、電流そのものが目から脳、脳から四肢へと流れたというものだ。これなら、人間の反応速度の限界を超えたことにも説明は・・・つくかもしれない。

一方、体を動かすためには骨格筋の収縮を伴うが、これにはトリガーとなるカルシウムイオン濃度の増大が重要となる(*9)。生体物質はカルシウムイオンやナトリウムイオン、マグネシウムイオンといった正電荷を帯びた物質との様々な相互作用によって様々な機能を発現する。例えば立体構造の変化や電子の引き抜きなど・・・。しかし、これも電気の力により、直接的に制御できたとしたらどうだろう。 実際、人は感電すれば刹那に筋肉が硬直する。



生き残るためにも、これは今後検証すべきだろう。

憑依にせよ、超高速移動にせよ、鍵となるのはアリシア自身が体で覚えたであろう電気操作能力だ。

彼女の体を借りている以上、私の意思でも操作できる可能性は十分にある。

今回は極限状態に身をおいたことで無意識に発動したか。

---それともアリシアが助けてくれたか。


「ありがとう、アリシア」

能力にせよ、意思にせよ、助けてもらったことに変わりはないのだから。



しかし---どのようにして検証をすすめるか。

自然科学の知識なら兎も角、魔法に関する原理や法則の類は一切分からない。

ただ、アテはある。彼女が卒業した魔法学校だ。


幸い、目的地である街に、その学校は存在している。

教会経由での「神」探しと並行して、少し魔法についても学んでいこう。

科学では到底達成し得ない領域であっても、魔法ならば容易く攻略できる要素がありそうだ。



少し、気が楽になったかな。

・・・よし、行こう。


ぐっと、足に力を入れて立ち上がった私は、改めて街への道のりを歩んでいった。









------------------------------------

(References)

*1 人はどこまで速く反応できるか 人知超越の0.001秒フライングでルール再考の必要性, https://the-ans.jp/column/65568/

*2 玉川大学http://www.tamagawa.ac.jp/teachers/aihara/study.htm

*3 人は未来を予測できる?, 日本脳科学関連学会連合, http://www.brainscience-union.jp/trivia/trivia1748

*4 ハエを叩き落すのは、なぜこんなに難しいのか?, BBC News JAPAN, https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-41396175

*5 第六感, wikipedia, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E5%85%AD%E6%84%9F

*6 愛は勝つ, KAN (1990) 小学校の頃凄く流行りました。

*7 最近のも空腹が過ぎたらダメージ受けるんですか?

*8 千葉大学プレスリリース, http://www.chiba-u.ac.jp/general/publicity/press/files/2016/20160523.pdf

*9 骨格筋はどのようにして収縮するの?, https://www.kango-roo.com/learning/3762/

稚拙な文章にも関わらず、お目通し頂き誠にありがとうございます。

戦闘の描写って、本当に難しいなと思いました。精進致します...


本当はもっとアリシア可愛いかわいいしたいです。

ただ、一人でやってると間違いなく頭のおかしい人に思われますよね。

街に行ったら、やっと彼女にたくさん喋らせることが出来そうです。


もしよろしければ、今後ともお付き合い頂けますと幸甚に存じます。

ありがとうございました。

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