そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.1 < chapter.6 >
外で待つ三人は、その時を今か今かと待ちわびていた。
ベイカーとハンクは囮だった。スーパーサウルスの注意を二人に引き付けておいて、その間、上空に待機したグレナシンとロドニーがそれぞれの神、ツクヨミとオオカミナオシの能力を合わせて『闇堕ち恐竜更生用タマゴ』を構築していたのだ。
スーパーサウルスは『闇堕ち』と化してはいたが、その程度は軽い。巨大な身体のせいで吐き出す闇の量が多かっただけで、その濃さはまだ『修復可能』な範囲内。自分の記憶も今の心情も語れるし、状況に応じて立ち回り方を変えるだけの判断力も残されていた。
今ならまだこの神を救える。
タケミカヅチ、ツクヨミ、オオカミナオシの見解は一致していた。あとは『母胎の闇』に封じたスーパーサウルスが、ロドニーの誘導で『自分の殻』を突き破るのを待つだけだが――。
「……まだか? 少し、時間がかかりすぎている気が……」
「あの世界と現実空間では時間の流れが違うのよ。焦らず待ちましょ」
「しかし、万が一にもロドニーが瘴気を浴びていたら……」
「んも~、心配性なんだからぁ~。ロドニーちゃんなら大丈夫よぉ~! あの子なら恐竜くらい普通に乗りこなしてくれるわよ~!」
「いや、だが、さすがにあれだけ大きいと……おぉっ!?」
「来たわね!」
クレーターの真ん中、ハンクの作った氷柱の上で、純白の卵がパァンと弾けた。
しかし、高さが十メートル以上もある大きな卵から出てきたのは、なぜかロドニー一人だった。
「……ん? スーパーサウルスはどこに行った?」
「変ね。青龍みたいに生まれ直してくるはずなんだけど……」
小声でそう話すベイカーとグレナシンに、ハンクが冷静に指摘する。
「ロドニーの奴、何か抱えているようですが?」
「何か……?」
「よく見えないわね……?」
ロドニーはこちらに背を向け、中途半端な前傾姿勢で静止している。
何をしているのか訝しんでいると、ロドニーはひどくゆっくりとした動作で首だけこちらに向け、泣きそうな顔でこう言う。
「隊長! こいつ、首が座ってません! ゼロ歳児ってどう抱けばいいんですか!?」
「……ぜろさいじ?」
「ちょ……ウソでしょ!? 人間の赤ん坊になってるの!?」
ロドニーが落とさないように必死に抱えていたのは、まだ目も開かない赤ん坊だった。慌てて駆け寄り、ハンクは自分のコートで赤ん坊を包んでやる。
臍がなく、生殖器も見当たらない。尿道らしき小さな穴と肛門はあるが、それだけだ。さては天使や精霊の類かと、グレナシンは赤ん坊の背中を改める。が、背中に翼が生えているわけでも、頭の上に光の輪が浮かんでいるわけでもない。
衣服はない。所持品もない。自分の身体以外の何物も持たず、裸のままで生まれてきたらしい。
「これは……人間だよな?」
「どう見ても人間よね? おヘソもおチンチンもないけど……」
「ですが人間だとしても、元がスーパーサウルスだったのなら、大人になったら何メートルになるのか……」
「たしかに……」
「考えたくないわね……」
「ハンク、怖ぇこと言うなっつーの……」
と、人間たちが狼狽しきっていたときだ。
天から一筋の光が差し、ロドニーに抱かれる赤ん坊を照らし出した。
「え? あ? ちょ……え? ええっ? 浮いて……??」
光はスウーッと、まるでストローでジュースでも吸い込むように、当たり前のように赤ん坊を浮かび上がらせていく。
ロドニーの手を離れ、赤ん坊の身体は空へ、空へと上っていき――そしてそのまま、見えなくなってしまった。
一体何が起こっているのか、人間の脳では情報処理が追い付かない。四人は阿呆そのものの表情でその光景を眺めていたが、やがてハッとしたように呟く。
「キャ……キャトルミューティレーションだ……!」
「あの、隊長? それって宇宙人が牛を誘拐するヤツじゃあ……?」
「ならばロドニー、創造主が乳児を連れ去ったときは、いったい何と呼べばいい?」
「普通に『召し上げられた』とか、『天の国の住人になった』とか、その辺じゃないですか?」
「いや、もっとなんか、こう、格好良いのがいい。ドヤ顔で叫んで様になるようなアレだ。何かないのか?」
「いやいや、隊長。必殺技じゃあ無いんですから。ね?」
そうツッコミを入れるロドニーに、もう一度光の梯子が降りてきた。今度はロドニーを照らし出しているが、しばらく待ってみても、ロドニーの身体が浮かび上がるような様子はない。
「……このスポットライト、なんですかね……?」
「ワカラナイ。俺には何もワカラナイ……」
「ホントこれ、なにかしらね? とりあえず、ものすごく眩しいけど……」
「誘拐目的ではなさそうですが……?」
首を傾げる四人のもとに、離れた場所で待機していたデニスとスナガニが駆け寄ってきた。
デニスの肩には二羽の金の鳥が止まっている。この鳥は吉祥を告げる瑞兆の神獣、鳳凰である。彼らは喋るオカメインコのふりをして、ちょくちょく人前に姿を現している。今も当たり前のように実体化し、さも当然のように『主のご意向』を解説しはじめる。
「その光ガ召し上げるのハ、『神の名』だヨ」
「さア、人間ヨ! 名をつけヨ! これハ新たな時代の『神産み』ダ! 神ノ誕生に立ち会った者ノ、それが礼儀と云うモノゾ!」
「神の名を呼んデ。祝福しテあげテ。名前は最初の魔法の言葉ダヨ」
「名ハ体を能わス! 神ハ名を得テ姿を為ス!」
六人の人間は神獣の言葉を脳内で反芻し、確認のため、ベイカーが尋ねる。
「つまり、ここでロドニーが名前を付けることで、あの『神』の能力と姿が決定してしまうのか?」
「そうだヨ!」
「性別も?」
「性別が必要な能力の神ならネ!」
「うっかり変な名前を付けたら?」
「変? どんナ?」
「例えば、ええと……美味し香ばし蒲焼ノ助とか……?」
「きっとそれなラ、蒲焼の守護神になるんじゃないカナァ?」
「もちもちハンペン丸だったら?」
「ハンペンを美味しくするカミサマになるんじゃナイ?」
「なるほど、そういうことか。完全に理解した。ではロドニー、『ダイヤモンドざくざく掘り太郎』か『ウルトラゴージャスリッチ丸』と名付けるといい。『モテモテハーレム絶倫Z』でもいいぞ!」
「隊長! いろんな欲望が明るみに出すぎてます!」
「さすがにそれは、創造主からNG食らうんじゃないかしら……」
「ム……駄目か……」
「何かの間違いで子供が生まれちゃっても、隊長に名付けをお願いしちゃいけない事だけは分かったわ」
「ですね」
「ワカル」
「ホントそれ」
「ブクブクブクブク(泡)」
スナガニが何を発言しているのかは誰にも理解できなかったが、「私もそう思います」というニュアンスだけは感じ取ることができた。
六人はああだこうだと色々意見を出し合ったが、いきなり『神の名付け親』になれと言われても、なかなかいい名前は思い浮かばない。
結局、ロドニーが「これだ!」と思う名前なら何でもいい、という結論に至った。
「そんじゃ、ええと……あー、これって、人間の名前みたいな体裁じゃなくてもいいんですよね?」
「だと思うぞ?」
「変わった名前のカミサマも多いものね?」
「なら……これしかないと思うんですよね……」
ロドニーは軽く呼吸を整え、背筋を正す。
そして天を――赤ん坊が召し上げられていったほうを見て、呼びかけるように声を発した。
「お前はさ、闇を照らす、炎の神なんだろ? 胸に希望がある限り、何度でも立ち上がってみせるんだろ? だったらお前の名前は、もう決まってんじゃねえか。お前の名前は、『何があっても絶対に消えない、未来を拓く希望の灯』だ!」
ロドニーがその名を発した直後、世界に金色の光が駆け巡った。
その光は神とその『器』たちにしか見えていなかったが、それで十分だった。
アリオラクレーターの周辺に点在する複数のクレーターには、大量絶滅を機に異界に送られた神々がいた。彼らは竜族の祖とはならず、スーパーサウルスと同じく、他の神をうらやみ、妬み、けれども何も行動を起こさず、無為に日々を過ごしていた。
いつ何時闇に堕ちてもおかしくない、『役割』を失った神々。光は彼らの胸を貫き、澱んだ心を焼き祓った。
ハッと我を取り戻した神々は、心の声で呼びかけ合った。はじめは小さかったその声は、徐々に遠くへ、はるか遠くの地を守護する神々にまで波及していく。
新たな神が誕生した。それもなんと、光の神だ。
特定の種族や地域、物質や現象、行為に対する守護神ではない。よもや『世界の未来』などという果て無き永劫の時間を、絶対に消えることなく照らし続けると確約された神が誕生するとは。
名付け親となったロドニーは、ただ『思いつく限り最高の名前を付けてやろう』と考えただけである。自分がどれだけ超級の名づけをおこなってしまったのか、まるで自覚していない。
恐竜の守護神たちはアリオラクレーターに集う。
そして光の差すほうへ――天に向かって、一斉に吼えた。
「な、なんだ!?」
「恐竜がいっぱい……!?」
「何が起こって……??」
「ブクブクブクブク(泡)」
カニもカニなりに驚いているようだが、やはり何を言っているかは分からない。
ロドニーを照らしていた光はグッと範囲を広げ、アリオラクレーター全域を照らす。
次々と浮かび上がり、天へと召されていく恐竜たち。先ほどの光で、彼らはようやく気が付いたのだ。この世界に、いまさら新たな『竜族』は生み出せない。恐竜たちは『役割』を失った神である。守護すべき対象も無いのに、いつまでも地上に留まっていてはいけない。自分たちはもう、創造主のもとへ還るべきだと――。
「……スゲエ。なんだこれ。恐竜がお空に吸い込まれていく……」
「よく分からんが、どうやらこれは、ハッピーエンドのようだな……?」
「どうでもいいけど、ハンクのコート、返してもらえるのかしら?」
「あ……」
「赤ちゃんと一緒に持って行かれちゃいましたよね?」
「ブクブクブクブク(泡)」
スナガニに化けたレインが何を言っているのか、本当に誰にも分からない。しかし、ハンクの背中をハサミでトントンと優しく叩いているので、おそらくは励ましの言葉である。
揉めていたハンクとレインも仲直りできたようだし、これはこれでハッピーエンドなのかもしれない。
そんなことを思いながら、彼らは最後の一頭が見えなくなるまで、シュールな奇跡を眺めていた。