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101番目の百物語異聞  作者: サイトウケンジマンA
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異聞外話・迷いの森のロア③

 線路を歩くうちに、視界はすっかり暗くなっていました。目の前を歩く金髪と銀髪がかろうじて解る程度で、線路の脇には本当に暗黒が広がっています。


『おーい、線路を歩くと危ないぞー』


 背後で老人の声が聞こえて足を止めました。


「あー、そういえば書き込みには『声をかけられて振り向いたら片足のお爺さんだった』みたいな話も載ってたっけな」


 アリサさんが立ち止まって教えてくれます。


「やっつける?」

「別に敵と決まったわけではありません。むしろ親切な言葉なのですから、特に反応することもなく進むとしましょう」

「そうだな、振り向く必要はないだろ」


 振り向いてお礼を言う、ということをしないのはなんとなく嫌な気分でした。ですが、この手の怪談話だと振り向いたせいで付きまとわれるというのはよくある話です。スナオさんの能力で安全圏に隠れることは可能なのですが、だからといってわざわざ危険な可能性に踏み込む必要はないでしょう。


「振り向かずに手だけ振っておくわねっ」

「そうですね、それくらいでいいかもしれません」


 スナオさんが手をぴょこぴょこ振ります。

 それにしても、ここにきて親切な言葉というのが不思議な気分でした。

 このロアの目的が全く見えません。

 かつて兄さんが囚われた『人喰い村』では、村人たちは基本的に親切だったそうです。

 それはいずれ襲いかかるために油断させていたかららしいのですが。その時の話をする兄さんはいつも少し心苦しそうでした。親切にしてくれていた人々を倒さなければならなかった、というのが兄さんを傷つけていたようです。

 今となっては名実ともに『最強の主人公』としてその名を広めている兄さんですが、その心はずっと優しくて温かい、変わらないままのいつもの兄さんでした。


 ……だからこそ、私たちがちゃんとしませんと。


 こんなロアに囚われている場合ではないのです。


「で、もうすぐトンネルが見えてきたわけだが、入っていいんだな?」

「ええ、構いません。行きましょう。何か見えたらすぐに教えてください」

「了解だぜ」

「今のとこ、線路と草と、ちょっと向こうにトンネルの入り口があるだけよー」


 私にはさっぱり何も見えませんが、ロアであるアリサさんとスナオさんの目にはきちんと暗闇の先が見えているようでした。身体能力も、五感もロアやハーフロアの方が優れています。また、兄さんのように『主人公のロア』としての力を完全に受け入れた方はハーフロアとして力が強くなっているそうです。

 ですが、私はまだ人間のままでした。いつでも『主人公のロア』となって、より強い力を手に入れることもできるのですが……。なんでも、それをすると外見年齢がその時の姿で固定する可能性があるそうです。

 できれば、もう少し育ってから固定したいので。私はまだ先送りにしていました。

 なんせ、兄さんの周りには恐ろしいほどスタイルがいい人だらけなのです。匹敵することは難しいまでも、ある程度は張り合えるくらいにはなりたい。そう思ってしまう乙女心というものでした。


「リア、すんごい落ち着いてるわね? 今回の敵って結構たいへんなんじゃないの?」

「大変なロアだとは思いますが、ここで冷静さを欠いてしまうと討伐が難しくなってしまうでしょう?」

「ん、それもそうね。リーダーシップを期待してるわね、わたしのリアっ!」


 スナオさんが嬉しそうに体を寄せてきたので、私はその頭を撫でました。

 私が落ち着いていられるのは、兄さんに恥じない妹であり続けるためです。

 心の中心に兄さんがいる限り、私は不覚を取ることはないでしょう。


「ってなわけで、トンネルの前まで来たが……中身はさっぱりだ」

「そうねー。わたしの目でも真っ暗で何も見えないわ」

「真の闇、ということですか」


 私は顎に手を当てて考え込みます。

 このまま進むべきなのか、それとも引き返すべきなのか。

 決断できるとしたら今だけでしょう。


「手を繋いで中に入るとしましょう」

「あいよ。リアを真ん中にすればいいんだな?」

「はい、宜しくお願いします」


 私の左手をアリサさんが、右手をスナオさんが握ってくれました。

 これから、おそらく敵も本格的に仕掛けてくるはずです。

 そんな時、敵の正体が解らない私は無力です。

 私の能力である『千の夜話』は最強の攻撃力を持つ代わりに、私自身がただの人間であるという最大の弱点があります。

 だからこそ、二人は私をしっかりと守ってくれました。

 そして、三人で横並びになってトンネルの中へと入ります。

 冷やりとした空気が流れてきて、向こう側に通じているというのは確かなようでした。

 真っ暗な闇が、まるで生きているかのように纏わりつくような嫌な気分になります。闇に質量はないはずですが、ぬるりとした嫌な空気を感じていました。


「しかし、これだけ広大なロアの世界ともなると、どんな倒し方がいいんだろうなー」


 アリサさんがのんきな口調で話しかけてきます。


「本体がいて、そいつをゴチーン! ってやっつけるってのは?」


 スナオさんの方からはブンッと手を振ったような気配がしました。


「その本体ってのがどれなのか、って話だよな。ロアってのは都市伝説が実体化したものなはずなんだが、今のとこ駅でも列車でもなかったわけだろ。むしろ、こうして歩いている線路だってこいつのロアの一部かもしれないわけだ」

「じゃあ、いっそそこら辺の壁をドカーン! って壊せば苦しんだりしないかしら?」

「ハハッ、なるほど。スナオはシンプルでいいなー」


 この世界そのものがロアである、という考え。

 それは納得できるものでありながら、恐ろしいものでもありました。

 世界そのものを消し去る対抗神話をすぐに創り上げるなんてできるのでしょうか。


「さっき話しかけてきたお爺さんっぽい声が本体ってのは?」

「親切な言葉だったからなあー。善良な魔女である私としては殴るのは良心が痛むぜ」

「トンネル抜けて何もなかったらヤッちゃう?」

「ま、それもひとつの手かもしれん」


 あっさりと良心の痛みも気にしない手のひら返しっぷりは流石だと思います。そんな二人の会話に耳を傾けながら、私はどれだけ歩いたのかを考えていました。

 反響する声からして、結構歩いたとは思うのですが……。

 トンネルは中々抜けることができません。

 向かう先も真っ暗で、振り向いて見ても真っ暗です。

 自分が闇に取り込まれたような気持ちになって、少しだけ身震いしてしまいました。


「確かトンネルを抜けると、車が停まってて、そこにはやっぱり親切な人がいるって話だったはずだ」

「そういえばさっきもそんなこと言ってたわね。そいつが本体ならヤッちゃう?」

 スナオさんは早く倒したくて仕方ないようです。

「まあ、手当たり次第でもいいかもしれないもんな、いっそ」


 アリサさんも考えることを放棄したのか、乗り気になっていました。

 と、その時です。

 

 ドンドン……シャンシャン……。

 

 遠くの方、今向かっている方から何やら音が聞こえてきました。


「なあに、あの音?」

「んー……私の記憶によると、山の方から聞こえてくる祭りばやしの音らしい。太鼓とか鈴とかそういうヤツだな」

「やっぱりファンキーなロアなのね」

「実際に祭りをやっているのか、別の何かの音なのかは解らないけどな。私の知ってるクリーチャーは、鳴き声とか動く時の音が鈴っぽかったりすることもあるくらいだし」

「へえ! クリーチャーとか呼べるの、アリサ!」

「いや、私は無理だ。ニトゥレスト辺りはなんかいっぱい呼んでたな、そういや」

「あいつはあいつでチートよねっ」


 ニトゥレストこと、仁藤(にとう)キリカさんの話をする時は何故か二人とも不機嫌そうになります。彼女は魔女と呼ばれるロアの中でも、かなり危険な存在である『ロア喰い』。だからこそ、ほとんどのロアには信用されていません。

 兄さんも最初は食べられるところだったらしいのですが、なんだか上手いこと口説いて、今はすっかりべた惚れされているとか。

 でも、彼女の持つ知識や力は大変役立つものばかりなので、兄さんにとってはなくてはならない人なのも確かです。少し、悔しいですが。


「お、風が近くなってきた。そろそろ外っぽいな」

「んー……ほんとだ。ちょっと外っぽいの見えてきたわね」


 私にはまだ何も感じることはできませんが、どうやらトンネルの中は何事もなく終わってくれるようでした。

 この暗黒の中で襲い掛かられていれば、私たちは身動きが取りづらかったはずです。敵が攻撃の意志を持っているのなら、今のタイミングが比較的簡単に倒せる状態だったでしょう。それなのに敵は、一切の攻撃をしてきませんでした。

 駅に到着してからの選択肢の広さといい、線路に降りた時の老人の声といい、なんだか遊ばれているような気すらしてきます。


「トンネル、出たわー!」


 ヒュオッ、と横風が吹いてきました。

 私にもうっすら見えるくらい、線路や草が目に入ります。

 空はどんよりと曇っているのか真っ暗なので、僅かな光はどこから発せられているのでしょうか。


「リア、大丈夫か? なんなら、私がビームでも撃ちまくって光らせてもいいが?」

「そうですね、いざという時はそれでお願いします」


 視界が悪いというのはとても精神的なストレスになっていました。少し頭がくらくらするのも、そのせいかもしれません。長く闇の中にいたせいか、感覚が狂っているような不快感に襲われています。

 アリサさんのロア能力で辺りを攻撃すれば、確かに一時的な光は生み出せるはずなので、いざという時はそれをお願いすることにしましょう。

 と、そんなことを考えている時でした。

 

 カッ!

 

「うひゃっ!」「うおっ」


 いきなり強い光が私たちを照らして、目が眩みました。

 手をかざしながら見てみると、それはどうやら車のヘッドライトだったようです。

 アリサさんが言っていた『車と親切な人』の登場でしょうか。


「おーい、大丈夫かいっ」


 そんな男性の声が聞こえてきます。

 声音からして中年男性でしょうか。よく見れば、いかにも人当たりの良さそうなおじさんがこちらに手を振っています。


「どうする? ヤッちゃう?」

「本体と決まったわけでもありませんし、まだ情報が少ないので待機です」


 スナオさんをたしなめながら、私たちはその車と男性に近付きました。


「こんな所を歩いているなんて、列車が停まって困っているのかい? 良ければ近くの駅まで送るよ。そこにならビジネスホテルも交番もあるはずさ」


 何も尋ねていないのに、いきなりそんなことを言われて面食らってしまいました。

 用意されたかのような台詞の違和感を、彼は全く気にしている様子はありません。ここに迷い込んだ一般人にしてみれば、こうして気さくに話しかけてくれるだけで嬉しくなってしまい、信用するということなのでしょうか? 落ち着いている私たちにしてみれば、これはもう罠にしか思えないというのに。


「なんだ、車に乗せて貰えるのかい?」


 そんな相手に対しても、アリサさんは平然と話しかけていました。彼女の豪胆さのようなものが時折、とても羨ましくなります。


「もちろんだよ、乗りなさい。送っていこう」


 柔和な笑顔で言われましたが、やっぱりそこには違和感しかありません。

 いきなり光で照らしたことといい、用意された台詞を口にしたことといい、すぐに車に載せようという動きといい。これではまるでゲームに設定されたNPCのようです。

 たとえば彼は『ここは○○の村です』と言うためだけに存在しているかのような、舞台装置なのではないでしょうか。

 いずれにせよ、明らかにこの彼がロアの本体とは思えません。

 だとすると、このまま車に乗っていけば本体に辿り着くのでしょうか?


「どうするよ、リア?」

「今のところ、他に進む道はないように思えます」

「同感だが、これが既に攻撃を仕掛けられているってのも充分に考えられるからな。よし、スナオ。リアのことは任せたぜ」


 アリサさんは言うが早いか、私の手を離して助手席のドアに手をかけました。


「さあさあ、乗っておくれ」


 男性も、さっさと運転席のドアを開けて中に入っています。


「アリサさん?」

「虎穴に入らずんばなんとやら。まず私が車に乗って確かめてみるさ」


 言いながら、アリサさんも助手席に座りました。

 と、その瞬間。


「っ!」


 いきなり、車全体が真っ黒に塗り潰されたかと思うと、そのまま周囲の闇に溶け込むように……車も、男性も、アリサさんもいなくなってしまいました。


「アリサさんっ」

「うわ、ほんとに攫われちゃったわ、アリサっ!」


 スナオさんがぎゅっと私の手を強く握ってくれています。

 それは本当に、一瞬の出来事でした。

 まるで周囲の闇が一気に車に襲いかかったようにすら見えました。

 ……闇?


「もしかして、スナオさん。この敵の本体は……」


 そう言ってスナオさんを振り向くと。


「え、なに、リア。よく聞こえない……」

「っ、スナオさん!」


 スナオさんの顔の半分が、既に真っ黒に塗り潰されたかのように、闇に侵蝕されていました。いつの間にか、というのが正しいでしょう。


「あ、リアの顔からして……わたし、さては攻撃を受けてるのね」


 片目から頬にかけてが真っ暗闇に飲み込まれているというのに、スナオさんはいつもの笑顔で強気に状況を確認しています。


「なんとなく右目が見えないなー、右耳が聞こえないなー、と思ってたのよ、トンネルの中で。あれって、トンネルの壁にわたしがこっそり触ってたからなのね」


 ぱっ、とスナオさんも私の手を離してしまいました。

 その白い手が、みるみるうちに黒く変色していきます。

 そう、まるで周囲の闇に同化していくかのように。


「痛みも苦しさもない、そんな攻撃よリア。ごめんね、守れなくて。でも、リアならわたしたちを助けてくれるって信じてるわ!」

「スナオさんっ!」


 私が触れようとすると、スナオさんはササッと身を翻してしまいます。

 そうしているうちにその体はどんどん闇に侵蝕されていきました。


「んじゃ、またあとでね、リアっ」


 精一杯の強がりを見せて。

 スナオさんもまた、闇の中に消えてしまいました。


「アリサさん、スナオさん……」


 一瞬で二人もいなくなってしまい、私は途方に暮れてしまいます。

 

 ドンドン……シャンシャン……。

 

 祭りばやしの音がどんどん近付いているようにも思えました。

 ここで私まで呆然として敵の手に落ちるわけにもいきません。

 今のところ、ヒントになるのはこの『音』と『闇』。

 私はこの場でアリサさんとスナオさんを探すべきなのか、それとも先に進んでみるのか、戻ってみるのかを……一人で決めなくてはなりません。

 元々、この場に迷い込むのは一人なのでしょう。

 今までは二人がいたから、強い気持ちでいることができました。

 

 ドンドン、シャンシャンッ。

 

 その音が、更に近づいてきました。

 辺りを見回しても闇ばかり。その中にこの音を鳴らす何かが潜んでいるということなのでしょうか?


「っ……もしかして」


 そこまで考えてから私はハンカチを取り出し、そのまま音のする方に投げてみました。

 すると。

 ハンカチはさっきのスナオさんのように真っ黒に塗り潰され、消滅してしまいます。

 闇の中に何かがいるというよりは。

『闇そのもの』が敵ということかもしれません。

 つまり……。


「この場所、この世界、この空気……全てが、ロア……?」


 その途方もない可能性に気付いてしまった私は、息をするのも忘れたかのようにその場に立ち尽くしてしまいました。

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