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Cafe Shelly

Cafe Shelly 愛と自由

作者: 日向ひなた

 朝起きたら、横に見知らぬ女がいた。けれど驚くことでもない。またやっちまったか。そんな気分だ。俺はベッドを下りてシャワーを浴び、着替えを始める。

「ん…うぅん…」

 どうやら女はようやく目が覚めたようだ。

「ほら、さっさと服を着て出ていくんだ。俺は出かけなきゃいけないんだから」

 床に転がっている女の服をベッドに投げる。

「昨日は楽しかったね」

 女は下着をつけながら笑って俺にそういう。が、正直なところそんな記憶はほとんどない。

「着替えたらさっさと出ていくんだ」

 俺は仏頂面で女を追い出そうとする。しかし女はしつこくこう言う。

「ねぇ、またここに来てもいい?」

 何が楽しくて俺のマンションに来たい、なんて言うんだ。

「ほら、着替えたのなら出て行け」

 ここにきてようやく女も気づいたようだ。

「ふん、なにさ。そっちから誘っておいてその態度はないでしょ。もう二度とこんなところ来ないわよ」

 女は怒り出し、髪の毛もとかさないまま自分の荷物を持って部屋を出て行った。よし、これで面倒なことは終わり。俺も早く出かけなければ。部屋の片づけもそこそこに、俺は愛車のキーを片手に部屋を後にした。エレベーターで地下に下り、駐車場へと向かう。駐車場で待っているのは愛車のポルシェ。シルバーメタリックで流線型のこのボディが俺は好きだ。女性の曲線美を思い出させてくれる。ポルシェのエンジンをスタートさせ、オフィスへと向かう。オフィスはこの地域では高級住宅街と呼ばれる一等地にあるマンション。住まいとはあえて場所を離している。

「城次さん、おはようございます」

 オフィスへ入ると、すでに社員がせわしなく動いていた。

「おはよう。今日はどんなスケジュールになってる?」

 秘書の岩代くんにそう尋ねるのが俺の日課だ。岩代くんはとても有能な美人秘書。残念なのは彼女が子持ちであること。まぁむしろその方が俺もきちんと割り切って仕事に打ち込めるからいいのだが。

 しかし気が付くと俺も成功者と言われる一人になったものだ。ほんの気まぐれで始めた株。これがうまくいき、今では投資の神様などと呼ばれている。投資の学校も開き、教材販売なども手がけ、今では欲しい物はなんでも手にはいるようになった。知り合いからは「全てを手に入れた男」と言われている。確かに、車もマンションも仕事も、そして女も欲しいままに手に入れている。ほとんどの仕事もスタッフに任せれば大丈夫、自由な身分だ。

「雅樹、今夜はどこにするんだ?」

 書類を持ってきた男がそう尋ねる。俺の経営パートナーである清水だ。清水は株のことはからっきし。だが組織運営においては有能な男。株の才能を持つ俺というタレントを、この清水がうまくマネジメントしてくれる。さらにそのためのチームを独自につくりあげ、利益を上げる。俺も清水も独身貴族。毎晩のようにどこかのクラブへ飲みにでている。そのお誘いの言葉だ。

「そうだな…昨日はちょっと飲み過ぎて途中から記憶にないんだよ。悪ふざけしすぎたかな」

「まぁいつものことだ。どうせ朝起きたら、見知らぬ女が寝てたんだろ。だったら今日はちょっとおとなしいところに行くか。雰囲気のいい小料理屋を見つけたんだ」

「たまにはそういうのもいいな。よし、そうしよう」

 そういや最近はまともなメシを食べてないな。だが体だけはきちんとケアしている。空き時間にジムに通っているおかげで、筋肉質なボディだけは保っている。自分で言うのもなんだが、だから女が放っておかない。一方清水はまじめなサラリーマンといった感じ。体格も年相応になってきている。こいつは運動するよりも仕事の方が楽しいらしい。さて、今日はどんな夜を過ごすのか。

「ここだよ」

「ほう、なかなか洒落たところじゃないか」

 清水が案内した店。小料理屋というので、のれんがあって引き戸を開くとカウンターに美人女将がいる、なんていうドラマに出てくるような店を想像していたが。どうやら元はそれなりの旧家のようだ。門をくぐって入り口まで、手入れされた庭を通る。

「お待ちしておりました。城次様と清水様ですね。こちらへどうぞ」

 しなやかな仕草で案内してくれる女将。一見すると料亭のようにも見えるが、中にはいるとカウンター席と座敷の席があるのみ。明らかに小料理屋だ。だがそこらへんのものとは質が違うことを感じさせてくれる。俺たちはカウンター席へと案内された。

「なかなかおもしろい店だな」

「あぁ、この前お客さんに招待されて知ったんだよ。料理もうまいぞ」

 最近は毎晩クラブばっかりだった。こんなに落ち着いた夜も珍しい。客は奥の座敷に三人組の女性がいるだけ。その女性達も、この店に似合う物静かな雰囲気を漂わせている。

「おい、また品定めか?」

 清水が俺をからかう。まぁすぐに女性に目がいくのは俺の習性でもあるが。いつも相手にするのは、いわゆる今時の女。金をちらつかせればほいほいついてくるような連中。だが今夜目にした女性達は今までとは違う。どうせならこんな女にチャレンジしてみるのも悪くない。ビールを飲み、お通しを口にしながら作戦を考える。

「ちょっと行ってくる」

 そう言って立ち上がり、女性達の元へ。

「こんばんは。みなさん、にぎわっていますね」

 軽くあいさつを交わす。当然ながら女性達は一瞬ひいてしまう。なにしろ突然見知らぬ男が現れたのだから。

「いやぁ、実は友人と二人でここに来たんですけど。なんだか男二人だと寂しくて。よかったらご一緒できないかと思いまして。お近づきのしるしに、今晩はお酒をおごらせてもらいますよ」

 ここで単におごらせてもらう、だと逆に相手は敬遠してしまう。だが「お酒を」と限定することで、このくらいならいいかという気持ちにさせることができる。女性達は一瞬目を見合わせ悩んでいたが、お酒代がタダになることと、男性二人に女性三人なら安心だろうという気持ちも合わさって、にこやかにOKを出してくれた。

「女将さん、席を移らせてもらいますよ。それと彼女たちのお酒代、こっちにつけておいて」

 清水も席を移動して、場はとたんににぎやかになった。見た感じ、二十代半ばのOLさんといった感じの女性たち。

「で、今日はどんな集まりなんですか?」

「高校の同級生なんです」

 なるほど、ちょっとした同窓会ってところか。それにしてもこんな店を選ぶとは、なかなかのセンスだな。

「そちらは?」

 髪が長くて目がぱっちりとした女性がそう尋ねた。日本人形を思い出すような顔つき。なかなかの美人だ。

「仕事仲間でね。一緒に会社をやっているんだよ。まぁ腐れ縁だな」

 清水が笑いながらそう答えた。俺の目線はさっきの女性に釘付け。清水もどうやらそれに気づいたようだ。こういうときの清水の気配りはすばらしい。

「こいつも俺もまだ独身なんですよ。今彼女募集中でね」

 さりげなくアピール。

「へぇ、じゃぁずっと仕事ばかりだったんですか?」

 ちょいポチャの女の子が質問。正直この子は俺の範囲外。こういう場合は清水が質問に答える。もう一人、メガネの子はおとなしめ。俺たちの会話にひたすら首を縦に振るだけ。この子もパス。

「お仕事はどんなことを?」

 髪の長い子が質問。清水は目で合図。すかさず俺が答える。

「株取引をね。他にも会社の社長さん達に資産運用のアドバイスをしているんだ」

 そういう質問には、あまり嫌みのない答を用意している。女性達はふーんという顔つき。

「じゃぁ、結構お金持ちだったりするんだ」

 ちょいポチャの子が尋ねる。遠慮のない子のようだ。

「まぁ、それほど不自由のない程度にはね」

 ここでも俺は嫌みのない答を用意している。

「でも彼女募集中だなんて。私だったら喜んで彼女になっちゃうのになぁ。かっこいいし、お金持ちだし」

 所詮女性ってそんなものなんだな。外見とお金さえあれば、ほいほい男性についていく。ここの女性もやはりそうだったか。

「ねぇ、マイ。あなた結婚早まったかもよ。もうちょっと待てばこの人みたいな男性をゲットできたかもしれなかったんじゃない」

 ちょいポチャの子が髪の長い子にそう話しかけた。えっ、こっちの子は結婚してるのか。ちょっとだけショックだったが、それであきらめることはしない。今まで人妻も何度か味見をさせてもらったことがある。結婚していれば、夫に不満なども出てくる。そこをやさしく、親切に聴いてあげることで、俺になびくパターンが多い。

「マイさん、ですか。結婚されてどのくらい経つんですか?」

「五年です。夫と一緒に喫茶店をやっているんですよ」

 五年か。夫と一緒に働いているということは、二十四時間一緒にいるということ。不満の一つくらいはあるはず。

「見たところまだお若いですよね。結婚って早かったんですか?」

「えぇ、私が大学を出てすぐに結婚したんですよ」

「じゃぁいろいろとご苦労されたんじゃないですか?」

 さぁ、どんな悩みが出てくるのか。だがマイさんの言葉は予想外だった。

「苦労はしていますけど、毎日楽しいですよ。自分の自由と、夫を始め周りからの愛を感じていますから」

 自由と愛。それだったら俺にも…と言いたいところだったが。その言葉を口にするのをためらってしまう俺がいる。お金もある、自由な時間もある、女性にも困らない。なのに何かが満たされない。目の前にいるマイさんという女性の笑顔を見れば見るほど、自分という存在がなんだか窮屈でつまらないものに感じてしまった。

「城次さんは毎日楽しんでますか?」

「え、あ、まぁ」

「おい、お前みたいな自由でお金もある人間が、毎日楽しくないわけないだろう。おかげで毎晩つきあわされてるこっちの身にもなれよ。って言いながら、自分も楽しんでるんですけどね。あはははは」

 清水は何も考えてないな。こいつはただ毎日が楽しけりゃいいって感じだ。虚しさとか感じたことがないな。

「城次さん、何か心にひっかかってることがあるみたいですね」

「えっ!?」

 マイさんから突然そんなことを言われて、俺はびっくりした。

「どうしてそう思ったんですか?」

「う~ん、なんとなく、なんですけどね」

「あ、出た、マイのするどい霊感。昔からそうだったよね」

「霊感じゃないってば。でも、直感でなんとなくそうじゃないかってわかるときがあるんです」

「でも霊感みたいなもんじゃない。マイはね、オーラソーマっていって、カラーボトルで心理診断もやっているんですよ。私、前にそれで恋愛相談したんですよ。そしたら、今の自分に自信を持っていけばもうすぐ道は開けるだろうって。だからすっごくワクワクしているんです」

 ちょいポチャの子が笑顔で話す。こうやって見ると、この子もまぁかわいい部類になるのだろうが。

「それはおもしろいね。俺も一度マイさんにみてもらおうかな」

「喫茶店が終わった夜七時過ぎからやっているんです。予約制なんですけど、よかったらいつでも声をかけて下さいね」

 マイさんはそう言って俺に名刺を渡した。カフェ・シェリーか。ここなら場所はわかるな。

「じゃぁ今度連絡させてもらいますね」

「あ、自分にも一枚もらえますか?」

 清水が横から割り込んできた。こいつも何かみてもらいたいのか。それから軽いおしゃべりをしてその場は終わった。結局メガネの子とはほとんどしゃべることがなかったな。逆にちょいポチャの子はとにかくしゃべりまくる。しかし気になるのは髪の長いマイさん。少しミステリアスな影もある。

「城次、お前にしてはめずらしいな。この時間に女連れじゃないなんて」

「ばぁか、そんな毎晩相手してられっかよ。まぁそれに今夜はちょっと別のものを手に入れた気分だ」

「別のもの? あぁ、あのマイさんって女性か。確かに今まで見た女性とはちょっと違った雰囲気を持っていたな。喫茶店には行ってみるのか?」

「そうだな、明日にでも早速行ってみるよ。あのマイさんのダンナってのも気になるし」

 不満がない、なんていうくらいだからよほどのいい男なんだろう。そのダンナというのも見てみたい。

「じゃ、明日は午前中は向陽商事の社長と株式の面談だからな。遅れるなよ」

「あぁ、今夜は久々に一人でぐっすり眠れそうだから大丈夫だよ」

 俺は清水に別れを告げ、一人おとなしくマンションへと向かった。帰りのタクシーの中で頭に浮かぶのは、あのマイさんのこと。彼女が口にした「愛と自由」という言葉の意味が頭の中でグルグルと駆け回っていた。

 翌日、俺は午前中の仕事がちょっと上の空だった。株式運用の相談に来た向陽商事の社長の言葉が頭に入らない。

「そうですね、今はまだ売りの時期ではないかと思われます。まぁ焦らずにいきましょう」

と、適当にお茶を濁して終わらせた始末。向陽商事、今の不景気のおかげで資金繰りが難航している。そのため株取引でなんとか資金を調達したいという相談なのだが。正直なところ、他人の会社のふところ事情なんか知ったこっちゃない。てめぇのやりかたがまずかったから今の状況になったんだろう。そう一喝してやりたいところなのだが。頭の中は、昨日会ったマイさんのことでいっぱい。惚れたとかそんなことじゃない。あの言葉、愛と自由というのが自分にとってなんなのか、その答が出ないことには何も手につかない。その答をマイさんは知っている。そんな気がしてならないのだ。

「清水、出かけてくるわ」

 向陽商事の社長面談が終わるとすぐに俺は出かけることにした。

「あ、昨日のマイさんのところか」

「あぁ、どうしても気になることがあってな」

「ちょいと相談したいことがあったんだが…まぁいい、お前は目の前のことが片づかないと次に進めない性格だからな」

「すまないな」

 俺は昨日もらった名刺の場所まで愛車のポルシェを走らせた。どうやら街中にあるようだ。どこか車を停められるところを探さないと。正直、普通の駐車場にこの車は停めたくない。どこで傷つけられるかわからないからな。街に出るときにいつも使っている、信頼できる駐車場はここからかなり離れている。仕方ない、ナビに表示された手近な駐車場でガマンするか。意外に自由に行動できないものだな。

 ここで頭の中で何か感じるものがあった。俺は自由人のはずだ。けれどこうやって自由な行動ができない。その違和感に一瞬とまどいを覚えた。

 名刺の裏に書かれている地図を頼りに歩き出す。どうやらこの通りらしい。道幅は車一台が通るくらい狭い。両端にはブロックでできた花壇がある。この花壇がなければ、車二台は十分通るくらいの道幅なのだが。道にはパステル色のブロックが敷き詰められている。この通りだけこんなに彩っても、街の風景が変わるとは思えないのだが。それにしてもこぢんまりとした店が多いな。もっと派手にいけないものか。だから流行らないんだよ。おっ、ここか。道ばたに黒板に書かれたメニューと店の紹介。そこに「CafeShelly」と書かれている。どうやらこの建物の二階らしい。俺は階段を駆け足で上り、扉を開く。

カラン、コロン、カラン

「いらっしゃいませ」

 心地よいカウベルの音とともに聞こえる女性の声。昨日出会ったマイさんの声だ。

「あ、昨日の…城次さん!」

「こんにちは、早速来てみました」

 笑顔で迎えるマイさん、とてもさわやかだ。

「マスター、こちらが昨日話した城次さんだよ」

 マイさんが声をかけた先はカウンターの中。マスター、ということはマイさんの旦那さんか。こんな女性をとりこにした男性とはどんな男なのか。興味を持ってカウンターに目をやると…

「えっ!?」

 一瞬目を疑った。なんと俺よりも年上の中年男性。背が高いわけでも、顔が特別いいわけでもない。まぁ強いて言えば、にこやかな目つきと喫茶店の雰囲気に合う渋さが特徴か。でも、まさかこんな男性がマイさんの旦那さんだったとは。

「初めまして、城次といいます。昨日は奥さんの飲み会の席に突然おじゃまいたしまして」

「いえいえ、マイから聞いていますよ。結構楽しいお話だったようで。よかったらそちらにどうぞ」

 案内されたのは三人掛けの丸テーブルの席。ちょうど空いたばかりのようだ。俺はそこに腰掛け、あらためて店内を見回す。狭い店内。俺が腰掛けた三人掛けの丸テーブル以外は、窓際の四人掛けの半円型テーブル、そして四人掛けのカウンターテーブル、たったそれだけ。客は半円型テーブル席にカップルが、カウンターには二人。こんなに小さな喫茶店でよく食べていけるな。

「はい、どうぞ」

 マイさんがお冷やとメニューを持ってきた。早速開いて見てみると、真っ先にこの文字が飛び込んできた。

『今よりも幸せな気持ちになりたい貴方に』

 今よりも幸せって、こんなにお金も自由な時間も、そして女も手に入れている俺にこれ以上何をもたらしてくれるというのだ。そう思うと、ふっと笑いが出た。

「これ、どういう意味なんですか?」

 俺はさっきの言葉を指差してマイさんに尋ねた。

「そうね、今の城次さんにはぴったりかも」

 ぴったりって、おいおい、俺を見くびらないでくれよ。思わずそう言いそうになった。むしろこの喫茶店にこそ、その言葉がふさわしいんじゃないか。今よりも幸せになりたければ、もっと規模を大きくして客を呼ばなきゃ。投資の指導でもして、資金を稼がせてあげようかな。

「じゃぁこいつをもらおうかな」

 俺はさっきの言葉が書かれているコーヒー、シェリー・ブレンドを注文した。

「株をやられているんですね。ああいった世界はよくわからないんですけど、なかなか難しいんでしょう?」

 マイさんがきさくに声をかけてくれる。

「まぁ、ちょっとしたコツをつかめばそんなに難しくは無いんですけどね。でも100%儲かるなんてことはありませんから。いかにしてリスクを減らしていくか、ここがポイントなんですよ。マイさんのところもやってみませんか?」

「それは遠慮しておきます。ウチのはそういった投資とかには興味がないし。それに、私は今の暮らしがとても気に入っていますから」

 今の暮らしが気に入っている。ほとんどの人はそう言う。そう言いながらも俺に投資のアドバイスを求めてくる。なんだかんだ言いながらもお金が欲しいというのが本音らしい。そのお金で今よりもいい暮らしをしたい。口には出さないけれど、それが見え見えだ。それは今の暮らしに満足していないという証拠じゃないか。きっとマイさんもここのマスターも同じに違いない。

「マイさんはもっといい暮らしをしたいと思わないんですか?」

 ちょっと揺さぶりをかけてみた。

「いい暮らし、か。欲しい物はいろいろあるけど。」

 ほら、やっぱり。

「でもね…」

 でも、何だというのだろう?

「でも、欲しい物を全部手に入れても、さらに欲しい物が出てきちゃう。これってきりがないじゃない。そういうのを追いかけていたら、自分の本当の自由って無くなる気がするな」

 ドキッとした。まさに今の俺の状態だ。金もある、時間もある、女もいる。けれど、もっとそれを求めている自分もいる。求めても求めても、求め足りない自分がいる。欲望を満たすためだけに生きている。自由な自分がいると思っていたけれど、逆にそれは欲望というものに束縛されているのではないだろうか。ふとそんなことを思ってしまった。

 イヤ違う。俺は自由人なんだ。自由にそれを求めているだけなんだ。そうやって自分の思いを必死でかき消そうとする自分がそこにいることに気づきながらも、そこにある不安な思いを認めたくなかった。

「はい、お待たせしました。シェリー・ブレンドです」

 考え込んでいるところにマイさんが注文のコーヒーを持ってきてくれた。頭の中は自分の不安をかき消そうとすることでいっぱいだった。俺は黙って、ほとんど無意識にそのコーヒーに手をつける。すると、一瞬にして頭の中に衝撃が走った。

 えっ、なんだ、これ。そのとき、自分に何が起きたのかよくわからなかった。ガツンという衝撃の後、ふわふわと広がる感覚。周りがピンク色に包まれている感じがする。それと同時に、奥の方から徐々に広がる温かみ。何とも言えぬ気持ちよさ。しばらくこの感覚に浸っていたい。そうしていると、今度はピンク色の中心が徐々にまばゆい光に変わっていく。その光を浴びた俺の心は喜びに満ちあふれている。

 あぁ、これだ、この感じだ。これが欲しかったんだ、これが。

「お味はいかがでしたか?」

 マイさんのその言葉でふと我に返った。あれっ、今何が起きたんだ?

「えっ、あ、あぁ。コーヒー、おいしかったですよ」

「うふふ、さっきの城次さんの表情、ただのおいしさじゃおさまらなかったように見えましたけど」

「えっ!?」

 マイさんにはなんでもお見通しのようだ。だが、今自分に起きたことを話しても信じてもらえないだろう。まるで何かでトリップしたような感覚。これをどう表現したらいいものか。

「とても気持ちよさそうな表情していましたよ。シェリー・ブレンドがそれを見せてくれたんですね」

「それを見せてくれたって、どういうことなんですか?」

 このとき、メニューに書かれているあの言葉を思い出した。

『今よりも幸せな気持ちになりたい貴方に』

 確かに幸せな気持ちを味わえた。一瞬ではあったが。でも、これってもしかしたらヤバイ薬でも入っているのか? まさか、マイさんや人の良さそうなマスターがそんなことを白昼堂々とするわけないし。

 そうこうしていると、カウンター席のお客さんが帰っていった。そこですかさずマスターが俺に声をかけた。

「よかったらこちらにいらっしゃいませんか? ぜひ城次さんとお話ししたいと思いまして」

 俺もマスターに聞きたいことがある。マスターの申し出はありがたい。席を移動し、早速マスターに尋ねてみた。

「このコーヒー、なんか入っているんですか?」

「いえ、何も入ってはいませんよ。でも、このコーヒーはちょっとした魔法がかかっているんです。飲む人が望んでいるものの味がするんです。人によっては、飲んだときにその映像が浮かんで来るみたいです」

 まさか、そんなことが。しかし現実に俺自身にそれが起きているのだから否定はできない。

「じゃぁ、今見たのが俺が望んでいるものだ、ということなのか…」

「城次さんはどんなものが見えたのですか?」

 俺は話すのをためらった。というより、どう表現していいのかがわからなかった。

「城次さん、気持ちよさそうでしたよね」

「えっ、えぇ、まぁ」

 マイさんの言葉に、俺はあいまいな返事。

「ねぇ、どんなふうに気持ちよかったの?」

「そうですね…」

 このとき、俺は飲みかけのコーヒーを何気なく口に運んだ。するとまた同じ衝撃。ピンク色の空気に包まれた後にくるまばゆい光。このときに感じる喜びの気持ち。ここまではさっきと同じだった。今回はさらに人の顔が見えている。誰かはわからない。そこには笑顔がある。その笑顔が一人、また一人と増えている。女性もいるし男性もいる。その笑顔を見て、俺は自分が笑顔になっていることに気づく。あぁ、これが愛か。そこに気づいたとき、現実に戻った。

「城次さん、また気持ちよさそうでしたね。どんなものが見えたんですか?」

「あ、はい、えっとですね…」

 なぜだかマイさんの前では素直になれる。俺は今見たものを正直に話してみた。いや、口の方から勝手にしゃべり出したと言ったほうが正しい。

「なるほど、それが城次さんの欲しいものなんだ」

 これが俺の欲しいもの。ということは、俺は本当の愛を受け入れていないということか。じゃぁ、あのまばゆい光はなんだったのだろう。このことをマイさんに尋ねてみた。それについてはマスターが答えてくれた。

「光を見たとき、ひょっとしたら気持ちが解放されたような感じはしませんでしたか?」

「そうですね、そういわれればそんな感じも。それがどういう意味につながるんですか?」

「前に同じような光景を見たお客さんがいたんですよ。その方は仕事や家庭でいろいろ束縛を感じていて。シェリー・ブレンドを飲んだときにまばゆい光を感じて、同時に何かから解放された気持ちが沸き上がってきたそうです。そのときにもらした言葉が『あぁ、自由になれた』だったんです」

 自由、もう一つ俺の心の中にひっかかっていた言葉だ。

「でも…でも、俺は今自由な身分ですよ。お金も時間も十分ある。仕事も好きなようにできているし。これ以上の自由を俺が欲しがっている、ということになるんですか?」

 すかさず俺はマスターにそう反論。だがマスターはにこりと笑って、俺にこう質問してきた。

「そう思っていながら、まだ満たされない自分がいる。そうじゃないですか?」

 ドキリとした。満たされない自分、確かにその通りだ。だからそのスキマを埋めたくて、毎晩のように遊び歩いている。

「城次さん、何を恐れているの?」

 マイさんの突然の言葉。恐れ? どういうことだ。俺が何かを恐れているのか?

「恐れているだなんて、俺にそんなものはないですよ」

「ううん、なんとなくわかるの。城次さんが心の奥で何かを恐れているのが。失いたくない…だから得ようとしない…もうこれで十分だと自分に言い聞かせている…だから…だから人を心から愛そうとしない…」

 マイさんが独り言のようにつぶやく。その言葉一つ一つが俺にズシリとのしかかる。そんなことはない…そんなことあるはずがない…それを否定すればするほど、自分の心の奥底にあるもう一人の自分が叫ぶ。

「そうだよ、その人の言うとおりなんだよ。お前はそれを認めたくないだけなんだよ」

 おもわず耳をふさぎそうになった。

「城次さん、すいません。マイはときどきこうやってインスピレーションが湧いてくることがあるんです」

 マスターは申し訳なさそうに俺に謝った。

「そういえばマイさんってなんとかセラピーってのをやっているってお聞きしましたけど」

「あぁ、こちらにあるボトルでやるんです。オーラソーマといって、この二色のボトルを使ってカウンセリングのようなことをやるんですよ。そのおかげで直感力が冴えているみたいで」

「これ、俺も受けることはできますか?」

 俺はおそるおそるマイさんに尋ねてみた。

「大丈夫ですよ。今夜なら空いていますから、よかったらどうですか?」

「あ、ありがとうございます」

 なんだかホッとした気分。と同時に、心の平和というのを感じた。あれ、今までこんなこと感じたことがなかったな。俺はいつも前向きに生きてきたつもり。がむしゃらに行動し、なんでも自分のものにしようとしていた。それが自分の生き方、そう信じて疑わなかった。けれどさっき感じたものはなんだったのだろう。一瞬だけど心地よさを感じた。これがひょっとしたら俺の求めていたものなのだろうか。いろんな考えが頭をよぎる。

「じゃぁ一旦出直してきます。夜は何時くらいに伺えばよろしいですか?」

「七時までお店やってますから、それ以降なら。お待ちしていますね」

 俺はそれから一旦事務所へ戻った。といっても、特にやる仕事はない。清水から喫茶店はどうだったかと聞かれたが、あのコーヒーの話をしても信じてもらえるとは思えない。まぁよかったとだけ伝え、ついでに夜マイさんからカラーセラピーを受けることだけを話した。

「ってことは今夜は俺は一人か…じゃぁあの子でも誘ってみるか」

「えっ、あの子って?」

 清水が女の子を誘うとは。珍しいこともあるものだ。清水の言葉には深く突っ込まないようにしておこう。あいつはなかなか色恋沙汰の話がないだけに、こういう場合は自分に関心を持ってもらいたい気持ちがありありと出ている。それにつき合うほどバカじゃない。まぁ幸せなヤツは勝手に幸せにしておくに限る。そうしているうちに日も落ちて、会社に残っているのは俺と清水だけになった。

「じゃぁ俺はそろそろ行くぞ。待ち合わせが七時だからな」

 ルンルン気分の清水。

「あぁ、俺もそろそろ行かなくちゃ」

「あの子のカラーセラピーってのを受けるんだったな。いい答が出ることを期待してるぞ」

「あぁ」

 そうして俺はポルシェに乗り込み、カフェ・シェリーへと足を向けた。着いたのは七時ちょっと過ぎ。ちょうどいい時間か。

「こんばんはー」

カラン、コロン、カラン

 言いながらドアを開けると、昼間の雰囲気とは違うカフェ・シェリーがそこにあった。昼間はジャズが流れ、楽しさを演出する雰囲気。しかし今は幻想的な、神秘的な空気が流れている。

「お待ちしていました。こちらへどうぞ」

 そこには白い衣装に身を包んだマイさんがいた。昼間は活発そうなジーンズ姿だったが、今はまったく別人に見える。俺は促されるままに席に着いた。

「では始めますね。こちらに並んでいる二色のボトルから、気になるものを順に取っていただけますか?」

 俺は言われる通り、気になるボトルを手に取り手元に順番に並べた。

「ではリーディングを始めますね。これらのボトルを取った順番と色には意味があるんです」

 そこから一つずつのボトルに対して、マイさんが質問を交えながら解説をしてくれた。そこでわかったもの。それはこうだった。

「城次さんは今、心の奥で孤独を感じているみたいです。そして、自分では愛だと思っているものが違うことにも気づいている。本当の愛を欲しがっている。でもそれを何かが拒否している。その何か、というのは、自分の見栄。自分はこうでなくてはいけないという、決めつけ。さらにそれが自分を束縛している。それが城次さんの本当の自由を奪っている」

 とまぁそういうことらしい。まったく自覚をしていなかったが、言われてみるとそんな感じがする。俺は自由人でなくてはいけない。そうでなくては俺ではない。いつしかそう思っている自分がいる。そのことをマイさんに話してみた。

「そうだったんですね。私がなんとなく感じていたのはその感覚だったんだ」

「じゃぁ、どうすればいいんですか?」

「四本目のボトルがそれを教えてくれています。このボトルは未来のボトル。城次さんのこれからの可能性を示しているんです。そして選んだのはグリーンとピンクのボトル」

「どんな意味があるんですか?」

「このボトルが教えてくれているのは、城次さんがとらわれているものを手放してみること。自分はこうでなければならない、そういう飾った姿形を取り去ってみること。そうすることで今この瞬間にある愛に気づくことができる。自分は愛されている、そこから本当の自分らしさが見えてくる…」

 自分はこうでなければならない。飾った姿形がある。この言葉は胸にぐさりと突き刺さった。まさにその通りだからだ。俺という人間は自由人で、束縛されたりしてはいけない。その考えが逆に自分を束縛していた。それが本当の自分の自由と、そして愛を奪っていた。けれどその自分を取り去ることはできるのだろうか? このことをマイさんに尋ねてみた。

「それは城次さんの気持ち次第ですよ。やろうと思わなければそれはやれない。やろうと思えば周りの人が協力をしてくれる。ほら、一緒にいた男性…」

「清水ですか?」

「そうそう、あの人はもうそこに踏み込んでいるみたいですよ」

「それ、どういうことですか?」

「ほら、昨日一緒にいた真理恵、ちょっとぽちゃっとした子。清水さんから今日お誘いがあったってさっき連絡がありましたよ」

 なんと、清水が誘ったのはあのおしゃべりのちょいポチャの子だったのか。清水は今まで女性に対して奥手だった。それがこちらから誘うとは、こりゃ結構本気かもしれないな。

「あの方、たぶんこれから愛っていうことに気づいていくと思います。私から言うのもなんなのですけど、真理恵はとても相手を思いやる気持ちが強くて、一緒にいて安心できる子なの。ただおしゃべりなのが玉にきずかな。でも、話をきちんと聴いてくれる相手だったらぴったりなの」

「あ、それだったら清水はバッチリですよ。いつも俺の話を黙ってしっかりと聴いてくれていますから。そして適切なアドバイスをくれるんです。だから俺はあいつを信頼して会社を任せています。そうか、清水がねぇ」

「私も真理恵には協力してあげたいの。だから城次さんも清水さんに協力してあげて欲しいな」

「もちろんですよ」

 話はちょっと横道にそれてしまったが、うれしいことには変わりない。

「城次さん、やろうと思えばこうやって周りの人は協力してくれるんですよ」

「やろうと思えば、か…」

 ここで俺は思い出した。清水が今の仕事を手伝い始めた頃のこと。清水も株をやっていたが俺ほどの才能はなかった。だが清水は俺のことをうらやましく思うどころか、尊敬してくれた。そして清水の方から今の会社を立ち上げることを提案してくれた。あくまでも俺がメイン、清水はサポート役。これで俺は本気で株に打ち込める。そう思って行動を始めて今に至る。これは俺がやろうと思ったことをあいつが手助けしてくれたからこそなし得たことだ。今度は俺がその恩返しをする番だな。

「マイさん、わかりました。今すぐには今までの自分という殻を全て捨て去ることはできないでしょうけど。清水に協力することで何かが見えてくるかもしれない。そんな気がしていますよ」

「うん、そうですよ。こんな言葉があるんです。成功とは助けた人の数である、と。これで清水さんを助けることができたら、城次さんも本当の成功者ですね」

人を助ける。そんなこと今まで一度も考えたことがなかった。けれど、その奥に間違いなく自分の求める愛と自由があることはなぜか確信できた。そう思ったら急にそわそわしてきたぞ。

「清水、うまくやってるかなぁ」

 そうしてマイさんのカラーセラピーが終了。気分はとてもすがすがしい。今は自分より清水のことが気になっている。いつ以来だろう、人のことを心配してやるなんて。

「はい、お疲れ様でした」

 横からマスターがコーヒーを運んできた。

「あれっ、マスターいたんですか」

 これにはちょっとビックリ。まったくその気配を見せなかったからだ。

「隠れていたわけじゃないんですけど。マイのセラピー中はカウンターの奥でゆっくりと本を読むことにしているんですよ。あ、コーヒーはサービスですから。もちろん、シェリー・ブレンドですよ」

「ありがとうございます。どんな自分が見えるのか、楽しみですよ。じゃぁ早速、いただきます」

 俺は期待を込めながらシェリー・ブレンドを口へ運んだ。そして目をつぶる。

 コーヒーなのに甘い味がする。この甘さ…初めてなのに懐かしい感じがする。ずっと昔に味わった…あ、そうか、これが愛ってヤツか。まだ俺が赤ん坊だったころ、母親のおっぱいから受け取ったあの味だ。さらに甘さの次にすーっとした清涼感が広がる。その広がりは遠くまで果てなく続く。これが自由というやつだな。直感的にそれがわかった。今まで思っていた自由とは感じが違う。

「いかがでしたか?」

 マスターの言葉にハッと我に返った。

「はい、今回は映像ではなく味と感覚で自分の欲しい物を感じることができました。マイさん、わかりましたよ。俺が求めていた愛と自由っていうのが。まずは自分の見栄を捨ててみること。これにトライしてみます」

「よかった」

 マイさんはニコリと笑う。俺もそれにつられて笑顔になる。この幸せの輪が広がっていくこと、これが大事なんだろうな。

 そして翌日、俺は早速清水の元へ。

「おい、マイさんから聞いたぞ」

「えっ、いやぁ、まぁそういうことだ」

「で、どうだったんだよ?」

「真理恵さん…あ、あのちょいポチャの彼女のことなんだけどね、結構いい雰囲気になれたよ」

「で、どこまで行ったんだよ?」

「どこまでって、食事して、ちょっとドライブして…」

「バァか、そのどこまでじゃねぇよ。キスの一つくらいしたのか?」

「ばっ、バカいうなよ。まだ食事しただけだよっ」

「おいおい、そんなに慌てるなよ。しかしお前がそんなに奥手だとはなぁ」

「雅樹じゃねぇんだからよ。まぁ女は久々だからなぁ。正直、ビビってるのもあるけどよ」

「じゃぁ俺が手伝ってやるよ」

「えぇ、雅樹が!? なんか裏があるんじゃねぇのか?」

「ばぁか、裏なんてねぇよ。お前にはいつも会社のこと任せっぱなしで世話になってるからな。このくらいのことはさせろよ」

 俺は清水を軽くつついてにやりと笑った。

「ま、おまえの悪巧みに乗ってみるのも悪くねぇか。じゃぁ頼んだぞ」

 なんだか気分がいい。その後の仕事も順調。そんなとき、一本の電話が。

「城次か、おまえ今夜は空いてるか?」

 知り合いの若手社長から夜のお誘い。こういったのはよくあることだ。普通ならここで二つ返事でOKを出すのだが。

「悪いけど今夜はパスさせてもらいますよ。それよりも優先させたいことがありますから」

「なんだ、どっかの女とデートか?」

「いやぁ、たまには自分の生活を見直さないとと思って」

「何をまじめくさったこと言ってるんだよ、お前らしくない」

「ははは」

 笑ってごまかしたがホント、言ってみて自分らしくないと思った。けれどその瞬間、なんとなく心が解放された気持ちになった。俺らしくない、か。それもまた俺なんだよな。どうせだったらもっと俺らしくない俺ってヤツを見つけてみるか。そうしたら本当の、自分らしい俺が見つかるかもしれないな。そう思うことで、新たな気持ちで仕事に向かえる自分に気づいた。


 朝を迎えた。隣にはいつもと同じ顔がある。

「おはよう」

 俺は隣に寝ている顔に軽くキス。あれから三ヶ月が経った。あの後、俺自身に大きな変化があった。

 清水の恋愛を手伝い、さらに自由人であるという枠を取り払い、仕事に遊びに一生懸命全力で取り組んだ。そうして得たのが今隣に寝ている美雪。驚くなかれ、マイさん達と最初に出会ったときにいた、あのメガネのおとなしそうな女の子だ。

 あの頃、俺は外見だけで人を判断していた。清水の恋愛を手伝う過程であらためて美雪と出会い、その聡明さと堅実さ、さらにかわいらしさに気づいた。視点が広がるとはこのことだ。で、今は同棲に近い形で俺のマンションで暮らしている。

 城次もとうとう年貢のおさめ時か、なんて周りには冷やかされたものだが。しかし一人の女性に決めてから、逆に自分には本当の自由が得られた。自由とは本来いるべき場所があってこそなし得るものなのだ、ということがわかった。その本来いるべき場所には愛があふれている。あのカフェ・シェリーで見たあのときの感覚がそのままここにある。

「カフェ・シェリーでモーニング食べようか」

「うん」

 こうして今日も愛と自由にあふれた一日がスタートした。


<愛と自由 完>

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