首長はサラのおじいちゃん
俺達がやってきたのは、この街の正門がある防壁だった。
「・・・・・・」
防壁は正直言ってしょぼかった。
高さは15メートル程で
街の内側は木材を組み立てただけで中身がスカスカ、
肝心の外側は丸太を地面に打ち込んだ簡素の造りだった。
オール木材である。
相手は炎をまき散らす狼なのに、これでいいのか?
俺は若干不安になる。
せめて石組みにすべきだと思う。
俺は呆れた感情を表に出さず周りにいる獣人達の様子を窺る。
皆疲れた顔している。おそらく連日の魔狼の襲撃に応戦して体力が尽きかけているのだろう。
だが、目だけは死んでいない。
地面に座り込んだり寝そべっていたりして、だらしなく見えるがそれも今夜の襲撃に備えての事だ。
そんな彼らの顔には防壁の粗末さを憂う色は浮かんでいなかった。
と言うことは防壁はあんなもんで良いのだろう。
俺がそんなことを考えながらキョロキョロしていると
ある一団が目に付いた。
背の低い男。
その男がこちらに気が付いた。
白髪で顔はシワが刻まれ年寄りの獣人だと理解できた。
だが肉体は分厚い。そして動きも機敏で老いを感じさせない。
その一団が、なぜかこちらに近づいてくる。
「サラ」
「おじいちゃん」
サラが小走りで祖父のもとへ駆け寄る。
サラのおじいちゃんか。どんな人だっけ?
カイルの記憶に検索をかけようと思った俺に
「この街の首長サリム殿です」
ロイが耳打ちしてくれた。サンキュー、ロイさん。
首長サリムか。
俺はカイルの記憶からサリムに関する情報を引っ張り出す。
サラの祖父。
この街のまとめ役。
そしてデイムとは数十年の親交がある。
そのため孫カイルのこともよく知っている。
つもり魔法の才がないことも。
そんなカイルが防衛戦に出張ってきたらサリムは訝しがるだろう。
サリムが、カイルは魔法が使えない、戦えないなどと口にすれば周りの獣人達も訝しがり
俺の戦闘参加を認めてくれないはずだ。
よしんば戦闘に参加できても十全に戦えない。
それでは困る。
頼むから余計なことは言わないでくれ。
俺は縋るような目でサリムを見つめた。
デイムがサリムに近づきながら声を掛ける。
「体調は如何ですか、サリム殿」
「ご心配有り難うございます。ですが、私はまだまだ戦えますよ」
そう言ってサリムは勝ち気な笑みを浮かべる。
元気な爺さんだな。
年寄りなんだから、戦わなくても責められることはないはずなのに。
そんな老人が前線に立てば若者達も弱音を吐くわけにはいかなくなる。
しかもその人が自分達のトップなのだから自分達の街を守るのに上も下も関係ないのだと思い至り、サリムと共に一丸となって戦うはずだ。
そこまで考えて行動しているのなら、この爺さんは大したやつだ。
なんて生意気な事を考えているとサリムがデイムから向きを変え俺の方に歩いてきた。
さて、なんと言おうかな。
サリムがカイルの能力について疑問を呈する前に、必要な情報を開陳しておく。
俺は一歩前に踏み出した。そうすることでサリムの足を止める。
思った通りサリムは足を止めた。逆にサリムは俺の行動が想定外だったのか目を丸くしていた。
「首長殿、今夜の戦闘には僕も参加させて頂きます。
今まで街の皆さんのご厚意で連日の戦闘に参加せずにすみましたので、体力、魔力は万全です。
きっと役に立って見せます。なんなら明日の朝までだって戦ってみせますよ」
俺は軽い調子で大口を叩いた。
鼻白むサリムに朗らかに笑顔を向けるおまけ付きだ。
大変に生意気な態度だった。
俺も重々承知している。
だが効果は覿面だ。
サリムの後ろに控えている獣人達は、ある者は眉間にしわを刻み、ある者は眼光を鋭くし、ある者は何か言おうとし口を開きかけた。
場の空気は一気に悪くなった。
だが、さすが首長のお付きと言うべきかそれ以上の反応はせずサリムの後ろに控えている。
サリムは背後の圧力を感じ戸惑いの表情をにじませる。
分かるよ。すごく分かる。
無力なカイルが急に戦力として役に立つと豪語したのだから困惑するに決まっている。
俺は内心で同情した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙は一瞬。
サリムは答えなければならない。
カイルの申し出を受けるか受けないかを。
ここで「カイル殿は戦えないだろう?」などと発言することは許されない。
本人が戦えると言った以上、その発言に対して疑問をはさむことは非礼に値する。
サリムは言葉に窮する。
「おじいちゃん、昼間の火柱見た?」
サラが縋るようにサリムの腕をとる。
「・・・あ、ああ」
サリムは短く肯定する。
「あれは、カイル殿が魔法で創り出したものなんです」
サラの発言にサリムだけでなく控えていた獣人達にも動揺が広がる。
まあ、けっこうデカい火柱だったからな。目撃者は多いだろうな。
驚く獣人達から向けられる視線はさきほどまでの見下すような色はない。
「本当なのか?」
サリムがサラに尋ね、サラは頭を縦に振って応えた。
サリムが俺に視線を向ける。
色々言いたいことはあるだろう。だが、今はその時ではないはずだ。
俺とサリムは数秒目を合わせた。
そして、
「よろしくお願いします」
サリムは頭を下げた。