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085 竜殺しと不良狩人の決闘

歓声が上がる。

グレアムとマーカスが左右の入場口から姿を現した。

歓声は、野太い声に女性の黄色い声援が混じる、闘技場では聞き慣れないものとなっている。


二人とも剣闘士の装いだ。

抜き身の剣。

上半身が裸で、下半身は膝丈のズボン。

そして裸足。


完全に見世物スタイル。


「決闘する事、グレアムさんは、よく了承しましたね?」


あのスタイルに抵抗感のある俺は、舞台に上がるグレアムの気持ちが理解できなかった。


「ふふ、やはりマーカスに対して思うところがあるのでしょう」


男爵が楽しそうに答える。


今回の決闘は、マーカスの売り言葉に、グレアムの買い言葉で、成立してしまった子供の喧嘩のようなものだ。


「幼馴染というのは、そこまで無視できない存在なのでしょうか?」


今回の決闘は、グレアムがマーカスの口喧嘩に乗らなければ成立しなかったはずなのに、

わざわざ挑発に乗って、実現させてしまった。


どちらが強いか決着を付けるためだけに。


「狩人、剣闘士と別々の選択をした男達が再会したのです。

自分が選んだ道が正解だったのだと、幼馴染に勝って証明したいのでしょう」


男達の心情を慮る男爵。


「やはり、そうなのですね」


男爵の言葉に納得する俺。


負けられない闘い。

プライドを懸けた男同士の決闘。


審判に呼ばれ、両者が舞台の中央へ歩み寄っていく。


二人の背丈は同じ位。

若干、グレアムの方がスタイルが良いような気もする。


空気が震え、快活な女性アナウンサーの声が響き渡る。


「観客の皆様、お待たせ致しました。

本日のメインイベント!

『竜殺し』グレアムと『不良狩人』マーカスの決闘を開始致します」


「「「おおお!!!」」」


一際大きい歓声が上がる。


「グレアムは、隣国レイリー王国に突如舞い降りた緑竜と激闘を演じ、

見事これを討伐し、竜殺しの称号を勝ち取った男。

皆様、竜殺しが如何に難事かは、五年前のフット領の惨劇を思い出して頂ければ十分だと思います。

今ここに、その難事を成し遂げた竜殺しが、その実力を皆様の前でお披露目致します。


「「「おおお!!!」」」


またしても歓声が上がる。


「その対戦相手である、マーカスは

何と! グレアムの幼馴染!


同じ日に村を出て、同じ日に狩人となった少年達は、今や、

一方は、世間から英雄として褒め称えられる偉大な狩人、

もう一方は、狩人仕事をほったらかして剣闘の腕を磨く不良狩人!

どうしてこうなった!?


別々の道を歩いて来た両者が、今日交わる!」


「「「おおお!!!」」」


またしても歓声が上がる。


場内のテンションが最高潮に達した。

審判の合図で決闘は始まった。


俺は、舞台から少し遠い貴賓室から見守るしかない。


二人は上段から剣を振り下ろした。

激突し、火花が散る。


衝撃で剣が後方に弾かれるが、剣先が弧を描き前方へと加速する。

再び、激突し火花が散る。


二人はその場で踏ん張り、弾かれた剣を相手へ叩き付ける。

激突し、剣が弾かれる。


二人共、意地になっているような気がする。


「両者とも、剣を相手に叩き付けるー!

まるで、俺の方が強いと言わんばかりの力任せの攻撃だ!」


女性アナウンサーの実況がはいる。


「意地になっていますね」


俺は隣の男爵に話し掛ける。


「そうですね。

ですが、この力比べも直に終わりますよ」


二人の闘いを見つめたまま答える男爵。

温度感の無い確信のこもった声だった。


「どちらの勝ちで?」


「マーカスです」


男爵が易々と答える。

そこに、女性アナウンサーの悲鳴じみた実況が響く。


「ああっ! グレアムが大きく飛び退いた!

力比べはマーカスが競り勝った!」


男爵の発言は正しかった。


「お見事です」


男爵を褒める俺。


「いやはや、お恥ずかしい。

これでも、剣闘はよく見ているので、

どの程度の実力があるかは、見ていれば分かるのですよ。

今回の件でいえば、剣の扱いはマーカスの方が上手く、連撃のテンポがグレアムより速かったので、

いずれ競り勝つだろうなと思った次第です」


男爵が控えめに微笑む。


見る目がある。

少なくても俺よりは。

俺は剣戟のスピードが速すぎて二人の実力差までは把握できなかった。


「あの」


エリンが声を上げる。

視線を向ける俺と男爵。


「普段、私達は魔獣を相手にしているので、対人戦はあまり練習していなくて、

だから、得意でなくても仕方がないのです!」


エリンがグレアムを擁護する。


「ええ、その点は重々承知していますよ。

本職以外の能力で、グレアムを評価するつもりは毛頭ありませんから

心配しなくて大丈夫ですよ」


男爵が気遣うように微笑む。


エリンは安堵の息を吐く。

緑竜討伐で上昇した評価を、こんなやる必要のなかった決闘で落としたくないという気持ちは理解できる。


それでも、

あの二人にとっては、やる必要がある闘いなのだ。


マーカスが積極的に斬りこんでいく。

それを捌きながら距離を取るグレアム。


剣の実力はマーカスの方が上だったが、

グレアムは慌てず冷静に立ち回っている。


「グレアムさん、落ち着いていますね」


「はい! 

狩人は、自分より強い魔獣とも戦いますから、

攻撃の凌ぎ方は熟知しております」


エリンが嬉しそうに教えてくれる。


なるほどね。

あーやって魔獣を引き付けて、その隙に他の狩人が攻撃を仕掛けるのか。


狩りのパターンを実践するグレアムだが、今は決闘の最中、援護してくれる仲間はいない。

攻撃を捌いているだけでは勝てない。


グレアムの次の行動に注目する俺。



「「「キャーーー!!!」」」

「「「おおお!!!」」」


女性の悲鳴と男達の興奮した声が混ざり合う。

すかさず女性アナウンサーが実況する。


「やってしまった!

マーカスがやってしまいました。

明らかに頭を狙った斬撃だー!

これ、竜殺しグレアムのお披露目会だよ!?

マーカス、幼馴染を殺す気なのかーー!」


「はは」


男爵が強く笑う。

ご満悦だ。


剣闘士同士の闘いでも、殺し合いは珍しいケースだ。

まして、グレアムは狩人だ。

殺し合いを押し付けるのは、正気の沙汰ではない。


エリンが立ち上がる。


「閣下!

あのような行為、許されるのですか!」


「舞台の上なら、殺人だって許されるよ。

マーカスもグレアムも、それを承知で舞台に上がっている。

殺し合うか否かは、二人が決めることだ」


エリンの非難を、男爵は事務的に受け流す。


俺は黙って舞台上の二人を観察する。


マーカスは変わらず積極的に攻撃している。

グレアムも変わらず捌いているが、

安全第一を目的にしていた捌きに、反撃の意志が表れ始めた。


二人の殺気が高まる。


「やはり、マーカスの剣闘は荒れる!

今日が最後だというのに、最後まで血飛沫を撒き散らす男!

それが剣闘士マーカスです。


観客の皆様、お聞きください。

マーカスは、本日の剣闘、勝っても負けても剣闘士を引退します。

彼の闘いぶりを見れるのも本日限り。

彼のファンの皆様、どうか大きな声でマーカスを応援してあげて下さい」


女性アナウンサーが、マーカス贔屓の実況をする。


場内からどよめきが起こる。

「嘘だろ」「冗談だろ」などの声が、貴賓室の俺の耳には届く。


マーカスの引退を、残念に思っている人が大勢いるようだ。


「兄弟子、人気があったのですね」


「ええ、マーカスは人気者でしたよ。

うちの闘技場は、獣人達がトップを独占しているのですが、

マーカスは、その獣人達に食って掛かる貴重な剣闘士でしたので、

観客はマーカスの無茶攻めに興奮して応援していました」


男爵が、過去を思い出すように目を細める。


「手放すの惜しいですか?」


男爵の横顔を見ていたら、質問してみたくなった。


「惜しいですね」


男爵が答えた。

淀みなく滑らかに出て来たこの言葉こそ、マーカスが剣闘士として積み上げてきた努力への報酬だろう。


「ですが、どこで闘うかは彼の自由です。

ここで闘うべきと思ったから、剣闘士になった。

そして今、狩人として闘うべきと思ったから、狩人の道に両足を踏み入れた。

何も変わっていません、今も昔も。

マーカスは勝ちを獲りに行く男です」


熱い視線をマーカスに送る男爵。


俺も視線を舞台に戻す。


二人は、舞台の中央に吸い寄せられるように、行動範囲を狭めていく。

距離を取って攻撃を捌いていたグレアムが、引く事を止めようとしている。

グレアムが反撃の一撃を入れようと狙っている。


その時が決着の時だ。

俺は、固唾を飲んで見守る。


そして、その時が来た。

マーカスが剣の柄を握り直した。

攻撃の流れが淀んだ。


ほんの一瞬の隙。

グレアムは飛び込んだ。

マーカスの腹部を貫通するグレアムの剣。


決着か!?


俺がそう思った時、マーカスが一歩踏み込んだ。

グレアムの首に添えられるマーカスの剣。

そのまま斬れば、グレアムの首が


全員が息を吞む。


「参った!」


グレアムの降参宣言が聞こえた。


「「「おおお!!!」」」


男達の歓声が上がる。


「グレアムの降参宣言ーーー!

勝者はマーカス! マーカスです!

まさかの、竜殺しに大勝利!

土手っ腹に風穴開けての大勝利です!!」


女性アナウンサーの実況が響き渡る。


「「「うおおおおお!!!」」」


男達の大歓声が上がる。


「はは! お見事、お見事!」


男爵が立ち上がってマーカスに拍手を送る。


「……」


命拾いをしたグレアムを放心したまま見つめるエリン。


「……」


マーカスが勝った。

拍手する事を躊躇する俺。


何やら会話しているようなマーカスとグレアム。

勝者が笑っている。


嬉しいのだろう。

土手っ腹に風穴開けてまで、もぎ取った勝利が。


「……」


やれやれ。


俺は立ち上がり、男爵の隣で勝者に拍手を送った。

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