未熟さを知る
黒い波のように魔狼の群れが押し寄せてきている。
俺は直ぐさま氷矢を創り出す。
1本では足りない。
俺は視界に映る魔狼の数に応じて氷矢を創り続ける。
第1波、俺の持ち場だけでも10頭はいる。
1頭に10本あれば十分だろう。
俺は目標数を100本と定め、空中に氷矢を次々と展開させていく。
その間に、第1波の後ろの方に目をやった。
少なくとも第2波、第3波とよべるだけの集団が存在している。
だったら、第1波に手こずるわけにはいかない。
確実に仕留める。
俺は3秒後に魔狼がいる場所に3秒後に到達する氷矢を放とうと指先を動かす。
?
何かが見えた。
氷矢を放つ直前に視界の上部に赤い線が生まれた。
明かり?
「風陣用意!」
サリムの号令が下る。
風陣? なにそれ?
風か? 風で火弾を防ごうって事か。
俺は言葉の意味からなんとなく当たりをつける。
だけど、今か。
俺は空中に浮く氷矢を見る。
サリムの命令によって攻撃の気勢をそがれてしまったが
それでも、そう簡単には気持ちを切り替えられない。
今は攻撃する時だ。
いつ来るか分からない火弾より、今確実に近づいてくる第1波を仕留める方が戦況を有利にするはずだ。
俺の気持ちは攻撃へと傾くが、命令は下った。風陣の準備をするべきだ。
するべきだが、不安な事がある。
俺が練習したのは、火と氷の魔法だけだ。
風の魔法は練習していない。
その状態の俺が、ぶっつけ本番で風魔法ができるのか、
そして、氷矢を維持したまま、風魔法を発動できるのかという事だ。
さらにいうなら、俺は風陣を見たことがない。
おそらく、風を生み出し火弾にぶつけ火の勢いを殺すか
上空に巻き上げて火弾の進路を逸らすかの
どちらかが正解のはずだ。
ってどっちが正解だよ!?
いや、どっちも正解ではない可能性だってある。
「くっ」
この数秒の逡巡も無駄なものだ。
この時間を使って氷矢を放つこともできたのだ。
「カイル様、風陣には私が参加しますので、カイル様は攻撃に集中なさってください」
左隣にいるロイから助け船がきた。
おお、なんて有り難い申し出。
「ありがとう、ロイ」
俺は感謝の言葉を口にする。
声を掛けたロイは矢を番えていた。
「・・・・・・」
真剣な表情の横顔に俺は二の句を告げられなかった。
魔素を温存する作戦なのか、ロイは魔法ではなく弓を選択していた。
そして射る。
矢はすごいスピードで飛んでいき魔狼に当たった。
魔狼は地面を何度も転がり泥まみれになってから動かなくなった。
一発必中。
俺の数撃ちとは全然違う。
確かな技術と経験によってもたらされた結果だ。
俺が尊敬の眼差しを送るとロイはもう次の矢を番えていた。
そして射る。
また魔狼に当たった。
やはり一発必中。
凄いことだがロイは誇りも喜びもせず淡々としている。
年季が違うんだろう。
この男もこの異世界で戦い続けてきたんだろう。
淡々としているのも魔狼を殺すことが単なる作業になっているからだ。
単なる作業に感情は揺れ動かない。
ロイの立ち姿は堂々として様になっている。
俺が見つめているとロイと目が合う。
そして微笑まれた。
!
俺はすぐに目を逸らした。
気を使われた。
恥ずかしい。
テンパっていた事も気遣われた事も恥ずかしい。
顔が熱くなっているのが分かる。
こうなったら名誉挽回するしかない。
俺もやるべき事をやってやる。
俺は魔狼の位置を確認する。
魔狼達は横一列ではなく前後にばらけている。
何も考えずに氷矢を放てば1,2頭撃ち漏らすかもしれない。
出来ればそれは避けたい。
俺は第2波、第3波、そして火弾を撃とうとしている魔狼達の位置も把握する。
火弾が60メートル。
第3が50。
第2が40。
第1波はもうすぐ20メートルを切る。
だが慌てる必要はない。
風陣はロイがどうにかしてくれる。
魔狼も撃ち漏らしたらまた狙えばいい。
氷矢なら直ぐに創れる。
だから、
「端から順に狙い撃つ!」
左端の魔狼が悲鳴を上げた。
2番目の魔狼がすっころんだ。
3番目は氷矢を躱そうとするが逃れきれず腹部を貫かれた。
4,5番目は立て続けに悲鳴を上げた。
6番目は何も思ったか急に立ち止まり口を開けた。
その口に氷矢が滑り込みそのまま動かなくなる。
7番目も腹部に被弾し横に転がる。
8番目はそれを避けようと跳躍したためただの的になる。
9番目はこちらに火弾を向けている。
なるほど、6番目も火弾を創ろうとしていたのだ。
謎が解けて良かった。
なんて思っていると火弾はみるみる大きくなり魔狼がその陰に隠れてしまった。
俺は火弾目掛けて氷矢を撃ち込んだ。
火弾が爆発し、串刺しになった魔狼を照らしてくれた。
10番目は防壁まであと10メートルの距離にいる。
「ここで終わりだ」
俺は魔狼に告げた。
横殴りの矢群が魔狼をめった刺しにする。
第1波阻止、成功。それとほぼ同時に火弾が襲ってきた。
火弾は疾走する魔狼達の上をあっさり追い越し防壁に迫る。
「風陣発動!」
サリムの大音声が響く。
俺はただ眺めていた。
右隣にいるデイムは右手を迫り来る猛火に向けている。
左隣にいるロイは弓を胸壁に立て掛け、両手を猛火に向ける。
俺はこれから起こる事を見届ける。
ロイがくれたチャンスを無駄にはしない。
必ず風陣をモノにする。
火弾は唸りを上げ接近を示す。
このまま何もしなければ火弾を喰らって死ぬ。
俺はロイを見た。
ロイは冷静な表情で火弾を見据えている。
!
突然、身体が左右に引っ張られた。
俺は腰を落とし耐える。
大気が動いた。
いや、動かされたんだ。
後ろにあった篝火がこちらの方に吸い込まれるように伸びている。
デイム、ロイ、そして風陣に参加した獣人達が起こした魔法。
風が生まれた。
風は目に見えない。だけど顔をかすめていく空気の速さでその威力が分かる。
俺は目前に迫った火弾を見つめる。
そして、
唸る火弾と唸る風が激突した。
火弾は一瞬、その動きを止めた。だが健在。
押し込まれる?
俺が思った瞬間、デイムの声が通る。
「ロイ、上に上げろ」
「承知ぃ」
ロイは己が主の檄のこもった命令に奮い立つ。
「しましたああ」
気合いの入った声と共に風が勢いを増す。
その強風に晒される猛火は複雑に揺れ動き、そして力負けし風に持ち上げられる。
俺は打ち上げ花火のように昇っていく火弾を最後まで見届ける。
火弾は花火のように咲くことはなく、途中でかき消えてしまった。
ロイは約束通り俺の分の火弾も捌いてみせた。
「お見事です。ロイさん」
俺はカイルのふりをするのを忘れて拓真として賞賛を送った。
「カイル様、お褒めになる必要はありません。
一瞬とはいえ、カイル様を危険にさらしてしまったのですから。
叱責されても甘んじて受け入れる所存です」
ロイから魔狼を見つめる目より真剣な目で見られ俺は少し狼狽する。
俺としては助けてもらった形なので文句なんて1つもない。
「2人とも、遊んでないで次に備えな。魔狼は待ってくれないよ」
俺が黙っていると、デイムから叱責が飛んできた。
「「はい」」
俺とロイは瞬発で応えた。
第2波も迫っている。
援護射撃の魔狼達も次の火弾を創り始めている。
俺はいそいそと準備を始める。
「総員、傾聴」
サリムが耳目を集める。
俺は右手で氷矢を創りながら耳を傾ける。
「これより、火弾は自分の判断で対処せよ。魔狼の襲撃は今夜が正念場だ。
今夜守り切れば我々の勝利だ。各自、自分の持ち場を守れ!」
「「「おう」」」
獣人達の気合いに満ちた声が空気を震わせる。
活気のある声が飛び交うようになった防壁でも
デイムの声はよく通る。
「カイル、火弾は自分で対処せよだってさ。できるかい?」
挑発的な笑みを浮かべるデイム。
「当然ですよ」
俺は左手を突き出し不敵に笑う。
掌の上で風が逆巻いている。
風陣は体験した。
体験したものは再現しやすい。
掌の風も威力を上げれば魔狼の火弾も打ち払える。
俺は自信と確信に満ちた目でデイムを見る。
そういえば、風は目に見えない。
そして、俺の風は威力が弱く、距離のあるデイムからはそこに風あると感じることは出来ないだろう。
俺を端から見ると
右側に氷矢を浮かべ
何も持っていない左手を突き出しドヤ顔している男の子だ。
「・・・・・・」
デイムは俺を見て、面白そうに笑った。
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