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095 アルバーン伯爵家のクリス

ブロウ獣王国の件は気になるが、俺の本業は学業。

そのため、今日も今日とて魔法学校で汗を流す。


紅葉に囲まれた訓練場で、俺達は格闘術の組手をしている。


期末試験、そして、一年生最後の学年代表戦が目前に迫り

皆、好成績を収めるべく授業に熱を入れている。


クリス・アルバーン


俺の組手相手。

普段の授業では一緒に練習する事はないが、今日は珍しくクリスの方から声を掛けて来た。


代表戦を見据え、前期優勝者の俺の実力を把握しておきたいのだろう。

断る理由はない。

前期優勝者の責務として胸を貸してやろう。


「ぐふ」


胸に良いパンチを貰ってしまった。

裸拳は痛い。


顔面ありの組手のために、頭を優先して防御している。

そのため、胴体を狙われやすい。


「大丈夫、カイル君?」


クリスが声を掛けてきた。


クリスのカールした癖っ毛がみょんと跳ねる。


「これ位なら大丈夫です。

気にしないで下さい」


痛いのは痛いが、これ位で怯んでいては実戦なんて戦えない。

俺は強がって答える。


「これでも手加減しているんだけど、難しいね」


クリスが上手く出来なかった自分に落胆して溜息を吐く。


「それは僕のせいなので。

物足りないようでしたら、どなたかと交代しましょうか?」


肉体強化魔法が使用できない俺はサンドバック以下の存在だ。

その自覚があるため相手交代を勧めてみる。


「いやいや、それには及ばないよ。

今日はカイル君とお喋りしたくて、組手に誘ったんだから」


クリスが断る。


「お喋りですか?

それでは練習にならないと思いますが」


「ふふ、真面目だなぁ。

そこそこでいいでしょ、強さなんて」


クリスが薄く笑う。


「そうですか?」


同意しかねる。

そんな思いを込めて左ジャブを放つ。


「僕達は、人に指示を与える立場だよ?

戦闘が必要なら、強い者にお願いすればいい。

自分が強者である必要はないんだ」


俺の左拳を軽々と叩き落とすクリス。


クリスの実家アルバーン家は伯爵家だ。

領地経営は沢山の人の働きによって維持されている。

そんな人々にどう働くのか具体的な内容を指示する事が伯爵家の仕事だ。


クリスは為政者の立場から、強者の在り処を語っている。


「強いに越したことはないと思いますが?」


「それはそうだ。否定はしないよ。

だから僕も、僕なりに授業は真面目に受けているつもりさ」


クリスが顔面狙いの左ジャブを放つ。


「! ……それで、

そこそこですか?」


俺は上体を振って、何とか躱す。


「仕方ないよ。上には上がいるんだから。

どう頑張っても結果的に、そこそこの成績になってしまう。

でも気落ちしたりしないよ。

僕は自分の分ってやつを弁えているつもりだから」


またしても左ジャブを放つクリス。


クリスは、本人が言うように、どの科目でも目立った成績を残していない。

授業中に目立つような生徒でもなく、落ちこぼれと馬鹿にされるような生徒でもない。

いたって普通の生徒だ。


俺的には、もっとガツガツ上を目指して頑張って欲しいと思うが、

本人が納得しているのなら余計な口出しは控えておこう。


「僕を倒すために僕の実力を測りに来たのだと思っていました」


俺は見当違いをしていたようだ。


「まさか。

魔法ありの代表戦でカイル君に勝てるわけないだろ」


俺の言葉を笑い飛ばすクリス。

そして、さらに左ジャブを繰り出す。


俺は上体を振って躱す。


「格闘術や剣術なら簡単に勝つ事は出来るけど、

そんなの自慢にもならない」


そう言って左ジャブのテンポを上げるクリス。

俺は上体を振って躱し続ける。


「ぐふ」


足が止まっていた俺の腹部に、クリスの右拳がめり込んだ。


痛い。

前屈みになる俺。


「でも、こうやって拳が届くから

勝てると勘違いしてしまう者が出てくるんだろうねぇ」


俺を見下ろしながら無感動に呟くクリス。


「はぁ……はぁ」


苦痛に耐えながら、俺は両拳を上げファイティングポーズをとる。


「カイル君も頑張るよね?

少しばかり技術力を身に付けても、

肉体強化が出来ない以上、他の生徒には絶対勝てないのに真面目にコツコツ練習している。

それ、無駄な努力だとは思わないの?」


冷めた視線を向けてくるクリス。


「確かに、接近戦では勝てないでしょう。

でもこうやって訓練を重ねて、相手の目線の動き、足の運び、呼吸、攻撃するタイミングを学習していけば、一撃くらい回避する事が出来るようになると思うんですよ」


俺は強気に笑ってみせる。


「一撃ねぇ」


そう言ったクリスが、次の瞬間、左ジャブを放った。

ただ速いだけの拳。

俺は回避できず、両腕で防御した。


防御した腕が痺れる。


「これでも手加減しているんだよ?

避けられそうかい?」


クリスが平坦な声音で挑発する。


俺は、クリスの左拳に意識を集中させる。

今度こそ、避ける!


俺の決意を察したのか、クリスが無言で左ジャブを放つ。

上体を振って回避しようとするが、振る前に被弾する。

回避が間に合わない。


さらに被弾が増えていく。


腕が痛い。


防戦一方。

これ以上、ダメージを貰うわけにはいかない。

俺は一歩後退した。


「そうだよね?

距離をとるのが正解だよね?

それが正しい選択だよ、カイル君。

それが君の正しい立ち位置だ」


クリスが、嬉しそうに言い放つ。


確かに、距離を取って戦うのが俺の戦闘スタイルだ。

だが、それが何だと言うんだ?


「クリスさん、何が言いたいのですか?」


「何だろうねぇ?

無駄な努力だと分かってもらいたいのかな。

ああ、もちろんカイル君を馬鹿にする気持ちは毛頭ないよ。

人間、長短あるものだ。

その自分の長短を認め、それ相応に振舞うのが、人の一番美しい在り方だと

僕は思っている」


自信があるのか、クリスは俺を真っ直ぐ見つめている。


だから何なの? というのが俺の本音だ。

それがクリスの言う、分を弁えるって事なのかもしれないが、

無駄と分かっていても足掻く権利くらいはあるはずだ。


俺はじっとクリスを見る。


「納得出来ていないようだね。

そうやって余計な事をしようとするから、周りに迷惑をかける事になるんだよ」


呆れたように溜息を吐くクリス。


迷惑?

俺が格闘術を練習するのが、周りの迷惑になる?


今は格闘術の授業中だし、この組手もクリスが誘って実施しているものだ。

クリスの発言は、意味が分からない。


「何の話ですか?」


ちょっときつめに言い返す。


「君達フット家の行動規範、いや、性格かな。

自分が信じた正義は曲げない。

そのため他人の意見は無視する。

そういう独善的な振る舞いが、周りに迷惑を掛けているという話さ」


蔑んだ目を向けるクリス。


俺ではなく、フット家への中傷。

であるのなら、対応を改めなければならない。


「フット家が、何かご迷惑をお掛けしたでしょうか?」


「ふふふ、とぼけないでくれよ。

分かっているだろ?

獣人さ。

フット伯爵は、宮廷魔法士という立場を利用して獣人を保護している。

保護に反対する多くの貴族の声を無視してだ。

どうして、そんな傲慢な振る舞いが出来るんだ?」


クリスが一歩踏み込んで左ジャブを放つ。


俺も一歩後退して、クリスの側面に回り込もうと足を動かす。


「正しいと判断したからです!」


「正しくないよ。

正しければ、反対の声は上がらない!」


クリスの左拳が俺の肩をかする。


「どうして、フット伯爵は政治素人なのに、政治に長けた先輩貴族の言う事を聞かないんだい?」


「祖母も政治には長けていますので」


言い返す俺。


「貴族になって四十年足らず、まだ教えを乞う立場だよ」


クリスが一歩踏み込んで左ジャブを放つ。

踏み込むスピードが速くなっている。


これで、まだまだ手加減しているのだから質が悪い。

表面上は冷静に見えるが、いつ不満が爆発するか分からない。


言い返すのも命懸けだ。

冷や汗が止まらない。


クリスはデイムの獣人保護政策が気に入らないらしい。

そして、その政策を撤回しないデイム本人も。

これは、クリスだけでなく西側貴族の総意なのだろう。


エンマイア王国は、西から東に向かって国土を拡げてきた。

貴族も西から東へと封ぜられ、その結果現在、西には名門、古参貴族が多く存在し、

東には弱小、新興貴族が多く存在する。


アルバーン伯爵家は西側貴族だ。

西側貴族は、その歴史の分だけ王国を支えて来たという自負がある。

王に上申し、国を動かしてきた実績がある。

国を動かすのは我らである、という誇りがある。


そんな西側貴族の意見を無視して、好き勝手にやっているデイムが目障りなのだろう。

クリスを使って、孫のカイルに文句を言いに来る位だ。

かなりの不満が溜まっているようだ。


「もうじき冬が来ます。

今年は、祖母も王都に出向きます。

政治談議はその時になさってはいかがですか?」


俺はデイムの予定を教える。

王都に行くのは決定事項なので、教えても問題はない。


クリスが動きを止めた。


「へぇ、それは良い事を聞いた。

自領に引きこもって、なかなかお顔をお見せにならない伯爵が王都にいらっしゃるとは。

皆様、伯爵とお会いできる事をお喜びになられるでしょう」


クリスは満足そうに微笑む。


冬の王都は、敵地なのではないのか?

俺は、クリスの笑みを見て、そう思ってしまった。

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