088 リンゴを運ぶ二人の幼女
ふらりふらりと街を歩く俺。
頬に当たる風に暑気を感じない。
夏は過ぎ去り秋の季節だ。
上着も長袖のものに衣替えした。
「おはようございます」
「おはようございます」
すれ違う若者に挨拶を返す俺。
ここは学生区画。
外を歩いている者が十代の若者であれば、それは十中八九、魔法学校の生徒だ。
今日は学校の休校日なので私服姿の生徒達が一方向に歩いて行っている。
大通りを挟んだ商業区画へ行くのだろう。
学生区画は生活する上で不便はないが、刺激もない。
そのため平素な休日に我慢できない生徒達が刺激を求めて大通りの向こう側へと飛び込んで行く事も理解できる。
向こう側は人出が多く賑やかだろう。
とてもではないが行く気がしない。
俺の足の向く方角は皆とは違う。
衛兵隊の本部やギルドが軒を連ねる役所区画。
用のない人間は足を踏み入れないので閑散としている。
「また捕まっているよ」
俺はため息を吐く。
籠を背負った二人の幼女が三人組の衛兵に通せんぼされている。
集団に近づいていく俺。
「カイル様!」
俺に気付いたダリアが嬉しそうな声を上げる。
「やっぱり捕まってるじゃないか」
「捕まってないよ。
事情説明ってやつだよ」
それを捕まっているというのだ。
ダリアの減らず口に閉口した俺は話し相手を変更する。
「おはようございます、ベンジャミンさん」
「カイル様、おはようございます。
この子達のお迎えですか?」
「そうです。
この子達がリンゴを籠一杯に持って来ると言ってきかなかったので、
途中で補導されるだろうなと思い様子を見に来たのですが、案の定でしたね」
俺が事情を説明するとベンジャミンが破顔する。
「そうなんですよ。
私もこの二人を最初に見た時は驚いてしまいました。
二人共購入したとは思えない程の量を運んでいたので、これは話を聞かなければと
急いで呼び止めてしまった位ですよ」
俺はベンジャミンの苦労を労う。
「余計なお仕事を増やしてしまい、申し訳ありません。
無許可販売と疑われないように、リンゴは少量でよいと言ったのですが言う事を聞かなくて」
「当たり前です!
今年もリンゴを収穫できたのは、カイル様のおかげなんですから。
そのお礼としてお贈りするリンゴが少量では感謝の気持ちを示せません」
テレサが語気強く断言する。
俺の奴隷ニールの娘
魔鳥の麻痺ガスの後遺症で長らく入院生活を送っていた。
今ではすっかり元気になり家業の手伝いをしている。
本当元気になって良かった。
俺を見上げるテレサの頭を撫でる。
「大丈夫だよ。
ちゃんと分かっているから」
納得できないという顔で大人しく撫でられ続けるテレサ。
ダリアより一つ年上のためダリアより背が高い。
「私も頑張って運んで来たんだよ。
ほめてほめて」
ダリアが俺の懐に迫って来た。
俺は、子供は褒めて伸ばすスタイルだ。
「よーし、ダリアも偉いぞー」
適当にダリアの頭も撫でる。
「えへへ」
ご満悦なダリア。
チョロい奴だ。
「仲が良いのですね」
俺達の様子を見ていたベンジャミンが感想を言う。
「そうですね。
しょっちゅううちの寮に遊びに来るので、いつの間にか」
ほんとよく来る。
新しい遊び場を見つけた子供のようによく来る。
「……」
まじまじと見つめるベンジャミン。
「……どうしました、ベンジャミンさん?」
不思議に思い尋ねる。
「いえ、こうしてカイル様達の並んでいる姿を見る事が出来るなんて、
昨年の冬には思いもしなかったので」
あ~確かにそうだ。
あの時は、ダリアがニール購入費用を稼ぐために無許可でリンゴを売り歩いていた。
俺達が出会わなければ、ダリアの願いは叶わず、ニールはお父さん剣闘士として闘技場で今も闘っていた可能性が高い。
「あの時、僕に出来た事は、ニールを買い取る事位でしたからね。
こうしてテレサとトムが無事に退院できたのは、二人が頑張ったからですよ」
俺はテレサをもう一度撫でた。
テレサとトムは、自分自身に回復魔法をかけて身体機能を回復させた。
機能の大部分が治療院での治療により回復したが、後遺症、つまり肉体に生ずる違和感は本人にしか理解出来ないため、自力回復でその違和感を解消するしか方法がなかった。
テレサとトムはそれを成し遂げた。
たぶん、俺より回復魔法は上手いと思う。
柔和な表情でベンジャミンがテレサを見つめる。
「偉いぞ。
よく頑張ったな」
「あ、有難うございます」
歯切れ悪く礼を言うテレサ。
ベンジャミンが俺に視線を向ける。
「事情は分かりましたが、
これからもこの子達にリンゴを運ばせるのですか?」
少しばかり棘のあるベンジャミンの問い掛け。
今回のような事を繰り返せば、ダリア達はいずれ衛兵隊に補導されるだろう。
それは避けたい。
だが正直、採れたてリンゴは欲しい。
ダリア達が持って来てくれると言うなら、その厚意に甘えたいと思っている。
「少量なら問題ありませんか?」
「そうですね。
常識の範囲内なら私達も見咎めたりしませんから」
ベンジャミンからお墨付きを貰った。
どうよとテレサに目配せする俺。
テレサは俯いている。
先程から様子がおかしい気がする。
覗き込もうと身を屈める俺。
「カイル様!」
「お、おう? どうした?」
突然顔を上げたテレサに、俺は驚いて仰け反る。
「余ったリンゴをこの街で売る事はできませんか?」
切実な眼差しで俺を見るテレサ。
「……それって今回だけの話ではないよね?」
俺はテレサの真意を探りながら尋ねる。
そもそも今回は無理だ。
俺達は商人でないのでリンゴを売る事は出来ない。
「はい。
うちで採れたリンゴは、自分達で売りたいです」
テレサが真っ直ぐに俺を見る。
懸命さは伝わる。
「青果市場を通さなければ、その分高く売れるからな」
「はい、その通りです。
カイル様に一日でも早くお金を返すためには、これしか方法がありません」
別に早く返して欲しいとは思っていない。
しかし、ニールが不慮の事故や病気で亡くなった場合は金を回収できずに大損してしまう。
早期返済は俺にとってもメリットがある。
「しかし、市場と小売り関係者に睨まれるのは、あまり面白くないしなぁ」
悩む俺。
一農家の出荷量なんて全体から見れば微々たるものだろうから相場には影響しないはずだ。
だから、大丈夫か?
「お悩みのようなら、一度商人ギルドに足を運ばれたら如何ですか?
商人ギルドはそういった出店相談なども受け付けているはずですから」
ベンジャミンが助言してくれる。
「貴族の子供が行っても、冷やかしだと思われませんかね?」
そこが心配な俺。
「そこは大丈夫ですよ。
カイル様なら大喜びで歓迎してくれますよ」
ベンジャミンが無責任な笑みを浮かべる。
「え? なぜです?」
「新しい波紋は新しい商機を生み出します。
商人達は常に新しい商機を探していますから、ギルドに加入するのが誰であれ歓迎します。
そして、その者が貴族であるカイル様だというのなら、
貴族界の情報を入手するための新しいパイプが自らの足でやって来たと大喜びするわけです」
え~行くのやめようかな。
商人との腹の探り合いなんてやりたくない。
「よーし、じゃ行こう!」
ダリアが俺の手を取り元来た道へと歩き出した。
「おい、こら」
「話だけも聞いてみましょう」
テレサが俺の背中を押す。
「ちょっと待てって」
「お気を付けて~」
ベンジャミンの気遣いの言葉を背に聞きながら、俺達は商人ギルドへと足を向けた。