084 竜殺しの仲間
『竜殺し』グレアムと『不良狩人』マーカスの決闘当日。
闘技場は満員御礼だった。
「人、多すぎ」
ルーシーが愚痴をこぼす。
闘技場のエントランスで、既に渋滞が起きている。
今から始まるのは、本日のメインイベント。
竜殺しの決闘だ。
ぞくぞくと観客が集まってきている。
普段、闘技場に来ないであろう女性や子供の姿が見える。
夏の日差しに負けず観戦にやって来ているようだ。
竜殺しの人気の程が窺える光景だ。
牛歩のようにゆっくり前進し、やっと影が出来る建物内に入ることが出来た。
「どこまで行けばいいんだ?」
ネイトが人混みにうんざりした声を出す。
「とりあえず、近くの階段から観戦場所に行こう」
俺はネイトに答える。
この人出では観戦席に座る事は難しいだろう。
まあ、最初から立ち見の覚悟をしてきたので精神的ショックは少ない。
?
周囲の喧騒が静まり、戸惑いの雰囲気が流れて来た。
俺はそちらへ目を向ける。
人混みが左右へ分かれていく。
出て来たのは、四人の帯剣した男達、そして守られるように中央にいるハリソン・エイベル男爵だった。
「これはこれは、カイル殿。
ようこそ御出で下さいました」
にこやかな笑顔と共に俺の前に進み出てくる男爵。
久しぶりの再会。
冬の奴隷商会で会ったので、半年ぶりの顔合わせだ。
男爵は三十歳位で、立ち姿に余裕がある。
茶髪茶目の端正な顔立ち。
そして底の見えない笑みを貼り付けている。
「エイベル男爵閣下、お久しぶりです。
本日の決闘に興味を持ちましたので、学友共々お邪魔させて頂きました」
そう言って、お辞儀をする俺。
男爵がネイト達を見回す。
「……なるほど、皆様で観に来てくれて光栄です。
今から観客席に行っても座る事は難しいでしょう。
どうです、貴賓室で一緒に観ませんか?」
突然の貴族との同席イベントが発生した!
どうする? と皆に目配せする俺。
ネイト、ミック、ルーシー、ナタリアは突然の提案に戸惑いを見せている。
しかし、日頃から学友の貴族と接しているので、男爵を目の前にしても萎縮はしていない。
ネイト達は、場数を踏んで成長している。
だが、ケイトは違う。
顔にこそ出さないが拒否感を覚えているようだ。
まあ、無理もない。
遊びに来たのに、突然、上流階級の社交に巻き込まれそうになっているのだ。
男爵の提案に乗っても、楽しい未来は期待できないのだから、気が滅入っても仕方がない。
俺は決断する。
「大勢で押しかけても、御迷惑をお掛けするので
代表して僕がお邪魔させていただきます」
そう言って、すたすた歩き出す俺。
「全員でいらしても問題ありませんが、
カイル殿がそう仰るのであれば……
では、ご案内致しましょう」
俺が男爵の脇まで来たので、男爵も先導するため歩き出した。
闘技場の三階にある貴賓室。
部屋に入るとひんやりとした空気が肌を撫でる。
どこからか冷気が流れ込んで来ているようだが、観戦用の窓が開いているので冷え過ぎる事はなさそうだ。
その窓の手前にソファが一列に並んでいる。
俺達の入室に合わせて、ソファから立ち上がる人物が三人。
「中座してしまって申し訳ない。
お陰様で素敵なお客様をお招きする事が出来ました」
男爵が三人に声を掛ける。
三人とも貴族ではなさそうだ。
二十代前半の女性と二十歳前に見える若い男女。
剣を携えているので狩人のはずだ。
「閣下、私達の事はお気になさらないで下さい」
恐縮した様子の女性。
高い位置でまとめた茶髪の毛先がうなじ辺りで左右に跳ねている。
「はは、気にするなって、それは無理だよ、エリン」
男爵はエリンの要望をあっさり却下する。
「カイル殿、ご紹介しましょう」
振り返った男爵が俺に笑顔を向ける。
「『竜殺し』グレアムと共に緑竜を討伐した勇者達!
彼の相棒のエリン!
そして
独立したばかりなのに竜を倒しちゃった将来超有望株のハワードとフェイ!」
テンションの高い男爵がうざい。
だが、三人の風体は、狩人ギルドで教えてもらった情報と一致している。
エリンは、この国エンマイア王国の出身、
そして、ハワードとフェイは、隣国レイリー王国の出身の狩人だ。
この三人にグレアムを加えた四人でパーティーを組んでいるようだ。
「そして、こちらがこの国で一番有名な『竜殺し』デイム・フット伯爵、
そのご令孫であり、若手最強の魔法使いと呼び声が高いカイル・フット殿です!」
声が裏返りそうな程、張り切って紹介してくれる男爵。
「大袈裟な紹介やめてください、閣下」
俺は若干冷めた声で注意する。
「大袈裟ではありませんよ。
ガジャ魔法学校で、一学年に一人しかいない代表者なのですから、
若手最強は、決して誇張した表現ではありませんよ、ねぇエリン?」
男爵がエリンに話を振る。
「え? ええ! 閣下の仰る通りです。
エリートが集う魔法学校で一番を獲るなんて、そうそう出来る事ではありません」
エリンは男爵の勢いに吞まれて同意してしまう。
「有難うございます。
しかし、所詮は教師立会いの下の試し合い。
遠慮容赦のない緑竜との死闘を演じきった貴女方にかないませんよ」
俺は、エリン達を褒めて、自分の話を終わらせる。
「そ、そんな、私達はグレアムのサポートをしていただけで、
緑竜を討伐したのは、彼の功績です」
エリンは謙遜する。
その辺の話、詳しく聞きたいな。
でも、立ち話もなんだなぁと、ちらりとソファを盗み見る俺。
「皆様、座りましょう」
タイミング良く男爵が提案し、俺達はそれに従う。
エリン達は元から座っていた複数人用のソファに座り、
男爵は、その右隣の一人掛けのソファに、
そして俺は男爵の右隣の複数人用のソファに座った。
……どうやら、この貴賓室は、男爵の、つまり、闘技場の主のための部屋らしい。
そのためか、俺とエリン達の後ろに帯剣した護衛達が控えている。
心休まらねぇ!
俺はソファの背もたれを使わず前傾姿勢を維持する。
窓の外は、観客の賑やかな声、青い空、そして白い雲が広がっている。
まるで別世界のように遠くに感じる。
帰りたいが、グレアムとマーカスの決闘が終わるまで帰れない。
「エリンさん、緑竜はどうやって討伐されたのですか?」
「は、はい!
グレアムが緑竜の背中にしがみついて、首を斬り落としました。
その間、私達は緑竜が村に近づかないように牽制していました」
「村ですか?」
「はい。
この子達、ハワードとフェイの村です」
エリンが答え、ハワードとフェイが小さく頭を下げる。
「たまたまですか?」
「はい。ただの偶然です。
この子達の独立祝いで、村の人達が村の防衛依頼を出してくれていて、
それを受けて私達は村に滞在していただけなんです。
運悪く、緑竜の標的になってしまったので迎え撃った次第です」
村は幸運だった。
実力のある狩人を、たまたま呼び寄せていたのだから。
「……」
エリン達がいなければ全滅でもおかしくなったと黙り込む俺。
「村への被害を出さずに緑竜を倒したのですから、完璧な仕事ですよ。
ハワードとフェイは、独立後の初仕事で竜討伐ですからね。
最高のスタートですよ」
褒めたたえる男爵。
ハワードとフェイは、褒められ過ぎて居心地が悪そうにしている。
だが、村への被害を出さなかったという功績は本当に凄い。
「どうやって村を守りきったのですか?」
後学のため是非とも知っておきたい。
「緑竜の火球は、ハワードとフェイが撃墜して、
緑竜本体は、私が、炎の鞭で村への進路を妨害しました」
生真面目に答えてくれるエリン。
炎の鞭かぁ。
長さもそうだが、維持するのに魔素を大量に消費しそうだな。
いや、牽制目的なら、中身すかすかでも問題ないのかな?
「空を飛んでいる緑竜の進路を妨害するのは、かなり難しそうですが、
大丈夫だったのですか?」
緑竜の進路を妨害しようとすれば、炎の鞭の長さは、二十メートル、三十メートルは必要なはずだ。
それを操作するのはかなり難しいと思う。
「いえ、ひやりとする場面はたくさんありました。
村に侵入されなかったのは、運が良かったからと、首斬りに時間が掛からなかったからです。
グレアムが、緑竜の首がもう一回り太ければ斬り落とす事は難しかったと申していましたので、
本当に薄氷の勝利でだったのです」
エリンは、戦いを思い出したのか感情のこもった声で締めくくった。
一歩間違えば違う結果になっていた、そういうぎりぎりの戦いだったのだろう。
「若い個体だったのでしょうね」
男爵が緑竜の特徴を推論する。
「はぐれ竜でしたから、
群れる事の利点を理解できなかったのか、
もしくは、群れる事自体を嫌がった跳ねっ返りだったのでしょう」
「あれが一頭だったので私達だけで対処出来ましたが、
あれが複数であったら、為す術はありませんでした」
エリンは実力の彼我の差を素直に告げる。
強大な力を持つ竜。
それが群れを成して襲ってくるのが緑竜だ。
俺は、緑竜がはぐれ竜だと知ってから、ある懸念を抱いていた。
これは当人に確認しなければ解消できない。
「エリンさん。
その緑竜、鱗が赤みがかっていませんでしたか?」
竜は、成長する度に鱗の色が変化する。
緑竜が、成長すると鱗を真紅に染め上げ、赤竜へと成る。
「いえ、鱗は綺麗な緑色でした。
あれが赤竜なら、私達は今頃ここにいません」
エリンが自嘲を込めて笑う。
「カイル殿は、心配性ですね。
単独行動するのが、赤竜の特徴とはいえ
緑竜と報告されている竜を赤竜かと疑うとは」
俺を茶化すように笑う男爵。
「確かに心配性なのかもしれません。
人前に姿を見せない赤竜が、人前に出てきたら、それは異常事態だと僕は思っているので。
今回の件がそれに該当するのではないかと心配していたのです」
俺は苦笑する。
懸念が解消できて安堵する。
「まあ、カイル殿が、赤竜の出現を警戒する気持ちは分かりますよ。
赤竜は、『魔法封じの魔眼』を持っていますからね」
男爵が理解を示す。
人間は、魔法という万能の技を使えるからこそ、竜と戦える。
だが、赤竜はそれを許さない。
人間の魔法を封じ、一方的に蹂躙する。
無慈悲な瞳を持つもの、それが赤竜なのだ。
外のざわめきが大きなり、俺達の意識もそちらに移る。
マーカスと
本日の主役グレアムが姿を現した。