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094 王子の爪痕

ジルが学術都市を去ってから、魔法学校内でも彼らの噂がじわじわと広まっていった。


秋も深まりすっかり肌寒い季節になってしまった、そんなある日。

俺達は、放課後の空き教室に集まっていた。

メンバーは、俺、メイソン、そしてモニカ、ユーニス、ワンダ。


「ブロウ獣王国の噂、だいぶ広まりましたね」


モニカが神妙な顔で告げる。


「そうですね。

僕も上級生から声を掛けられる事が増えました」


俺も日常の変化を報告する。


「そうでしょうね。

貴方は、実際に会って言葉を交わした当事者なのですから」


ジト目のモニカが、不満気に俺を見る。


理由は何となく分かる。


「いやー、あの時は本当に驚きました。

突然現れた獣人が、王子だと言い出すし、獣人を買うためにエイベル男爵に会いに行くって言い出すしで、

僕の立場では、あの時は様子見する位しかとれる手段が無かったんですよ」


俺は、乾いた笑いと共に大変だった事をアピールする。


「ええ、そうでしょう。

外交問題に発展しかねない突然の出来事でした。

カイル君がそういう出来事に巻き込まれてしまった事は、ご愁傷様でしたと言う他ありません」


「ご理解頂けて、光栄です」


「ですが」


「……はい」


息が詰まる俺。


「メイソンには報告して、私には報告しなかった。

その事が理解できません。

私に一声掛けるのが、そんなにも面倒だったのですか?」


ジト目のモニカ。


「そ、そういうわけではありません。

ジル達の情報は、確認が必要な不確かな物でした。

誰かに伝えるという段階ではなかったのです。

メイソンさんに伝えたのは、その辺りの判断をするために助言を貰おうと思ったからで、

えーと……」


言い訳するが言葉に詰まる俺。


ジト目のモニカと、その後ろに控えているユーニスとワンダの物悲し気な視線が、心に痛い。

そんなに俺を責めないでくれ。


「まあまあ、

そんなにカイル君を虐めないであげてよ。

僕が、控えるように言ったんだ。

露骨に怪しい情報をカイル君が発信したら、カイル君の立場を危うくさせるだろ?


エイベル男爵だって、カイル君が連れて来たから会ってみただけだと、

自分が前面に出ないように上手く立ち回っているんだ。

男爵がやっているんだから、カイル君が保身を図っても悪くはないだろう」


メイソンが擁護してくれる。


ジル達の情報は、国防の観点から皆に伝えなければいけない情報だった。

だが、俺は未成年で、貴族の社交界には参加できない。

そこで、エイベル男爵に情報拡散をお願いした。


お願いしたが、あろうことか男爵は、『ジル達はカイル・フットが連れて来た』というストーリーで情報を拡散した。

そのため、ジル達の話を聞こうと同級生も上級生も集まってきて、対応に苦労した。

当然、ストーリーは『偶々居合わせただけ』と修正したが、どこまで効果があるか不明だ。


情報発信者となったエイベル男爵は、貴族達の注目を集め、

ジルとの初遭遇者となった俺も、同じく注目を集めてしまった。


お互い様なので、腹立たしいが文句も言えない。


「……」


モニカが、俺とメイソンを交互に見ている。


黙っていた事、許して欲しいな。

期待してモニカを見つめる俺。


「ふー、まあ、いいでしょう。

私情で、時間を空費するのは本意ではありません」


長い息を吐き、気持ちの整理を付けたモニカ。


俺も安堵の息を吐く。


「そんな事より、ブロウ獣王国の事です」


仕切り直すモニカ。


そんな事って、モニカさんが言い出した事でしょ。


「「……」」


でも何も言わない俺とメイソン。


「あれから、かなりの情報が集まってきました。

今日は各々が持っている情報を交換致しましょう」


「「異議なし」」


こうして、情報交換会が始まった。


「まず、自称王子一行の現在位置ですが、

ミルズ領を抜けてファロン領に差し掛かった所にいるそうです」


モニカがメイソン・ミルズに視線を投げる。


「ミルズ家は、自称王子と接触していないよ。

王子が領内でやっていたのは、ブロウ獣王国の宣伝だ。

領民に積極的に話し掛けていたらしいので、かなりの知名度を稼いだと思う。

ファロン領に向かった理由は不明。

北に向かっているのは、北東にフット領があるからだと思う」


そしてメイソンが俺に視線を投げる。


「ジルは自分の身分を堂々と公言していましたからね。

ブロウ獣王国の存在を知らしめる事が、旅の一番の目的なのでしょう。

獣人奴隷の購入はそのついで。

存在を認識されなければ、相手にもしてもらえませんからね」


「それで、フット伯爵はお相手されるのですか?」


モニカから鋭い指摘がはいる。


「会うそうです」


俺は短く答える。


少しばかり動揺するモニカとメイソン。


ジルと会わない方が無難だが、デイムは会うというリスクを取った。


「流石フット伯爵、と言ったところでしょうか。

他の貴族達が接触を避けようと動いている中、

ただお一人、あらぬ疑いを掛けられかねないリスクを背負って、ジル・ブロウなる者の人品を見極めようとしていらっしゃる」


相変わらずデイム贔屓のモニカ。


「そうですね。ジルに対してかなりの興味を持っているのは事実です。

ですが、情報が不足しています。

本当に、ブロウ獣王国は存在するのか?

本当に、二百年前に王位を簒奪しようとした獣人の子孫なのか?

お祖母様は、この二点に関する情報を欲しがっています。

何かありませんか?」


俺はモニカとメイソンを交互に見る。

自分でも、難しい要求をしているのは承知している。


「彼らの本拠地がモウダウ王国の近くに存在するのは、前々から確認がとれている。

それが国と名乗れる程の勢力なのかは、未だに不明だ。

モウダウ王国が一戦交えてくれたら、彼らの実力が分かって、有難いんだけどね」


不謹慎発言に自嘲気味に笑うメイソン。


「戦わないのですか?」


それも有りと話を続けるモニカ。


「今のところはね。

でも開戦の機運は高まっているらしい」


「獣王国は、各国で派手に外交活動していますからね。

他の国が、獣王国を正式に国として承認すれば、モウダウ王国も簡単には手を出せなくなります。

叩くなら早めに、というわけですね」


モニカの発言に頷くメイソン。


ジルだけでなく、他の王子達も各国に出没している。

家族総出で自国の宣伝を行っているようだ。


「直接、確かめに行きたいですね」


それが一番手っ取り早いと提案してみる俺。


モニカとメイソンが目を丸くする。


「血筋ですかね?」

「だね」


二人で頷き合うモニカとメイソン。


何がさ?

解せない顔をする俺。


「国外に出るのは危険だから控えた方がいいよ」


メイソンが優しい声で諭す。


二人の反応から察するに、あまり現実的な方法ではないらしい。


「そうですか」


俺は素直に諦める。


「ですが、自称王子が、その拠点の関係者か否かを判断するには

誰かが自称王子と共にその拠点に赴く必要があります」


調査自体には肯定的なモニカ。


「誰かとは?」


質問する俺。


しばし考え込んだモニカが口を開く。


「外交特使……と言いたいところですが、

現時点では、国王陛下はブロウ獣王国を国としてお認めになっておりません。

エンマイア王国の名を掲げた外交特使を派遣するのは難しいでしょう。

適当な狩人や商人に依頼して見て来てもらうのが一番無難でしょうね」


「ブロウ獣王国に行ってみたいという人間がいれば、

ジルなら喜んで案内すると思いますよ」


俺は、笑顔のジルを思い浮かべる。


「開放的過ぎて、逆に怖いよね」


引きつった笑みを浮かべるメイソン。


「開放的といえば、その本家のクロウ家は、反対に閉鎖的ですね。

数多の問い合わせに対して、うちは関係ないの一点張りだとか」


どこか遠い目をするモニカ。


クロウ家は隣国レイリー王国の伯爵家だ。

二百年前、エンマイア王国の建国に尽力し、王権の奪取に失敗した一族。

そして、その王権の奪取を現地組の暴走として、

全ての罪をサラやジル達の先祖に押し付けて、切り捨てた一族だ。


二百年前に切り捨てた親類の子孫が、新しい国を建国したと各国で喧伝している現状は、

本家であるクロウ家にとっては、耳を塞ぎたくなる話だろう。


「『クロウ家の捨て子』ってやつですか」


クロウ家は、切り捨てた者が関わる出来事に対して徹底して無関係の立場を貫いている。

二百年前の王権奪取事変も、

その後から現在に続く獣人の奴隷システムも、

サラ達獣人がフット領近くに住み着いた事も、

全てそうだ。


今回、ジル達ブロウ獣王国が問題になっても、その立場が変わる事はない。


「カイル君、その言葉は口に出していいものではないよ」


メイソンが眉根に皺を寄せる。


「ここには、私達しか居ませんので問題ないでしょう。

ですが、公の場では口にしてはいけませんよ、カイル君」


モニカに擁護されつつも、真面目な口調で注意される。


『クロウ家の捨て子』

言葉の通りの意味だが、クロウ家を揶揄する言葉でもある。

クロウ家は、隣国の伯爵家であり、エンマイア王国の建国以前から存在している由緒ある貴族だ。


つまりは格上の家柄。

エンマイア王国の貴族の口が重くなるのも仕方がない事だと納得できる。


「すみません。

不注意でしたね。以後気を付けます」


反省する俺。


「まだまだ脇が甘いですね」


モニカがくすくすと忍び笑いする。


「いつ、誰に足元を掬われるか分からないんだ。

気を付けてくれよ」


メイソンは一歩踏み込んで要求してくる。


「分かっていますよ、お義兄さん」


俺は茶化した笑みを浮かべる。


フット家とミルズ家はゴルド家に対抗するために手を組んでいる。

そのため、俺の失態はミルズ家の不利益に繋がりかねない。

メイソンはその事を危惧して忠告してきたのだ。


メイソンは肩をすくめて応じる。


「やはり、共通の敵がいると仲良くなるのですね」


モニカが、俺達を見てしみじみと呟く。


「モニカも反ゴルド同盟に入ってくれると助かるんだけどな」


しれっとモニカを勧誘するメイソン。


「嫌です。フロー家に利益がありません」


きっぱりと断るモニカ。


そして、やっぱりダメか、と笑うメイソン。


共通の敵

俺は独り思う。


ゴルド家はフット家とミルズ家の共通の敵だ。

警戒している。

けど、ゴルド家に動きはない。


このままゴルド家が動かず、事態が進めば、


「誰が共通の敵になるか、分からなくなってきましたね」


俺の呟きに、モニカとメイソンは神妙な顔をする。


「全ては国王陛下がお決めになってからです」


モニカの瞳が将来を見据えて強く輝く。


「今は静かに待つ。これだけだよ」


メイソンが凪いだ瞳で現状を俯瞰する。


「そうですね。

今は待ちましょう」


今は、デイムが、そして国王が、どう動くかを待つしかない。

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