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080 バートン子爵家へ

カイルの母方の伯父であるキース・バートン子爵

その屋敷に到着した俺達


帰ろうと思えば、日帰りでデイムの屋敷に戻る事は出来る。

しかし、バートン領で魔獣狩りをして、

その土地の領主であるキース・バートンに挨拶なしで帰宅するのは不義理すぎる。


魔獣狩りも一日だけと言わず、腰を据えて行いたいので

がっつりお世話になる事にした。


フット家とバートン家の関係は良好なので、温かく歓迎された。


夕食で、魔猪の肉料理が出て来た。

もちろん、メイソンと狩った魔猪の肉だ。


「先程狩った魔猪を、すぐに食せるなんて

腕の良い料理人を雇っているんですね」


キースが雇った料理人を褒める俺。


魔猪は血抜きを済ませただけで、解体作業は料理人にお任せしてしまった。

解体作業には時間が必要だし、そこからさらに料理を作るのだから、

時間的余裕はなかったはずだが、よく夕食の時間に間に合ったものだ。


俺と共に卓を囲むのは、メイソンと

キース・バートン、そしてその妻であるドロシーである。


キースもドロシーも四十代で、年相応の落ち着きと領主夫妻としての気品をそなえている。

カイルが甥っ子なので、俺を見る眼差しが優しい。


「はは、有難う。

料理人にも後で伝えておくよ。

きっと喜ぶ。


でもね、バートン領の料理人なら、これ位出来て当然なんだよ。

なんせ熟している数が圧倒的に多いからね。

解体スピードだけなら、王宮の料理人にも負けない自信があるよ」


対面に座るキースが穏やかに笑う。

謙虚さと悲しさを、ない交ぜにした地元自慢、俺は愛想笑いで応える。


「環境が人を育てるってやつですね」


「はは、まさにその通り。

うちは魔獣と共にある街だからね。

魔獣肉の調理もお手の物さ。

さあ、二人が狩ってきた魔猪だ、遠慮なく食べてくれ」


キースに促され、俺達はナイフとフォークを手に取った。


分厚い魔猪肉のステーキ。

香ばしい匂いが食欲をそそる。


「「頂きます」」


魔猪肉ステーキを切り分け、口に運ぶ。


美味い。


甘辛いソースと肉汁が口の中で溶け合い、互いの味を引き立てている。

俺はもう一切れ、口に運ぶ。


「自分で狩った魔猪肉を食べられるなんて感動だな」


隣に座るメイソンが達成感を噛み締めるように呟く。


ミルズ領は魔獣の数が少ないので、狩猟するチャンスも少ない。

この感動が味わえるのは魔獣の数が多い領地の特権だ。


「国の中心部では、魔獣肉は購入するのが一般的ですからね」


「そうだね。

ミルズ領も他所から購入しているけど、高いんだよね。

安く仕入れたいんだけど、フット領も魔獣肉、販売しているよね?

都合してくれないか?」


軽い調子で尋ねてくるメイソン。


「すみません。

そういう交渉はお祖母様として下さい」


俺は乾いた笑みを返す。


位置関係的に、ミルズ領に魔獣肉を卸しているのは、北部貴族、つまりゴルド伯爵の派閥である可能性が高い。

そこから販路を奪えば、ゴルド伯爵派閥に損失を与える事になる。


こちらから喧嘩を仕掛けたくない。

というか、そんな厄介案件を俺に言うな。


俺は魔猪肉を口に放り込んで、会話を拒否する。


キースが楽しそうに笑う。


「はは、良いね。

他領の方と交渉事が出来るなんて、今まででは考えられなかった事だよ。

カイル君とアリシア嬢の婚約は、フット領に新しい変化をもたらしてくれる」


キースは俺達の婚約を歓迎している。


婚約した事を喜ばれると、何とも気恥ずかしい。


「楽しそうですね、あなた」


高揚している夫に呆れ声を掛けるドロシー。


「いや済まない。

慎重に行動しなければいけないというのは重々承知だ。

でもね、

デイム様が、外交に消極的だったデイム様が、ついに動き出したんだぞ。

これは、フット領の未来に大きく関わってくる転換点なんだよ。

興奮してしまうのも無理ない事だろう?」


窘めようとしたドロシーに、逆に同意も求めてしまうキース。


「ふう」


ドロシーは、溜息ひとつで一蹴する。

キースは取り付く島の無いドロシーから話し相手を俺に変える。


「カイル君、

デイム様に、バートン家は協力を惜しまないので、いつでもお声掛け下さい

と伝えておいてくれないか?」


キースが熱のこもった視線を向けてくる。


バートン子爵が味方になってくれるのは心強い。

しかし、デイムが外交を始めて嬉しいのは分かるが、浮かれすぎな気もする。


俺はドロシーをチラ見する。

冷めた眼差しでキースを見つめているので、今晩あたり釘を刺してくれるだろう。


「承知しました。

お祖母様もお喜びになられると思います」


「よろしくね」


俺の返答に満足気に頷くキース。


「カイル様」


ドロシーの呼び掛け。

真剣な声音に、俺も身構える。


「何でしょうか?」


ドロシーは、俺とメイソンを交互に見てから発言する。


「フレッド様は何と?」


言葉少ない質問。


フレッドとは、カイルの祖父、つまりデイムの夫だ。

そして、フット領の隣にあるコンラッド領のコンラッド伯爵家の人間だ。


この場合、

フレッド個人の意見を知りたいのか、

コンラッド家の総意を知りたいのか、

どっちなのだろう?


……考えてもしかたない。


事前に聞かされたデイムの発言を信じるならば、


「お祖母様の判断に任せると」


「もう回答を頂いたのですか?」


形の良い眉をぴくりと動かすドロシー。


ドロシーが驚いたのは、フレッドが王都にいるからだ。

伝令役の騎士が王都に行って帰るだけで二日掛かる。

フレッドが即返答しても、デイムが回答を受け取るのは今頃だろう。

バートン領にいる俺には知りえない情報だ。


「いえ、昨日の決定についてのお祖父様の回答は、僕は知りません。

ただ、

メイソンさんがフット領に訪問する前に、

お祖母様達で、やり取りをされていましたので、

今回の決定も事前の想定の範囲内だったのだと思います」


「くく、デイム様だって事前に相談位するさ」


キースが笑いを我慢する。

無表情でキースの太腿に手を伸ばすドロシー。


「痛い痛い」


身を捩るキース。


ドロシーとしては、フレッドの意見も分らぬまま軽はずみな行動をするな、とキースに自重を促したかったのだろうが、目論見が外れる格好になってしまった。


俺の回答の仕方も悪かったのだろうが、

それはそれとして、

大人の女性が羞恥で赤面しているのは、グッと来るよね。


「フレッド様は王都にいらっしゃるんだよね?」


メイソンが会話を続けるために俺に話し掛ける。


「ですね。

叔父さんと一緒に魔獣肉の卸売りをやってますよ」


魔獣肉の卸売りは、フット領のメイン財源になっている。

フレッド達には安定経営を続けて欲しいものだ。


「僕も、昨冬の成人のお披露目会で、お会いした事があるよ。

優しそうな人だった」


優しそうな笑みを浮かべるメイソン。


よく覚えているなぁ。

素直に感心してしまう俺。


冬の王都では、政治の議会はもちろん、成人のお披露目会もあれば、結婚の発表会もある。

そのため、国中から、沢山の貴族が集まってくる。

その貴族達を一人一人覚えておく事は至難の業だ。


「メイソンさんの言う通り、お祖父様は優しい人ですよ。

王都を離れられないので、会う機会は滅多にありませんけど」


「会えないのは寂しいね」


「そうですね」


カイルの祖父なので、出来れば会いたくない。

そんな気持ちをおくびにも出さずに、話を合わせる。


「デイム様も付き合いはフレッド様に任せきりだからね。

もう少し社交界に顔を出して頂ければ、風向きも変わってくると思うんだけどねぇ」


小さな不満を口に出すキース。


「あなた」


領主批判を咎めるドロシー。


「え、ああ、そうだ!

うちの娘は元気にしているのかな?」


キースが慌てて話を変える。

領主批判は聞かなかった事にしよう。


「ええ、元気にしていますよ。

何か気掛かりな事でもありますか?」


「カイル君が婚約して、ちょっとね。

グレイスももう十七歳だからね。

そろそろ婚約者を探そうかなと思っているんだ。

どう思う?」


意見を求められた俺は、真面目に考え込む。


フット領は、新興領地。

デイム世代が初代で、今も現役当主を務めている者が多い。

キースのように二代目当主の方が珍しい。


デイム世代は、他領に本家に当たる貴族が存在し、その本家の影響下にある。

世代が進めば、その影響下から脱しフット領貴族としての自覚が芽生えるかもしれないが、

今現在は、その本家の思惑のせいで、フット領貴族はフット領貴族として一つにまとまりきれていない。


フット家の未来を考えれば、フット家の味方を増やしておきたい。

そのためにグレイスには、

反フット家に嫁いでもらって仲を取り持ってもらうのもアリだし、

新フット家に嫁いでもらって、仲を深めてもらうのもアリだ。


「……」


政略にグレイスを利用しようとしていて嫌な気持ちになった。


「婚約について、グレイスは何と?」


意中の相手がいるのなら、その相手と婚約するのが一番良い。

それがフット家にとっても良縁なら諸手を挙げて万々歳だし、

悪縁ならば、……その時はその時考えよう。


「フット領の貴族であればと、

後は私に任せると」


重い溜息をつくキース。


「……それは割り切りがいいですね」


グレイスは子爵令嬢だ。

その婚約者なら、伯爵家、子爵家、男爵家から選ぶ事が出来る。

フット領内から選ぶとなると、同じ子爵家が妥当だと思う。


グレイスと年の頃が近くて、次期当主の未婚男性……誰かいたっけ?


考える。

考えるが、簡単には答えが出ない。


「難しいですね。

お祖母様にも相談しておきます」


「有難い。

宜しく頼むよ」


お互い難しい顔をして言葉を交わす俺とキース。


縁組って難しい。

家に帰ったら、グレイスにも話を聞いておこう、と俺は思った。

80話投稿しました。

ここまでお読みくださり有難うございます。

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