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096 連絡騎士のエリック

蒼穹寮には、同じ敷地内に寮生の従者が生活するための別棟が存在する。


俺は、その一部屋をカイル・フット名義で借りている。

普段使わない部屋だが、フット家からの使者が来た時には、その使者の寝泊り用に使用している。


質素な部屋だ。

ベット、机、イス、タンス、最低限の家具しかない。


「……ごめんね」


俺は謝罪の言葉を口にする。


「いえ、全然。

私は気にしておりませんから」


恐縮したように首を横に振る若い男。


エリック

フット騎士団所属で、俺と年が近いと言う理由から連絡係に任命された平民の青年。


俺がイスを使っているため、エリックはベットに腰掛けている。

背筋を伸ばし折り目正しく座っている。


「……」


俺との身分差を気にしてか、いつまで経っても他人行儀な態度を崩さないエリック。

俺が学術都市に来てからもうすぐ一年、エリックも定期的に俺の様子を見に来るので、エリックとの付き合いも、もうすぐ一年になる。


「……」


エリックは、肩に力を入れたまま俺の言葉を待っている。


この態度をどうにかしたい。


妙な緊張感のある俺達の間に、甘く清々しい香りが流れ込んでくる。

その香りの出処は、部屋の隅に積み上げられた木箱の中だ。

この中のリンゴから芳香が放出されている。


寒いけど換気しよ。


俺はイスから立ち上がって窓を開ける。

甘い香りが抜けていき、替わりに冷たい空気が入ってくる。


「商売って難しいよね」


俺は、積まれた木箱を見つめつつ、エリックに話し掛ける。


「毎日、完売すればいいんだけど、そういうわけにもいかなくて、

露店市が閉まれば、余ったリンゴは持ち帰らなければいけないんだ。

はじめは、ノーラ達も村に持ち帰っていたんだけど、

次の日また持って来るのは二度手間だから、この部屋を倉庫代わりに提供する事にしたんだ」


無駄な仕事が無くなる事は良い事だ。

実際、ノーラ達も喜んでいた。


余ったリンゴの一時保管、翌日には露店に並べ、この部屋は元の空部屋へと戻る。


……最初の頃はそうだった。

何時の頃から、ノーラ達は村から多めにリンゴを運んで来てこの部屋に保管するようになった。

リンゴが大売れした時、素早く補充するためには、

近場に在庫を確保していなければならないという彼女達の発言も理解できたので容認した。


容認したが、

最近では、手ぶらでやって来て、ここでリンゴを積み露店市へと出向く日も珍しくなくなってきた。


「遠慮を知らない女達だ」


山積みのリンゴを見て、ため息を吐く。


「それは、カイル様が寛大だからですよ」


硬い表情ながら口元に笑みを浮かべるエリック。


「なめられているって事?

やっぱり厳しくした方がいいの?」


軽く動揺する俺。


従業員のマネジメントなんて俺には出来ない。

飴と鞭、特に鞭は無理だ。

加減が分からない。


「いえいえ、それには及びません。

彼女達はカイル様に甘えているだけです」


「違いが分からないんだが?」


「それは、カイル様のご意向に沿っているか否かで

判断できると思いますが、これ位なら可愛いものですよ」


ふふふ、と山積みのリンゴを見て笑うエリック。


「そうかな?」


半信半疑のまま尋ねる俺。


「確かに、度を越した場合は叱る必要があると思いますが、

今は、カイル様の言い付け通り倉庫として使用しているのです。

少し位の横着は、見逃してもらえると下の者は働きやすくなります」


同じ平民としてノーラ達に共感を覚えているのだろう。

彼女達を想うエリックの表情はとても穏やかだ。


部屋が狭くなって困る当人がこう言っているのだ。


「そうか。

なら、そうしよう」


野暮は言うまい。

俺はエリックの進言を受け入れた。


「カイル様、有難うございます」


他人事なのに、エリックが嬉しそうに頭を下げる。


これでいいのだ。

これで、エリックとの心の距離も縮まった気がする。


だから、野暮は言うまい。

エリック、お前も横着したいのか? と。

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