そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)4.1 < chapter.2 >
ちょうどそのころ、騎士団本部でもクレーターに関する話題が盛り上がっていた。
「だ~か~ら! こう! 真下に向けてえぐるように力を捻じ込んで……」
「こう……ですか?」
「そうそう! で、その瞬間に、拳のあたりで魔力を暴走させれば……」
説明しながら実演してみせるロドニー。拳に纏った風の鎧、《風装》に過剰な魔力を注ぎ込み、わざと術式を暴走・崩壊させる。
するとロドニーの足元に、直径五十センチほどの小さなクレーターが出現した。
「な? できるだろ?」
「なるほど。意図的に暴走状態を引き起こして、術式崩壊による衝撃を攻撃の一部として使用するのですね?」
「そうそう! これなら魔力は《風装》の基本消費プラスアルファって感じで、破壊力はもっと上の、上級攻撃魔法並みになる。な? お得だろ?」
「ええ、この手法でしたら、攻撃魔法が苦手な私でも……」
「一撃必殺技、できそうだろ?」
「はい!」
マルコは笑顔でそう答え、さっそく自分なりの発動法を模索する。
そんな二人の近くでは、キールとトニーによる実戦形式訓練が行われていた。
「踏み込みが甘い! 本気で殺しに来い!」
「はい!」
互いに防御魔法《銀の鎧》を纏った状態である。よほどのことが無ければ訓練で耐久限界を超えることはない。トニーは躊躇することなく、全力で斬りかかる。
だが、ナイフはキールに届かない。
「ぐっ……!」
腹を蹴られ、トニーは地面に転がされる。追撃を想定して素早く飛び退くトニーだが、後輩の『クセ』を知り尽くしたキールには読まれていた。トニーがどの方向に飛び退いて、どう体勢を立て直そうとするか。その挙動を予測し、キールは『二秒後のトニー』を狙って動き出していた。
顔を上げた瞬間、側頭部に打ち込まれる左フック。大きく振れた上体に、キールの情け容赦ない連続攻撃が炸裂する。
《銀の鎧》の作用で、ほぼすべてのダメージはカットされている。けれども打ち込まれた衝撃で体や頭が揺さぶられれば、それに耐えようと、全身に力を込めて踏ん張ることになる。表面的なダメージだけをカットしても、攻撃を受けた分だけ、体力は徐々に消耗していく。
そしてもう一つ、《銀の鎧》ではカバーしきれないことがある。
体勢を維持しようと無意識に踏ん張れば、その瞬間は体を『攻撃』に使うことができない。つまり、反撃不可能な『受け身の時間』ができてしまうのだ。
トニーが反撃できないタイミングを的確に狙い、キールは攻撃を続ける。
防御姿勢をとるだけで手いっぱいのトニーだが、今は黒犬に変身することも、分身して注意を逸らすこともできなかった。なぜならそれはすでに試し、撃破された後だからだ。
見事なまでの『完封試合』に、対戦を見守る仲間たちからため息が漏れる。
「やはり、トニーは魔法無しだと分が悪いな。ジョリー、トニー用の武器を作るとしたら何が良いと思う?」
特務部隊長サイト・ベイカーは、魔導兵器開発部の研究員、ジョリー・ラグー・フィッシャーマンに意見を求める。
ジョリーは珍しく深刻な顔をしている。
「非常に難しい質問ですね。ケルベロスは魔力特化種族ですから。魔法が使えない、飛び道具も使えないという条件ですと、身体の軽さを活かすためにも短刀かそれに類する小型武器になりますが……」
「ネコ科種族と違って、イヌ科は上半身の柔軟性がなぁ……」
「ええ。人間に変身した状態でも、肩甲骨の可動域は限定されています。斬り込む速度は、おそらくこれが限界でしょうし……両手は防御と投げ技用に開けておいて、両足に機械式のパワードブーツを装備するという手もありますが?」
「それはどのような武器だ?」
「膝、足首、足裏への負担を軽減しつつ、外骨格と人工筋肉によって打撃力や速力、跳躍力を増強します」
「試作を頼む。図面を引くのに何日かかる?」
「もう頭の中にあります」
「では、何日で作れる?」
「三日いただけますか?」
「たった三日でいいのか?」
「うち二日は足りないパーツの買い出しです」
「それは君が行かなければ購入できない品物か?」
「いいえ。この画面を提示すれば、パーツ屋の店員がピックアップしてくれますよ。部品ごとに取扱店舗が異なるため、買い集めるだけで丸二日かかってしまうだけで」
そう言いながら、ジョリーは愛用のタブレット端末に材料一覧を表示させる。
基盤に使用する抵抗、ハンダ、制御チップ。
コイル用の銅線、絶縁用の樹脂テープ。
各部の内臓電源としてそれぞれ規格の異なる五種類のリチウムイオン電池。
人工筋肉用シリコンチューブ、チューブ内に充填する特殊なシリコンゲル。
外装用チタン合金と、大小さまざまな金属パーツが数百種類。
いずれもメーカー名、品番、入り数や取扱店舗など、必要な情報が明瞭にまとめられていた。
「なるほど、既にそこまで考案済みのアイディアというわけか。あとでプリントアウトを回してくれ。今日中に揃えさせる」
「ありがとうございます。ご注文、承りました」
ジョリーはタブレット端末にオーダー内容を入力。クイッと直した眼鏡が光り、口元に怪しい笑みが浮かんだ。
砂利敷きの第二運動場には、他にも訓練中の特務部隊員がいる。
ゴヤとチョコは基本的な捕縛術のおさらいを。
レインとハンクは水と氷という類似属性同士の対戦を。
隊長補佐のアレックスとポールも、運動場の隅で基礎体力作りのため走り込みを行っている。
部隊の全員が揃って同じ訓練を行うこともあるが、個々人の能力が突出している特務部隊ではこのような個別訓練が通常である。そしてこれもいつものことなのだが、途中で必ず、どこかのペアが衝突する。
今日もまた、運動場に怒声が響く。
「ハンクさん! もっと本気を出してください! これでは訓練になりません!」
「レインこそ、さっきから手加減してないか!? そんなに俺が信用できないか!?」
「そんなことはありませんけど……ここで大技使ったら、周りの被害がすごいでしょう!?」
「だから、それは俺が相殺するから大丈夫だって言ってるんだ! 遠慮なく撃って来いよ!」
「それはこっちのセリフですよ! どうして弱い技しか使ってくれないんですか!?」
「水属性で氷の塊は止められないだろう!?」
「水圧あげれば止められます!」
「止められなかったら《銀の鎧》の耐久限界を超えるんだぞ!? 命にかかわる!」
「やる前から否定するのはやめてください! 私、そんなに弱くありません!」
普段は穏やかな二人の怒鳴り合いである。仲間たちは訓練を中断し、何の騒ぎかと集まってくる。
「どうした? 何を揉めているんだ?」
ベイカーに問われ、二人はここまでの経緯を説明する。
二人は武器、魔法、その他何でもありの無制限対戦を行っていた。触手による強力な物理攻撃を持つシーデビルと、打撃力に定評のある人虎族の対戦である。魔法属性も水と氷で似通っているため、どこから攻めても難しい対戦になることは分かり切っていた。
しかし、レインは最大技の《大海嘯》を使わないし、ハンクは中級以上の攻撃魔法を使おうとしない。互いに周囲や相手への気遣いが行き過ぎてしまい、『全力でやり合おう』という約束が守られていないのだ。
シーデビルは雌雄の区別が明確でなく、状況に応じて男性にも女性にも変化する。そのためレインは、男性から『守るべき対象』として手加減されることが多い。それでも本人の性自認はれっきとした男性である。ハンクの手加減は『自分に対する侮辱』と感じられたらしい。
対するハンクは、先輩として、後輩の苦手克服を手伝ってやろうとしている。水属性の魔法は強くなるほど大味で、細かい制御は利かなくなる。だからこそレインが大技を出しやすいよう立ち回り、技の練度を上げさせようとしているのだ。
どちらも心優しい強者である。全力でぶつかり合うには、今は場所と条件が悪かった。
「あー……分かった。そういうことなら……マルコ! 二人に最大強度で《銀の鎧》をかけてくれ! 巨大氷山が直撃しても即死しないレベルのやつを!」
「はっ!」
「他の隊員は運動場の外に出て、全員で《防御結界》を構築。二人が本当に全力を出せるように場を整えよう」
「了解!」
迅速に行動する特務部隊員たち。
このような揉め事は起こったその場で解決するに限る。中途半端に長引かせてしまえば、それぞれの言い分を聞いた者同士であいつが悪い、こいつが悪いと野良裁判を始めてしまい、派閥のようなものができてしまう。そしてそうなってしまうと、もう話し合いの余地などありはしない。相手が間違っている前提でしか話ができなくなるので、どちらか一方が頭を下げる以外、着地点がなくなってしまうのだ。
そんな面倒事が起こる前に、今この場で、双方の言い分をどちらも通した『先輩・後輩の全力勝負』でスッキリさせる。
口には出さずとも、仲間たちの思惑は完全に一致していた。