092 王子と男爵
闘技場のエイベル男爵に会いに行く事になったが、意外とあっさり会う事が出来た。
守衛の人に、「この子、自称王子です」って言ったのが功を奏したのだろう。
この前、招待された貴賓室
外からは観客達の賑やかな声が聞こえてくる。
テーブルの上で、微かに湯気を立てる紅茶
アップルティーだろうか。
リンゴの甘酸っぱい香りがする。
俺の隣にはジル、正面にはエイベル男爵が座っている。
「カイル殿がご一緒なので通しましたが、貴方、本当に王子様なので?」
初っ端から失礼な事を言う男爵。
「本当に王子です。
父が王なのですから、息子の僕が王子でなければ何だと言うのですか」
むっとしたジルが反論する。
今のジルはフード付きのマントを着ていない。
そのため、黒髪から獣耳、お尻から尻尾が丸見えだ。
やはり獣人だった。
疑っていたわけではないが、この都市で、こんなにも近くに獣人が座っているなんて違和感しかない。
今の状況は、さらに現実味が薄い。
獣人の王子と、獣人を使役して商売をしている男爵が対面している。
ジルの護衛は別室待機なので、ジルは一人で男爵と交渉しなければならない。
「お父様が王様ですか~
ですが、ブロウ獣王国なんて国、聞いた事がありません。
申し訳ないが、ジル君の発言はとてもではないが信じられません」
半笑いを浮かべる男爵。
「……どうすれば信じてもらえますか?」
堪えるジル。
「我が国の王が貴国を国として承認すれば、ですかね」
顎に手を当てながら、思案気に答える男爵。
「この国の王にも会うつもりです。
その時に承認を貰います」
ジルは強気に言い切った。
「どうやって会うつもりですか?
自称王子では陛下はお会いになりませんよ」
流石の男爵も呆気にとられたようで素の反応を見せる。
「そういう事態も想定しています。
ですので、紹介状を書いて下さい」
「書きませんよ」
男爵があっさりと断る。
そりゃそうだ。
むしろ、なぜ、そんな無謀なお願いをジルがしたのか?
謎だ。
「……」
何か言いたげに俺の方を見ている男爵。
俺はアップルティーの香りを楽しむ事で、その視線を回避する。
「お金なら出します」
ジルは食い下がる。
「お金の問題ではありません」
「何の問題があるのですか?」
「信用の問題です。
どこの誰とも分からない者を陛下に紹介するわけにはいきません」
ただ正論を言う男爵。
「ですから、ブロウ獣王国の第七王子だと言っているでしょ」
ジルの頬が、だんだん赤くなっていく。
どうやら頭に血が昇っているらしい。
ジルが怒り出さないか、ハラハラしながら事態を見守る俺。
「それを証明してくれる人はいませんよね?」
男爵が追い打ちをかける。
「ここにいる!」
突然、ジルが俺の肩を抱く。
「え!」
びっくりした。
俺は傍聴人なのだ。
巻き込まないで欲しい。
「いや、僕も証明できませんよ」
「な! カイル、お前もか!?」
なぜ、驚く?
どうも、この子、相手の立場で物事を考える習性が無いみたいだな。
「僕達、さっき会ったばかりですし、いきなり身元の保証は出来ませんよ」
俺は、冷たい感じにならないように注意しながら言い訳する。
「僕の言葉が信じられないという事か?」
ショックを受けているジル。
「……」
見つめ合う俺とジル。
こうして、間近で見ると、本当に子供だな、と思う。
艶のある黒髪
澄んだ黒い瞳
もちもちしてそうな頬っぺた
そんな子供が必死に真実を訴えている場面だ。
もし、ジルが本物の王子だと証明できたのなら、男爵も紹介状を書いてくれたと思う。
ジルの立場からすれば、王子である事には変わりはないのに、真逆の対応をとられ歯痒い思いをしている事だろう。
でも、すまない。
「えーと、その、遠くの国からいらっしゃったのだなぁ、とは思っていますよ」
嘘はつきたくないので、中途半端な回答になってしまった。
「ぐぬぬ」
不満顔のジル。
「まあまあ」
とりなす男爵。
「王子であれ何であれ、御用があってここにいらしたのでしょう。
話ぐらいなら聞きますよ」
男爵が笑顔を見せ友好的な雰囲気を出す。
「ふん、どうせ断るのだろう?」
俺から離れ、ソファに座り直すジル。
「内容次第ですよ。
私にも出来る事、出来ない事はありますので、
それを踏まえて上でお話しして頂ければ有難いです」
「……」
ジルが黙ったまま、男爵を見つめる。
数秒後、慎重に口を開く。
「闘技場で奴隷になっている同胞を買い取りたい。
出来るか?」
「……」
男爵がジルを見て、次に俺を見る。
その目が、こう言っている。
買えるわけないでしょ。
何で教えていないの!?
俺は今、男爵に非難されている。
「買い取りが難しい事は説明しましたが、
ダメ元で交渉してみようと仰られまして……」
今こうなっていますと笑ってみる俺。
男爵が小さく息を吐く。
「そうですか、ダメ元ですか。
良かった。
断られる事が分かった上での交渉なら、
安心して断る事が出来ます」
「ふん、やはり断ったではないか」
ジルが拗ねる。
「分かっていたのでしょう?
拗ねないで下さいよ、ジル君」
男爵が苦笑する。
「ふん、拗ねてなどいない。
出来ない、出来ないと言われ、呆れているだけだ」
言い返すジル。
機嫌が悪くなっている。
俺は二人の会話に割って入る事にする。
「出来ない事は出来ないと、安請け合いしない事も、誠実な対応だと思いますよ」
男爵のフォローにまわる俺。
「流石、カイル殿。
良い事を仰る。
ジル君、私は誠実な男ですよ。
私に対して、不快な感情を抱いたかもしれませんが、それは誤解です。
偶々、偶々、ジル君が私の出来ない事をお願いしてしまっただけで、
それが私に出来る事であれば、喜んで応じていました。
そこは信じて頂きたい」
誠実な男、エイベル男爵が真剣な目でジルを見つめる。
「……何なら出来るのだ?」
警戒心を露にしながらジルが尋ねる。
「そうですね……」
顎に手をやり考え始める男爵。
「獣人に興味がおありなら、
……一度、会ってみますか?」
男爵がジルに問い掛ける。
「会えるのか?」
喰い付くジル。
「ええ。
会って話をする位なら、今すぐにでも」
男爵が微笑む。
「会う、会う。
今すぐに会う!」
ジルが喜びの笑みを見せた。
王子を気取る獣人と剣闘奴隷の獣人が出会う。
その時、何が起こるのか。
俺はそれが知りたい。
このまま、しれっと付いて行こう。