087 魔眼対策の授業②
赤竜の魔眼、魔法封じの対抗策をアトリーから教えてもらえるようになった。
「まず魔法の基本からおさらいしましょう。
魔法を行使するには、魔素が必要です。
魔素は、意識の内側、つまり精神に存在します。
この魔素を意識の外側、私達の肉体がある現実世界に引っ張り出して、魔法とします」
ワクワクしながらアトリーの説明に耳を傾ける生徒達。
「魔法を成功させるには、魔素を円滑に受け渡すために、意識の内と外を同時に認識しておく必要があります。
この状態が『半心半体』です。
普段から魔法を行使している皆さんには、馴染みのある感覚だと思います」
生徒達が同意するように頷く。
「難しいけどね」
メイソンが呟く。
「ですね」
俺は頷いて答える。
アトリーの言うように馴染みのある感覚だが、『半心半体』の状態は、維持する事がかなり難しい。
元から意識は肉体の方を認識している。
そこから集中して精神の方を認識するので、
集中力が途切れると、精神を認識していた意識が肉体の方に戻ってしまう。
「魔法戦は、この『半心半体』の状態を維持し続けなければ戦闘になりません。
しかし、赤竜の魔眼は、この状態を崩し、意識を肉体の方に縛り付けます。
こうなってしまえば、魔素がある精神に意識を向ける事が出来なくなり魔法行使が不可能になります」
アトリーが魔法封じの説明をする。
見ただけで他者の意識を束縛できるなんて、どういう理屈なんだろうか?
魔眼が便利すぎて嫌になる俺。
「人間側が圧倒的に不利ですが、それでも対抗策はあります。
まず一般的な対抗策としては、魔眼は赤竜の視界に入らなければ効きませんので、
背後に回り込むか、障害物などを利用して、赤竜の視界に入らないようにしましょう」
普通だな。
他の生徒達も若干テンションが下がっている。
「しかし、赤竜の視界から逃れ続ける事は非常に困難です。
戦いが長引けば、いつかは赤竜の目の前に姿を晒すはめになる時がくるでしょう。
その時の対処方法をお教えします」
ついに来た。
聞き逃すまいと真剣な表情でアトリーを見る生徒達。
「人間の意識を見抜き肉体に縛ら付けるのが、魔眼の特性なら、
その目の届かない場所まで意識を逃がせば、意識を肉体に縛られる事も魔法を封じられる事もありません。
その場所こそが精神の内であり、意識を精神の内に留め置き続ける事が魔眼対策になるのです」
アトリーの説明が終わる。
俺の隣の席に座るモニカが発言する。
「アトリー先生、質問よろしいでしょうか?」
「はいどうぞ、モニカさん」
「意識が精神の内にあれば良いのであれば、
『潜行法』が魔眼対策になるという認識で良いのでしょうか?」
「良い質問ですね、モニカさん。
『潜行法』も意識を精神の内に沈めます。
そして潜行している間は、肉体を疎かにしてしまいます。
『潜行法』を行う際は、ベッド等に横になって行うのが一般的でしょう」
アトリーが教室を見渡す。
反論は出て来ない。
モニカも頷いて肯定する。
「先程、魔法を行使する時の意識状態を『半心半体』と言いましたが、
『潜行法』での意識状態は、精神側に意識を集中させているので、
『全心集中』と言えます。
この『全心集中』の状態では、肉体側で起こっている事象を認識出来ません。
そのため、赤竜の前で『潜行法』を行っても無防備な姿を晒すだけで意味がありません」
アトリーがモニカの認識を否定する。
モニカもそれが当然だという顔でアトリーを見ている。
『潜行法』の無防備さを十分理解しているモニカが、あえて質問したのは、アトリーの説明が不十分だったからだ。
アトリーも質問待ちの雰囲気を出していたので、阿吽の呼吸でモニカがアシストした形だ。
「『潜行法』を実施した事がある人は、分かると思いますが
『潜行法』を止める時に肉体の方に意識を向けますが、向けた瞬間、意識が肉体に戻ってきてしまいます。
どれだけ深く潜っていても肉体に戻ってくるのは、一瞬です。
それだけ、意識と肉体は強く結びついているという事ですね」
話の流れを察した生徒達が深刻な表情をし始める。
会得しなければならない技術の難度を理解してしまったようだ。
「そもそも精神の内に留まろうという発想がないからね」
左からメイソンの呆れ声。
「『潜行法』は、どれだけ深く潜れるかが重要ですからね。
戻る時にそこで留まろうとは思いませんよ」
右からモニカの拗ねたような声。
アトリーが話を続ける。
「ですが、肉体の方を認識しつつ、意識を精神の内に留めなければ魔眼の餌食になってしまいます。
この精神の内にありながら肉体を認識する意識状態を、フット伯爵いわく『全心観体』と言うそうです。
この『全心観体』は高度な意識操作が必要になります。
お恥ずかしい話ですが、私には出来ません。
訓練は続けているのですが、未だ成功したためしがありません。
フット伯爵が赤竜との命懸けの戦いの中で至った境地、
簡単に出来るものではないと重々承知ですが、
一人でも多くの方にこの『全心観体』を会得してもらいたいのです。
この国は赤竜に対して余りにも無防備です。
だから備えが必要なのです。赤竜と正面切って戦える魔法使いが。
その魔法使いがこの学校の生徒の中から誕生する事を私は願っています」
アトリーの熱のこもった声が響く。
最強とも最恐とも呼ばれる赤竜。
それを討伐できるのが自分なら最高に格好いい。
生徒達の名誉欲や虚栄心が高ぶり、教室に浮ついた空気が流れる。
「カイル君は、もう会得したのですか?」
隣のモニカが問い掛けて来た。
「残念ですが、まだ出来ません」
俺は素直に答える。
少しばかり目を丸くするモニカ。
「伯爵から直々に教えてもらえたのでしょう?
その時に、コツなどを聞かなかったのですか?」
「アトリー先生の説明と同じですよ。
ただ、『全心観体』あの感覚は魔眼に囚われてみないと理解できないと
お祖母様は仰っていたので、魔眼を喰らってみるのが、コツといえばコツなのかもしれません」
苦笑する俺。
「死ぬ気で会得しろというわけですか」
勝気に笑うモニカ。
赤竜に対抗するには、『全心観体』を会得する必要がある。
それを会得するためには、赤竜との戦闘が必要となる。
本末転倒、わざわざ死にに行くようなものだ。
俺は遠慮したい。
『全心観体』を会得するなら、ぶっつけ本番で会得するしかない。
その時は、運悪く赤竜と遭遇した時だ。




