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1-2

その日、単上は海沿いの道を歩いていた。


「単上さん、今日はどこへ行くんだろうか」


「しかし、見晴らしがよくて素敵なところだなあ」


見渡すと一面に広大な海が広がっている。波が打ち付ける音が心地良い。堤防には釣竿やギターを持って、各人がそれぞれの趣味に打ち込んでいた。赤く染まり出した空も手伝って、ロマンチックな光景だった。日が沈みかける、空色の真っ赤な時間にもなれば、なおさら美しい光景になるのだろうと思った。


「おっと、単上さん、どこかに入っていったぞ」


見上げると高いマンションだった。シーサイドビュー。おそらく8階建てだろう、この辺りでは飛び抜けて高い建物だ。しかし、彼は何をしにこのマンションへ?ちなみに平島の中で、ここが単上の自宅だという選択肢は抜け落ちている。単上をスーパーボッチと慕う平島は、当然のように彼の自宅をも把握しているのだ。


彼を追ってロビーへ。まだ単上はそこにいた。最近のマンションであれば、ロビーのパスコード式の自動ドアは珍しくない。例によって単上も、その自動ドアに足止めを食らっていた。すると、彼は鞄から何やらメモ用紙を取り出した。そしてそれを自動ドアの隙間に差し込んでくねくねと動かす。


(駄目だ単上さん、上に監視カメラのようなものが…)


いや…?そこで平島は気付く。これはフェイクの監視カメラ。録画機能はない。


単上のメモ用紙は活きのいい魚のようにジタバタ跳ね回る。そうこうするうち、ついに自動ドアは単上を受け入れた。彼はにんまりとした表情を浮かべ、第一の関門を突破したのだった。



単上に気付かれぬよう、こっそりと一緒に自動ドアを通過する。彼がエレベーターに入ると、平島は階段から登ることに決めた。1階上がるたび、エレベーターの状況を確認しながら登る。そうやって、二人が最上階である8階にたどり着いたのはほぼ同時だった。


単上は迷いなく、外廊下の端へと向かう。そこには扉があるが、それは部屋に通ずるものではなく、屋上へ行くためのものだった。意図を図りかねながらも彼の行動を見守る。単上は鞄から針金のようなものを出した。そして、数十秒、手元をせわしなく動かすと、ガチャリという小気味よい解除音と共に扉が開く。彼はいっそうのにんまり顔を浮かべ、軽い足取りで階段をのぼっていく。


「それは犯罪だぜ、単上さん」


単上に鍵を閉められたため、得意のパルクールによって屋上にたどり着いた平島。そこから見えるのは燃えるような夕日、そしてその赤に染め上げられた海。下から見た時とは比にならぬ美しさだった。茜色の海と空、そして真っ赤の夕日以外は何も視界に入らない。まるで時間が止まってしまったかのような静謐の中で、単上さんは最大級の、薄気味悪いにんまり顔を浮かべている。確かに素晴らしい光景だが、これを一人で見て純粋に楽しめるかと問われたら、並みの人間では肯定しかねるはずだ。こうあらねばならない、こうあってはならないと互いの行動に目を光らせ、出る杭を打たんとし、また己が打たれぬよう怯える日々を過ごす現代人にはとうてい、こんなことができるはずがない。


赤い光線が、単上の背に黒い影をつくる。彼の喜びはその平坦な影からも伝わってくる。やはり、彼こそは僕たち現代人の希望なのだ。

僕には夢がある。それは、いつの日か世界中の人間が、くだらない何者にも縛られず、自分の人生を生きられる日が来るという夢である。






夕食の時間が近付いていた。彼はおそらく日が沈むまでここにいるだろう。毎日18時には飯を食うと決めている。泣く泣く、僕はロープを伝い地上へと降り立った。

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