082 夏の終わりの蒼穹寮にて
グレイスを無事に家に帰し、二回目の社交会であるアルバーン伯爵家の舞踏会も何とか切り抜けた。
この夏、やるべき事はやりきった。
もう何もやらない。
そんな弛緩した空気が蒼穹寮の食堂を包んでいる。
「あ~何もする気しな~い」
ルーシーがテーブルに突っ伏して怠そうに声を上げる。
「分かるわ~」
ネイトがイスの背もたれに身体を預け天井を見上げながら同意する。
「お前ら、だらけ過ぎだろ」
ミックが注意する。
「あはは」
ナタリアが苦笑いする。
一年生四人の変わらぬやり取りに、心がほっこりする俺。
「はーい、焼けましたよー」
ケイトが陽気な声でクッキーを持って来た。
「「待ってました!」
拍手で迎えるネイトとルーシー。
蒼穹寮の従業員であるケイトも手持無沙汰な夏の昼下がり。
年頃の近いネイト達のお喋りの輪に加わる。
「舞踏会とか良いなぁ。私もドレス着てみたいなぁ」
ケイトが俺達の夏休みのイベントを羨む。
「しんどいだけですよ」
俺は苦笑する。
アルバーン家の舞踏会でも、よく踊った。
アリシアとの婚約話も根掘り葉掘り聞かれた。
やはり感想は、しんどいだ。
「えーしんどくてもいいから、
一度は参加してみたいな」
ケイトは食い下がる。
舞踏会は街娘には縁遠いものだ。
縁遠いものだからこそ、憧れてしまう気持ちは理解できる。
「ドレス、ひらひらでけっこう露出多くてえっちぃーよ」
ルーシーがニヤニヤしながらケイトをからかう。
「えーそうなの!?」
半信半疑のケイトがナタリアに尋ねる。
「え! それは……」
言い淀むナタリア。
俺はその理由を知っている。
フロー家の舞踏会では大人しいドレスを着ていたナタリアだったが、
アルバーン家の舞踏会では胸元の大きく開いたドレスを身に纏っていた。
控えめな性格の彼女が随分と冒険したものだと、あの日の俺は驚きと共にそんな感想を抱いた。
つまり、ルーシーの言う露出が多くてえっちぃー人に、ナタリアは該当していた。
ケイトは意図せずして、その張本人に質問してしまったのだ。
ネイトとミックも、それナタリアじゃんという顔でナタリアを見つめている。
自分が露出の多いドレスを着ていた事が恥ずかしいナタリアは、徐々に頬を赤くしていく。
「え? そんなに恥ずかしい恰好だったの?」
一人だけ事情を知らないケイトが困惑する。
「そんな事ないよ!」
必死に否定するナタリア。
「え? やっぱりルーシーの嘘だったの?」
混乱したケイトが答えを求めて俺達を見回す。
羞恥で赤面するナタリア。
きょろきょろ顔を動かすケイト。
その様子を眺めて、
「くっくっ」
ルーシーが腹を抱えて笑いを我慢している。
「あ! やっぱり嘘ついたな」
ケイトがルーシーに詰め寄る。
「わー、嘘じゃない嘘じゃないから~」
ケイトの攻めに抵抗するルーシー。
「じゃあ、どういうことだ?」
「ナタリアはえっちぃードレス着てたよ。
これ本当」
「えっちくないって!
ちょっと露出が多かっただけ」
ケイトの反対側からルーシーを揺さぶるナタリア。
今の会話で合点がいったケイトが感心したように言う。
「へー、ナタリアってそういうの嫌がりそうなのに、
意外と大胆なんだね」
「違う。そうじゃないの。
着たくて着たわけじゃないんだって。
最初の舞踏会で、皆、露出の多いドレスを着ていたって
地元の領主様に報告したら、次に仕立てられたのがあのドレスだったの!」
ナタリアが釈明する。
確かに、一度目は地味なドレスで、周囲から少し浮いていたナタリア。
二度目の舞踏会で露出の多いドレスにしたのは、ナタリアが周囲と馴染めるようにと願った領主の優しさなのだろう。
ケイトはナタリアを数秒見つめた後、口を開く。
「年頃の娘、に
地元の領主様がえっちぃドレスをプレゼントする、
それは……」
「「とてもえっち」」
ケイトとルーシーが声を重ねた。
「えっちじゃない!」
ナタリアが怒って二人を攻める。
「うそうそ嘘だから~」
「冗談だって~」
ケイトとルーシーが笑いながらナタリアの攻撃に耐える。
この間、ネイトとミックは一言も言葉を発していない。
こういう話題って男は参加しにくいからね。
俺も黙って女子達のじゃれ合いが終わるのも静かに待つ。
「もういいよ」
そう言って席に座ったのはナタリアだ。
二人を相手取って息が上がっている。
「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着いて下さい」
半笑いのルーシーがナタリアのカップにお茶を注ぐ。
そして、それを無言で飲み干すナタリア。
この話はこれで終わろう、と場の雰囲気が決まる。
「あ、そうだ。
皆、知ってる?
『竜殺し』が闘技場で闘うんだって」
新たな話題を提供するケイト。
さすが地元の街娘。
俺達も知らない情報を保有している。
「隣国で緑竜を討伐したという狩人ですか?」
俺は確認のために尋ねる。
俺達がアルバーン家の舞踏会のためにバタバタしていた間に、
隣国で緑竜の襲来とその討伐があった。
その情報は既に、この国にも伝わっている。
「そうです。そうです」
ケイトが大きく頷く。
「何でまた?」
ネイトが疑問を口にする。
「竜殺しは偉業の一つだから、
どんな奴が成し遂げたのか、皆、興味があるからじゃない?」
ミックが、決闘開催の経緯を推測する。
『竜殺し』という時の人は、興行の目玉となり得る。
そんな美味しい商機を、どこぞの貴族が見逃すはずがない。
……捕まってしまったのだろう。合掌。
「じゃあ、皆で観戦に行こうよ」
ルーシーが提案する。
「いいね、行こう」
俺も率先して賛意を示す。
『竜殺し』の実力をこの目で確かめてみたい。
ネイト達も同意し、皆で観戦に行く事が決定した。