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074 宮廷魔法士に負けた夜

決闘後の夜

俺はメイソンの自室に呼び出されていた。


室内は暗い。

照明器具に明かりをつけないのは、落ち込んでいるからだろうか。

差し込む月明りで、辛うじてメイソンの表情を見て取れる。


メイソンはゴルド伯爵に負けた後、ミルズ騎士に魔法で回復してもらい復調していた。

ただ頭を蹴られていたので、大事を取ってベットで安静していた。


そのため夕食は、アリシアとその両親であるミルズ夫妻と摂ることになり、とても心苦しかった。

一応、メイソン、アリシア兄妹のフット領訪問はミルズ伯爵から許可を貰えた。


「アリシアを守ってくれてありがとう」


ベットから上体を起こしたメイソンが礼を言う。

色褪せた声音だ。

いつもの爽やかな声とのギャップに戸惑う。


「遊びに誘っただけですよ。

メイソンさんがいらっしゃるのだから、一人が二人に増えても大差ないですよ」


ベットの傍の椅子に腰かけている俺は明るい口調で答えた。


「……ゴルド伯爵は、ミルズの伯爵位を狙っている。

そのせいで、アリシアが標的になってしまった」


自分が負けなければ、と忸怩たる思いのメイソン。


「……」


俺は何も言えない。


これは政略結婚だ。

アリシアを守りたければ、他の娘を差し出せば済む。

ゴルド伯爵は伯爵位さえ手に入るのであれば、自分の孫がどの娘と結婚しても気にしないだろう。

だが、メイソンは気にする。

理不尽な要求をただ受け入れるしかない屈辱を、アリシアにも他の娘にも味わわせたくないはずだ。


解決策はない。

だから何も言えない。


「……」


「……済まない。

こんな事、カイル君に言っても困らせるだけだよな」


「いえ、そんなことは……」


そこで言い淀む俺。


「宮廷魔法士って」


メイソンがぼそりと呟く。


「……はい?」


「宮廷魔法士って何であそこまで偉いんだろうね」


どこか捨て鉢に聞こえるメイソンの質問。


「国王陛下が強いと認めた者ですからね。

そりゃ止める奴もいませんよ」


「僕は止めたかったんだけどね。

……止められなかった」


メイソンは後悔している。

その様子を見て、俺は意を決して告げる。


「決闘は早計だったと思います」


俺は、メイソンの行動を咎めた。

動きを止めたメイソンは、俺と顔を合わせようとしない。

俺はそのまま話し続ける。


「今日は我慢して、時間稼ぎすべきだったと思います。

現状、陛下達がゴルド伯爵の行為を容認しているとしても、

それは今の話です。


未来はどうなるか分かりません。

ゴルド伯爵に対抗する勢力が出来るかもしれませんし、ミルズ家に味方してくる者も出てくるかもしれません。

とにかく、時間を稼ぐべきでした」


ミルズ家単体で勝てないのであれば、味方を増やせばよい。


「宮廷魔法士になれる者は稀だ。

ミルズ家にも周辺の領主家にも、宮廷魔法士になれるような強力な魔法使いは生まれなかった。

いなくても領の経営には支障は無かった。

宮廷魔法士なんて本当に必要ないんだ。

それなのに……」


メイソンは上掛けの毛布を握りしめる。


確かに領の経営には必要ないだろう。

しかし、その存在が国王によって許されている以上、国家の経営には必要だと判断されているということだ。

この事実を見逃してはならないと思う。


俺は話の穂を継ぐ。


「ゴルド伯爵が宮廷魔法士になってしまった。

そして他領へと支配の手を伸ばしてきた」


ミルズ領の北にはゴルド領があるが、その間にファロン領とロック領がある。

この二つの領がゴルド伯爵の手に落ちるまでの間、それなりの時間があったはずだが、

その期間、ミルズ領は何も対策を立てていなかったのか。


俺はその旨をメイソンに尋ねた。


「……ファロン領までだと思っていた。

如何にゴルド伯爵が強欲でも、守護するという名目で支配している以上、

守護できない自領から遠く離れたミルズ領では、その名目が成り立たないので手を出してこないと思っていた」


見込みが外れたというわけか。


宮廷魔法士はその強さから、国家守護の任を負っている。

そして守護を理由にして周辺諸侯から金品を巻き上げ、領地経営にも口を出している。


これらは、守れることが前提の強権のため、守れるか微妙なミルズ領みたいな領地にはちょっかいを出しづらい。


「ミルズ家は、宮廷魔法士の役目で支配できないから、血縁関係を結んで支配しようと?」


「そうだと思う。

けど、意味ないと思わないか?

一代限りの栄華を追い求めても、その死後には影響力を喪失して元の状態に戻るんだから」


語気を強めて、ゴルド伯爵の理解不能さを訴えてくるメイソン。


宮廷魔法士が亡くなれば、それまで不利な立場に置かれていた周辺諸侯も関係改善のために行動し始めるだろうし、他家に婿入り嫁入りしていた親類も後ろ盾を失い傍流へと追いやられるだろう。

長い目で見れば、ゴルド伯爵の奮闘は無駄な努力に帰する可能性が高い。


「どこまで自分の権勢が拡大するか試しているんでしょうか?」


ゴルド伯爵が権力を振るう事に愉悦を覚えるタイプかは不明だが、

その力で物事を動かすことには慣れている印象を受けた。


「迷惑過ぎるんだ。

巻き込まれる者の気持ちを考えたことがないじゃないのか」


ベットに拳を埋めるメイソン。


俺は、メイソンの言葉によってエレインの顔を思い浮かべた。

迷惑を被ったのはメイソン達ミルズ家だが、エレインも被害者の一人ではないのか。


「エレイン様は、いつもあんな感じなのですか?」


俺は、探りを入れる質問をする。

話の流れにそぐわなければ、メイソンが難色を示すだろう。


「あんな感じとは?」


「今日、初めてお会いしましたが、終始困ったようなお顔をされていたので……」


「……ふーー」


メイソンが長い息を吐く。

その息には様々な感情が含まれているような気がした。


「今日、彼女の顔を見てから嫌な予感はしていたんだ」


そう言ってエレインの人柄を語り出したメイソン。


「彼女は淑やかで聡明な人だ。

そして何より嘘の付けない人だ。

だから、彼女が困った顔をしていたら、実際に困っているんだ」


「じゃあ今日も困っていたんですね」


「そうだ。

今日の訪問も彼女の本意ではなかったはずだ。

ゴルド騎士団に無理やり連れて来られたに決まっている」


女騎士のエレインへの雑な対応を見た限りそんな感じがするので、メイソンに同意する。


「ゴルド騎士団が勝手に動くとは思えませんし、

ゴルド伯爵の指示だったのでしょうね」


「そうに決まっている。

なぜ伯爵がミルズ領にいる!?

おかしいだろ。

普通に考えて、エレインを利用してうちに乗り込む算段だったんだ」


メイソンの怒りの矛先はゴルド伯爵に向いている。

どうやら、メイソンはエレインを敵視してはいないようだ。


安堵する俺。

きっかけはどうであれ、メイソンとエレインは夫婦になるのだ。

夫婦仲は良いに越したことはない。


「そして、伯爵の都合の良いように事が運んだ、というわけですね」


これが事の顛末だ、と話をまとめる俺。

気炎を吐いていたメイソンも萎れるように項垂れる。


「僕は間違えたのか?」


俺はその問いには答えなかった。

代わりに、


「ミルズの伯爵位は無事です。

ゴルド伯爵に従うのが嫌なら、他の宮廷魔法士に後ろ盾になってもらい、ミルズ家のどなたかに伯爵位を継いでもらいましょう」


現実的な提案をする。


決闘無効を国王に申し出るという選択肢もあるが、これはメイソンの婿入りが無かったことになるだけで、ゴルド伯爵の脅威が無くなるわけではない。


それに実際に申し出れば、メイソンは自分でふっかけた決闘で負けた上に約束を反故にした男として、

貴族社会で信用を失い誰にも相手にされない空気のような存在になってしまう。

意地と誇りがあるならば選べない未来だ。


だから、メイソンは負けたことを受け入れて、善後策を模索すべきだ。

辛いだろうが頑張って欲しい。


「……考えされてくれ」


ぽつりと呟いたメイソン。

俺はそれの言葉を聞き入れ、静かにメイソンの部屋を出た。

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