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転生したら悪役令嬢になりました。婚約破棄のイベント、早く来い

作者: 和泉杏花

 物心ついた時に不意に思い出した前世と呼ばれる記憶。

 どうして死んだのかは覚えていないが、今の自分の立場が前世でハマっていたゲームの悪役令嬢と呼ばれるものだと気が付いた時、私の胸には歓喜の心が湧きあがった。

 よくあるストーリーのゲームだった。

 剣と魔法の国のファンタジー、魔物との戦いが日常にある中世のような世界。

 主人公であるプルム=グリーディがいじめにも負けずに王子と結ばれ、プルムを陥れようとした悪役である令嬢は婚約破棄の後に一人だけ従者をつれて国を追放されハッピーエンド。

 悪役令嬢の名前はリウム=グリーディ。

 主人公の姉で妹を見下しねちねちといじめ続けていた悪女としてゲームに登場していた。

 そして今の私の名前もリウムで、仲の良くないプルムという妹がおり、ついでに婚約者の王子の名前もゲームのメインキャラと同じだ。

 頭の中でストーリーを思い出しながら、自分好みの紅茶に口をつける。


「リウム様、どうかなさいましたか?」

「ううん、なんでもないの。今日の紅茶も美味しいわ、ありがとうフィロ」


 考え込む私を心配してか横に控えていた執事が声を掛けて来る。

 薄いブルーの髪を耳の横で一つに結び、背筋をピンと伸ばして立つ線の細い青年。

 私の言葉に光栄です、と返してくれる彼の深い青の瞳は隠し切れない歓喜でトロリと蕩けそうに細められている。

 彼の名はフィロ、私が幼い頃奴隷商人から買った私専属の執事。

 今の彼のスマートな立ち振る舞いを見てそんな過去を連想する人間はいないだろうけれど。

 私を相手にした時に使われる品の良い振る舞い。

 この家に来てから叩き込まれ、しっかりと身につけられた敬語。

 けれど陰で私を陥れようとする人間相手に振るわれる暴言と暴力。

 彼は私に後者の自分を隠しているつもりだろうが、私はもうとっくにどちらの彼にも気が付いている。

 そんな二面性を見ても私は自分の傍からフィロを離すつもりは無かった。

 初めて彼を見た時、その海を思わせる青い瞳に釘付けになった事を今でも昨日の事のように思い出せる。

 強烈な一目惚れだった。

 あの初めての出会いで感じた湧き上がる恋心は、未だに消えぬまま私の心に火を灯し続けている。

 ……フィロから送られてくる視線にもまた同じ火が灯っている事に気が付いたのはいつだっただろうか。

 気が付いた時に湧きあがった歓喜、そして一瞬で地の底まで落とされた様な苦しみ。


 今世での私の家柄はかなり良い。

 外交官のような仕事を代々勤めて来た我が家は、王族からの信頼も厚く身分も高い。

 それこそ絶対王政であるこの世界で、王位継承の第一候補である王子との縁談が舞い込むくらいには。

 長女という事もあり、生まれてすぐに私と王子の婚約は成立した。

 王子の正妃となる事が決まってから両親は私を外交の場に連れ出し知識を与え始めた。

 そして、少し成長して知識をある程度身に着けてから自分一人でも他国との交渉をするようになった私。

 ……そこで広い世界を見て気が付いてしまった。

 たくさんの知識を持つ他国の王族に比べて、私の夫となる人の視野はどうしてこんなに狭いのだろうと。

 そう思ってからモヤモヤとはしていたものの記憶が戻るまではそれこそ文句なんて無かった婚約。

 だが、記憶が戻ってからは酷かった。

 ゲームの中ではあれだけ魅力的に見えていた王子は、現実に出てくるとただの世間知らずにしか見えなかったのだ。

 お金の価値も知らず、民の生活も聞いただけで自分で見て判断しようとせず、ただ民を守るのが自分の役目だと高らかに宣言しながら何もしない。

 よく考えれば婚約破棄の件だって、ゲームだったからこそ自分の婚約者をあんな方法で追放なんて出来たんだろう。

 実際あんな追放の仕方をすれば心証が悪くなるのは王子の方だ。

 ゲームでのリウムのプルムへのいじめは一定の範囲の人間にしか知られていない。

 そんな状況で私と婚約をしたまま妹の方とばかり遊び歩いた挙句、人目をはばからず愛を囁くなんて事情を知らない人から見たら何事かと思われるだろう。

 その状態を国民に見せておいて婚約破棄だなんて、自分の立場が悪くなるに決まっている。

 そして今、この現実で私は妹に対していじめなどしていない。

 単純に性格が全く合わず仲が良くないだけだ。

 世間知らずで、甘えたで、少し泣けばみんなが自分に譲ってくれると疑っていない妹。

 見ているとイライラしてしまうのであまり会わないようにしている。

 妹の方も私は自分の言う事を理解してくれない怖い姉だと思っているようなので仲がまったく良くない。

 だがこの事実があっても着々とゲームの通りにストーリーが進んでいっているのも確かだ。

 ゲーム補正とかいう奴だろうか、本来なら味方になってくれそうな国民も、友人も、家族も。

 この国の人達は何故か私が妹をいじめ、陥れようとしていると思っているらしい。

 ……つまり私が待ち焦がれている断罪イベントと呼ばれるものは、もうすぐそこまで迫っているのだ。

 窓の外の庭を、甲高い声で笑いながら腕を組んで歩く妹と我が婚約者殿を見て嘲る様に笑う。

 外交など何も勉強せず自分の欲望のままに生きる妹と、口だけ立派で何もしない理想だけの王子様。

 ずいぶんお似合いの二人じゃないか。

 そんな事を考えて内心笑っている私とは裏腹に、フィロの眉間には皺が寄る。


「あの方は、リウム様の婚約者でありながら……」


 怒りと、自分では決して手に入れる事が出来ないとわかっている私の婚約者という立場への羨望、嫉妬。

 そんなものを含ませた声でフィロが呟く。

 あの世間知らずのお坊ちゃんとは全く違う。

 立場も、常識もしっかりと持って自制する事が出来る人。

 フィロは何かあった時の暴言や暴力も人に悟らせないようにスマートに終わらせる。

 私や自分に不利にならないように、蓋をするべき感情には蓋が出来る人だ。

 だからこそ今のままでは彼が私に思いを告げる事は無いし、私もこのままいけばこの思いに蓋をしてあの男に嫁ぐだろう。

 それがこの身分で生まれ、そしてその身分と言うものに守られて育ってきた私の責任というものだ。

 お互いの強い理性故に、思いが同じでも決して結ばれる事の無い私達の関係。


 だから私は待っているのだ。

 私とフィロの間にある絶対的な身分と言う名の壁が壊れる日を。

 本来なら絶対に自分から手放す事が出来ないこの立場が、あの愚かな男に奪われる日を。

 自分と彼が絶対に結ばれる事が無いと自覚した日から、地の底で這いずっているこの思いが再び浮上できる日を。

 結局私も妹と同じように自分の欲望のままに生きているのかもしれない。


「フィロ、紅茶をもう一杯頂ける?」

「ええ、喜んで」


 フィロが入れてくれた紅茶に口をつけ、ひっそりと笑う。

 早く、早く、私を責め立てに来ればいい。

 もう準備は整った、後はあの男と妹の暴走を待つだけだ。

 私だってタダで追い出されてやるつもりなんて無い。

 自分が心から願っている事とは言え、それはそれ、これはこれ。

 私を追い出し二人祝福されて永遠に幸せに暮らしました、なんて許さない。

 私とフィロが遠くで幸せになった時、貴方達に試練が訪れる様に。

 運命の二人だというなら乗り越えてみればいい。

 幼い頃から評価されずとも積み上げてきた私の功績、私がいなくなることでその基礎と言える物が無くなった時。

 世間を知らず、感情に流されるままその地位を使うという選択肢しか持たない貴方達に何が出来るというのだろうか。


 そう、例えばこの国の近くにある魔物の巣の王との仲介とか。

 例えば隣の国との水場の配分や、輸出入の税金に関する交渉とか。

 自分の身を必死に守りながら私が築いてきた周辺の国との関係。

 ゲーム補正のような物が効くのがこの国だけなのは助かった。

 幼い頃から必死に交渉してきた結果、彼らは私を気に入ったという理由で、ある程度融通を効かせてくれている所がある。

 報告しているはずの両親が何故かその事実を忘れていたとしても、それは私がこの国の外交官の令嬢としてのプライドと命をかけて得た物だ。

 私がいなくなった後、当然の様に自分達も使おうだなんて虫が良すぎる。

 ……もしこの国の国民達が私を慕うなら置いていっただろう。

 もし両親が必死に私を庇うなら置いていっただろう。

 もし妹が、王子が、少しでも申し訳なさそうにしたら置いていっただろう。


「……もし、なんて無いのにね」

「リウム様?」

「なんでもないわ」


 もう彼らの手の届かない所に住む場所も作った。

 普通に生きていれば困る事の無いくらいの資金も自力で作って用意した。

 私の手腕を買ってくれた他国の人達の協力も取り付けてある。

 横に立つ彼を視線だけで見上げれば、少し首を傾けた後に穏やかな笑みが返って来る。

 そんな穏やかな笑みも好きだが、私はフィロが影で見せるあの暴力的な笑みも好きなんだ。


 だからねえ、早く、早く、早く私から奪いに来て。

 フィロが私への理性を捨てることが出来るように。

 あのトロリとした瞳の奥にある激しい愛情を私にちょうだい。

 穏やかさと激しさが入り交じった、私にだけ向けられる笑みが見たい。

 今もこの胸に燃え続けている火を早く彼に伝えたい。

 彼と二人、何者にも邪魔されない日々を早く私にちょうだい。


 断罪の日はすぐそこに。

 フィロ以外の味方のいない空間で、歪んだ笑みを浮かべた妹を背中に庇う男が怒り狂った顔で私に告げる。


「君との婚約は破棄する! この国から出ていけ!」


 口元を扇で隠して、妹以上に歪んだ笑みを浮かべる。

 私を庇うように少し前に立つ愛しい背中。

 声を出さないように必死に笑みを噛み殺す。

 断罪の時間が訪れたのは私か、それとも貴方達か。


 私の目にはずっと渇望して来た幸せな未来へと続く道しか見えないけれど。


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