073 決闘 メイソンとゴルド伯爵
「ゴルド伯爵!
貴方に決闘を申し込む!」
悲壮な覚悟を秘めたメイソンの声が中庭に響く。
風のざわめきより早く、俺は声を上げる。
「待って、待って下さい!
無茶過ぎます。
メイソンさん、考え直して下さい」
俺、完全にテンパっている。
考える時間が欲しい。
メイソンはゴルド伯爵を睨んだまま答える。
「考え直して、一体どうなる?
伯爵がミルズ領を諦めるのか?」
俺への問い掛けをゴルド伯爵が代わりに答える。
「諦めないよ」
静かで淡々として声音で火に油を注ぐ。
メイソンの顔が険しくなる。
「国王に、国王陛下に仲裁をお願いしましょう。
陛下のお言葉なら、ゴルド伯爵も聞かざるを得ないはずです。
今ここで、メイソンさんが決闘する必要はありませんよ」
なんとか決闘を止めさせなければ、という思いで説得を続ける俺。
宮廷魔法士のゴルド伯爵に挑むのは、無謀すぎる。
「陛下は何も仰らないよ、この件については。
何年も掛けて説得してきたからね。
儂が北の地を統べるのは、他の宮廷魔法士も納得している。
ミルズ領を手中に収めるのは、その計画の一環。
故に、誰も文句は言って来ない」
救いのない事実を丁寧に開示していくゴルド伯爵。
国の上層部では、既に話がまとまっている。
あとは現場の人間を踏みつぶせば終わりの段階。
詰んでいる。
諦めるしかない、と悟ってしまった俺。
「私がいる!
貴方の非道を決して許さない私がいる!
ミルズ領から手を引いてください、伯爵!」
必死に理性を働かせ請い願うメイソン。
「それが君の願いか。
では、儂の願いも言おう。
先程も言った通り、エレインと結婚し、ゴルド家に入れ。
そしてミルズ領の経営には口出しするな」
ゴルド伯爵も勝利報酬を提示してしまった。
メイソンの決闘の申し込みを受け入れたようだ。
もう説得は無理だ。
対峙する二人を見つめながら、俺は立ち尽くす。
「陛下の認可のない決闘は無効になります。
メイソン、こんな決闘、意味ないのよ。
落ち着いて考え直して」
エレインが悲しい声でメイソンに訴える。
「無効になるのは、決闘者が無効を申し立てた場合だ。
儂は負けても陛下に泣きついたりしない。
勿論メイソン君も泣きついたりしないだろ?」
不敵な笑みを浮かべるゴルド伯爵。
「当たり前です。
伯爵も約束は絶対に守って下さい」
「ああ勿論だ。
……ここは狭い。
少し移動しよう」
ゴルド伯爵が中庭を突っ切って広場へとメイソンを誘う。
「お兄様」
兄の背中を見送るアリシア。
領主と次期領主の決闘に口を挟むことが出来ない。
無力さを抱え俺達は二人の決闘を見守ることになった。
二人共、武器は携行していない。
お互いに殺し合いは望んでいないようで安心する。
メイソンとゴルド伯爵が半身に構え相対する。
距離も近いし、格闘戦で決着をつけるようだ。
……気になるのは対格差だ。
メイソンよりゴルド伯爵の方が背が高く肉厚で手足も長い。
メイソンに有利な点がない。
勝っているのは、若さと勢いか。
俺がそう思うと同時にメイソンが踏み込んで左のストレートを放った。
ゴルド伯爵が右手でそれを払う。
前に出た右手に、メイソンの左のハイキックが直撃した。
ゴルド伯爵の表情が歪む。
メイソンは邪魔な手足を先に破壊するつもりのようだ。
それが判ればゴルド伯爵もフェイントを交えてカウンターを狙う。
メイソンはゴルド伯爵の正面を避け回り込むように動き回る。
メイソンは健闘していると思う。
だが動き続けるための足は、攻撃も防御も回避も出来ない。
そのため、ゴルド伯爵のローキックで削られていく。
ついに体勢を崩すメイソン。
すかさずゴルド伯爵がメイソンの腕を掴みボディブローを放つ。
打撃により硬直するメイソン。
追撃で二度ボディブローを放ったゴルド伯爵。
苦しむメイソンが力を振り絞り、ゴルド伯爵の顎を狙って拳を振り上げた。
空振り。
ゴルド伯爵はメイソンの腕から手を放し距離を取った。
呼吸を整えたいメイソンがゴルド伯爵を睨んで牽制する。
それを無視してゴルド伯爵がハイキックを放った。
体重の乗った重い蹴りを何とか受け流したメイソンだが、ダメージのせいか体がふらつく。
ゴルド伯爵は追撃の手を緩めない。
そのまま一歩踏み込んで、前蹴りを放つ。
腹部を踏み抜かれたメイソンがそのまま座るように崩れ落ちる。
それを見下ろすゴルド伯爵。
勝負は決まったか?
このままでは、メイソンの負けで終わってしまう。
俺は悔しくて悲しくて歯噛みする。
うずくまるメイソンが少しだけ顔を上げた。
ゴルド伯爵を睨むように。
その瞬間、一条の閃光が走った。
メイソンの瞳付近から、ゴルド伯爵の顔があった位置を通過し空へと飛び去って行った。
致死の熱線。
夏の日差しよりも熱く煮えたぎる殺意。
メイソンが視線に魔法を込めて放ったのだ。
追い詰められて、一線を越えてしまった。
殺し合いが始まる!
俺は駆けだした。
ゴルド伯爵は熱線を回避している。
伯爵の次の一手は何だ?
魔法を使うそぶりを見せれば決闘に介入する!
俺は魔法を編みながらゴルド伯爵の動きに注意する。
蹴りだ。
ゴルド伯爵が右足を軽く持ち上げる。
魔法じゃないから良し!
俺はメイソンが蹴られるのをスルーする。
頭を蹴られたメイソンが動かなくなった。
ゴルド伯爵の次は何だ!?
緊張しながら俺は走り続ける。
だが、ゴルド伯爵は動かなかった。
メイソンを見下ろしている。
俺は足を止める。
そして見上げる程の大男に話し掛ける。
「殺されそうになったのに、随分余裕ですね」
「ああ、この程度よくある事だ。
追い詰められた者は、視線で殺そうとする。
君も気を付けた方がいいぞ」
余裕綽々で助言までしてくるゴルド伯爵。
多少息が上がっているがまだ闘えそうだ。
老人とは思えない筋肉量。
俺が蹴られていたら確実に骨折している。
怖いな。
膝が笑いそうになるのを必死に堪える。
後ろから足音が近づいてくる。
「メイソン様!」
声を上げたのは、ミルズの騎士だった。
エレインとアリシアも追いついてくる。
「気絶しているだけだ」
ゴルド伯爵がメイソンの容態を告げる。
その言葉に安堵するエレインとアリシア。
「さて」
そう言って俺達に向き直るゴルド伯爵。
「この決闘、儂の勝ちだ。
文句のある者は名乗りを上げよ」
威圧するゴルド伯爵。
何も言えない俺達。
「これでメイソン君の婿入りは確定したな。
良かったな、エレイン。
良き男を夫にできて」
ゴルド伯爵は孫娘に軽い笑みを見せる。
何て無神経な台詞なんだ。
今まさにメイソンの、そしてミルズ家の未来を奪っておいて、どうしてそんなことが言えるんだ。
エレインは笑みを浮かべなかった。
ゴルド伯爵は、エレインの芳しくない反応にも特に気も留めないで、アリシアに話し掛ける。
「アリシア君、
儂らはゴルド領に帰る。
良かったら君もゴルド領に来てみないか。
きっと気に入ると思う」
何言ってんだ、こいつ。
どこまで自分勝手なんだよ。
アリシア、断れ!
アリシアは青い顔をして俯いている。
本音は断りたいはずだが、伯爵からの直々の誘いに断れないでいる。
もう我慢できない。
「すみません、閣下」
俺はアリシアの前に立ちゴルド伯爵を見上げる。
冷たい光を放つ瞳に射抜かれる。
夏なのに寒気を感じてしまう。
「アリシア様も兄のメイソンさんと一緒にフット領に遊びに来て下さる予定なのです。
ですので、ゴルド領への訪問は、日を改めて頂ければ有難いです」
「……」
黙ったまま俺を見下ろすゴルド伯爵。
俺は、内心のビビリを悟られないように、すまし顔でゴルド伯爵を見返す。
「それは本当なのか、アリシア君」
ゴルド伯爵は、冷たい表情と声音で圧力をかけてくる。
息をのむアリシアの気配が伝わる。
沈黙は悪手だ。
早よ、答えろ。
俺は、後ろに隠した右手をブンブン振って催促する。
!?
右手をアリシアの両手で掴まれた。
柔らかい感触に包まれてドキリとする俺。
「どうなんだ?」
ゴルド伯爵の再度の問い掛け。
俺の右手を掴む力が強くなる。
アリシア、頑張れ。
俺は、アリシアの手を握り返した。
「閣下、
カイル様の仰る通りです。
お誘い頂いたことは大変光栄なことではございますが、
約束をたがえることは出来ません。
何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます」
アリシアが勇気を出し誘いを断った。
「……そうか。先約があるのであれば仕方がない。
またの機会としよう」
「有難うございます」
アリシアが頭を下げる。
俺もそれに倣って頭を下げる。
「エレイン、帰るぞ」
そう言ってゴルド伯爵は歩き出した。
「は、はい、お祖父様」
慌てて返事をするエレイン。
「ごめんなさい」
小さな声で謝罪の言葉を残して、エレインもゴルド伯爵の後を追っていった。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。




