そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.1 < chapter.4 >
アリオラクレーターでは、スーパーサウルスvsグレナシンの戦いが繰り広げられていた。グレナシンはツクヨミの戦時特装を解放し、神の光で黒い炎を防いでいるのだが――。
「ちょっと! 何よこれ! この炎、なんで光で相殺しきれないワケ!?」
光のシールドはあっという間に焼け落ちてしまう。グレナシンはサッと身をひるがえし、炎を避けながら恐竜の足元を駆けまわる。
図体が大きいだけあって、動きに俊敏さはない。が、この巨大さはそれだけで強力な武器となっていた。わずかに足を動かすだけで、人間の回避能力をはるかに超える『超級物理攻撃』となるのだ。接近して攻撃を、と考えても、踏まれる可能性を考えると、なかなか思うように踏み込めない。
グレナシンの魔法は大地系の中でも特に希少な砂属性である。対人戦闘ではゴーレム巫術以上の殺傷力を誇る《流砂》や《砂嵐》も、呑み込めるサイズには限度があった。先ほどから何度も《流砂》を発動させているのだが、ほんの数メートルの沈み込みでは意味がない。スーパーサウルスの全長は想定をはるかに上回る百メートル級。足一本を砂に沈めたところで、残る三本でヨイショと踏ん張れば、簡単に脱出できてしまうのだ。
物理攻撃は難しい。魔法攻撃はほとんど効かない。ならば残された選択肢は神の力による闇の浄化なのだが――。
「ちょっとツクヨミ!? アンタ本気出してんの!?」
「ああ、本気だとも。しかしな、この大きさの『闇』を相手に、月の光では明るさが……」
「アンタはやればできる子よ!」
「いやいや、根性論でどうにかなる話では……セレン、避けろ!」
「っ!?」
こちらに飛来する物体に気付き、グレナシンは慌てて宙へと舞い上がる。が、ウスバカゲロウの繊細な翅では、ヤンマやハチのように力強い飛翔はできない。
「キャアアアァァァーッ!?」
着弾の衝撃で巻き起こった爆風に煽られ、グレナシンの身体はクレーターの外まで吹き飛ばされた。
代わりに恐竜と対峙したのは、割れた砲弾から這い出したレインである。
「ヴォア……ア……アアアアアァァァァァーッ!!」
マルコが予想した通り、今のレインにまともな思考能力はない。黒い火を吹くスーパーサウルスに向かって、真正面から突っ込んでいった。
レインの全身が黒い炎に包まれる。と、その瞬間、それを撥ね退けるようにタコ墨のような霧が噴出。目には目を、歯には歯を、闇には闇で相殺を。レインは無傷で火焔攻撃を潜り抜け、触手を使ってスーパーサウルスの長い首に取りついた。
二十四本の触手を使い、太く、大きな首をぎゅうぎゅうと絞めつける。
これが普通のスーパーサウルスであれば、勝負はこれで決まっただろう。けれどもこれは『スーパーサウルスの守護神』である。闇堕ちして実体化しているだけで、ごく普通の生命体とは体の仕組みが異なる。首を絞めたくらいで窒息死してくれるほど、甘い相手ではなかった。
スーパーサウルスは首を、尾を、四本の足を大きく振り回し、身体にまとわりつく触手を振りほどこうとする。
はじめから狂暴化しているレインはこの動きに反応し、さらに攻撃的に立ち回る。締め付け攻撃を断念し、消化液の注入へ。この消化液はマイトトキシン、シガトキシン、パリトキシン等の有機化合物を含み、人、動物、魔獣に対して絶大な攻撃力を持つ。酸による体細胞の溶解と神経毒による麻痺を同時に引き起こすため、シーデビルの触手に捕らえられたが最後、身動き一つできずにじわじわと食い殺されるのである。
通常数ミリリットルのところを、この相手にはありったけ、触手の先端から二十四か所同時に注入した。
するとどうだ。さしもの巨大恐竜も、この猛毒には目を回した。
力強く踏ん張っていた石柱のような脚も、自在に動く首も、高い攻撃力を持つ尾も。全身がガクガクと震え出したかと思うと、ほんの数秒後にはどしんと大きな音を立ててひっくり返る。
クレーターの内外に地響きと振動が伝わり、斜面の砂がざらりと崩れて流れ出す。
四方八方から押し寄せる大量の土砂に埋もれ、スーパーサウルスの身体はあっという間に見えなくなった。
ああ、よかった。終わったみたいね。
そう思ったグレナシンだったが、残念なことに、そうは問屋が卸さない。
「ミトメナイ……ワレ、ハ……ナニモ、ウケイレ、ナイ……」
「ウッソ! 喋ったわよ!? 今の、『心の声』じゃなかったわよね!?」
「それはまあ、彼も神だからね? 声帯くらいはあるだろうし……」
「フンガーとかガオーとかじゃないの!?」
「見た目で判断してはいけないよ。どのような姿であっても、神は人間よりはるかに上位の……」
と、ツクヨミが真面目に説明を始めたときだ。
『第二射』がやってきた。
クレーター中央に《キャノンボール》着弾。「グハァッ!」というスーパーサウルスの悲鳴により、見事命中したことが分かる。
「……上位の存在……なのだけれども……」
「上位だろうとなんだろうと、とりあえず勢いでぶっ叩くのが人間ってモンよ」
「うん、そのようだね?」
パカンと割れる岩石の砲弾。中から出てきたのは、ベイカー、ハンク、ロドニーの三人だった。
「あー、クソ! 目が回る! どっちが上でどっちが下だ!? 飛行中の回転さえなえれば、速くて快適な空の旅なんだがな!」
「回転よりも、俺は降下時の妙な浮遊感のほうが……。胃のあたりがヒュッと……」
「ハンク! その話どうでもいいからどいて! 重い! 苦しい!」
「あぁっ!? す、すまないロドニー! 大丈夫か!?」
「イッテエエエェェェ~! 隊長! やっぱ《銀の鎧》と圧縮空気だけじゃ衝撃耐性足りてませんって! 減速無しじゃ無理ですよ!」
「すまん、そのようだな。いや、イケると思ったのだが……ん? なんだ? 地面が……?」
「地震か……?」
「じゃなくて、ここ……恐竜の真上だっつーのっ!」
ごうっと地響きのような音を立て、スーパーサウルスが体を起こす。
巻き上げられた大量の砂に呑まれ、三人は埋まる。
「あらやだ! 秒で全滅!?」
「いやはや、何をしに来たのだろうね、彼らは」
大急ぎで砂を操り、三人を掘り起こすグレナシン。幸い、スーパーサウルスの意識はレイン一人に向けられている。再び激闘に身を投じたシーデビルと恐竜を尻目に、グレナシンと他三人はさっさとクレーターから脱出した。
四人はレインの戦いを見守る。
是が非でも助太刀をしたいのだが、どこから手を出せばよいか分からない。
スーパーサウルスの長い尾はすり鉢の内側をなぞる擂り粉木の如く、クレーターと尾の間に挟まれたものを片っ端からすり潰している。
レインは触手による攻撃を諦め、砂地で有利なスナガニに変化。カニの中でも特に足が速いことで知られるスナガニだが、カラカラに乾いた砂地ではいささか具合が悪い。《水泡弾》を連射し、クレーターの内部を湿らせていく。
ピョンピョン、サカサカと逃げ回り、時折接近しては《水泡弾》を撃ち込むレイン。
ちょこまかと鬱陶しいカニに苛立ち、さらに激しく暴れ出すスーパーサウルス。
双方からまき散らされる黒い炎と黒い霧で、クレーター内の空気はどんよりと濁って見える。
ベイカーは現状での手出しは不可能と判断し、経緯の把握に努めることにした。
「副隊長、あれが出現した状況を聞かせてくれ」
「興味本位でクレーターの底に石っころ投げてたら、『何の用だ?』って、ものすごく普通に出てきたわ」
「闇堕ち状態は初めから?」
「そうよ。自分の守護対象の恐竜が絶滅しちゃって以来、ず~っとここでふて寝してたんですって。アタシとデニスちゃん見て、『繁栄を謳歌している獣人どもが憎い。殺してやりたい』とか言って襲い掛かってきたのよ」
「デニスは……ああ、あそこか」
クレーターから数百メートル離れたところで、馬車の陰から手を振っている。《防御結界》は構築済み。いざというときの脱出手段として、馬車と御者の安全は確保されているようだ。
「現状で人的被害が無いのは幸いだ。しかし、たしかここは、地質学的には『絶対に砂漠化しないはずの平野』だったな?」
「ええ、偉い学者さんでもちっとも解けない、地質学七不思議の一つよね。高校の教科書にも載ってた気がするわ」
「だとすると、ここが砂漠化したのは闇の瘴気が原因か?」
「そうとしか考えられないわよねぇ?」
「ならば、あれを排除すれば緑化も可能だな?」
「かもしれないけど……何してんのよ?」
ベイカーは通信機を取り出し、どこかへ電話をかけている。
「あー、もしもし? 俺だ。今すぐアリオラクレーターとその周辺の土地を買い占めてもらいたい。……ああ、そうだ。あの、草一本生えていない砂漠地帯だ。ちょっとした使い道を思いついた。……いや、それはいい。早急に土地権利の書き換えを行ってくれ。……いつも色々すまないな、頼んだぞ」
ベイカーの口調、話の内容から、仲間たちには電話の相手が誰だか分かった。ベイカー家の執事、ダージリンである。
「ちょっと隊長? もしかして、この辺買い占めて巨大農場作るつもり?」
「ああ。これだけの面積があれば、発電所も自前で建造できるからな。よそから買うよりコストがかからん。水はハルーネ山地からパイプラインを敷設すればいいし、何より、今ならちょっと裕福な庶民の年収三年分くらいでお得に買い占めが可能だ」
「行動速すぎじゃない?」
「一分一秒の遅れが商機を逃す」
「まあそうでしょうけど。でもそれ、スーパーサウルスをどうにかできなかったらどうすんの?」
「できないのか?」
ん? と首を傾げるベイカーに、グレナシンは両手を上げて降参する。
「あー、はいはい! そんな可愛い顔で挑発しないでちょうだい! やるわよ! やりゃあいいんでしょ! ロドニー! ハンク! 作戦会議よ! スーパーサウルスをぶちのめして、おいしいトマト畑を作るわよ!」
「はい! でも俺、トウモロコシのほうがいいと思います!」
「この地質なら、葉物野菜もよく育つのでは?」
「そっちの作戦会議!?」
妙なタイミングでおかしな天然ぶりを発揮する狼と虎に、グレナシンは見事な『ずっこけスライディング』を披露する。
なにはともあれ、四人は作戦会議を開始した。