そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.1 < chapter.7 >
その日の晩のことである。グレナシンは旧本部の住人に呼び出され、旧本部裏の雑木林に足を運んだ。
何の光もない夜の森でも、彼らは何の苦もなく移動できる。『神の眼』には足元の起伏や張り出した梢のみならず、夜の森で生きる小動物たちの姿まではっきりと捉えられているからだ。
地を這う虫たちを避けながら、待ち合わせの場所へとたどり着く。しかしグレナシンは、そこにいる男の顔を見るなり、途端に表情を曇らせた。
「なによ。アークじゃなくてアンタなワケ?」
目の前にいる男は先代特務部隊長、アーク・アル=マハ。少なくとも、肉体的には彼である。だが、グレナシンとツクヨミの『眼』には別の男の顔がダブって見えていた。
この男の名はヘファイストス。アル=マハを『器』とする鍛冶屋の神である。
「んも~! 最悪ぅ~っ! せっかくアークとイチャイチャできると思ったのにぃ~!」
フン! と可愛らしい仕草でそっぽを向いてみせるグレナシンだが、実のところ、この展開は想定の内である。自分たちがスーパーサウルスと戦っていたとき、アル=マハもティラノサウルスの守護神と戦っていた。しかし、スーパーサウルスが新たな神として生まれ直し、続いて恐竜たちが天へと召されていった時、その中にティラノサウルスの守護神はいなかった。
考えられる可能性は二つ。
炎で焼き尽くして完全消滅させたか、神の御魂を食らい、己の力としたか。
ヘファイストスがどちらを選択したかは、考えるまでもなく明らかだった。
「で? 何の用よ? ゲットした能力を試してみたいとか?」
「よく分かっているじゃあないか。ならば、遠慮はいらんな?」
「……ホント、最悪だわ……っ!」
利き足をわずかに引き、攻撃に備えるグレナシン。
が、何かがおかしい。
ヘファイストスは仕掛けてくる素振りを見せない。その代わり、ジットリと気味の悪い視線を這わせてくる。顔、首筋、胸元、下腹部へと降りてゆく目の動きに、グレナシンは嫌な予感を覚えた。
「ちょ……まさか……ティラノサウルスの能力って……!」
「フフフ、知りたいか? 知りたいのなら教えてやろう! 新たなる我が能力! それは身体強化、スタミナ増強、超速回復だ! さあ、この力! 存分に試させてもらうぞ!」
変質者そのものの表情で歪んだ笑みを浮かべ、グレナシンに手を伸ばすヘファイストス。さすがにこれ以上は静観していられず、ツクヨミは体の制御権を強制的に奪い、全力で駆け出した。
逃げるツクヨミ、追うヘファイストス。
囚われの女神たちが解放された今、火の神の底無しの性欲は捌け口もなく燻っていた。そしてそれを手っ取り早く解消するため、『強姦しても事件が表面化しない相手』を探していたようだ。
ツクヨミは雑木林の木々を掻い潜り、ただの人間には到底出せない速度で逃げ回る。
「くっ……セレンはともかく、私はこのようなキャラではないと思うのだけれど……!」
「待て待て待てぇ~いっ! 気絶するまで可愛がってやるぞ! フハハハハハーッ!!」
「やめろォォォーッ! 来るなアアアアアァァァァァーッ!!」
三十路も半ばの男と男、神に憑かれた器の二人。
なにがどうしてこんな茶番を繰り広げねばならないのか、気の毒な人間たちには、まるで理由が分からない。
二人の追いかけっこはこのあと数時間続き、ツクヨミの悲鳴を聞きつけたタケミカヅチとアウルゲルミルの参戦で強制終了となった。
救出されたグレナシンはその後二日間、極度の疲労のため入院治療を余儀なくされるのだが、それはまた別の話である。