098 校長先生、語る
代表戦の棄権
選ばれてもいないのに何言ってんの、と自分でも思うが、
選手発表が済んでから願い出ても混乱を招くだけなので事前に願い出た。
結果、学校側から承諾を貰えた。
これで後顧の憂いなく、期末試験に臨める。
その先はない。
大人しく代表戦を観戦する予定だ。
「……」
何となく落胆している自分がいる。
代表戦に出たかったという気持ちはあるが、リスクが高いので回避するしかない。
開始位置が相手に近いと、俺の場合、魔法の早撃ちを披露する事になる。
この早撃ちが問題だ。
何秒で魔法を発動できるのか。
その発動時間を、他人に、しかも敵対者に露見した場合
致命的な状況に追い込まれるリスクがある。
自分の核心的なスペックは晒さない。
これが魔法使いの基本のきだ。
それに前期の代表戦で優勝したから、もういいやという気持ちもあるので
規則改定を行った学校側に対しても、そこまで怒りの感情はない。
なので、校長自ら謝罪する必要はないんですよ、校長先生。
俺は対面に座る校長に内心で告げる。
「君には申し訳ない事をしたと思っているよ、カイル君」
何度目かの謝罪の言葉を口にする校長。
俺が、今こうして校長室で謝罪を受けているのは、学校が終わりに校長に呼び止められたからだ。
マイケル・ワイマン
ガジャ魔法学校の校長
始業式や終業式などイベントの時位しかその声を聞く事はないが、
威厳と勢いのある声の持ち主という印象だった。
しかし、二人っきりで会話してみると、時折呂律が回らない時がある。
年相応におじいちゃんという事か。
そう思って見ると、校長の白髪も元気が無いように見える。
「三科目のバランスを保つためには、あれが一番穏当な方法だった。
代表戦で役に立たない科目は、どうしても生徒達の学習意欲が低下してしまう。
だが、剣術も格闘術も軽視してよい技術ではないんだ。
だから、代表戦で活躍の時を用意する必要があった。
そのために、カイル君の活躍の場を奪ってしまった事は心苦しく思っている」
校長の独白。
「校長先生、お気になさらないで下さい。
今回の規則改定は、適切な対応だったと僕も思います。
僕も剣術、格闘術の授業が弛緩した雰囲気になるのは望んではいませんから」
俺は笑って校長の後悔を受け流す。
校長が俺をまじまじと見つめる。
「カイル君は、その二つの科目に熱心に取り組んでいると聞いている」
なぜ? という校長の視線。
校長なら、二科目とも俺の成績が悪い事を把握しているだろう。
それでも頑張る理由を知りたいという事か。
俺は素直に答える。
「どちらも必要な技術だと思っているからです。
それに強くなるには、自分より強い相手と練習するのが一番ですから、
そういう意味では、この学校は実力向上に持って来いの場所ですよ」
「不得手な科目にも前向きに取り組む。
まさに、理想の生徒だな」
しみじみと頷く校長。
やはり、俺の成績は知っていたようだ。
「ははは、恐縮です」
そんな褒めても何も出ませんよ、校長。
「向上心のある君なら、赤竜の魔眼対策にも取り組んでいるはず。
進捗はどうかね?」
う、まさか校長までも気に掛けていたとは。
予想外の問い掛けに、俺は動揺する。
「し、進捗は芳しくないです」
何もお出しできなくて申し訳ない。
「すまない。気にしないでくれ。
一朝一夕で出来る技術ではない事は、私も重々承知している」
校長の言う赤竜の魔眼対策
『全心観体』
意識を精神の内に留め、肉体を操作する技術。
この技術があれば、赤竜の魔法封じに対抗できる。
これ、めちゃムズイ。
全然出来る気がしない。
校長が一歩引いてくれて助かった。
「君が彼女の孫とあっては、どうしても期待してしまう。
すまないね」
校長が苦笑いする。
口振りからして、何か思うところがあるようだ。
年齢は、デイムより校長の方が上のはずだ。
であれば、年下のデイムの活躍を見聞きしてきた世代だ。
「期待して頂ける事は、大変光栄な事ですが、
僕と祖母は別の人間です。
精進は続けますが、祖母と同じ領域に辿り着けるかどうかは現状分かりませんし、自信もありません」
「そうか。
カイル君にとっても彼女は遠い存在か」
校長が目を細める。
「校長先生にとっても、そうなんですか?」
「ああ、そうだね。
知っているかな、彼女は私の教え子だったんだよ。
学生の頃から優秀だった。
同学年の王女殿下に気に入られて、卒業後、その王女殿下の近衛騎士になってしまった」
校長が、当時を思い出し忍び笑いをする。
近衛騎士って出世街道ど真ん中だよな。
さすが、デイムさん。
「その後は、皆知っている。
赤竜討伐。
そしてフット領領主だ」
楽しそうに語る校長。
「当時は信じられなかった、赤竜を倒すなんて!
しかも自分の教え子がだ。
だが、王都に赤竜の死骸が運び込まれて来たのを見て、信じるしかなかった。
私は直ぐに国王陛下に彼女を教職に就けて頂けるように願い出た」
へぇ、そんな過去があったんだ。
もし校長の願いが叶っていたら、今まさにデイムが先生していたんだな。
校長が、ため息を一つ吐く。
「まあ、聞き届けて下さらなかったけどね」
苦笑する校長。
「それは残念でしたね」
相槌を打つ俺。
「先程の赤竜対策、『全心観体』。
私も彼女に教わったが、結局会得する事が出来なかった。
彼女が見ている景色、
魔法学校の校長を務めながら、その魔法の高みからの景色を、私は見る事は出来なかった」
校長の表情が曇る。
立場があるからこその苦悩。
かくあるべしという責任感が、校長を苦しめているのだろうか。
ふと思い出す。
「アトリー先生は、そこまで深刻に悩んでいなかったように見えましたが」
アトリーは、自分は無理だったので生徒の皆さんに期待しますというスタンスだった。
彼女も悔しがっていたが、校長のような深刻さは感じられなかった。
「アトリー先生には、出来なくても気に病むなと伝えている。
校長が出来ないのだ。一教師が出来なくても誰も責めたりしない」
校長が軽く笑う。
それは、校長が非難の的になるという事ではないのか?
口には出さなかったが、そういう事なのだと思う。
出来ないものは仕方がない。
俺はそう思うが、それでは済まない立場の人間もいる。
そういう人間がどこに対策を要請するかといえば、専門家だ。
魔法の事なら、ガジャ魔法学校。
おそらく長い年月、要請し続けているはずだ。
そして、ガジャ魔法学校はその要請に応える事が出来ていない。
校長は、教師の盾として矢面に立ち続けてきたのだろう。
やはりこの校長、責任感が強すぎるのではないかと心配になる。
俺が『全心観体』を会得します、と宣言できれば良いのだが、見得を切るほど自信はない。
力不足で申し訳ない。
今、俺が言える事は、
「校長先生は、立派な校長先生です」
称賛の言葉だけだ。
「有難う、カイル君」
校長は苦笑しながら俺の言葉を受け止めてくれた。




