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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.1 < chapter.3 >

 それから三分少々。第二運動場に最上位の《防御結界》が構築され、戦闘準備は整った。

 運動場の中央で、レインとハンクが向かい合う。

「今度こそ、本気で来いよ」

「ハンクさんこそ、変な手加減はやめてください」

「ああ……初撃から極めに行く……!」

「!」

 ドウッと吹き出す猛烈な冷気。

 レインは圧倒されて半歩退くが、ハンクは腰を落として構えただけで、まだ何の技も使っていない。

 これは生まれ持った魔法属性を限界まで極めた者だけが纏う、闘気や覇気のようなものである。雷獣であれば雷を、人狼であれば風を、ケルベロスならば炎のオーラを纏う。種族や部族、地域によってさまざまな名で呼ばれているが、騎士団では通常『エレメント』という呼称が用いられる。

 エレメント自体に攻撃力や防御力は無い。しかし魔法を発動させる前に、周囲の空気を『自分の属性』に書き換えておけたらどうだろう。雷は電圧を落とすことなく、風は鋭く強いまま、炎は弱まることなく相手に届く。

 ハンクが『手加減しない』と宣言するからには、まずはここから始めるのである。

「用意はできている。いつでも始めてくれ」

 ベイカーの声に、レインはハッとする。


 これは試合ではない。ルール無用の、本気の喧嘩だ。


 先に動いたのはハンクだった。

「ハアァァァーッ!」

 真正面から突っ込み、肉弾戦を仕掛ける。氷の鎧《氷装》を使用し、人虎族のフィジカルの強さを最大限生かす戦い方だ。

 同じネコ科種族でも、ライオンやサーベルタイガーは前足の攻撃力に特化している。また、チーターやフラウロスは後足の筋力に特化し、破壊力より走力の高さを売りにしている。では人虎族はというと、そのどちらでもない。前足、後足のどちらもバランスよく発達し、機動性も破壊力も兼ね備えたオールラウンダータイプである。

 もちろん、力比べや速さ比べになれば一点突破型の種族には負けてしまう。けれども実戦は体育競技会ではない。足が速いだけでは勝てないし、パンチ力だけでは逃げ回る相手を捕捉できない。実際の現場で強さを発揮しやすいのは、すべての値が平均的に高い種族なのである。

 レインは二十四本の触手を駆使して、ハンクの攻撃をいなす。けれども、氷の鎧はそれ自体が凶器である。拳に、肘に、膝に、肩に。手甲や足裏、兜にまで氷のスパイクが突き出していて、防ぐだけでもダメージを食らう。今はまだ《銀の鎧》が効いているが、ずっと受け続けていたら、いずれは耐久限界を突破するだろう。


 勝負を長引かせたら、自分は負ける。


 最短時間で勝負をつけるべく、レインはフッと息を吐き、身体制御を切り替える。

 防御から攻撃へ。

 人の思考から、捕食者の本能へ。

 海洋種族最強、シーデビルの『本来の攻撃性』を解き放つ。

「ヴ……ヴヴ……ヴヴァアアアァァァーッ!!」

「な……っ!?」

 突如として挙動の変わったレイン。防御を度外視し、ハンクが繰り出すすべての攻撃にカウンターを入れてくる。しかし、その動きは見るからに本能的な反射である。頭で考えて動いているようには思えない。

「……ならば……っ!」

 ハンクは物理攻撃の合間に《氷爪》、《氷の矢》、《霜柱》を織り交ぜて、攻撃パターンを複雑化させる。すると案の定、すべての魔法攻撃がノーガードで入ってしまった。

 マルコがかけた《銀の鎧》はそれらの攻撃を防ぎきっている。が、それはハンクのほうも同様だ。魔法によるダメージが少ない分、耐久限界まで余裕があるのはハンクのほうである。

 戦いの様子を見守る仲間たちは、この状況について意見を交わす。

「レインの奴、もしかして《狂装》使ってます?」

 ロドニーの疑問にベイカーとキールが答える。

「いや、それらしい術の発動は無かったと思うが……キールはどう思う?」

「あれはシーデビルの『通常攻撃』の一つだと思う。無板類に属する貝系の種族は、基本的に防御を固める方向に進化している。だからいざ本気を出そうとすると、『死に物狂いのブチ切れ状態』になるらしいんだ。タコやイカも一応は貝の親戚だから、似たような特性があるんじゃないか?」

「ムバンルイ……?」

「聞いたことが無い単語だ。キールは物知りだな?」

「詳しいわけじゃない。レインがあまりにも意味不明な溶け方をするから、海棲種族について少し調べただけだ」

「へぇ~……けど、《狂装》じゃないなら魔法使えるはずですよね?」

「ああ。よく見れば、ときどき何発かは撃ち込んでいるようだ」

「だが、本能レベルで撃てる《水泡弾》では何の足しにもならない」

「キールの言う通りだ。身体構造が違う分、レインは基礎トレーニングの類を免除してきたが……」

「メンタルトレーニングは基礎からやり直したほうがよくないか?」

「かもしれん。本気を出すと理性が飛ぶのでは、危なくてたまらんな……」

 トニーとチョコ、ゴヤとマルコも、それぞれ思い思いに意見を言い合っている。

 二十四本もの触手を巧みに躱し続ける、ハンクの卓越した体捌き。

 どの角度からの攻撃にも即座にカウンターを入れてみせる、レインの超速反射。

 複数の魔法を組み合わせ、物理・魔法を織り交ぜた連続攻撃に持ち込む冷静な判断力。

 それだけの攻撃を食らい続けながらも、ひるむことなく戦い続けるシーデビルの攻撃本能。

 いずれも劣らぬ強者の激闘に、仲間たちのテンションも次第に上がっていく。


 さあ、ここから勝負はどう転ぶ。


 仲間たちが期待に胸を躍らせていると、思いもよらない変化が訪れた。

「……ん? なんだ?」

「え? なんか出た!?」

「イカ墨じゃないッスか?」

「んなわけねーだろ! ここ陸上だぜ!?」

 見事な攻防を繰り広げる二人の周囲に、うっすらと黒い霧状のモノが出現している。これまでに玄武や白虎の『闇堕ち状態』を見ている隊員たちは、この黒い霧を闇堕ち特有の瘴気かと疑った。だが、それにしては何かがおかしい。

「……『闇堕ち』らしき禍々しさは感じられないが……?」

「隊長、これ、もしかしてレインのエレメントじゃありませんか?」

「エレメントだと? いや、まさか。そうだとすれば、シーデビルの属性は『水』ではなく、『水と闇』の二重属性ということになるが……」

「シーデビルが海棲種族の『上位種』だとすれば、二属性か三属性は持ってて当然なんじゃあ……?」

「それはとんだ盲点だ。考えたことが無かったな……」

 ライオンの上にはサーベルタイガーが、イエネコの上にはフラウロスが。

 人狼の上にはフェンリルがいて、鳥人の上にはグリフォンがいる。

 身体能力も基礎的な魔力量も、なにもかもが生まれながらに優れている種族が『上位種』と呼ばれ、それ以外の種族は中位種、もしくは下位種に分類される。完全に独立した種はカモノハシとヒヨケムシくらいで、おおよそすべての種族に『よく似た能力の上位互換種・下位互換種』が存在するのだ。

 上位種の多くは複数の魔法属性を持ち、それらを自在に使いこなすことで戦闘を優位に進める。たいていは炎と風、幻覚と防御、毒と催眠など、魔法の効果を増強・補完する組み合わせであることが多い。しかし、『水と闇』では組み合わせようがない。そんな組み合わせの二重属性種族は存在しないと考えられるのだが――。

「ヴァ……ヴァアアアァァァーッ!」

「何っ!?」

 大量に噴出する黒い霧。それはタコが吐き出す墨のように、一気に拡散して視界をゼロにする。レインとハンクの姿は霧に包まれ、中で何が起こっているのか、外から窺い知ることはできない。

「このタイミングで煙幕だと? 馬鹿な。逃げるつもりならともかく、これでは自分の視界も……?」

「待てサイト! 動かせる『腕』が多い分、視界ゼロならシーデビルのほうが強いんじゃないか!?」

「まさか……これは、あてずっぽうでタコ殴りにするための……?」

「シーデビルが知力を一切使わない戦い方をする種族なら、それもあり得ると思うぞ?」

「……海棲種族の戦い方が、まったく理解できん……!」

 キールの予想通り、霧の中からは絶え間ない打撃音が聞こえてくる。

 ベイカーはマルコに確認する。

「《銀の鎧》はまだ効いているよな?」

「はい。術が破られた感覚はありません」

「ということは、まだどうにか耐え凌いでいるわけか……」

「耐久限界を超えそうな場合、止めに入ってもよろしいでしょうか?」

「頼む。レインの触手を絡めとれるのは《緊縛》の鎖だけだろうからな」

 さすがにこの状況では、ハンクも反撃できないだろう。

 誰もがそう思い、レインを止めるタイミングを見計らっていた。

 しかし、この予想は良い意味で裏切られることになる。

「白き乙女の柔肌に、赤き血潮で紅を引け! 《逝忌化粧ゆきげしょう》、発動!!」

 高らかに詠み上げられた魔法呪文に、仲間たちは一斉に顔色を変える。

「おいマズいぞ!」

「《防御結界》強化しないと!?」

「全員、意地でも耐えろォォォーッ!!」

 ベイカーの音頭のもと、全員で結界の維持に努める。


 第二運動場に氷の花が咲き乱れ、氷の花弁が乱れ飛ぶ。


 《逝忌化粧ゆきげしょう》は人虎族の固有魔法で、あたり一帯を氷の花畑にし、それからブリザードを発生させる最上級攻撃呪文だ。地吹雪に巻き上げられた氷の花弁は鋭利な刃と化し、発動範囲内のすべての物体を問答無用に切り刻む。無差別・広範囲攻撃の中でも特に攻撃力が高く、たとえ刃を防いでも、地吹雪の冷気で凍死させられる。

 だがシーデビルは、マイナス三十度でも通常行動可能な驚異の耐寒性を持つ。そのうえ液化可能な不定形生命体であるため、物理的に体を斬り刻んでも致命傷とはならない。レインはおそらく、反撃の機会を窺っているはずだ。

 ベイカーは冷や汗をかきつつ、部下たちに命じる。

「いいかみんな、もう一段だ。もう一段、《防御結界》の耐久強度を引き上げるぞ。いっせーので行くからな? いいな? いっせーの……」

 そう言って力を込めたのと、レインの反撃はほぼ同時だった。


 結界内に巻き起こる強大な波。大津波を引き起こす魔法、《大海嘯》である。


 魔力の追加注入は寸でのところで間に合い、どうにか持ちこたえることができた。しかし、第二運動場は酷い有様だった。結界で封鎖されているため、行き場のない大波は何度も壁に打ち付けられ、右へ、左へと揺れ動く。

 あらゆる方角から幾度も叩きつけられる大波。だが、ハンクはこれに動じない。氷の盾によって大波を跳ね上げ、《氷陣・二式》で凍結させる。別方向から迫る波には《地吹雪ブリザード》を食らわせ、押し留めつつ凍結。それを足場とし、さらに襲い来る波を真正面から迎え撃つ。

 自然界では絶対にありえない、『津波vs地吹雪』のせめぎ合い。

 強烈な冷気に海水が凍り付くも、激しいうねりのために氷は大きな塊とはならず、徐々にスムージーのような質感に変わっていった。

「うわぁ……なんスかね、これ。運動場の砂利のせいでチョコレート味っぽい色に……」

「いや、この色味はカフェオレ味のほうでは?」

「黒糖きなこ味という可能性も……」

「あの、ゴヤッチ? 隊長? キールさん……?」

「もしかしてみんな、現実逃避中?」

「だってこんな量のスムージー見たことねえッスよ?」

「津波に地吹雪をぶつけるとスムージーができるという知見を得た。我々はまた一つ賢くなったな。わっはっは」

「しかし、塩味なのが残念だ。きなこ味ならよかったのに……」

「皆さんしっかりしてください!」

「戻ってこーい!」

 マルコとロドニーにツッコまれ、三人は深呼吸で気持ちを落ち着けた。

 レインとハンクの戦いはなおも続いている。水中でこそ本領を発揮するシーデビルは、スムージー化した水の中では上手く動けない。対するハンクのほうも、氷で足場を作って跳ね回っているため、平地のようには行動できない。どちらも十全とは言えない体勢で、それでも魔法を放ち、互いに距離を詰めては物理的な打撃を加えていた。まだまだ、どちらが優位に立っているとも言い難い状況だ。

 能力のない者が言う「本気を出せばもっとやれる」とは違う。彼らが本気を出し渋るには、それなりの理由があったのだ。

 一向に終わる気配のない強者vs強者の戦い。ふと気付けば、本部の事務員たちも見物に集まっていた。

「うっわぁー、こりゃまた、いつにも増して……」

「とんでもない水量だなぁ……」

「何をどうすればこんなになっちゃうんだか……」

「王子、どっちにいくら賭けてます? 胴元は?」

「イアソンさん、勤務時間中のギャンブルはご法度ですよ?」

「おおっと! そうでした! 失礼、失礼」

 特務部隊のよき理解者たちは、今日もいつものノリである。

 レインとハンクは互いの最大技をぶつけ合ったまま膠着状態に陥っている。勝敗はいずれかの魔力切れを待つことになるだろう。それが分かっているからこそ、本部職員たちはのんびりと軽口を叩いていられた。

「これって、グレナシン副隊長に怒られるヤツですよねぇ?」

「まあ、運動場の後始末ができるの、砂使いとゴーレムマスターくらいですからねぇ」

「訓練のたびに地均しばっかりやらされてたら、そりゃ怒りたくもなるよなぁ……」

「ベイカー隊長~! いざとなったら営繕課で匿って差し上げますからね~!」

「すまないな! 本当にヤバいときは逃げ込ませてもらう!」

「ストッカーでもロッカーでも台車でも、お好きな場所にどうぞ!」

「ありがとう!」

 ベイカーは過去に二度ほど、営繕課の籠台車に隠れてピンチを切り抜けている。隊員たちに当たり散らさない代わりに上司をボコボコにするのだから、グレナシン副隊長は、ある意味では素晴らしい中間管理職である。が、ボコボコにされる当人から見たら、それは素晴らしくもなんともないのだが。

「うぅ……どうしようキール。後始末を考えると胃が痛い……」

「副隊長が戻る前に、俺がゴーレムでなんとかする」

「すまない。しかし、お前がそう言ってくれる時に限って毎回……」

 ベイカーは肩を落として語尾を濁す。

 キールが後片付けを買って出てくれた時に限って急な呼び出しがかかり、隊員たちは揃って現場に急行してしまう。残されたベイカーは手持ちの軽作業用ゴーレムでなんとか地均しを試みるのだが、特務部隊員の交戦後は『軽作業』ではなく、『本格的な土木工事』が必要なレベルで運動場が荒れる。毎度毎度、最終的な後始末はグレナシンに頼むことになるのだ。

 この『黄金パターン』はこれまで一度たりとも崩されたことはない。そう、それは当然、今日この時も――。

「き……来た……っ!」

 上着のポケットから鳴り響く、ピロピロとやかましい電子音。ベイカーは震える手で携帯端末を取り出し、こわばった顔で通信に出る。

「はい、こちらベイ……」

「みんなのアイドル副隊長、ラブリーキュートなセレンちゃんよ! ちょっと隊長ぉ~!? 闇堕ちしたスーパーサウルスと戦えそうな隊員、何人か見繕ってちょうだい!」

「スーパーサウルス!? なにがどうしてソレが出た!?」

「分かんないわよそんなこと! とにかく出たの! おそらく元の魔法属性は火焔系よ! さっきからアホみたいな量の黒い炎を吐いてるわ!」

「分かった! 水系・氷系能力者を連れて行けばいいんだな?」

「トニーとロドニーとキール、本部にいるわよね!? 《キャノンボール》でお願い!」

「すぐ用意させる!」

「頼んだわよ!」

 プツッと切られる通話。ベイカーに説明されるまでもなく、そばにいた隊員たちには二人のやり取りが聞こえていた。

 ロドニーは風の魔法を拡声器代わりに使い、対戦中のレインとハンクに緊急出動の旨を告げる。

 キールとトニーは仲間たちがすぐにでも出動できるよう、《キャノンボール》の準備を始めている。

 ゴヤとチョコはそれぞれ情報部、総務部に連絡を入れ、アレックスは必要な資料をすぐに提示できるよう隊長室へと駆け戻る。

 マルコは野次馬たちに訓練の中止と解散を呼びかけ、『心の声』で玄武に意見を求めた。

 非常時に各々が迅速に行動できるのは特務部隊最大の強みなのだが、迅速である代わりに、細部の粗雑さは否めない。

「隊長、大変です!」

「どうしたロドニー」

「レインが正気に戻りません!」

「構わん! 適当に突っ込んで撃ち出せ!」

「了解! マルコ!」

「お任せください! 《緊縛》!!」

 マルコは魔法の鎖でレインを雁字搦めにし、キールが用意した『岩石の砲弾』に押し込める。

 キールはそれをゴーレムに運ばせ、やはり岩石で構築した大砲にセットした。

「トニー、行けるか!?」

「いつでも。ポールの計算待ちです」

「あと十秒待ってください! えーと……出ました! 直線距離百六キロメートル、方位・西76.8度、射出角は29.9度です!」

「そんなに低くて大丈夫か?」

「この方角なら谷間を抜けるコースになりますから」

「分かった。76.8の、29.9……」

 トニーとキールは砲台の向きと角度を調整し、仲間たちはマルコの構築した《防壁》の後ろに隠れた。

 発射準備を終えると、トニーは呼吸を整え、精神を集中する。

「……行くぞ! 《冥王の祝砲》!!」

 ドンと腹に響く爆発音。

 砲弾に込められたレインは、初速513m/秒という悪夢のような速さで現場に急行した。

 そう、《キャノンボール》とはそのものズバリ、人間大砲である。これは『出前迅速』をモットーとするサイト・ベイカーが考案した最速の移動手段であり、特務部隊メンバーが揃っていなければ使用不可能な、超絶レアな必殺技である。

 だがしかし、この技には一つ、非常に大きな欠点がある。

「……あれ? 隊長? あの、俺、乗ってないんですけど……着地は……」

「……あ!」

 キールが砲台を構築し、ポールが軌道を計算。トニーが撃ち出し、ロドニーが風の魔法で安全に着地させる。それが《キャノンボール》の使用手順である。

 しかし、今撃ち出されたのはレインだけ。レインは風の魔法が使えない。

「えーと……? これ、ヤバくないですか?」

「うぅ~ん……? もしや我々は、事故ったのだろうか……?」

「あぁ~……っぽい、ですね……?」

 沈痛な面持ちで空を見上げる隊員たち。だが、ここでマルコが手を上げる。

「なんとなくそんな気がしましたので、先ほど《銀の鎧》を五重にかけておきました」

「おお! ナイスだマルコ!」

「よくやった!」

「さすがは王子!」

「でもそれ、二重で十分じゃね?」

「いえ、レインさんは今、自力で防御魔法を発動できる状態ではありません。着地のダメージを相殺して一枚消失、着地直後に先制攻撃を受けてもう一枚消失、その後のダメージ蓄積によってもう一枚消失しても、まだ余裕をもって戦闘を継続できるよう五重に魔法をかけました。敵が巨大恐竜であっても、十分な備えがあれば対等以上の戦いができると思います」

「深い……なんて深いんだ……」

「俺、そんなに考えたことなかったぜ!」

「筋肉と気合で乗り切る以外に、そんな手があったとはな!」

「パネェッスね!」

 筋繊維と同じくらい、脳細胞も鍛える必要がある。

 マルコは穏やかな笑みを湛えつつ、自己への戒めとしてこの経験を胸に刻んだ。


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