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101番目の百物語異聞  作者: サイトウケンジマンA
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異聞外話・迷いの森のロア④

 迫り来る闇の気配を警戒しながら、私は思い出していました。


『迷い(ワンダー)の(フォ)(レスト)』。


 様々な童話や物語で語られる、入った者が出ることができない森のことです。

 日本にも『禁足地』と呼ばれる場所があり、その森に入ると出ることができないという噂があるそうです。

 そこでは森そのものが生きていて、生物を取り込んでしまう、という伝承の地。

 おそらくこの『駅』もその『迷いの森』の一種なのでしょう。囚われた者は帰ることができず、そのまま肉体を失ってしまうのです。

 そして、闇と化して次の犠牲者が来るのを待つという……犠牲者の数だけ広がっていく闇の世界そのもの。


 いわばロアの群体により創られた世界。それがこの『迷いの森』です。


 ロアとして発生したものは、単純に帰ることができないという『場所』のロアだったのでしょう。ですが、そこに囚われた人々の思念が折り重なって膨らみ、単なる場所だったものが世界そのものまで広がったということのようです。

 闇は音を立てながら近づいてきています。その中に、犠牲者たちの思念がまざっているように……私には感じられました。


『誰かに助けて欲しい』『誰かに着いていけば帰れる』『だから連れて行ってほしい』


 など。そんな想念だけが残った存在が『彼らの本体』なのです。

 車ごと闇に囚われてしまったアリサさんも、トンネルの壁に触れたせいで闇化してしまったスナオさんも、もしかしたらすぐにでも助けなければ、あちら側の思念のひとつになってしまうのかもしれません。私も、このままではいずれはそうなるのかもしれません。


 自分の手すら見えなくなる暗黒の中。

 私は必死に対抗神話を考えましたが……。

 そもそも、このロアに対抗神話は存在しないのです。

『無事に帰ってきました』というものは解決策になりません。このロアを倒すには、ただ帰ることができるだけでは意味がないのです。

 従って『帰る方法が明確になる』という対抗神話も意味を成しません。ここに迷い込んだら必ずこれをすれば助かる、という方法を語ったとしても……このロアが消滅するには至らないでしょう。

 そして最終手段である『そしてロアは倒されたのです』という対抗神話の帰結も使用できません。何故なら、このロアには明確な倒すべき敵が存在していないからです。


 想念から生まれて、人々を巻き込み、想念のみで構成されるロア。

 無事に帰ることができたとしてもまたいつ飲み込まれるか解りません。

 いつまでも不安が残る物語は、対抗神話としては弱くなり相応しくないのです。


「っ!」


 と、その時。


 スナオさんと繋いでいた方の私の手が黒く変色していることに気付いてしまいました。

 どうやら、侵蝕はもう私の身にも始まっていたようです。或いは、闇の中に入った時には既にこの体に纏わりついていたのかもしれません。

 ……とても焦りました。取り乱したくなるほどに、心がざわめいていました。

 そんなざわめきすらも、まるで闇が覆い隠していくかのように意識が薄らいでいきます。そう、心すらも侵蝕していくかのように。

 私の中心にあるはずの、強い強い気持ちがかろうじて反発しています。

 その兄さんへの想いすらも、この闇は黒く塗り潰してしまおうとしていました。段々と不安や恐怖などの感覚がなくなっていき、このまま身を任せてしまった方が楽になるではないかという誘惑に包まれそうになります。そして、それに抵抗する焦る気持ちもまた、少しずつ、確実に削られていました。


 いつか、この気持ちさえも失ってしまった時。


 私も、この闇の一部になってしまうのかもしれません。


「……い、いや……」


 口から出たのは、小さな悲鳴でした。

 今までずっと我慢していたものがこぼれた瞬間。


「いや……いやあっ!」


 それは堰を切ったように溢れてしまいます。

 アリサさんがいなくなっても取り乱さないようにしていました。

 スナオさんが消えてしまっても毅然としていようとしていました。

 ですが。

 私の心はもう、限界を迎えていたのです。


「いやっ、助けて……!」


 もう、闇は手だけでなく腕全体……肩の辺りまで迫っていました。

 じわじわと、私の心を追い詰めるように。

 絶望を縫い付けるように。

 私はもう、自分が怖いのか焦っているのか苦しいのかつらいのか、全てが混沌として解らなくなってしまいます。

 その中で、唯一芯として残っている気持ち。

 それが……。


「……兄さん……」


 絶対に失いたくないもの。

 兄さんへの気持ちでした。

 それすらも消し去ろうとする闇から逃れるように、私の口からは自然と……。


「兄さん、助けて……兄さん!」


 その存在を呼ぶ声が溢れ出ます。

 

 その瞬間、でした。

 


「もしもし、俺だ。今、理亜(りあ)の後ろにいるぞ」



 そっと。

 優しい温かさが背中を包み込みました。


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