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090 露店のリンゴ売り

蒼穹寮を出て、のんびり歩く俺。


学生区画は、若者が多い。

どこからか若者のはしゃいでいる声が聞こえてくる。

俺は、そんな声を聞きながら通りを歩き、一際活気がある場所に足を踏み入れた。


露店市

生鮮食品、日用品、衣服など様々な露店が並んでいる。

最初に目が行くのが、日射し除けの天幕だ。

人の背丈より高く良く目立つ。

単色のものもあれば、多色で図柄を表現しているものもある。


通い慣れた者なら、どこにどの露店があるか把握しているのだろうが、

俺はよく分っていない。

そのため天幕を頼りに、目的の場所を目指す。


客は、近所の住人がほとんどだ。

冷やかしの学生もいれば、飯屋や寮のお使いもいる。

蒼穹寮のケイトも、この露店市には近所なのでよく行くと言っていた。


リンゴを売る立地としては、かなりの好立地だと思う。


人波を避けて歩くと、真紅の天幕が見えてきた。


目立っているね、いいね。


リンゴだから赤の天幕、という安直な発想で決めてしまったが、こうやって眺めるとやはり正解だったと思う。

分かり易さは正義だ。


真紅の天幕の下に

リンゴを積んだ荷車と三人の売り子。

ダリア、テレサ、そしてノーラ。

三人とも俺が買った白のエプロンを着ている。


「調子はどうですか?」


俺はノーラに話し掛けた。


ノーラはニールの妻だ。

そして、この露店の現場責任者だ。


ちなみに、ニールは現場責任者にはなれなかった。

理由は奴隷だからだ。


「いらっしゃいませ、カイル様。

おかげ様で順調ですよ」


笑顔で迎えてくれるノーラ。


「それは良かった。

無理せず、適度に休んでくださいね」


俺、雇用主だから従業員の体調管理も仕事なんだ。

とうそぶいてみるが、本音はただノーラを心配しているだけだ。


ノーラは、俺が現場責任者になって欲しいとお願いしたところ、二つ返事で受諾してくれた。


リンゴ一個を青果市場に卸せば七十エン。

露店で直接売れば百エン。

露店の方が三十エン多く稼ぐ事が出来る。


その儲けた三十エンは、俺の懐に入り、そしてまた、奴隷(ニール)買い戻しの積立金となる。


露店を出す前は、稼ぐ事が出来なかった三十エンだ。

リンゴを売れば売るほど、ニールを買い戻す日が近づいてくる。

ノーラが意気込んでしまうのも無理はない。


だからこその忠告だった。


「有難うございます。

休憩は、頼りになる看板娘が二人もいるので、その都度取らせてもらっています」


ノーラが額の汗を拭いながら、テレサとダリアを褒めるような発言をする。


耳聡いダリアが、ぴょんぴょん跳ねながら俺に抱きついてきた。


「看板娘でーす」


楽しそうなダリア。


「そうか」


「反応が悪い!」


なぜかショックを受けるダリア。


「楽しそうだな」


「うん、楽しいよ。

だってリンゴ買ってくださいって言うと皆買ってくれるし、

ありがとうございましたって言うと皆ニコニコ笑ってくれるし」


興奮気味のダリア。


お客によくしてもらったのが余程嬉しかったのだろう。

大人は子供に甘いもの。

それが頑張って働いている子供ならなおさらだ。


ノーラの言う通り、まさに看板娘だ。


「だからカイル様も買ってよ」


ダリアがおねだりする。


「バカダリア、カイル様に売ってどうするのよ」


俺の隣にいるテレサが叱る。


本当そう。

テレサに同意する俺。


「今ね、どっちがたくさんリンゴを売れるか、テレサと勝負してるんだよ」


ダリアが事情を説明する。


ありがちな勝負をやってるな、こいつら。


俺は呆れながらも、この露店の責任者として二人に釘を刺す。


「お前ら、お客さんに迷惑掛けていないだろうな?

大声出したり、無理やり引っ張ってきたりするのは禁止されているんだからな」


賑わいと喧騒は紙一重だ。

その二つを分けるのは、秩序があるか否かだと思う。


露店市にはその秩序を守るための規則がある。

その規則を破れば、最悪、強制退去もあり得るのだ。


「迷惑なんて掛けてないよね?」


ダリアがテレサに問う。


テレサが頷く。


「規則を破るような事は行っておりません。

信じてください」


切実な目で訴えかけてくるテレサ。


「分かったよ。信じるよ」


二人を疑ったわけではない。

ただ言わないといけない事だったので言ったまでだ。

……何か気まずいな。


「じゃあ、疑った罰としてリンゴ買って」


しれっと自分の要求を言ってのけるダリア


「何でだよ。

そんなに勝負に勝ちたいのか?」


勝ち負けに意味はないはずだ。

ノーラがご褒美を用意しているのかと視線で問うが、首を振って否定された。


「今ね、全戦全勝なんだよ」


ダリアが自慢する。


露店を開いて、まだ日は浅いが全戦全勝は凄い事だ。


「へーそれは凄いな」


素直に感心してしまう。


人懐っこいダリアには客商売が向いているからだろう。

という事は、テレサは負け続けているという事か。


「……」


俯いているテレサ。


売上勝負なんて勝ち負けに意味はない勝負だ。

このリンゴ販売の目的は、ニールの買い戻し資金を稼ぐ事だ。

しかし、貢献度で友達のダリアに負けて、実の娘として情けなく思っているのかもしれない。


「……」


励ましの言葉が出て来ない。


励ますのも、この場面では違うような気がする。


「じゃあ、二つずつ買うよ」


俺は買って応援する事にした。


「えー、それじゃあ差がつかないー」


ダリアが文句を言う。


「あ、ありがとうございます」


テレサが戸惑いながら礼を言う。


苦笑するノーラがリンゴを紙袋に詰めてくれる。


「すみません」


ノーラが紙袋を手渡す時に謝った。


何がですか、とは聞かず俺は百エン紙幣を四枚手渡した。

紙幣を受け取ったノーラがまた謝る。


「すみません」


「気にしないでいいですよ」


俺がそう言うとノーラは百エン紙幣の真贋判定を始めた。


この世界は魔法で物質を創造できるため、変化しない紙幣は簡単に偽造する事ができる。

偽造防止のために、この国の紙幣は変化する。


具体的には、紙幣の中心部から波紋が生まれ四方へと広がっていく。

波紋が生まれるリズムは常に一定ではなく、時に速く、時に遅くなる。


紙幣には現国王の肖像が描かれているため、この波紋は現国王の心臓の鼓動なのだと世間一般では言われている。


真贋の判定は簡単だ。

全ての紙幣が本物であれば、同じ波形を描き続けるのだから、

波形が違えば、それは偽札というわけだ。


「すみません。大丈夫でした」


恐縮しながら頭を下げるノーラ。


「商売する上で避けて通れない行為ですから、気にしないで下さい」


ノーラを励ます俺。


露店は問題なさそうだ。

三人とも元気だし、リンゴも買ったし、もう帰ろう。


「では僕はこれで失礼しますね」


「また来てね、カイル様」


手を振るダリア。


「お待ちしております」


頭を下げるテレサ。


「程々に頑張れよ」


二人に声を掛け、俺は露店市を後にした。

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