第一章 不死身の魔王と呪われし少女
1 不死身の魔王
真っ暗闇を抜けるとその先に玉座が。
「ついに来たか‼」
そこに座っている人物がそう言って立ち上がった。全身黒い鎧に身を包んだそいつこそ我が宿敵、ベルボロス。
「お前を倒す‼」
俺は鞘から七色のオーラを放つ剣、オーロラソードを抜いて構えた。
「私たちも‼」
「おう‼」
三人の仲間たちも次々に臨戦態勢に入る。
「せいぜい楽しませてくれよ」
ベルボロスはそう言って禍々しいオーラを放つ大剣を構えた。
「ふんっ‼」
「きゃっ‼」
ベルボロスが剣を一振りしただけで凄い衝撃波が放たれた。俺ともう二人は何とか耐えたが、ユアンがそれに負けて吹っ飛ばされてしまった。
「大丈夫か⁉」
俺はユアンの元へ駆け寄って手を差し伸べた。
「何とか・・・」
ユアンが俺の手をしっかりと握って立ち上がる。
「フハハ!この程度でその様とは先が思いやられるな」
やはりベルボロスはとてつもなく強い。しかし、この世界の為に絶対負けられない。
「みんないくぞ‼」
俺たちと暗黒魔王ベルボロスとの最後の戦いが幕を開けた。
まず俺と、格闘戦術を得意とするジュンが仕掛ける。その後ろから魔法を得意とするビンズが攻撃。さらにその後ろから回復や援護を得意とするユアンが支援。完璧なフォーメーションだ。ここまでこのメンバーで数多の強敵たちを打ち破ってきた。最強であるベルボロスにだって俺たちの連携があれば負けるはずがない。
キンッ‼キンッ‼
俺とベルボロス、お互いの剣同士がぶつかり合い甲高い音が響く。
ギギギ‼
そして鍔迫り合いになった。
「いまだジュン‼」
「オッケー‼」
ベルボロスは俺の剣を抑えるのに精一杯で懐ががら空きだ。
「はぁぁぁ‼」
ジュンが隙だらけの脇腹目がけて渾身のパンチを繰り出した。
「ぐうぅぅぅ‼」
ベルボロスが痛みに耐えかねて膝をつく。
「二人とも離れて‼」
ビンズがそう言うと俺とジュンはベルボロスから素早く距離を置いた。
「ライトニングペイン‼」
バリバリバリ‼
「ぐわぁぁぁ‼」
ビンズの唱えた魔法がベルボロスを直撃した。あまりの衝撃にベルボロスは倒れこんだ。
「お前の手でとどめをさすんだ‼」
「あぁ‼」
俺は剣を構えた。手に力が入る。ようやくこの時が来た。俺からすべてを奪った憎き宿敵にとどめをさせるこの瞬間が!
「いけぇ‼」
「うおぉぉぉ‼」
仲間たちの声援を背にベルボロスに向かって思い切り剣を振るった。
「こ、この私がぁ‼こんなやつらにぃ‼」
剣を突き刺されたベルボロスはそう叫んだ後、ピクリとも動かなくなった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「終わったな」
ジュンがそう言って駆け寄ってきた。仲間二人もそれに続く。
「以外に大したこと無かったわね」
「しかしこれでやっと・・・」
殺されたみなの敵をうち、悪の元凶であるベルボロスを倒すという悲願は達成された。
これでようやく世界は平和に・・・
「・・・おかしい」
「どうしたジュン?」
「俺の呪いが解けない・・・」
「どういう事だ⁉」
ジュンにはベルボロスによってかけられた呪いがある。それは腕にある大きな痣だ。最初は小さかったがどんどんと大きくなり胸に向かって伸びていっている。痛みは伴わない。だが、それが心臓にまで到達すると死に至る。ベルボロスを倒せば呪いは解けるはずだった。だが、ジュンの腕にはくっきりと痣が浮かんでいたのだ。
「きゃぁぁぁ‼」
その時、ユアンが突然悲鳴をあげた。
「どうしたユアン‼・・・⁉」
衝撃の光景だった。とどめをさしたはずのベルボロスがゆらりと立ち上がったのだ。
「バカな‼なぜ生きているんだ⁉お前の心臓は完全に潰したはずだ‼」
「ククク・・・どうやら天は我に味方したようだな‼」
ベルボロスが落ちていた剣を手に取った。
「だったらもう一度倒すまでだ!みんないくぞ‼」
フォーメーションを形成して再びベルボロスに挑む。
・・・
・・・・
・・・・・
「ぐはぁ‼」
数分後、決着。俺は横たわるベルボロスの胸に剣を突き刺した。
「心臓は動いてないし脈も止まってる。完全に死んでるわ」
ユアンが手首に手を、胸に耳を当てながら言う。
「今度こそやった・・・」
「うわっ‼」
「どうしたジュン‼・・・⁉」
目にしたのはまたも立ち上がるベルボロスの姿だった。
「一体どうなってるのよ⁉完全に死んでいたのに⁉」
それから後、倒しても倒しても立ち上がるベルボロスと戦い続けたが何度やっても結果は同じだった。
「こいつまさか不死身なのか⁉」
「ククク!どうやらそうらしいな!俺はいつの間にか不死身の力を手にしていたようだ‼」
「不死身だって⁉そんなのどうやって倒したらいいんだよ‼」
「分からない・・・」
「このまま戦い続けたらいつかは私たち・・・」
パーティに絶望感が漂い始める。いくら最強の敵だからって不死身なんてのは反則だ。
「俺にとっておきの技があるぞ!」
ビンズがそんな悪い空気を断ち切るように言った。
「不死身のやつを倒せるのか⁉」
「やつをどうにかするにはこの技しかない!だが発動までに時間がかかる」
「どれぐらいかかる?」
「分からない・・・だがとにかく時間を稼げ‼」
「分かった‼」
「フハハハハ‼」
ベルボロスが笑い声をあげながらまたこちらに向かってくる。
ガキン‼
「くっ・・・!」
ベルボロスの剣を受け止めるが先ほどまでより重い。どんどん押し返される。
「ふんっ‼」
「うわぁ‼」
最終的には押し切られて吹っ飛ばされてしまった。
「大丈夫か⁉」
「あぁ・・・」
ジュンの手を取って立ち上がる。
「フハハ‼さっきまでの勢いはどうした‼」
先ほどまでとは打って変わって完全に形成が逆転した。
「一体どうしたんだよ‼さっきまでは余裕で勝ててたじゃねぇか‼」
「やつの一撃はさっきまでより桁違いに重かった・・・」
「やつが強くなったってのか⁉」
「・・・違う」
「?」
「やつは不死身だ。だが俺たちは生身の人間だ。つまり、俺たちは疲れでどんどん疲弊していくがやつにはそれがないって事だ」
「それじゃあ・・・」
「ああ。このままじゃやられるのも時間の問題だ」
「・・・ビンズ‼とっておきの技ってのはまだなのか⁉」
「・・・」
反応がない。詠唱に集中しているようだ。この分ではまだ時間がかかりそうである。
コツコツコツ
ベルボロスが足音を響かせて徐々に近づいてくる。ビンズは身動きが取れないしユアンはヒーラーだからやつに太刀打ちする手段は持ち合わせていない。俺とジュンが頑張らなければパーティは全滅する。
「どうすれば・・・」
「そんなの決まってるだろ‼俺たちでなんとかするしかない‼後はビンズに任せればいい。あいつは頼りになるやつだからきっと何とかしてくれる。それまで何とか耐えるんだ‼」
「死ぬなよ?」
「お前もな‼」
二人でがむしゃらに突撃する。
キン‼キン‼パキン‼
が、俺の剣が折られてしまう。
「フハハ‼ざまぁない」
俺の顔にベルボロスの剣が迫ってくる。もう防ぐ手段はない。終わりだ。俺は覚悟を決めて目を閉じた。
ズシャッ‼
鈍い音がした。しかし体に痛みが走らない。
「・・・ジュン‼」
恐る恐る目を開けてみると俺の身代わりになったジュンがスローモーションのようにゆっくりと倒れていった。
「しっかりしろ‼・・・ユアン‼」
「うん‼」
ユアンが駆け寄って来て必死に回復魔法をかける。
「無駄だ・・・もう俺は・・・助からない・・・」
「何言ってんのよ‼しっかりしなさい‼」
「ハハハ・・・自分の体の事は自分が一番分かるさ・・・」
「わ、私の回復魔法を甘く見ないでよね!こんな傷ぐらい・・・こんな・・・あれ?おかしいな・・・」
「もうやめろユアン‼」
俺はユアンの手を取って治療をやめさせる
「ちょっと何すんのよ⁉」
「もうジュンは助からない・・・」
「あんた何言ってんの⁉ふざけんじゃないわよ‼」
パチン‼
俺はユアンに平手打ちされた。
「さぁジュン!治療を・・・」
「やめろって言ってるだろ‼」
俺は怒鳴り声をあげた。
「どうして⁉このまま仲間を見殺しにするつもり?」
「あぁ・・・そうだ・・・もう助からないんだよ・・・ジュンは・・・」
次第に涙声へと変わっていくが何とか言葉を振り絞る。
「・・・」
「俺たちはあいつを倒さないといけないんだ。その為にはビンズの技に頼るしかない。つまり俺たちが盾になってでもビンズを守らないといけないんだ。俺がケガをした時に治せるのはお前だけだ。その時に力を使い果たしてちゃ意味がないだろ?」
「・・・そうだね・・・」
ユアンは泣きながら、それでも力強く頷いた。
「茶番は終わったか?どうせ貴様らに勝つ術などないからな。ゆっくりと見物させてもらったぞ」
「貴様を倒す‼」
「威勢だけは十分だな。ではかかってくるがいい!」
とにかく今の俺にできることは何とか時間を稼ぐことだけだ。剣を失った俺にできることは・・・
「ふんっ‼」
ベルボロスが剣を振り下ろしてくる。それを寸前のところでかわした。
「フハハ!どんどんいくぞ‼」
なんとか攻撃を避けるだけの体力は残されている。少しずつ、少しずつ、ビンズとは逆方向に誘導していく。例え少しでも時間を稼げるように。
「逃げるだけか?無様だな‼」
ズシャッ‼
が、それも限界に達した。ベルボロスの剣が俺の足に突き刺さった。
「あぁぁぁ‼」
激痛に悲鳴が漏れる。
「すぐに治しにいくから‼」
「どけっ‼」
「きゃっ‼」
俺に近付こうとしたユアンはベルボロスに吹っ飛ばされた。
「さぁ、今度こそ終わりだな‼」
俺の足から剣を抜き、構えたベルボロスがニヤリと笑った。
「準備できたぞ‼」
その時、遠くからビンズの声がした
「ベルボロスから離れろ‼巻き添え喰うぞ‼」
俺は痛む足を引きずって何とかベルボロスから距離を置いた。
「何をするつもりか知らんが無駄な抵抗だ。いいだろう!その攻撃受けてやる‼」
ベルボロスは自分が不死身だと言う事に慢心している。それがどんな技かも知らずに!
俺も知らないけど・・・
「いくぞベルボロス‼」
ビンズの杖から技が放たれる。
あわあわー‼
「・・・へ?」
俺は拍子抜けした。杖から出てきたのは大きなシャボン玉だった。それがあわあわ言いながらベルボロスに向かって行く。愛嬌のある顔がついていてこんな戦いの最中でなければ心が和んでいるだろう。
「おいビンズ‼なんだよこれ⁉」
遠くのビンズに、大声でクレームを申し立てる。
「何ってこれがとっておきの技だけど?」
「ふざけんな‼」
「まぁそう言わずに見てろって!」
ビンズは自信たっぷりだ。
あわあわー‼
ビンズともめているうちにシャボン玉はベルボロスの体全体を包み込んだ。
「おぉ愉快愉快‼」
当の本人はとても楽しそうだ。ベルボロスを包んだシャボン玉はどんどん上昇していく。
キラン☆
やがてお星さまのように天に消えて行った。
「・・・何が起こった?」
「ベルボロスをこの世界から追放した」
「追放?それは死んだって事か⁉」
「死んではいない。あくまでもこの世界から追い出しただけだ」
「じゃあ・・・」
「あぁ。他の世界でやつは生きることになる」
「それじゃ何の解決にも‼・・・」
「言いたいことは分かる。しかしこれ以外にいい方法があったか?」
「それは・・・」
「この世界を救うにはこれしかなかった・・・もちろん不完全燃焼だ。グッドエンディングにはならない」
「俺たちにもっと力があればな・・・」
「相手は不死身の化け物だ。仕方ない・・・」
こうして壮絶なるベルボロスとの戦いは終わったのだった・・・
2 呪われた少女
キーン‼
真っ青な空を飛行機が飛んでいく。あれに乗っている多くの人は旅行に行って楽しく過ごしたりするんだろうか。
「・・・」
それに比べて私がしようとしていることはなんだ。それは離陸でも着陸でもなく墜落。人生の墜落。
なんでそんな事をするのかって?それは私がこの世の中に存在してはいけない人間だからだ・・・
・・・
・・・
・・・
「残念ですがもう手の施しようがありません・・・」
「そんな⁉何とかあの人を助けて下さい‼」
「力は尽くしましたがもう・・・」
「あなたそれでも医者なの⁉あの人を治してよ‼」
「落ち着いてください‼」
医師に詰め寄る母、それを必死に止める看護師。
キイィィィ‼
耳をつんざくような急ブレーキの音。一瞬だった。私の少し前を歩いていた父は赤信号を無視した車にはねられた。全く何が起こったのか分からなかった。気付けば、母が医師の白衣を掴みながら泣きわめいている場面だった。それまで私は一体何をしていたのか全く記憶がない。
「私、大きくなったらパパと結婚する‼」
「じゃあたくさん食べていっぱい勉強して早く大きくならないとな!」
「うん!」
幼いころの記憶が蘇ってきた。本当に父の事が大好きだった。
「お父さんはただ疲れて眠っているだけだよね?」
霊安室でベッドに横たわる父の姿を見て母に尋ねる。
「・・・お父さんは死んだのよ」
「・・・」
残酷な一言。しかしそれが真実だった。母は先ほどまでの様子とは打って変わり一切涙は見せなかった。これから娘を守っていこうという強い決意を感じる、そんな表情をしていた。
「あなたは泣いていいのよ。今だけはね。そして明日からは強く生きるのよ!」
「うん・・・うん・・・」
私の目からは堤防が決壊したかのように次々と涙があふれ出してきた。制御不能だ。
「私が絶対守るから‼」
「ありがとうお母さん!でも大きくなったら、私が逆に守ってあげるんだからね!」
「頼もしいわね」
普通に考えてこの後に訪れるのは様々な苦労を乗り越えた先の幸せルートではないだろうか?でもそうではなかった
・・・
・・・・
・・・・・
「お父さん、今頃天国で楽しくやってるかな?」
「あの人お酒が大好きだったから。朝から晩まで宴会してるんじゃない?」
「あはは!言えてる!」
父の葬儀を終え、一段落した私たちはそんな他愛もない会話を楽しみながら家路を辿っていた。
「あのーすみません」
家の近所まで戻って来た時、後ろから男が声をかけてきた。
「何か?」
「実はこの近くの住宅に最近越してきた者なんですが・・・道が分からないので教えてもらえませんか?」
男は地図を持っていた。確かにこの辺りでは見ない顔だ。
「いいですよ。場所はどこですか?」
母が男に近付いて地図を眺める。
「あれ?この辺りのじゃないですよこれ」
目的地らしきところに赤い印がついてあったがこことは全然違う場所の地図だった。そもそも聞いたこともないような地名ばかりがカタカナで書いてあって日本国内かどうかさえ定かではない。
「そうなんですよ・・・これ、僕の考えた地図なんですよ・・・」
「え?」
「僕の行きたいところが一体どこか分かりますぅ?地獄ですよ、ジ・ゴ・ク‼」
男はニヤリと笑うと懐からナイフを取り出した。
「お母さん危ない‼」
グサッ‼
もう遅かった。母は私の目の前で刺された。
「あ・・・あ・・・」
「次はお前だぁ~!」
グサッ‼
「え・・・?」
刺されたのはまたも母だった。私に覆いかぶさるように、身を挺して守ってくれたのだ。
母は私の代わりに何回も刺され続けた。
「何やってんだ‼」
そのうち、騒ぎを目にした人たちによって男は取り押さえられた。
「ひゃははー‼殺してやったー‼殺してやったぞー‼これで地獄行き決定‼」
「おとなしくしろ‼」
男は押さえつけられながら、わけの分からない言葉をずっと叫び続けていた。
「・・・いき・・・」
「お母さん‼」
母はあれだけ刺されたにも関わらずかろうじて生きていた。
「良かった‼無事だったんだね‼」
「・・・いき・・・て・・・」
それが母の最期の言葉だった。私を強く抱きしめていた力が無くなったと同時にピクリとも動かなくなった。
「ははっ・・・ははは・・・」
私の口からは笑い声が漏れていた。頭がおかしくなってしまったのか、それとも辛さを通り過ぎた人間はこうなるのか。
ピーポーピーポー‼
数分後、救急車がやって来た。救急隊員が母を担架に乗せて運んでいく。
「君、娘さん?ケガは?」
「ははは・・・ははは・・・」
自然に漏れる笑い声は止まらない。血まみれの殺人現場で笑う女。なんと狂気じみた光景であることか。
父の死からまだ日も浅いうちの悲劇だった。
・・・
・・・・
・・・・・
「うほっうほっうほっ‼ゴリラの真似―!」
「・・・」
両親を失った私は祖父母の家に引き取られた。それから一年間、失意のどん底に沈み続け引きこもり生活を送った。が、祖父母の必死の説得と私自身このままではまずいという思いもあって一年ぶりに学校に行くことを決めた。
「ほーら変な顔―!」
「・・・」
六年生になったクラスで出会ったのが、私を励まそうと無駄な努力をし続ける超絶お節介女、成宮美雪だった。
「元気出た?」
「・・・」
「じゃあ今度は!・・・」
「あのさぁ?」
「うん?」
「あんた一体何がしたいの?」
「何って、あなたが暗い顔してるから励まそうと思って」
「私そんな事頼んでないんだけど?」
「私がやりたいからやってるのよ」
「私はやってほしくないんだけど?目障りだから」
「今日はさぁ、初めて口きいてくれた記念日だね!」
「は?」
「だって今までずっと無視だったじゃん!それが凄い進歩だよ!私嬉しい!」
「・・・あんた頭沸いてんの?」
「あははーそうかもねー!」
彼女は罵られているにも関わらず凄く楽しそうだった。私は思った。この女はどこか頭のネジが外れているのだろうと。毎日毎日、休憩時間になる度に私のところにやってきては無意味な行動を繰り返す。一体何が楽しくてそんな事をするのか全く分からない。別に理解したいとも思わないが。
キーンコーンカーンコーン
六時間目終了のチャイムが鳴り響いた。この後のホームルームが終われば今日は終了だ。学校通いを再開してしばらくたったが特に何の楽しみもなく目的もない。みんな私の境遇を知っているので、どう声をかけていいか分からず接してくるものもいない・・・
いや、一人だけいるか・・・
「一緒に帰ろ!」
そのたった一人の物好き女が帰ろうとする私に絡んできた。
「キャッチ!」
成宮が無視して帰ろうとする私を止める為、ランドセルを両手で挟み込んだ。
「・・・離してくんない?」
「やだ!」
ランドセルにかかる力が強まった。絶対離さないぞという執念を感じる。
「・・・はぁ。もう勝手にすれば?」
「うん!そうする!」
いくら拒絶したところでこの女のしつこさには敵わない。
「美味しいクレープ屋さんがあるんだけど一緒に行かない?」
「行かない」
帰り道、成宮につきまとわれながら家を目指す。
「じゃあハンバーガー食べようよ!」
「食べない」
「じゃあ海水浴に行こう!」
「真冬にそんな事したら死ぬわ‼」
クスクス・・・
人通りのど真ん中で思い切り叫んだので通行人に笑われてしまった。
「見事なツッコミだったよ!」
成宮が屈託のない笑みを浮かべる。
「殺していい?」
「目がマジすぎるんだけど・・・」
そんなくだらないやり取りを続けながらあっという間に家の近くまでやって来た。
「・・・あんたいつまでついてくるつもりなの?」
「わ、わ、ワタシモコッチダカラ!」
「思いっきり片言になってるわよ。あんた、嘘が苦手なタイプね」
「ソンナコトナイヨ!」
「私の家、すぐそこだから。あんたも早く帰りなさい」
「・・・明日もさぁ、私と話してくれる?」
「嫌って言っても無駄なんでしょどうせ」
「よく分かってるじゃん‼じゃあまた明日ね‼」
成宮は私に手を振ると元来た道を駆けて行った。
「やっぱり逆なんじゃない・・・」
私は呆れてため息をつく。
「ただいまー!」
家のドアを開けて中に入る。
「お帰りー」
祖母が玄関まで来てくれた。
「今日なんかいいことあった?」
祖母が私の顔を見つめながら問いかける。
「どうして?」
「いつもと表情が違うもの。すごくいい顔してる!」
「そうかなぁ・・・」
自分の部屋に入った私はカバンを置くのも忘れて鏡と向き合う。
「・・・」
確かに言われた通りだ。なんとなく自分の表情が明るいように感じる。
「あいつのせい・・・?」
脳内を成宮美雪の笑顔が駆け巡る。
「いやいや!あんなうざいやつのどこがいいんだか‼」
慌てて頭から成宮を消し去る。人の気持ちも考えなくてうるさくてバカで・・・
「あぁもう‼」
気付けばあいつの事ばかり考えている自分がいた。
いつまでも私につきまとって‼本当に最悪な女‼
・・・
・・・・
・・・・・
「これつけて」
翌朝、登校した私にいつものごとく絡んできた成宮。
「何これ?」
「運命の赤い糸だよ‼」
成宮の小指には赤い糸がくくりつけられていた。そこからさらに糸が伸びていてそれを私にもつけろと言うのだ。
「だから何なの一体?」
「これをつければ私たち、大親友になれるんだよ!私たちは運命の赤い糸で永遠に結ばれるんだ!」
またこの女は突拍子もない事をやりだす。なぜ私がそんな痛いカップルのような事をしなければならないのか。
「あんた、こんなくだらない事ばっか考えてんの?」
「くだらなくなんかないよ!これは大事な儀式なんだから!」
成宮がそう言って私の指に糸を絡ませようとしてくる。
プチン‼
このままでは、されるがままなのではさみを取り出して糸を切ってやった。
「これで友達不成立ね。残念でしたー!」
「・・・」
成宮は無言で私の顔を見つめてきた。
「何よ?なんか文句あんの⁉」
「・・・私と友達になるのは嫌?」
「嫌よ。私はあんたなんかと一緒にいたくない。そっとしておいてほしいのよ」
「・・・私が悪い子だから?」
「は?」
「私が悪い子だからダメなの⁉」
成宮の声は教室中に響き渡るぐらい大きくて皆の視線を集めてしまった。
「私が悪い子だからダメなの⁉悪魔の血をひいてるからダメなの⁉」
さらに大声をあげる成宮。声も表情も冷静さを失っていていつもの彼女とは別人のようである。
「ちょっとあんた落ち着きなさいよ‼」
「はぁ・・・はぁ・・・」
「悪かったわよ。ちょっとやり過ぎたし言い過ぎた」
「私こそ大きな声出してゴメン・・・」
「ところでさっき言ってた悪い子って何?悪魔の血をひいてるって?」
「・・・」
成宮の表情が途端に強張る。
「あぁ、別に話したくないならいいのよ」
「・・・今日私の家に来てくれる?そうしたら全部分かるから・・・」
「・・・」
「嫌ならいいんだよ?」
「・・・ううん、行く」
私は少し迷ってからそう答えた。それは単に、彼女の家に行くのが嫌だからではない。恐怖だ。さっきの彼女には底知れぬ闇を感じた。正直恐ろしいほどの。それこそ行けば後悔するんじゃないかというぐらい。しかし、行って確かめるべきだという思いが私を後押しした。
「じゃあ今日も一緒に帰って、そのまま私の家までレッツゴーだね!」
そこには、さっきの暗い雰囲気を吹き飛ばしたいつもの成宮がいた。あまりにも切り替えが早すぎる。まるで元気という仮面を素早く被ったかのように・・・
「あんたは何なの?」
「私?私は成宮美雪だよ!」
「いや、そうじゃなくて・・・」
やはり家に行って確かめるしかない。私は気持ちが落ち着かないまま、放課後までの時間を過ごした。
・・・
・・・・
・・・・・
キーンコーンカーンコーン
六時間目終了のチャイムが鳴り響いた。
ガタン‼
私はランドセルを背負うと素早く立ち上がり、成宮の元へ向かった。
「帰るわよ!」
「え?でも最後のホームルームがまだ・・・」
「そんなのどうだっていいから!ほら早く!」
「ちょっと‼」
私は成宮の手を無理やり引っ張って外へと連れ出した。
「さぁ、早く案内して!」
「一体どうしたの?そんなに焦って」
「知らないわよ‼」
図星をつかれて逆ギレしてしまった。そう、今の私は焦っている。とてつもなく。何がそうさせるのかは良く分からない。
「じゃあついてきて!」
言われるがまま成宮の後をついて行く。どんどん私の家から遠ざかっていくが気にしている場合ではない。
ドン‼
成宮が目の前で突然立ち止まったので、私は背中に顔面をぶつけてしまった。
「急に立ち止まらないでよ‼」
「やっぱりやめよう・・・」
「は?」
「私の家探検ツアーは中止!」
「言ってる意味が分からないんだけど?」
「私の家に来たら、あなたは私の事絶対嫌いになる・・・」
「心配しなくていいわよ。あんたの事は元々嫌いだから」
「そうじゃない!そうじゃなくて・・・」
成宮の顔は青ざめていた。恐らく何かただ事ではない事情があるのだろう。
「ここまで来て引き下がれって言うの⁉もやもやした気持ちのまま」
「・・・」
「分かった。あんたの家で何を見たってこれ以上嫌いにならないって誓ってあげる。そもそもあんたの評価は底辺だからこれ以上下がりようなんてないわよ」
「だからそういう問題じゃなくて‼」
「私だって怖いわよ。いつも鬱陶しいぐらい天真爛漫なあんたがあんなに取り乱すなんてきっととんでもない事情があるに違いないんだから!」
「分かってるなら‼」
「あーもう‼うっさいホント‼」
「え?」
私は成宮の手をとって握りしめた。
「手繋いでて挙げるから!ここまでさせておいて逃げるなんて許さないわよ!」
「・・・例え何があっても離さないって約束してくれる?」
「今日一日だけはね」
成宮の手は汗ばみ震えていた。相当な緊張が伝わってくる。
「じゃあ行こう」
そしてようやく二人で歩みを進める。
「ここよ」
それから間もなくして目的の地に辿り着いた。そこは何の変哲もない、二階建ての一軒家だった。
「ただいまー」
「・・・お邪魔しまーす・・・」
成宮に導かれて遠慮気味に玄関へ入る。
「お帰りなさーい」
奥の方から声がして成宮のお母さんがこちらに近付いてくる。
「・・・今日は友達を連れてきたの・・・」
「あら?そうなの?いらっしゃ・・・‼」
私と目が合った瞬間、お母さんの動きが止まった。そして体をわなわなと震わし始める。
「だ、大丈夫ですか⁉」
「お、お母さん今日体調悪いみたいだから‼」
成宮に無理やり手を引っ張られて強制的に奥へと連行される。
「ちょっと‼何なのよ⁉」
「いいから‼」
そのまま二階の一室に連れ込まれた。
バタン‼
「ふぅー・・・」
成宮は扉を思い切り閉めると深いため息をついた。
「お母さんホントに大丈夫なの⁉」
「うん、大丈夫」
「いや、でもあの反応は尋常じゃなかったわよ。しかも私の顔を見た瞬間・・・」
「ごめんね・・・」
「いや、別に・・・」
室内に重苦しい空気が流れる。
「あ、この写真!」
それをごまかす為、机の上に置いてある写真を手に取って話題にする。
「あれ、でもこれ・・・」
その写真には成宮とお母さんが写っていた。しかし不自然な形をしていてまるで何かを切り取ったようである。周りを見渡してみると何枚か二人が写る写真が壁に貼ってあり、どれもこれも同じような感じだった。
「やっぱり気になるよね・・・」
成宮の手がまた汗ばむ。
「その切り取った部分が全ての答えだよ。それはここにある」
成宮が引き出し付きのキャビネットを指さして言った。
「これが鍵だよ」
成宮がポケットから鍵を取り出した。引き出しの鍵を解除するためのもののようだ。
「覚悟はいい?」
「うん・・・」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。一体この引き出しの中に何があるのだろうか。
カチャリ
成宮が鍵を開けた。私は恐る恐る引き出しを手前に引っ張る。中には先ほどの写真から切り取られたのであろう、若い男性の写真がたくさん入っていた。
「これは?・・・‼」
見覚えがある顔だった。いや、そんな生易しいものではない。絶対に忘れることの出来ない顔。絶対に忘れられない顔。脳が決して忘れさせてくれない顔・・・
「これがあなたの知りたかった真実よ」
体が動かない。思考がまとまらない。まるで過去にタイムスリップしたかのように鮮明に映し出されるあの日の記憶。
「・・・いき・・・て・・・」
「おかあ・・・さん・・・」
目の前に手を伸ばす。そこにいる母に向かって。
「・・・」
しかし、一瞬見えた母の姿はふっと消えてしまった。
「あぁ・・・あぁ・・・」
声にならない叫びと共に体から力が抜けていく。力を使い果たしたかのように私はそのまま意識を失った・・・
・・・
・・・・
・・・・・
「・・・ここは?」
まず目に飛び込んできたのは天井だった。
「良かった‼やっと目を覚ましたね‼」
横を向くと、成宮が安堵の表情でこちらを見つめていた。
「ずっと私の手握ってたの?」
「約束だったからね。今日一日はって。ホントはあなたが倒れた時とベッドに運ぶ時、離れちゃったんだけどね」
「約束破っちゃったわね。私、罰ゲームだ」
「ふふふ、そうだね。何がいいかなぁ?」
成宮は少し意地悪そうな顔で考える仕草をする。
「あのさぁ・・・」
「ゴメンね!嫌な思いさせて・・・」
私が話題を提示するより早く成宮が言った。言わんとする事が分かったからだろう。
「もう私の顔なんて見たくないよね。幻滅だよね。今まで隠しててゴメン・・・」
成宮の顔色が見る見るうちに悪くなっていく。
「元々あんたの評価は底辺だからってさっき言ったわよね?だから安心しなさい。それに、あの事件はあんたが悪いわけじゃないんだから」
「そんな事ない‼あの人の娘である時点でそれは罪なのよ‼私、事件のショックとか色々で一年間不登校になったの。でも、一番辛いだろうお母さんの一生懸命な姿を見て私も頑張らなきゃって思った。だから、一年ぶりに学校に行く事にした。そこであなたを見かけたの」
「・・・」
「償わなきゃって思った‼あの人の代わりに‼だから友達になろうと思った‼ううん、奴隷でも良かった。一生あなたの側にいてあなたの為に生きていく。それが唯一私にできる罪滅ぼしだと思ったから‼」
成宮の手に力がこもっていて少し痛い。嘘偽りのない真っ直ぐな瞳が私を見つめている。
「・・・あんたってホントにバカね」
「え?」
「私、あんたの事何にも分かってなかった。ずっと一人で苦しんできたのね」
「私の苦しみなんてあなたに比べたら・・・」
「私にとってあの男は言うまでもなく、全てを奪った悪魔よ。でもあんたにとってのあの男はどんな存在だったの?」
「優しい父だった。とても真面目で、家族想いで。理想の父親だった。あんな事をするなんて想像もつかないぐらい。大好きだった‼だから捨てるつもりで切り取った写真を処分できなかった。そして、お母さんにばれないように鍵付きの引き出しにしまったの」
「なるほどね」
「私が父の代わりに一生をかけて償います‼だから父の事を許してほしいの‼」
「・・・本気で言ってるの?あの男を許せって」
「むちゃくちゃ言ってるのは分かってる‼お願い‼あなたの為だったらなんでもするから‼」
「何でも?じゃあ今すぐあの男をここに呼んで。気が済むまで殴るから」
「それは・・・」
出来るはずがない。あの男はもうこの世にいないのだから。やつは獄中で自らの舌を噛み切って死んだ。
「何でも出来るんじゃなかったの?」
「・・・分かった」
成宮はそう言うと、私と繋いでいる手を離して立ち上がった。そして壁を背にし、両腕を広げ案山子のように突っ立った。
「何のつもり?」
「私が父の代わりになる。気が済むまで私を殴ればいい」
「あんた正気?」
「正気よ」
「あんたが死ぬまで殴るかもよ?」
「あなたが満足するのならそれでもいい」
「・・・」
私は握りこぶしを作って成宮に近付いていく。
「本当にいいのね?」
成宮の目の前までやって来て彼女に問いかける。彼女はコクリと頷いた。
「じゃあいくわよ」
私は握りこぶしを作ったまま大きく腕を振りかぶった。成宮の表情に変化はない。恐れなど微塵もない様子だった。完全に覚悟を決めた目をしている。
ぎゅっ‼
「・・・え?」
私はこぶしをほどいてそんな成宮を抱きしめた。
「・・・どう・・・して?」
「ここであんたを殴ったら私の方が悪者みたいじゃない!」
「そんな!悪いのは全部私で・・・」
「もういい‼もういいよ‼あんたは何も悪くないから‼」
私はさらに強く成宮を抱きしめる。
「く、苦しいよ・・・」
「その割には何だか嬉しそうだけど?」
「・・・だって大好きな人に抱きしめられてるんだもん‼」
「なっ⁉」
不意打ちだった。不意打ち過ぎる告白に動揺しまくる私。
「ふふっ!顔真っ赤!」
「う、うるさい‼」
パチン‼
成宮のおでこにデコピンをくらわせてやった。
「いてて」
「あ、あんたが悪いんだから‼」
「そんなに怒らないでよぉ。ゴメンね」
成宮が舌をペロッと出して言う。その仕草にドキリとしてしまう。
「・・・まぁいいけど」
「良かった!」
「あのさぁ・・・」
「なに?」
「私、あんたに酷い事ばっかり言ってきたのよ?それなのに・・・」
「でも、あなたはここまで来て私の話をちゃんと聞いてくれた。そして今、こうして私を抱きしめてくれてる!」
屈託のない笑みだった。
「ありがとう!」
私は成宮を先ほどよりも強い力で抱きしめた。素直にありがとうなんて言ったのはいつぶりだろうか。
「私の方こそありがとう!」
お互い泣きじゃくりながら抱きしめ合う。今まで辛かった出来事を洗い流すように。私たちはこの日、永遠の友情を誓い合った。そして私は心に誓った。どんな事があっても彼女を守ると・・・
・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
ガシャーン‼
それはほんの一瞬の出来事だった。目の前にあるのはビルの建設現場から落ちてきた鉄の塊。その下から赤い液体が流れ出て来て地面をどんどん染め上げていく。
「・・・」
一週間前のあの日、私は美雪を一生守ると決めたのだ。例えどんな事があっても。
「はは・・・あはは‼」
母を失った日のように乾いた笑いが漏れる。あの時もそうだった。私は母を守ると誓ったのだ。
「あはははは‼」
そうか。やっと分かった。私に関わった人間はみなこうして死んでいくのだ。父も母も美雪も!みんな死んでしまった。私には呪われた力があるのだ。
「あははははははははは‼」
気付くのが遅かった。もっと早く分かっていれば美雪は死なずに済んだのに・・・
「あはははははははははははは‼」
殺した。私が殺したも同然だ。父も母も美雪も。
「あはは・・・あはは・・・」
声が枯れてくると同時に心の奥底から悲しみがせりあがってきた。せっかくごまかしていたのに。
「・・・」
しばらく泣くと頭の中が怖いぐらい冷静になった。これ以上の犠牲を出してはならない。
「・・・行かなくちゃ」
私は涙を拭うと立ち上がっていた。そして走り出した。ここから離れなければならない。なぜなら次に危ないのは祖父母の身だから。もう手遅れかもしれない。でも私と一緒にいるよりは遥かにマシだろう。三人とも私と一緒にいる時に事故や事件に巻き込まれているのだから。
ウー‼ピーポーピーポー‼
救急車やパトカーのけたたましいサイレンを背にして私は行く当てもなく走り出したのだった・・・
・・・
・・・・
・・・・・
「はぁ・・・はぁ・・・」
一体どのくらい走っただろうか。体はとうに限界を超えている。私を突き動かしているのは精神力だけだ。
「・・・もっと遠くに・・・行かなきゃ・・・」
バタン‼
限界に達して倒れた。走り始めたのがお昼過ぎだった。日が暮れ始めているのを見るともう夕方だ。一体何時間ぶっとうしで走り続けたのか。
「・・・」
体に力が入らず指一本動かせない。目の前に写るのはうっそうとした木々ばかり。深い深い森の中。こんな時間に通る人などいないであろう場所。誰かに見つかって連れ戻されるなんて事になったら大変だ。だから私は人里離れた場所を目指して走り続けた。もっともっと深く入り込みたかったがここまで来たら十分だろう。
「・・・おじいちゃん、おばあちゃん・・・さようなら」
目を閉じる。ただひたすらに祖父母の無事を祈りながら・・・
3 消えない呪い
「・・・うぅ」
目を開けると真っ白な天井があった。ここが天国なのだろうか。
「・・・痛い」
確かめる為にほっぺたをつねってみた。痛かった。だんだん意識がはっきりしてくるとここが天国でも地獄でもないことが理解できた。
「・・・なんで生きてるの・・・」
私は死んだはずだ。深い森の中で誰にも助けてもらえず・・・それなのになぜかベッドに寝かされている。見渡すと、この部屋には勉強机と全身見渡せる大きな鏡しかなかった。後は私のいるベッド。殺風景にもほどがある。
ガチャリ!
扉が開いて男が入ってきた。
「・・・」
男は無言で私に近付いてきた。歳は二十代後半ぐらいか。眼鏡をかけていて痩せ形。スーツを着ている。勉強ばかりしている優等生、そんな印象だ。
「あなたが私を助けたの?」
「・・・」
男は何も言わない。表情一つ変えない。
「ねぇ!聞いてるの⁉」
「・・・ついて来て」
男は小さくそう呟いて部屋を出て行った。
「・・・」
私はベッドから出て男の後を追う。廊下を抜けた先にリビングがあり、男はそこのソファーに腰掛けた。そのリビングも何もない所だった。あるのは男が座っているソファーとイーゼルに置いてある大きなキャンバスだけ。
「・・・服を脱いで」
男が消え入りそうな声で言った。どうやらこいつは変態らしい。小学生の私に服を脱げと言っている。
「・・・」
私は言われた通り服を脱いだ。普通の思考なら絶対そんな事はしないだろう。でも私は違う。人生を捨てようとした身だ。何もかもがどうでもいいのだ。例え自分がどんな目に合わされようがどうでもいい。
「・・・キャンバスの横に立って」
全裸の私は男の言った通りにする。
「・・・」
男はパレットに絵の具を絞り出すとキャンバスに筆を走らせ始めた。数時間かけて私の絵を完成させた。写真と見間違えそうなほどの見事な出来栄えだった。
「・・・ふぅ」
男は一息ついてソファーにもたれかかった。
「お告げがあったんだ」
「お告げ?」
「そう。あの森に行けば運命の出逢いがあると。夢の中でそう言われたんだ。時間、場所、夢とは思えないほど正確に伝えられたよ。僕は半信半疑でその森に向かった。そして倒れている君を見つけたんだ」
「偶然にしては出来過ぎね」
「僕もそう思う。それにしても君は本当に美しいね」
私の裸をマジマジと見ながら男が言う。
「私が?」
「ああ。君は美しいよ。これからも絵のモデルになってほしいんだ」
「・・・好きにすれば」
こうしてロリコン変態男と私の奇妙な共同生活が始まった。
・・・
・・・・
・・・・・
ここは都会の一等地にある高級マンション。屋上にはテラスがあり、町の風景を一望できる。
「行ってきます!」
支度を終えた男がそう言って家を出る。名は鈴原英明 二十六歳。IT企業で社長をやっている。趣味は少女の絵(裸)を描く事。普通に考えて完全なる犯罪者だ。ただし、それはあくまで絵を描く目的でありそこに性的要求はない。
「行ってらっしゃい」
私はそう言って会社に向かう英明を見送る。
あれから五年の歳月が流れた。私は、本来であれば高校に通っている年齢になった。しかし、この五年間、学校はおろか外にすら出た事はない。もし、偶然にも祖父母や知り合いに見つかったら大変だ。だからずっとこの家に引き籠っている。幸い、ここに警察が押しかけたりという事はなかった。見つけられないのか、そもそも捜索願すら出されてはいないのか。
まぁ、そんなこんなで私はここで家政婦として生活しているのだ。
「ただいまー」
夕方になり英明が会社から帰って来た。両手には大きく膨らんだ買い物袋がぶら下げられている。私は買い物にすら行けないから代わりに英明が必要なものを買ってきてくれるのだ。
「今日もきれいだね」
「もうそれ聞き飽きた」
夕食後、私はいつものように絵のモデルになる。この五年間、英明は一日も欠かさず私の絵を描いてきた。英明はロリコンで小さい子の絵しか描かない。私が来るまでは、自らの妄想で作り出した女の子の絵を描いていたらしい。それにしてはクオリティがとてつもなかったが。しかし、今は私の絵しか描かないし、他の絵は全部捨ててしまった。身体が成長して大人びても私だけは特別らしい。
「ふぅ!完成!」
今日も見事な完成度を誇る私の絵(裸)が出来上がる。
「ねぇ?」
「うん?」
「こんなに私の絵ばかり描いてて飽きないの?」
「飽きない」
「ホントに?」
「ホントだよ。さぁ!早くシャワーを浴びてきなさい」
英明はそう言って部屋を出て行った。
「・・・」
この五年間、私は彼に体一つ触られたことはない。私はあくまで絵のモデルでありそれ以外の何者でもない。
シャー‼
冷えた体に熱いシャワー。私は一日三回必ず、こうしてシャワーを浴びなければばらない。それは英明が決めたルールだ。私はモデルとして常に清潔かつ綺麗でいなければならないのだ。
「ふぅ・・・」
湯船に浸かると私は息をついた。高級ホテルにあるような馬鹿でかい浴室空間。ユニットバスの他にジャグジーもある。普通だったら私のような庶民には一生縁遠い場所だろう。それはこの家全体に言える事だが。
コンコン!
「どうぞ」
風呂から上がった私は英明の部屋を訪ねた。
「お邪魔します」
「僕の部屋に来るなんて珍しいね」
初めて入る彼の部屋は私の部屋と同じく、殺風景だった。無駄に広い空間の片隅にはベッド。その近くには机と椅子があり、机の上にはパソコンと絵を描くための画材道具が置かれているだけだった。
「一体どうしたの?」
英明が画材道具を手入れしながらそう言った。
「・・・私、今日何だか変なの」
「それは僕も感じてたよ。体調でも悪いのかい?」
「そうじゃなくて・・・」
「じゃあ一体何?」
「・・・何か胸の辺りがモヤモヤするっていうか・・・」
「?」
「あのね・・・多分これは恋だと思うんだ・・・私あなたの事好きになっちゃたみたい・・・」
英明がようやく手を止めて驚いた表情を浮かべる。
「僕みたいな変態の何がいいの?」
「確かに」
「いやいや!そこはフォローするところでしょ!」
「あはは!」
「・・・悪いが君の気持には応えられない」
「・・・そうだよね・・・」
分かっていた。私は彼にとってただの物だ。そんな事はとっくに分かっていたのだ。
「ゴメンね」
「ううん、私の方こそ変なこと言ってゴメンね‼おやすみ‼」
バタン‼
慌てて部屋を出た。
「・・・はぁ」
自分の部屋に戻り、ベッドに潜り込んだ私は深いため息をついた。胸がズキズキと痛む。これが失恋のショックというものだろうか。
「何やってんだろう私・・・」
好きになった理由?そんなものは分からない。だって気づいたらそうなっていたのだから。絶望し希望を失った。でも彼がそんな私を必要としてくれた事が嬉しかったのだ。もしかしたらこれは恋ではないのかもしれない・・・
「ああもう‼」
頭の中がぐちゃぐちゃになる。良く分からない。涙が溢れてきて思い切り泣いた。泣いて泣いて泣きまくった。
「・・・」
枯れるぐらい泣くと頭の中がスッキリした。失恋しても英明を失ったわけではない。これからもずっと一緒にいられるのだ。何一つ不自由のない生活。それに私を必要としてくれる人がいる。十分すぎるぐらい幸せじゃないか。
「・・・おやすみ」
私は英明の顔を思い浮かべて呟いた。明日は今日の事をちゃんと謝ろう。そう思いながら眠りについたのだった。
・・・
・・・・
・・・・・
「昨日はごめんなさい‼」
朝起きた私はリビングにいた英明にそう言って謝った。
「なぜ君が謝る?どう考えても悪いのは僕だろう。僕の方こそ悪かった」
英明が頭を下げる。
「悪いとは思っている。だが、僕の考えは変わらない。僕にとって君は最高の絵を完成させる為の道具に過ぎない」
冷たい一言だった。いくらそうだと分かっていてもやはり直接言われるとかなり堪える。
「軽蔑するかい?」
「そんなの前からしてるわよー!このロリコン‼」
精一杯の強がりだった。分かりやす過ぎて恥ずかしくなるぐらいの。
「・・・どっか行きたいとことかないか?」
「急に何?」
「一応悪いとは思ってるからさ。その埋め合わせ」
「一応は余計よ・・・一緒に買い物に行きたい」
「そんなのでいいのか?もっとあるだろ。映画とか遊園地とか」
「いいのそれで!」
「君がそう言うなら」
そうして夕方、仕事から帰って来た英明と私は夕飯の買い物に出かけた。五年ぶりの外の景色はまるで別世界のように新鮮だった。
「今日何が食べたい?」
「サンマの塩焼きだな」
「えー⁉昨日も食べたじゃない!」
「仕方ないだろ。好きなんだから」
スーパーでそんな他愛ない会話を繰り広げる。
「ねぇ?」
魚売り場で真剣にサンマを吟味する英明に問いかける。
「うん?」
「私さぁ、実は外出るの五年ぶりなんだ」
「ふーん」
「何その反応!今までどうして外に出たがらなかったとか興味ないの⁉」
「ないな。良し!」
英明が満足そうな表情でサンマをカゴに入れる。私の話は完全に上の空だ。そう言えば、五年前、私があそこで倒れていた理由も聞かれたことはない。普通は色々聞くと思うのに。
「はぁ・・・」
「どうした?」
「何でもないわよ‼」
ちょっと早めのスピードでカートを押しながらレジに向かう。一体何を期待したんだろうか私は。彼が私に対して何の興味もない事なんか嫌と言うほど思い知ったはずなのに・・・
「何怒ってるんだよ」
「別に」
急いで商品をレジ袋に詰めて店を後にする。
「なぁ、何だか分からないけど悪かったよ」
家に向かい速足で歩く私を、英明が必死に追いかけて来て言った。
「どうせ悪いなんて思ってないくせに」
「じゃあどうしたら許してくれるんだよ」
「・・・これからも一緒にいてよ」
「そりゃ当たり前だろ」
「・・・ホントに?」
「ホントも何も僕には君が必要なんだ」
・・・゛道具゛としてだもちろん。分かっている。
「・・・約束だよ?」
「ああ!」
指きりげんまん嘘ついたら針千本飲―ます!
道端で二人、約束を誓い合った。これからもずっと一緒に・・・
・・・
・・・・
・・・・・
「何だあれ?」
家の近くまで来ると黒山の人だかりに遭遇した。
「・・・‼」
その理由はすぐに判明した。マンションから黒い煙が上がっている・・・私たちの住む部屋からだった。
「君はここにいろ‼」
そう言って英明が猛然と走り出す。
「待って‼」
私も後を追うが英明が速すぎて中々追いつけない。
「はぁ・・・はぁ・・・」
息が切れる。何度も足がもつれそうになる。それでも歩みを止めるわけにはいかない。だって英明は、自分の命よりも大切なものの為に、迷わず火の中に飛び込むだろうから。止めなければならない。
カンカンカン‼
階段を駆け上がる音が響く。そしてやっとの思いで私たちの部屋がある最上階までやって来た。
「はぁ・・・はぁ・・・」
こんなに走ったのは五年前のあの日以来だ。良く体がもったものだ。
「・・・‼」
廊下に英明の姿があった。そして最後の力を振り絞り、今まさに部屋の扉を開けようとする英明の腕を掴んだ。
「英明‼」
「なんでここに来た‼待っていろと言ったじゃないか‼」
「逃げよう‼ここにいたら危ないよ‼」
「そうはいかない。君になら分かるはずだ。この中にあるものが僕にとってどれだけ大切なのかを」
「私ならここにいるじゃない‼私はあなたとずっと一緒よ‼」
「・・・」
ドン‼
突き飛ばされる。英明がどんどん遠ざかっていく。尻餅をつくまでの間、まるでスローモーションのようにゆっくり、ゆっくりと。
「ゴメンな・・・」
ガチャリ
扉を開けた英明は中に入ると鍵をかけてしまった。
「・・・待って・・・待ってよ‼」
ガチャガチャガチャ‼
起き上がった私はドアノブを乱暴に回すが開くはずがない。
ドン‼ドン‼ドン‼
今度は何度も体当たりを試みる・・・びくともしない。
「開けてよ‼お願い‼私を置いて行かないでぇ‼」
ドンドンドン‼
扉を思い切り叩くが中からの返事はない。
ドンドンドン‼
それでも諦めずに叩き続ける。
「英明‼英明‼英明ぃぃ‼」
4 終止符
「あなた、あの男性とはどのようなご関係で?」
警察官の男が私にそう聞いてきた。
あの後すぐ、私は駆け付けた消防隊員によって強制的にマンションの外へ連れ出された。それから一時間ほどで火は消し止められたが、英明は変わり果てた姿となって担架で運び出された。
「この絵、あなたですよね?」
「・・・‼」
警察官がそう言って見せてきたのは、私が初めて英明の家に来たとき、彼が描いた絵だった。
「消防隊の話によると彼はその絵に覆いかぶさり、守るような態勢をとっていたそうです」
絵には煤一つ付いていなかった。とても火事の現場から見つかったものとは思えないぐらいそれは綺麗だった。
「・・・」
警官から絵を受け取る。そこにいるのは五年前のまだ小学生だった頃の私だ。彼が命に代えて守ったのはちっぽけな紙切れ一枚だった。そんな紙切れ一枚に私は負けたのだ・・・
「おえっ!」
こんな状況になって何を考えているのだろうか私は。自分の醜すぎる心が気持ち悪くて嗚咽してしまった。
「大丈夫ですか⁉煙を吸っているかもしれないからまずは病院に行って、それからまた話を聞かせて下さい」
「・・・その必要はありません」
「え?」
走り出す。
「ちょっと君‼待ちなさい‼」
走り出す。警官の言葉を無視して。もうこれ以上誰も死なせるわけにはいかないから・・・
・・・
・・・・
・・・・・
「・・・ここは」
走り出してしばらく、見覚えのある一軒家の前までやって来た。
「美雪・・・」
そう、ここは成宮美雪の家だ。忘れるはずがない。
「結構近くだったんだね」
五年前のあの日、私は結構な距離を走ったはずだった。案外そうでもなかったのか。それとも英明が大分私を連れ戻したのか。
「あれ?」
表札が成宮ではなく違う名前になっている。
引っ越ししたのだろうか。もしかしたら私のせい?そうに決まっている。私が全て悪いのだ。
「・・・もうすぐ行くからね」
そう言い残し、私はさらに歩みを進める。
「・・・‼」
道中、見知った顔を見つけて私は慌てて物陰に隠れた。
「今日もいい天気ですねぇ」
「そうじゃのう」
私に気付くことなく、二人は笑顔で話しながら去って行った。
「おじいちゃん・・・おばあちゃん・・・」
五年間ずっと気がかかりだった祖父母の安否。無事だと分かりほっと胸を撫で下ろす。私の事など忘れて元気に過ごしているようだった。
「さて・・・」
もうこれで思い残すことはなくなった。私はさらに歩みを進め、とあるマンションの前に辿り着いた。
カン‼カン‼カン‼
階段を上る甲高い音が響く。しばらく行くと、立ち入り禁止と書かれた紙が付いたロープが張られていたが、容赦なくそれを外し目的の場所に辿り着く。
ここは私と母が元々住んでいたマンションだ。ここの屋上にはフェンスや柵などはいっさいない。ただ屋上に行かないようにロープが張られているだけ。住民から危ないという声があがっていたが、ここの大家は大が付くほどのドケチで聞く耳を持たなかった。だから、私の死刑執行場としては最適というわけだ。
「なぜ最初から思いつかなかったんだろう・・・」
屋上の端に立って下を覗きこむ。かなりの高さがあり、落ちればもちろん一たまりもない。
最初からこうしていれば・・・
みんな死んだ。私のせいで・・・
お前のせいだ‼
お父さんの声。
お前のせいだ‼
お母さんの声。
お前のせいだ‼
美雪の声。
お前のせいだ‼。
英明の声。
お前が殺した‼お前が殺した‼人殺し‼人殺し‼
四人の声が私の頭の中に響き渡る。
みんなの人生を台無しにした。
どうして産まれてきたんだろう・・・
早く死んじゃえ‼死ね‼死ね‼死ね‼
「うん・・・そうだね・・・」
四人が私の死を望んでいる。言う通りにしよう。もうこんな辛い人生はたくさんだ。早く楽になろう。
「さようなら・・・」
足を踏み出す。身体が宙に浮く。落ちていく。落ちて・・・
バサッ‼
何かの感触。人間の腕のような・・・
「大丈夫か?リーカ」
「・・・」
私は空中で男に抱きかかえられていた。
不死身の魔王と呪われた少女の運命の出逢い。魔王がもたらすものは希望か、はたまた更なる絶望か・・・
第一章 不死身の魔王と呪われし少女 完
どうも、津地こうです。今回は大分久しぶりの投稿になりました。初めての長編と言う事で章を分けさせて頂いております。二章、三章も頑張って書いていきますので宜しくお願い致します。
また、最後に多く話させて頂きたいと思いますので今回は簡単に締めさせて頂きます。それでは